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50話:胸囲

 高木が目を覚ましたのは、昼を過ぎた辺りだった。

 身体を起こして、眼鏡をかける。部屋のあちこちで、仲間達が雑魚寝しており、一体何のために個室をあてがわれたのかと、笑みを漏らしてしまう。

 そもそも高木もベッドではなく、床で眠ってしまった。そのベッドもひとみとエリシアが二人で使っており、ヴィスリーとナンナは部屋の端っこで抱き合いながら丸まっている。ルクタは壁に背を預けながら器用に眠り、フィアはソファを占領している。レイラは椅子に座ったままうつらうつらと船をこいでおり、オルゴーに至っては、窓際に立ったまま眠るという離れ業をやってのけていた。

「……世界一の魔法使いに、帝国一の剣の使い手がこの中にいるとは、よもや誰も思うまい」

 その他にも、人間の召還を行った歴代二人目の魔法使い。概念魔法という新たな分野を開拓した異世界人。女豹と謳われた強盗詐欺師に、家事から大工までこなす万能少女。何をやらせてもソツのない元不良に、明らかに体術の心得がある貴族の娘。会得の難しい電撃を使う魔法使いまで揃っている。

「これに加えて、厳つい風体の魔法剣士か。実にバラエティに富んでいる」

 他と比べると少々地味なヴィスリーやエリシアも、旅の中ではその才能を遺憾なく発揮した。ナンナは見事な足払いで高木を転ばせており、心得があることは想像に難くなかった。

「肩書きだけ見ると最強のチームにも思えるが……こうしてみると、ただの色モノ集団だな」

 とりわけ、朴念仁の帝国騎士やら、猪突猛進型の自称「春風の少女」。口先三寸の皮肉屋辺りが揃っている時点で、奇人の集まりに違いない。

 ちなみに、バラエティの豊富さは肩書きだけではなく、女性の胸のサイズにまで及ぶ。

 高木の目視によると、やはり一番手はレイラで他の追随を許さない。次点でフィアが続き、その後にひとみが入って、ナンナが平均値。実はエリシアとルクタでは、エリシアに軍配が上がる。

「G、D、C……Bぐらいか。それで、AとAA……うむ、間違いない」

 実にくだらない独り言を呟き、高木は悦に入る。アルファベットが通用しないのを良いことに、堂々と口に出して言えることも、ちょっと楽しかった。

「……私もDだよ?」

 背後から聞こえた、世界一の魔法使いの声に、高木は寝起きで頭が回りきっていないことを後悔した。比較の面子に加えておきながら、彼女にアルファベットが通用することに気付かないでいた。

「そ、そうか……それは……何よりだ」

 高木は「HAHAHA」とアルファベット表記で乾いた笑い声をあげて、一目散に逃げ出した。



「さあて、今日も今日とて、張り切っていこう!」

 妙にテンションの高い高木に、全員が軽く引きつつも、少し遅めの一日が動き出した。

 まずは朝昼兼の食事を取り、一息ついたところで、今後の予定を改めて組み直す作業となった。

「クーガ伯爵と落ち着いて話ができるのは、明日の夜になりそうです。先ほど、使いの方が来られたので、その時間で良いと答えましたが、よろしかったでしょうか?」

 まずはオルゴーが、本来の目的から順に説明していく。特に異論は無かったが、高木は自分は参加しないことを明言した。

「できれば、タカギさんにも来ていただきたいのですが」

「いや、僕がいると、おそらく余計な口出しをしてしまうことだろう。そもそも、オルゴーの人柄や信念があり、クーガ伯爵にはそれをしっかりと理解して貰わなくてはならない。僕がいると、おそらく協力を約束して貰うための『交渉』になってしまうだろうからな。単に頷かせてしまえば良いだけなら、それもいいのだろうが、共感を得なければいけない。こればかりは、僕の口先三寸でどうこうなるものじゃないさ」

 高木としても、クーガと会話をするのは中々に楽しいのだが、それに終始してしまうと意味がない。高木がオルゴーと行動を共にしているのは、オルゴーが道を誤らないためであり、高木が全てを取り仕切ってしまっては、自ら道を誤らせるようなものである。

 それに高木自身、やらねばならないこともたくさん残っていた。

「ルクタとヴィスリー。それに、ナンナも暇があればオルゴーに付き合ってくれ。ルクタとナンナはクーガ伯爵と面識があるし、もしもオルゴーが暴走したら、ヴィスリーが止める」

「わかりました。ルクタ、ヴィスリーさん。それに、ナンナさんもよろしくお願いします」

「ええ。私は最初から一緒に行くつもりだったしね」

「ま、俺もかまわねえ。ナンナはどうする?」

「我も問題ない。貴族の娘というのは、つまるところ暇人じゃ。まあ、主らが何をしようとしているかは、よくわかっておらんがの」

 ケラケラと笑うナンナに、まずはオルゴーの目的を話すところから始めねばならないようだ。

 ひとみは既に、高木から説明を受けており、特に異論は無いようである。オルゴーの人となりをよく把握しているわけではないが、高木が何の躊躇もなく信じている人間を疑いはしない。

「うむ。それでは、僕とフィア、レイラは引き続き、ひとみに魔法を教えよう。エリシアも一緒だ」

「それはいいんだけど、ヒトミはマナが多すぎるでしょ。私もレイラも、マナの量を調節するのはあんまり得意じゃないのよね」

 昨晩から、ひとみの稀代の才能に一同は驚きと喜びで迎えたが、あまりにも大きすぎるマナに、迂闊な真似ができず、まだ魔法を行使する段階まで話が進んでいないのが現状である。

 なんとか制御を試みているのだが、基本的に魔法は持ちうる最大限のマナを使うのが基本であり、フィアもレイラも、制御をわざわざする必要など無かった。元々、イメージが固まらない初期の段階では大した威力にならないので、才能に恵まれたフィアのような魔法使いも、制御はしない。

 しかし、高木があっさりと魔法を使った前例もあり、もしもひとみがいきなり魔法を完成系で発動させてしまうと、その膨大な量のマナが命取りになる可能性すらある。集める量の調節や、想像の方法など、様々な制御の知識が圧倒的に不足していた。

「まあ、その点に関しては心配するな。都合の良い特別講師を昨日見つけたところだ」

 高木はそう言うと、実に嬉しそうにニヤリと笑った。


「やあ、諸君。おそろいですね」

 呼びだしたらやって来たファウストは、居並ぶ面々に向かって爽やかな笑みを投げかけた。

「何、このバカは?」

 元々、貴族嫌いのフィアは歯に衣着せぬ言葉で、いきなりファウストを馬鹿呼ばわりする。流石に頬を引き攣らせたファウストだが、見目麗しい女性が相手とあってか、ギリギリのところで笑みを保った。

「昨晩、タカギ君と立食会で知り合いまして。聞けば、私の力が必要と言うではないですか。そう易々と力を貸すのも流儀に反するのですが、他ならぬタカギ君の頼みです。快く助力致しましょう」

 高木も大概よく喋る男であるが、これはまた違う分類の、よく喋る男である。

 昨晩、高木が概念魔法で気絶させた後に、すっかり忘れ去られていたファウストだが、高木がひとみを召還したと聞くや、掌を返したように友好的な姿勢を見せた。ひとみから逃げ出した高木が偶然、ファウストと行き会ったのだが、既に親友のようなノリで喋りかけられたので、流石の高木も驚いた。

「まあ、これでもリガルド帝国随一の魔法使いだ。少々の馬鹿は大目に見てやれ」

 昨晩に数値化した折に、400というフィアの倍の数値をつけられたのがファウストであると説明すると、とりあえず一同はファウストが優秀な人間であることを理解した。しかし、ファウストが期待していたほどの驚きが起きなかったのは、全員がひとみの「世界一」を体験しているからだ。「帝国一」と「世界一」では規模が違いすぎる。

 しかし、悲しきかなファウストは、ひとみが世界一の魔法使いだとは聞かされずにやって来ていた。高木は「異世界人に魔法を教えてやって欲しい」と言っただけで、その才能までは知らされていなかったのである。

 自分を越える才能の持ち主に巡り会ったことがなかったこともあり、ファウストは「タカギ君は同じ世界の友人に、私の魔法のすばらしさを見せてやりたいのだろう」と、中々に面白い解釈をしていた。友人ではなく恋人で、ファウストに求めるのは制御という一点のみである。

 敢えて高木が細々と説明しなかったのは、先に言ってしまうとファウストが恐れて逃げるのではないかという危惧と、見ていて面白いからという悪戯心であった。ファウストは魔法の才能こそひとみに劣るが、いじられキャラとしてはオルゴーすら軽く越える。

 高木が生暖かく見守る中、ファウストは意気揚々とひとみに向かい合った。

「それでは、早速ですが美しき異世界のお嬢さん。魔法について説明致しましょう。まず、魔法とはマナを使う技術の総称で……」

「ああ、ファウスト。話の腰を折って悪いが、その辺りは端折っていい」

「タカギ君。マナを信じるためには、マナについて知識を深めねばなりません。何事も、基礎は重要です」

 幼子に諭すように語るファウストに、流石に限界を超えたのだろう。エリシアが思わず吹き出した。

「愛らしいお嬢さん。笑い事ではありません。私が当代きっての魔法使いと謳われているのも、全ては基礎をしっかりと学んだからなのです」

 ファウストの言い分は実に真っ当であり、その様子が真剣だったのが一層、滑稽に映ってしまった。流石に少し可哀想になったので、高木は「見た方が早いな」と呟き、ひとみに視線を送る。

「え……もうマナを? 昨晩はじめて魔法の存在を知った人間が……な、なんだこの量は!!?」

 ばたばたと暴れながら驚くファウストに、最初よりは好感を持つ面々だった。


「えー、その。取り乱してしまい、申し訳ありませんでした。ヒトミ様……私などで宜しければ、微力ながら粉骨砕身の思いで尽くさせていただきます」

 本日二度目の変わり身を披露したファウストに、高木はいっそ感心した。

 相手によって態度を変えることを忌み嫌う人間も居るが、状況に応じた姿勢を使い分けることは社会においては必須条件である。傍目から見れば確かに滑稽だが、場を弁える能力は素直に評価できる。

 ちなみに、あまりの出来事に思わずファウストが遁走するというハプニングに見舞われたりもしたのだが、高木があっさりとファウストを召還してしまった。異なる世界を跨いで人間を召還することができるのである。概ねの場所さえ把握できれば、見知った人間を召還することぐらいは可能だった。

 ようやくファウストが落ち着いて、態度をころりと変えたところで、高木は自分の考えに意識を戻した。

「これも、また使えそうだ」

 偶然の産物ではあったが、これを応用すれば移動時間が極端に短縮される。

 召還と違い、目的地のイメージが明確に固まっていなければならないので、特定の場所にしか移動はできないだろうが、交通手段の発達していないシーガイアで、これを使わない手はない。

「ファウスト。しっかりとひとみに制御方法を教えておいてくれ。レイラは、エリシアに大事な大事な基礎を頼む」

 高木は一計を案じると、フィアの肩に手を置いて、マナを集める。

「ちょっと、何するつもりよ?」

「実験だ」

 高木はゆっくりと目を閉じて、どんどんとイメージを膨らませる。

 恋人の目の前で、別の女の肩を抱く高木のイメージもどんどん下がっていく。

「ちょ、ヒトミが怒ったら吹っ飛ぶぐらいじゃ済まないわよ!?」

瞬間移動アウトポート!」

 高木が呪文を唱えると、例によって光が爆ぜる。次の瞬間、高木とフィアが消えていた。

「え……え!?」

 よく意味がわかっていないエリシア達が騒ぐのを見ながら、ひとみがやれやれと溜息をついた。

「それを言うなら、transportだよ」

 高木の英語の成績は、最低だった。



outport:外港、輸出港

transport:運送、運輸、輸送、移送

多分、今回のサブタイトルが一番酷いです。

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