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53話:歓喜

「まずは、正確な僕の立ち位置を知っておかねばな」

 高木は恵一から、自分がどのような扱いを受けているのかを細かく尋ねた。

 まず、高木はひとみの目の前で消えたことにより、友人などの親しい間柄では、神隠しのように消えてしまったと思われている。一方、警察や学校は神隠しという非現実的な出来事を信じるわけもなく、ひとみの勘違いとして、家出としての見解が強いようである。

「親父に、母親はどうだ?」

「俺にも連絡あったな。『ウチのボンクラ息子が迷惑をかけてないか』ってな。まあ、流石は高木の親父さんだ。行方不明から一ヶ月経って、ようやく探し始めた感じだな」

「御両親とも、心配はしているみたいですけど、『ウチの息子が見つからないということは、息子が見つかりたくないと思ってるからだ』と言ってました」

 恵一と千晴の言葉に、高木は「流石は、僕の両親だ」と笑った。

 高木は家出を今までに一度もしたことはないが、両親に「家出をしてみたい」と言ったことはある。両親とも笑って「じゃあ、明日の夕飯は要らないな」と答えるような猛者である。

 両親共に揃って背が高く、高木も身長だけはサラブレッドである。人混みに紛れると、一層目立ってしまうような高木が行方不明ということは、それこそ神隠しか、本人が意図的に隠れなければ成立しない。

「交通事故という線での捜査などは行われていないのか?」

「ああ。この辺りの道路は、深夜でもない限りは目撃者やらがいるはずだし、お前が消えたのは下校中だろ。事件性が低いって扱いらしい。まあ、まさかお前が家出するはずもねえし、天橋が嘘言うってのも信じられないから、神隠しって噂が流れて、テレビやら雑誌の取材も来たけど……もう、世間的には忘れられた人だな。復活したと大々的に宣言すりゃ、またニュースになるかもしれないけどよ」

「ふむ。総じて考えれば、僕が自発的に蒸発したというのが、一般的な見解か。ならば、家出とするのが一番妥当で、理由もでっち上げるのは楽だが……どうにも面白くないな」

「面白くないって、お前なあ」

「いや、単に僕自身が楽しくないというわけではなく、周囲から冷ややかな目で見られてしまう。巴にも怒られるし、そろそろ両親も本格的に心配し始める頃合いだろう。学校からは無断欠席を責められるしな。いわれ無き理由で成績が下がるのも、実にくだらない」

 確かに、と恵一と千晴は頷いた。二ヶ月間も何の連絡もよこさずに、ふらふらと遊んでいたなどと言ってしまえば、周囲や学校は高木を冷ややかな目で見る。今後のことを考えるとなれば、高木に責任の及ばない状況にするに越したことはない。

「それよりもさ、ちょっと気になってたんだけど……トモエって誰?」

 話の腰を折ることを懸念しながらも、フィアが口を出した。何度か高木達が出してきた名前であったし、聞いている中では、一番心配をしている人間の一人でもある。

「僕の妹……と言っても、血は繋がっていないが。千晴ちゃんの友達で、お兄ちゃんになってくれと言われて、妹にした」

「へ……この世界って、勝手に兄妹になれるの?」

「いや、兄妹のように振る舞うというか、兄妹だと勝手に名乗り合っているだけだ」

 高木は特に事も無げに言うが、シーガイアでもこの世界でも、普通はありえない関係である。

 そもそも、高木は顔が異様に広い。異世界という、誰も知り合いがいない状況からしかフィア達は知らないので仕方はないが、その行動力と口の巧さで、高木自身も数え切れないほどの友人や知人がいる。

 高木自身が変人なので、必然的に一癖も二癖もある連中が多い。恵一や千晴のような、境遇の珍しい人間や、巴のように関係が珍しい人間。他にも性格やら生き様やら、とにかく変わった人間ばかりである。

「シーガイアでもそうだったけど……つくづく、マサトが不思議で仕方ないわ」

 シーガイアでの高木の旅の仲間や、出会った人間もやはり変人や超人、奇人ばかりであったので、驚きこそしないが、流石に呆れてしまった。やはり、異世界人だから不思議なのではなく、タカギマサトという人間が不思議なのだと、フィアは溜息をついた。

「俺らからすりゃ、自称異世界人ってのが一番の変わり種なんだがな」

 恵一が笑い飛ばして、フィアとエリシアを見る。

 二ヶ月間も音沙汰の無かった親友が、いきなり庭先に現れて、異世界人を名乗る外国人を二人も連れていたのだ。しかも、二人とも美人で、高木を信頼しているように見える。壮大かつ実に嘘くさい異世界譚を、少しは信じてしまいたくなるほどに。

「ふむ。とりあえず僕の交友関係に関しては置いておこう。それよりも、情報も出揃ったので、具体的な作戦を練ろうと思うのだが……」

 高木は一同を見渡して、思わず溜息をついた。

 フィアは猪突猛進の、策も何も考えない状況に強い人種。

 恵一もやはり、どちらかというと正面突破で力を発揮するタイプであり、およそ作戦立案には向かない。

 エリシアは機転の利く少女であり、その場その場に応じた臨機応変な対応はできるが、あらかじめしっかりと策を練ったことなどない。

 そうなると、千晴が残るのみであるが、黙ったままであり、あまり期待はできそうもない。

「こういうのは、高木の仕事だな」

「マサトに任せるのが一番よね」

 案の定、フィアと恵一が高木を見ていた。

「……口先三寸なら兎角、このような作戦はそこまで得意ではないのだが……まあ、仕方ないか」

 消去法ではあるが、他に適任が居ないのも確かである。友人の中には、高木よりもこの手の話に詳しい人間もいるので、頼ってみることも考えたが、あまり多くの人間に助けを求めては、用意が整う前に、高木の帰還が知られてしまう。

 半ば諦めるように溜息をついて、高木はじっと腕を組んで、どうすべきかを考えた。

 実際に考えるのは高木の役目でいいが、いざ動くとなると、恵一や千晴にも協力を仰ぐことができる。フィアやエリシアは土地勘ならぬ世界勘がないので、今回は見学という形にしておいた方が良いだろう。

「致し方なく姿を消していたとすると……命を狙われていたから、かな。いや、話が大きくなりすぎて収集がつかないな。だとすると、事故に巻き込まれたのが良いが……そもそも事故が起きていない。いっそドッキリ……は無理がありすぎる」

 高木は様々な仮説を立てては、それを自分で否定していく。

 そもそも、高木は決して奇策が得意なわけではない。

 高木の行動が奇策やとんでもないものに思えるのは、高木自身が変人であることに由来している点が大きい。実際に、高木が今までに異世界で使ってきたのは詭弁と嘘、三段論法などの、元の世界ではありふれたモノであり、決して真新しい策略などを用いた試しはない。相手の様子を見極めて、高木自身が持っている中で一番有効なカードを切る。元々の知識量と、判断力と弁舌。それが高木の強みであり、裏を返すならば、社会という集合体――複数の意志や知識が相手になると、分が悪いということになる。

「迷子ってのはどうだ?」

「十七歳の男子高校生で、財布も持っている。人に道を聞くこともできれば、警察を頼ることもできる。最悪、タクシーなり電車なりで帰ることまでできてしまう。どう迷子になっていいのか、逆に聞きたいぐらいだ」

 恵一の言葉を一刀両断に伏して、高木はなおもブツブツと呟きながら、よりよい方法を探す。

 しかし、中々妙案は出てこない。じっくりと下準備をすれば、高木もそれなりの策を実行できるのだが、三日以内となると、中々そうも言っていられない。

「記憶喪失、というのはどうでしょう?」

 千晴がふと、発言する。しかし、高木は力なく首を横に振った。

「現時点で、最有力候補だ。どうしても自分の家や名前が思い出せず、二ヶ月間、ほうぼうで世話になりながら食いつないできたが、ようやく記憶が戻って帰ってきた……筋としては比較的作りやすい上に、稀ながら記憶喪失はきちんと科学的に証明されていることだし……ただ、記憶喪失に関する知識が少なくて、演じきれるかどうかが問題……だ?」

 高木は説明している途中で、ぴたりと動きを止めた。

 記憶喪失に関する知識は、確かに高木の中には無い。しかし、記憶喪失を体験したことのある人間を、一人知っていた。

「仁科……君は確か、記憶の一部分が抜け落ちているのだったな?」

 高木がゆっくりと問いかけると、恵一は軽い調子で頷いた。

 御令嬢つきのメイドというだけでも、この仁科恵一は強烈であるが、半ばトラウマの形ながら、中学生時代の一部分の記憶が無いのである。正確に言えば、それが遠因となってメイドになったのだが。

「自分の身体のことだからな。一応、しっかり調べたぜ。資料もあるし、どういう気持ちなのかも説明できる」

 恵一がにかっと笑って、高木を見た。

「……いや、しかし。それを利用してしまうのも、少々人道にもとる気もするな」

 親友の心の傷でもある部分を、事細かに聞かねばならないのだ。高木も流石に躊躇する。

 しかし、恵一はカラカラと笑い、千晴も微笑んでいた。

「俺は構わねえよ。むしろ、調べたことが役に立つんなら、そっちのほうがいい」

「高木さんも、もしも逆の立場なら自ら、同じ事を提案すると思います」

「……どうだろうね」

 高木は恵一と千晴の目を見ることができず、顔を伏せた。

 確かに自分とて、それで友人が助かるのならば、自らの傷を躊躇いなく広げるだろう。伊達にサムライを名乗ろうとなどと考えていたわけではない。嘘もつくし、他人を欺くことにも罪悪感を覚えないが、正義感や情はある。

「しかし、僕よりも、よほど仁科の方がサムライのようだな」

「はは、そりゃそうだろ。俺にゃ仕えるべき主がいるんだぜ。忠義がどうこうとか、今更あんまり考えねえけど、刀を振るうかホウキを振るうかの違いだろ。メイドとサムライなんてよ」

 恵一の言葉に、流石に高木は苦笑した。

 彼の理屈はシンプルで穴だらけなのに、どうしてか不思議と納得してしまえるのだ。それは高木には決して真似できない説得力であり、もしも恵一が異世界に召喚されて、高木が迎える立場だったならば、何も疑わずに信じていただろう。

 それが恵一の魅力である。だが、高木にはそれができないからこそ、理論を徹底的に突き詰める道を選んだ。その結果、概念魔法を身につけたのだろうし、自分の生き方に間違いはなかったと思う。それに、高木は高木だからこそ、恵一のような友人と出会えたという自負がある。

「毒を喰らわば皿までか。すまないが、徹底的に世話になる。この恩は、必ず返す」

「はは、言ってることはやっぱり、高木の方がサムライみたいだな」

 恵一は笑いながら、資料を取りに二階へ向かった。


「……記憶喪失の中でも、逆行性。それも外的要因にしてしまうのが一番だな」

 恵一の説明に、高木は資料を読みながら頷いた。

 主にインターネットの記事や、新書の類ばかりの資料ではあったが、専門的な医学書を紐解いている時間もない。概要と、行動さえ理解できれば良いので、さしたる問題にはならなかった。

 記憶喪失。正確に言えば記憶障害であり、その中でも健忘と言われる症状が高木にとって一番都合が良さそうだった。

 心的要因。つまりストレスなどから引き起こされる場合と、頭部への衝撃などで起こる外的要因に別れる。恵一の場合は心的要因であったが、なるべく精神的な面での問題にはしないほうがいいとのことで、高木は外的要因を選んだ。

「まあ、フィアに何度も吹き飛ばされたり、叩かれたりしているからな。妥当なところだろう」

「吹っ飛べ!!」

 高木の軽口にフィアが思わず魔法を発動させようとするが、この世界にマナは存在しない。呪文がむなしく響くばかりで、何も起こらなかった。何事かと目を丸くしている恵一と千晴の視線に、恥ずかしさの余りフィアは高木の頭を拳骨で殴った。

「……とまあ、このように健忘になる要素は満載だった。嘘をつく上で大事なことは、自分自身もある程度、騙してしまうことだ。自分が信じていないことと、信じていることのどちらが、相手を信じさせるかなど、考えるまでもないことだからな」

 高木の冷静な講釈が一層、フィアの顔を赤くさせていくのだが、もうエリシアも慣れたモノで、恵一と千晴に「いつものことだから」と笑う余裕すらあった。

「ま、まあ……とにかくだな。高木はどっかで頭をぶつけて、健忘症になった。症状は、逆行性。つまり、頭をぶつけるより前の記憶が飛んでしまったって状態だな。で、自分が誰かもわからず、どうしていいかもわからずに、ふらふらと彷徨った」

「ああ。そこから先は記憶していることになるのか。ならば、筋道を立てて考えなければならないな」

 高木は頭を打って記憶をなくした自分が、どのような行動に出るかを考えた。

 学生鞄をシーガイアに置いてきたのは正解だった。生徒手帳や財布などの身分や自分の名前がわかるものは、すべて学生鞄に保管してあるのだ。自分の名前もわからず、知り合いなど誰もいない状況。

 警察に頼るだろうか。否、高木は自分の力でどうにかしようとする。まずは、自分が誰なのかを把握しようとするだろう。

「ここからが大事だ。なんせ、二ヶ月間も消えていたのだからな。相応のシナリオが必要なのだが……幸いにして、僕のことを誰も知らない状況から、僕は元の世界に戻ってきた。それを現代風にアレンジしてしまえばいい」

 嘘の中に本当のことを混ぜるのが、相手を信用させる秘訣とよく言うが、高木の嘘はさらに細かい段階を経て構成される。

 行動自体にさほどの変化は起こさずに、出会った人々や行った場所だけをすり替えてしまう。

「まずは、一人目。剛気なトラック運転手。自分が誰かわからず、深夜のコンビニで暖を取っているときに、声をかけられた。僕は彼を頼り、自分が誰かを思い出すために。逆を言えば、自分のことを知っている人間を捜すために、彼のトラックに乗り込み、見覚えのある景色を探すことにする。見た目はガイで、内容はフィアから拝借しよう」

 高木は嬉々と自分の二ヶ月間を作り替えていく。元々、概念魔法も既存の物質を、別の物質に再構成するものである。いわば、改変作業であり、それに長い時間をかけて取り組んでいたこともあって、湯水の如く、自身のイフストーリーが思い浮かんでくる。

「……こいつ、サムライっていうか作家じゃねえのか?」

「魔法使いよ」

 恵一の呆れた顔に、フィアが妙に嬉しそうに答えた。


 こうして、記憶喪失として何ら違和感が無く、道中の過程も決して有り得ない話ではないものに仕上がった。脚本、高木。編集には恵一と千晴が。エリシアとフィアは異世界の物語として、楽しく聞く役目であった。

「うん、面白かったよ。私は子犬になってたけど」

 話の都合上、高木は途中で雨に濡れた子犬を抱きかかえたりもしていた。そんな細やかなところまで警察で話す必要があるのかどうかはわからないが、少なくとも物語としての見せ場ではあった。

 ちなみに、話がややこしくなるという理由からオルゴーは未登場である。当然ながらルクタと手を取り合い脱獄する部分は尺と高木の都合で完璧に忘れ去られ、その代わりに使いやすかったのだろうか、ファウストは名前を変えて三度も登場した。馬鹿とハサミは使いようだが、馬鹿正直は煮ても焼いても使えない。

「んじゃ、高木は今朝に記憶を取り戻したってことにしとくか。それで、連絡を受けた俺が迎えに行って、今に至る」

「ああ。それでは早速、行動開始といこう。僕は流石に疲れているという設定なので、仁科がまずは、僕の両親に連絡。千晴ちゃんは巴に頼めるかな?」

 話がまとまると、行動は早かった。まずは、自分たちを騙すためにフィアとエリシアには千晴の部屋で待機して貰い、高木はソファにもたれたまま動かず、恵一が高木の両親に。千晴が巴に連絡を入れる。実際に恵一や千晴が演技をする必要はそこまで無い。なんせ、遠いところから高木が帰ってきたことには違いないのだから。

「もしもし。聖人の友達の仁科です。高木の野郎、見つかりましたよ! 今、俺の家で休んでます!」

「もしもし、巴ちゃん。高木さん、帰ってきたよ!」

 高木が帰ってきた喜びを、再び表に出せば、自然と声は高くなり、相手もその内容から流石に平静を欠く。少々の嘘臭さは誰も気にしなかった。

「親父さん、こっち来るってよ。いやしかし、良かったな高木。記憶も戻って、無事に帰って来れて」

「巴ちゃん、電話しながらもう家を飛び出してましたよ。あと、五分もかからないって……ほんとに、戻ってきてくれて良かったです」

 恵一と千晴も半ば演技、もう半分は本音で語る。高木も自分がトラックであちこちを巡った様子を思い出し、道中で拾った子犬に思いを馳せた。

「……うむ、自分を欺くのも楽しいものだ」

 嘘つき、ここに極まる。

  

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