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52話:親友

「つまり、お前はそこの金髪娘に異世界に召還されて、そっちの赤髪ちゃんやら、青髪の巨乳魔法使いやら、女豹さんやら、貴族の令嬢。果ては天橋まで囲ったと」

 仁科恵一はコーヒーを四人分注いで、テーブルに座ったそれぞれの前に出した。

「砂糖とミルク、要るか?」

「み、みるく……?」

 エリシアはおっかなびっくりという様子で聞き返す。高木が横文字が通じないことを説明すると、恵一は「面倒くせえな」と言いながらも、牛乳の親戚みたいなものだと説明した。

「とりあえず、異世界旅行と洒落込んでたって話だろ?」

「まあ、そういうことだ」

 高木はコーヒーを啜り、恵一を見る。

 よくあるファンタジー小説では、ここで恵一が何の疑いも持たずに信じてくれる場面であるが、明らかに疑っている目であった。

「信用できないか」

「信用させるつもりもないくせに、よく言うよ」

 恵一が笑い飛ばすと、高木も口角をつり上げる。

「嘘と口車が十八番のお前にしちゃ、出来の悪い冗談ってところか。わざわざ変な服着た外人さんを二人も用意するなんて、中々凝ってるけど、設定がデカすぎて話にならねえよ」

「ああ、全くもってその通りだ」

 恵一の意見を全く否定しない高木に、フィアとエリシアは首を傾げる。高木ならば、いくらでも反論できるだろうし、信じさせることができるだけの舌を持っているはずである。

「マサトの言ってることは、嘘じゃないわ。私がマサトをシーガイアに召還したの」

「ずっと、私たちと旅をしてきたよ」

 フィアとエリシアが見かねて弁護するが、恵一は首を横に振る。

「ネトゲーのやり過ぎで、コスプレまで始めたようにしか見えねえ。そりゃ、高木が二ヶ月も音沙汰無しってのはおかしいけどよ、だからって『異世界があります。そこに召還されてました』って言われて、信じるか?」

 恵一の言い分は高木としてはもっともであり、それに関して弁解するつもりも全くない。さきほど、マナがこの世界にもあるかと観察してみたが、特にマナらしきものは見あたらなかった。魔法で証明というわけにもいかない。

「別に良いさ。僕だって、そんなことを言う輩がいれば、まず本人の精神状態を疑う」

 高木はそれだけ言って、久々のコーヒーをじっくりと堪能する。フィアとエリシアは気まずそうに高木を見つめるだけだが、恵一も特に何も言わずに、ゆっくりと高木がコーヒーを飲むのを待っていた。

「……まあ、事実などどうでも良いことで、要は僕は帰ってきたものの、また戻らねばならんということだ。ひとみには三日後に召還するように言ってある。それまでの、フィアとエリシアの寝床として、この家を使わせてくれれば良い」

「おうよ。部屋は余ってるし、適当に使ってくれてかまわねーぜ。千晴は多分、大丈夫だろうしな」

 恵一の言葉に、再びフィアとエリシアが驚愕する。自分たちの言い分を全く信じないのに、寝床を提供してくれるという判断が、どうすればできるのだろうか。これが、この世界の常識なのだろうかと疑ってしまう。

「なあ、多分だけど、アスタリスクとオリシア、誤解してるぞ」

「アスタルフィアと、エリシアだ」

「ああ、そうだっけか。で、その……アスタ……ええい、面倒くせえ。フィアとエリシア。別に、俺は高木の言ってることを信用はしねーけど。二ヶ月も行方不明で、外人二人を連れて帰ってきたってのは、明らかにワケアリだ。高木は必要以上に迷惑かけるヤツじゃねえし、何があったか知らねえけど、天橋が昨日、家に帰ってないって連絡は俺も聞いてる。全部が全部、まるっきり嘘じゃねえとも思うしな」

 恵一はそう言って、高木と笑い合った。

 ここで、ようやくフィアは、高木と恵一の関係を理解する。この二人は、親友だ。


「仁科は僕と同じ学生だが、学校を休学している。僕が消えたのが一月半ばだったから、今は三月末か。もうそろそろ、仁科は復学する頃合いだな」

 恵一は、高校生ながらに大財閥の令嬢の世話役のために、学校を休んでいる。

 本来ならば、令嬢の住む豪邸で生活するはずだったのだが、「デカイ屋敷は性に合わねえ」と言って、一軒家を借りて、そこに令嬢を引っ越しさせて、世話を見ている。

 元々が単なる高校生であったので、家事などろくにできず、恵一も世話役に任命されたことを不思議に思っていたが、思いの外、家事が性に合っていたようで、令嬢――中学生の御主人様と仲良く同居している。少しばかり仲が良すぎたのか、恋仲に発展してしまったのは御愛嬌というところだろうか。

「ま、そういうわけだ。とりあえず、後で部屋に案内するから」

「え、ええ……ありがとう」

 なんだかよくわからない説明であったが、とりあえずは寝床の確保ができたようである。

「マサト。この世界じゃ、学生が貴族に仕えるの?」

「いや……仁科も、僕のように相当に珍しい人生を歩んでいるだけさ。御主人様は中学生、とでも言っておこうか」

「チュウガクセイ?」

「エリシアと同じ年の頃の学生のことだよ」

 シーガイアでは、学校に通える人間はあまり多くない。エリシアなど通える環境ではなく、文字もフィアやレイラに教えてもらい、ようやく覚えることができたのだ。

 高木はこの世界では、中学校までは義務教育であり、全員が等しく学校に通うことのできる権利を持っていることを話した。

「すごいね……そんな世界なら、きっと平和だよね?」

「……ああ、そうだな。この世界は、きっと平和だ」

 エリシアがあまりにもきらきらとした瞳で高木を見つめるものだから、高木は珍しくエリシアに嘘をついた。

 誰もが教育を受けられるほどに、発達した文明。それが幸福に直結しているわけではない。



 フィアとレイラにこの世界の大まかなしきたりや、最低限に気をつけなければならないことを説明していると、恵一の恋人であり、御主人様であり、絶賛同棲中でもある鈴ノ宮千晴が学校から帰ってきた。

「ただいまです、恵一……え?」

 ひょっこりという形容がぴったりの、ちょこちょことした小動物的な動きで居間に顔を出した千晴は、見慣れない二人の外国人(実際は異世界人だが)と、行方不明になっていたはずの男を見て、口をぽかんと開けた。やや色素の薄い茶色がかった髪をお下げにしており、ぱっちりとした目と、少し低いが形の整った鼻が愛らしい少女である。

「た、高木さんっ!!」

「やあ、千晴ちゃん。元気にしていたかい?」

 高木がひょいと手を挙げて、千晴に挨拶をする。

「ど、どこに行ってたんですかっ。巴ちゃんや、天橋さんがどれだけ心配していたか、わかってるんですかッ!!」

 途端、千晴は烈火のごとく怒り出して、高木に飛びついた。

 高木は千晴を抱きかかえるように受け止めると、よしよしと頭を撫でる。

「あたしも、恵一もとっても心配してたんですよ。警察が捜しても、全然見つからないし。天橋さんまで、昨日からいないって巴ちゃんが泣き出して」

「すまない。だが、僕は無事だし、ひとみも元気だ」

 高木はあやすように千晴に語りかける。突然の出来事にフィアとエリシアは固まったままだったが、高木にもこれほど心配をするような人間がたくさんいることに、少しだけ安心した。

「とにかく、早く巴ちゃんに報せないとだめですっ。あ、御両親や学校にも……!」

「まあ、そう慌てないで。その辺りのことも含めて、ちょっと相談したいんだ」

 高木はそう言って、千晴の目を見る。

「そ、相談ですか?」

「ああ。まあ、アレだ。とりあえずは、仁科が僕を殺しかねない目で睨んでいるから、そろそろ離れようか」

 高木の言葉に、ずっと高木と抱き合っていることに気付いた千晴が顔を真っ赤にして飛び退すさる。恵一は高木の言葉通り、なかなかに凶悪な面構えで高木を睨んでいた。

「マサトって、こっちの世界でも女たらしねえ」

 フィアの呟きに、恵一が「ネトゲーでも口説いてたのか」と呆れた顔を見せた。


「とりあえず、僕は別に現世こっちでも異世界あっちでも、好んで女性を口説いたことはないが、それはさておき。千晴ちゃんが言ったように、僕の帰還を報せないといけないのだが」

 高木は場を取り直すように咳払いをすると、千晴を見た。

 千晴にも異世界に行っていた旨を既に話してある。親友は信じなかったのに、その恋人である千晴は「わかりました」の一言で、あっさりと信用してくれた。

「高木さんに騙されて、悪い結果になったことはないですから。本当かどうかは、どっちでも良いんです。信じた方がお互いに都合がいいと思いますし」

 千晴の言葉に、フィアとエリシアは幾度も頷いた。

 確かに、高木は敵だろうが味方だろうが、遠慮無く騙すし、何の躊躇いもなく嘘をつく。しかし、決して仲間に悪意をもって嘘をつくことは一度もなかった。きっと、この世界でも高木はそのように、優しかったり、気持ち良かったりする嘘を並べて生きてきたのだろうと、想像ができた。

 実際に、高木が嘘つきであることなど百も承知で、恵一も千晴も高木と交流を持っている。恵一は高木の言葉自体は信じなくても、高木本人は信じているし、千晴は高木の言葉が嘘でも信じると言っているのだ。ここまでの信頼を勝ち得る嘘つきなど、他に知らない。

「でも、流石に他の人たちはシーガイアという世界のことを、信じてくれないと思います」

「ああ。巴なら信じてくれそうな気もするが……両親は息子の正気を疑い、精神病院あたりに放り込まれるか。あるいは、警察が薬物使用の捜査に踏み切るか。どれも想像に難くない。だから、僕はこれから、社会的信用を失わず、それでいて真っ当な理由で、誰もが信じざるを得ないという、とても難しい嘘をつかなくてはならない」

 高木の言葉に、ようやくフィアとエリシア。それに恵一と千晴の全員が頷いた。

 二ヶ月間の空白を、如何に「それならば、仕方ない」と言わせる状況に仕立て上げるか。実に難題であり、当の本人である高木はさぞ苦しいハズだが、その場にいる全員の予想通り、高木は満面の笑みを浮かべていた。

「お前、こういう状況大好きだろ?」

「ああ。もちろんだ。今から僕は、警察や学校。ひいては社会を真っ正面から騙すんだ。こんなに楽しいことはない」

 無論、親しい人間も騙すことになってしまうのだが、少なくとも異世界に行っていたという妄想のような戯言を聞かされるよりは、よほどマシである。

「マサトらしいわ。ほんと、なんでこんなヤツ召還しちゃったんだろう」

「高木さんらしくて、私は嫌いじゃないです」

「うん、これでこそマサトかな」

「まあ、高木はこうじゃねえとな」

 変わった信頼を得ているものだと、高木は苦笑してしまった。

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