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51話:帰還

 二ヶ月ぶりのマーブル模様を体験した後に目を開くと、もうすっかり懐かしいと思えてしまうほどの、フィアの家の中だった。

「え……!?」

 何が起こったのかわからず、きょろきょろと辺りを見渡すフィアに、今起こったことの説明をする。

 召還魔法を応用した、転送魔法。高木の場合は、『フィアの家に飛んでいくモノ』を概念で構成することにより、それを可能とした。概念の対象を自分と触れている存在に指定したところ、上手くフィアを連れてくることができたようである。

「じゃあ、ここ……本当に私の家?」

 理屈こそ理解できるが、結果が信じられないフィアは外に出たり、裏庭に回ってみたりと状況確認を繰り返している。

「ほんとに、私の家だ……急いでも三十日ぐらいは、かかる距離なのに」

「それを言えば、僕の世界からシーガイアには、どれだけ急いでも来れないさ」

 とりあえず、実験は成功した。ただ、久しぶりのマーブル模様に若干悪酔いしてしまい、あまり気分の良い移動方法ではないことは確かだ。徒歩十分圏内ならば、多少疲れても歩いて行くことを選択するだろう。

「うむ。では、戻ろうか」

「え。もう戻っちゃうの?」

「ちょっとした実験だったからな。何か忘れ物でもあるなら、今の内に取ってこい」

「や、そうじゃなくってさ……」

 久々の我が家に感慨深く溜息をついていたフィアは、言葉を濁し、上目遣いで高木を見る。

「……バレットさんに挨拶ぐらいはしておくかねばな。すまないが、時間をつぶしておいてくれないか?」

「あ、うん……ありがと!」

 高木のちょっとした気遣いにフィアはぱっと表情を明るくして、ゆっくりと目を閉じる。マナがフィアを中心に集まっていき、「春の野原」の呪文と共に、部屋に溜まっていた埃が全て外にはき出されていく。

「あー、スッキリした。じゃ、私は久しぶりに友達のところに行ってくるから!」

「友達いたのか」

 久しぶりのフィアのビンタが飛んできた。古巣に帰ってきて、少し開放的になっているらしい。

 フィアはバカを三度ほど連呼しながら、それでも懐かしい友人に早く会いたくなったのか、勢いよく飛び出していった。

「やれやれ……さて、宣言通りバレットさんを冷やかしに行くか」


 フィアと再び転送魔法で戻ると、ちょうどひとみがファウストに魔法の制御について講釈を受けている最中だった。

 どうやらファウストの丁寧すぎる言葉遣いにひとみが恐縮してしまったらしく、言葉遣いは戻っていたが、代わりにすっかりとひとみの才能に魅了されたらしく、随分と熱心な講義となっていた。

 ファウストによれば、魔法の制御は主に二通りあり、集めるマナの量を調節するか、想像する内容を小規模にしてしまうか。元々、マナは想像を具現化するものと言っても差し支えなく、想像したものが小さければ、小さいものしかできない。

 しかし、大量のマナを小さい器に収めるような形になるので、下手な想像では矛盾が生じて、魔法が発動しなかったり、暴発とも呼べる事故が起きる可能性がある。

 ひとみはまず、マナの制御から覚えるという流れになっていた。元々、あまりにも大きすぎるマナのせいで迂闊に魔法を使えないので、ただでさえ暴発の危険性を備えている想像の制御よりも安全だからである。

「調子はどうだ?」

「タカギ君。彼女は素晴らしいですよ。単に稀代の才能の持ち主というだけではありません。マナの制御というのは、本当に難しいことなのに、もうコツを掴みかけているのですよ。もちろん、私の教え方の良さもありますけどね」

 ファウストは褒めているのか自慢しているのか判別のつかない言葉で、高木達を苦笑させた。

 この調子だと、ひとみは三日もすれば魔法を使うことができるだろう。そうなれば、高木同様に概念という存在を理解できるひとみに、概念魔法を教えてしまえば、自由に元の世界とシーガイアを行き来することができるようになる。

「さて、これでオルゴーの目的も達成間近。僕も概ね、目標を達成した形となるな」

 ひとみを召還してしまったのは、高木としては大失敗のはずだった。自分のわがままで他人を巻き込んでしまうのは、いくら高木が楽しいことを優先するからと言って、落ち込まずにはいられない。

 しかし、喚び出されたひとみは、まるで二ヶ月前の高木をトレースするかのように、嬉々として異世界の知識を吸収している。高木はフィアに頼りながら自分で多くのことを見聞したが、ひとみはその高木から情報を得ているので、傍目から見れば異様なまでの適応力であろう。

「……うむ、うむ。これで問題は無いな。後は……ひとみ」

 一人でしきりに頷いたり、考えたりしていた高木が、ひとみに声をかける。

「耳を貸せ」

 高木はひとみの耳元で、ぼそぼそと呟く。

「……うんうん。確かに……うん、できると思う……私もだよ」

 ひとみが頷いて、最後ににっこりと笑う。高木は良しと言って、一同を見渡した。

「みんな。すまないが、しばらくの間、ちょっと実家に帰ってくる。異世界人になりたいヤツは挙手してくれ」

 高木の言葉に、真っ先にエリシアとフィアが手を挙げた。



 概念魔法の基礎理論と、応用法は全て高木の学生鞄に入ったノートに書き記されている。高木本人がいなくても、概念魔法をひとみに教えることは可能だった。

 そうなると、高木が元の世界に戻ってもひとみは召還魔法を行使できるようになるだろう。オルゴーとクーガの面談には参加しないことを決めた以上、高木は当分暇になる。

 だとすれば、一旦は元の世界に戻ってしまおうというのが高木の考えだった。

「私は、マサトについて行くって決めたから」

「マサトの世界、ずっと興味があったのよね」

 エリシアとフィアは、伊達に高木との付き合いが一番長いわけではない。真っ先に高木の言葉が「一緒に来るか?」という誘い文句だと気づき、手を挙げたのだ。

「俺も行ってみてえけど、オルゴーと一緒にクーガ伯爵に会わなくちゃいけねえしな」

「私は……ちょっと怖いかなー」

 ヴィスリーは状況を考慮した上での辞退。レイラもやや遅ればせながら気付いたものの、見慣れぬ異世界に行くほどの勇気がない。

 フィアは好奇心。エリシアは高木について行くという行動指針が強いために、ためらいなく手を挙げたのだ。本来ならば、レイラの反応が一番真っ当である。

「よし、それでは早速行こうか」

 高木はゆっくりと目を閉じて、召還魔法の理論を脳内に構築していく。

 二ヶ月ぶりの元の世界。おそらくは、中々に大変なことになっているだろう。警察が行方不明の高木を捜索していると言うし、学校も二ヶ月間の無断欠席。両親も流石に心配している。

「……まあ、そんな状況こそ、口八丁の出番だな」

 高木はそう言いながら、どこに帰還しようかと、帰る先のイメージを作り上げていく。

 自宅には両親がいて、突然現れた息子と、二人の外国人に腰を抜かすかもしれない。

 比較的、言い訳が通用しそうな場所で、高木がそこを明確にイメージできねばならない。

「……まあ、フィア達の寝床にもなるか」

 心当たりを見つけると、高木は一気に脳内で理論を完成させた。

 その瞬間、高木とフィア、エリシアの姿がふと消えた。ひとみは、いつか高木が目の前から消えた様子を思い出したのか、ふうと溜息をついた。ルクタがそれを見かねて、ひとみの肩に手を置いた。

「……いくら自分のやることが無くなったからって、恋人を置いていくかしら、普通」

「そういう配慮ができないところが、なんか良いんだよ」

 フォローなのか、本音なのか。ひとみの言葉にルクタは苦笑で返した。



 高木がマーブル模様を目を閉じてやり過ごすと、ゆっくりと目を開いた。

「うむ。成功した」

 隣にいるフィアとエリシアを確認して、周囲を見渡す。見慣れた、元の世界がそこに広がっていた。

「ここが……マサトの世界?」

 フィアも目を開いて、少しおっかなびっくりという様子でキョロキョロと様子を窺う。手狭い空き地のような場所だが、周囲を見たこともない白灰色の、長方形の石で囲まれている。ブロック塀であった。

 後ろに目をやると、なにやら見たことのない材質の建物がある。明らかに文明が進んでいる場所だと理解はできたが、それにしてもここはどこだろうと首を傾げた。

「ここは、僕の友達の家……その、庭先だ」

 高木は説明すると、庭と屋内を繋ぐガラス戸を遠慮無く引き開けて、靴を脱いで上がり込む。

「フィア、エリシア。靴は脱げよ。僕の国は家の中では土足厳禁だ」

 文化の違いを説明しながら、高木は「おーい」と声を上げる。

「えっと……友達の、家だよね。勝手に入っちゃっていいの?」

 エリシアがまだ見慣れない異世界に戸惑いながらも、高木におどおどと問いかける。高木は「気兼ねしなくて良い場所だ」と説明して、家主の名を呼んだ。

「仁科、いないのか。千晴ちゃーん?」

 高木の再三の呼びかけに、やがて二階から階段を下りてくる音が聞こえる。どうやら家事をしていた途中らしい、エプロンをつけた高木と同年代の男が顔をのぞかせる。少し目がタレ気味ながら、中々の好青年という容姿だ。

「……高木?」

「久しぶりだな、仁科。元気にしていたか?」

 仁科と呼ばれた男は、しばらく呆然としていたが、目の前にいる男が幻想やら幽霊のたぐいではないと確認したのか、ぱっと顔を輝かせて、そのまま高木を殴り飛ばした。

「この大馬鹿野郎ッ、てめえ、今までどこで何してたッ!!?」

 咄嗟のガードが間に合わず、モロに顔面を殴られた高木だが、度重なるフィアのビンタやら命の危機に直面してきただけあって、よろよろと立ち上がると、にっと笑って彼に近づいた。

「ちょっと野暮用でな。すまんが、力を貸してくれ」

少し前に、会話の中で登場した仁科。

拙作「御主人様は中学生」の主人公でもあります。


作中およびサブタイトルでは明示しませんが、今回の話から第二部というか、第二章というか。まあ、後半戦とでもいいますか。

何かと頑張っていこうと思いますので、よろしければ御感想など、お願い致します。

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