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49話:稀代

「何故か、我の部屋まで用意されたのじゃが?」

 ヴィスリーの部屋にやって来たナンナが、実に愉快そうに笑った。

「そういや、すっかり紹介する時機を逃しちまったな。まあ、ヒトミさんにゃ自己紹介してたけど……家に帰らなくて良いのか?」

「うむ。元より父とクーガ郷は昵懇の間柄じゃ。使いの者に宿泊の旨を伝えたので、問題はない」

「じゃあ、ゆっくり話ができるな」

 ヴィスリーはそっとナンナの手をとり、口づけをする。ナンナは「ふむ」と頷いたが、ひらりと身を翻し、距離を取った。

「話だけじゃなさそうじゃの」

「気が早かったか?」

「まあ、それもあるが……どうやら客のようじゃ」

 ナンナが扉の方を見ると同時に、コンコンとノックの音が聞こえた。

「ヴィスリーさん。お休みのところ、失礼します」

「ん、オルゴーか。相変わらず、間が悪いぜ」

 苦笑しながらも、ヴィスリーは扉を開く。オルゴーはナンナがいることに驚いたようで、咄嗟に「出直します」と踵を返したが、ヴィスリーが鎧の肩を掴んで引き留めた。

「用事あるんだろ。どうせ、気が殺がれちまったし、気にすんな」

「あ、そうなの。じゃあお邪魔するわね」

 扉の影に隠れていたルクタが、ヴィスリーとオルゴーの脇をすり抜けて部屋に入る。こうなってしまっては、もう出直すという選択肢が消えてしまったオルゴーも、ばつが悪そうな顔ながらも部屋に入った。

「自己紹介してなかったわね。私はルクタで、こっちがオルゴー。よろしくね、ナンナさん」

「ほう、我の名前は割と知られておるようじゃ」

「ヴィスリーが寝ても覚めても繰り返すから、覚えちゃったのよ」

 歳不相応の落ち着きを見せる二人の女性が笑い合う。既にヴィスリーとナンナが結ばれたことぐらいは察したのだろう。オルゴーがヴィスリーに「おめでとうございます」という、無駄に丁寧な祝辞を述べた。

「……あー、もういいや。ありがとうよ」

 オルゴーの間の悪さと、妙に律儀な面をいっぺんに浴びせられて、ヴィスリーはどっと疲れた。

 色々と言いたいことがあったのだが、それを全部飲み込んでヴィスリーはルクタを見た。

「で、わざわざ自己紹介するために来たんじゃないよな?」

「ええ、勿論よ」

 ルクタが苦笑しながら、くいっと扉の外を指さした。

「百聞は一見にしかず、かしら。まあ、二人とも来なさいよ」



 オルゴーとルクタがヴィスリーを訪ねる少し前。広い部屋で、一人で眠る経験が無かったエリシアは困っていた。

 個室に通されたのは良いが、ただでさえ色々なことが起こって、とても眠れそうにはない。

「確か、隣はレイラだっけ」

 高木のことが好きだと公言してやまなかったレイラだが、ひとみと仲良く話そうとしているように見えた。しかし、内心では悲しんでいるだろうし、一人で過ごすのは辛いかもしれない。

「ちょっとお話しようかな」

 そう呟くと、エリシアは隣のレイラを訪ねてみることにした。部屋を出て、いざノックしようと思ったところで、不意に扉が開く。

「あれ、エリシア。どうしたのー?」

 ノックをしようとした格好のまま驚いて固まっていたエリシアに、レイラが問いかける。手には酒瓶が握られていた。

「レイラ、出かけるの?」

「うん。お酒が置いてあったから、ルクタかオルゴーに付き合って貰おうと思ってー」

「じゃ、じゃあ私も一緒に行っていいかな。なんだか眠れなくて」

「うん、勿論いいよー」

 こうして、二人してルクタの部屋を訪ねることになる。しかし、ノックをしてもルクタから返事はなく、仕方なくオルゴーの部屋を訪ねてみると、オルゴーとルクタがレイラと同じ酒瓶を傾けて、酒を飲んでいる最中だった。

「なかなか、寝付けないものでして。どうぞ、レイラさんにエリシアさんも御一緒しましょう」

 オルゴーは快く二人を受け入れると、今度はフィアも呼ぼうという話になった。

 エリシアがフィアを呼びに行くと、ちょうど、高木がフィアの部屋を訪れている最中だった。

「フィア、夜遅くに申し訳ないが、ひとみに魔法を教えてくれ」

「マサトが教えればいいでしょ」

「フィアのほうが詳しいし、実演しようにもマナの少ない僕では、概念魔法以外を教えることはできない。まずはフィアが手解きをしてほしい」

「はあ……仕方ないわね。あ、そうだ。エリシアも眠れないなら一緒に来なさいよ」

「え……?」

「とりあえずマサトの部屋に行くわよ」

 フィアを誘おうとしたところ、逆にフィアに誘われてしまった。仕方なく、再びオルゴー達にそのことを伝えると、オルゴーが「では全員で行きましょう」と言い出した。


「……で、全員揃ったと」

 オルゴーとルクタがヴィスリー、ナンナの両名を連れて部屋に入ってくると、高木はやれやれと溜息をついた。

「仲間はずれも可哀想でしょ」

 ルクタが「文句ある?」とでも言いたげに高木を見る。

「今まで馬車でずっと一緒に行動してきたからな。ばらばらだと落ち着かないと思っていたところだ」

 実際に、こうやって一つの部屋に集まってみると、とても落ち着いてしまうのも確かだった。

「さて。こうなれば、フィアに加えてレイラも教えてくれるし、エリシアも一緒に勉強すればいい。ナンナも紹介しなければならなかったし、もう全部まとめてやってしまおう」

 高木が明るく言うと、あちこちから「うん」だの「おう」だのと、元気の良い声が返ってくる。

「好い仲間に出会えたんだね」

 ひとみがどこか嬉しそうに呟くと、高木は珍しく素直に微笑んだ。


 フィアは今まで、高木を稀代の才能の持ち主だと思っていた。

 マナに関しては恵まれなかったが、それを補って余りある理解力と想像力を持っており、たった数日でマナを捉えることに成功した。

 そればかりか応用力にかけても凄まじく、今まで誰も考えつかなかった概念魔法という分野を自ら開拓して、召還魔法ですら使って見せた。

 マナの保有量から、大きな魔法こそ使えないが、魔法使いとしての素養はフィア本人を軽く凌駕して、いずれは歴代の大魔法使い達と肩を並べる存在となる。そこまで考えていたのだ。

 しかし、その恋人であるひとみに教えてみると、高木が一瞬にして霞んでしまうから不思議だった。

「簡単に説明すると、マナはどこにでもあって、感情や想像力なんかに反応するの。マナは普通、目に見えないし無味無臭だけど、マナの存在を信じることで、マナを感じ取れるようになるんだけど、これが難しいの」

「目に見えないモノを信じるのって、難しいもんね」

 高木ですら、これだけの説明では理解できなかったところを、深く考え込む様子も見せずにピシャリと言い当ててしまう。しかし、それだけではない。

「想像力で変化させるってことは、実際に知ってるモノのほうが変化しやすそうだね。あとは、流動的なものってことは、物質には変化しにくそう」

 もしも、フィアが日本の格言を知っていたならば、「一を聞いて十を知る」という単語が頭に浮かんだことだろう。

 あまりの理解力に、フィアは思わず高木を見る。

「学生として見るならば、僕は凡庸で、ひとみは優等生だ」

 高木の言葉に、フィアは開いた口が塞がらない。

 あの高木が凡庸ならば、高木達の世界は世紀の大魔法使い達で溢れていることになる。

 もっとも、高木自身は成績に直結しないだけで、その理解力と応用力は元の世界でも抜きんでている。興味のない数学や英語などは全く勉強しないし、授業すらろくに聞いていないので、結果として凡庸になってしまうのだ。その反面、興味のある日本史や国語などは常にトップクラスの成績を維持している。

 だが、ひとみは高木の得意分野でもほぼ同等の成績を保ちながら、他の教科も同じくトップクラスなのである。

 成績だけが全てではないが、元々の理解力が高いのは確かである。それに加えて、根が真面目なので、家できちんと勉強するのが日課となっており、頭の使い方をよく知っている。

「……この調子だと、明日にはマナを捉えてそうね」

 最早、驚きを通り越して溜息しか出なくなったフィアが、ぽつりと呟く。その直後。

「あ、見えた」

 ひとみは既にマナを捉えていた。



「ちょ、ちょっと……」

「うわー……ヒトミちゃん、すごい」

「こんなことが、あるのですか」

「ま、まさかこれほどとは……否、まだ止まっていない」

 既に驚くのに慣れてしまったと思ったフィアだったが、まだ足りなかったようである。

 マナを感じ取れるようになれば、マナを集めることができる。ひとみが試しに集めてみたところ、マナを感じ取れる人間――フィア、レイラ、オルゴー、高木が感嘆の声をあげた。

「ど、どうかしたのか?」

 ヴィスリーが高木に問いかけるが、高木は答えることなく、ひとみを見ている。

 高木が知る限り、一番マナを多く集めることができるのは、立食会で因縁をつけられたファウストである。そのファウストで、身体をすっぽり覆い、もう一人分ぐらいの余裕があった。

 しかし、ひとみはそれどころでは無かった。あっという間に部屋中のマナを集め、さらに窓を開けてみると、外からもどんどんとマナが集まってくる。気付けば、ひとみを中心に五人ほどならば簡単に包み込んでしまいそうなマナが集まっていた。

「フィアの五倍はあるか……ファウスト相手でも、二倍は堅いな……」

「え。私って、そんなに凄いことしちゃったの?」

 他の人間がマナを集めたところを見ていないひとみが、周囲の驚きの意味がよくわからずにきょろきょろとフィア達を見る。

「は、反則でしょ、コレ。とにかく、ヒトミ。すぐにマナを解放して!」

「う、うん!」

 下手に炎でも想像してしまうと、とんでもない大爆発を起こしてしまう。

 ひとみがマナに散るように念じると、ようやくフィアは溜息をついた。

「兄貴、一体どうなったんだ?」

 マナを感じることができないヴィスリーには、何が起こったのかわかっていない。

「うむ……まあ、ひとみも自分の才能を知らねばならないし、少し説明しようか」


「わかりやすく、数値化してみようか」

 高木は部屋に備え付けてあった万年筆と紙を手に取り、何人かの名前を書いた。

「まず、一般的な魔法使いの平均。トマス邸にいた四人の魔法使いが、概ね平均だとフィアが言っていたな。これを100としよう」

 高木がシーガイアの文字で、平均値に100と記した。

「次に、フィア。概算だが、平均値の約二倍。200というところか。これほどの才能となると、そうそう居ない」

「フィアで、百人に一人って言われるぐらいだよー」

 高木の説明に、レイラが補足する。そのレイラは、フィアよりも少し劣るが、170はある。

「オルゴー、君も魔法が使えるだろう。少しマナを集めてみてくれ」

「確かに使えますが……そこまで大したものではありませんよ?」

 元々、魔法よりも剣に抜きんでているオルゴーは、よほどのことが無ければ魔法を使わない。それでも、マナを集めてみると平均ほどは集まった。今は帝都にいるはずのガイは、オルゴーより少し上程度の才能があるという。

「ふむ……オルゴーで110。ガイは120というところか。次にファウストだが、見たところ、400は超えている。これがこのリガルド帝国でも随一と言われる才能だな」

「マサトはどれくらいなの?」

 エリシアの問いに、高木は苦笑して指を三本立てた。

「30?」

「……いや、ゼロが一つ多い。3だよ」

 思わず、場が沈黙した。確かに才能に乏しいとエリシア達も聞いていたが、実際に数値化してみると、その差はあまりにも大きい。

「これでも、繰り返し練習して、最初よりは多く集められるようになったのだがな」

「そうね。最初の頃だと、マサトは1以下だったもの」

 概念魔法にマナの量は関係しないので、高木は数値を気にする必要もないのだが、それでも気まずいものは気まずかった。

「それで、ヒトミちゃんの才能は、どれくらいなの?」

 ルクタが気を回して、ひとみの方を見た。高木はしばらく考えて、1000と紙に書き記す。

「今のマサトなら、溜息ぐらいの風は起こせると思うの。私だと、大の男を吹っ飛ばすくらいね。ヒトミがもしも風を起こしたら……このお屋敷、壊れるかも」

 別の意味で、場が沈黙した。魔法は確かに便利で、宗教とのしがらみや金銭的な負担。さらに才能に左右されすぎるといった問題を抱えつつも、軍事的にも利用されている。それでも、大いに普及しなかったのは、対価に見合わぬ性能しか発揮できない場合が多かったからだ。高木ほどではないが、才能に恵まれずに大金をどぶに捨て、時間を浪費した魔法使い志望の人間は多い。

 大半の人間は、人を吹き飛ばすような風すら起こすことが難しいのだ。それを、天災規模にまで発展させる才能など、シーガイアの魔法史が始まって以来である。

「もしかして、ヒトミさんは……」

 ヴィスリーが唾を飲み、おそるおそるフィアを見る。フィアはこくりと頷いて、ゆっくりと告げた。

「ええ。間違いなく、世界一の魔法使いよ……」

 天橋ひとみ。十七歳。

 異世界に召還されたその日の内に、世界一の称号を手に入れてしまった。

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