4話:商売
「仕事を探すことにした」
洗い物を終えたフィアに、高木が開口一番に端的に宣言した。とても異世界から召喚された特異な存在の言葉ではないが、何をするにも先立つものがなければままならないのは、シーガイアでも同じことである。フィアも日雇いがほとんどではあるが、働いている人間であるので高木の言葉をすんなりと受け入れた。
「強いては、僕が働けるような環境を紹介して欲しい」
「結局、私を頼るのかっ!」
思わず突っ込んでしまうフィアだが、面倒を見ると言ってしまったのも確かである。しかし、食事の世話をみることは出来ても、仕事の斡旋となると話は別である。
「アンタ、力仕事できる?」
「まさか。本当に自慢できないが、体力も腕力もからっきしだ」
むしろ自嘲の勢いであった。厚手の学生服の上からでも、高木が痩せていることはフィアにもわかっていたようで、特に突っ込みを入れることもなく、次の案を探す。どこの世界でも、力仕事は敬遠されるし、それだけに働き手は重宝されるのだが、ひ弱な人間では全く務まらない。
「見た限り、帳簿ぐらいはこの世界にもあるのだろうが、計算はできても文字がわからないから難しい。事務系の仕事も総じて駄目そうだな。パソコンは使えるが、ここでは何の役にも立たない」
高木も考えてみるが、そもそもアルバイトの経験すらないのだ。自分の能力が何に活かせるかを測る術がない。只でさえこの世界を把握できていないので、妙案など浮かぶはずがなかった。
「ふむ、どうしたものか」
街を歩き回ったときの周囲の目は、決して敵意ではなかったが、好意的なものでもなかった。珍しい格好と、肌と髪の旅人と思われた程度だと、高木は推測する。つまるところ、良い働きをすれば普通に認めてもらえるが後ろ盾がフィアという同年代の少女一人だけであるから、失敗すれば容赦されない。
偉大なる先人はどうやって乗り越えたのだろうかと思ってフィアに尋ねてみたが。
「丁度、戦時中みたいだったから。すごく活躍したって話よ」
納得はしたが参考にはなりそうもなかった。流石は新選組と唸るばかりである。
「いっそ、先に文字と魔法を覚えてからの方が良いかもしれないな。幸い、言葉だけは通じるのだから、文字の習熟も早いだろう。魔法に関しては未知数だが、フィアの腕なら良い師になってくれそうだ」
「あからさまな褒め方って、逆効果なんだけど」
大体、私が魔法を使ったところ見たこと無いだろー!と吼えられるが、勿論、何の用意もなくチャチな褒め言葉を使う高木ではない。
「過去に一度しか成功例のない、人間の召喚をした魔法使いが、良い腕でない筈がない。違うか?」
褒められて悪い気になる人間はいない。あからさまなヨイショだと思った言葉が、きちんと理屈の通った言葉であったならば、効果も倍増である。
「仕方ないわね。面倒見るって言っちゃったし、暇なときに教えてあげるわよっ!」
照れ隠しの大声で横を向くフィアの頭を撫でようと、高木が手を伸ばしたときだった。店のドアを開く音がした。客だろうかと思ってフィアの様子を見るが、首を傾げて怪訝な顔をしている。
「おかしいわね。なんでウチに客がくるのかしら?」
「……それは、店だからだと思うが。出なくて良いのか?」
「半年ぶりの客だからね。ま、どうせ物好きが見学に来ただけなんだろうけど、相手してやるか」
商人はお客様を神様と呼ぶそうだが、フィアは完璧に客を邪魔者と認識しているらしい。まったく商売に向いていない性格である。品も品であるが、一番の問題は経営者にあるのだろう。
店に出るフィアに続いて、興味をそそられた高木もついていくことにした。
「いらっしゃい」
高木が店に出ると、丁度フィアが客に声をかけているところだった。
流石に仕事なのできちんとこなすだろうと思っていたのだが、特にそれ以上の会話を持ちかけることもなく、突っ立ったままである。
客は物好きそうな紳士で、高木の見立てでは絹に近い素材の衣服を身に纏っている。昼過ぎにこんな骨董屋にやってくるのだから、好事家か何かだろう。
紳士は愛想の悪い店主に一瞥をくれてから、それでも品には興味があったのか、店内をぐるりと見回す。値札も説明もない、ただ並べられただけの原田左之助ゆかりの品と、他には高木にもよくわからないガラクタが幾つも。これで客に買えというほうが、難しい注文だった。それでも、フィアは説明するつもりもないらしい。まあ、フィア自体も商品が何なのかちっとも解っていない様子なので、仕方ないのだが。
客商売をしたことはないが、少なくとも商品の来歴を知っている分、フィアよりはマシだろうと思い、高木はフィアを押しのけ、客の横に立った。
「いらっしゃいませ、お客様。本日は、どのような品をお求めで御座いましょう?」
営業スマイルなど作ったことはないが、とにかく笑顔であればいいだろうと笑いかけ、紳士に怪訝な顔をされる。自分が異世界から来た人間であることをすっかり失念していた高木は、営業スマイルが悪かったのかと、さらに作り笑いに力を込めた。
「珍しい服装だね。君が、この店の主かね?」
紳士は商品よりも高木本人に興味を持ったらしい。紳士の言葉で、自分の立場を思い出した高木は、内心で思わずほくそ笑んだ。相手は物好きなのだ。
「いえ、店主ではなく、旅の者でして、商品は私が持ち込ませて頂きました。言わば、棚を貸して頂いている身でございます」
いけしゃあしゃあと大嘘を並べる高木だが、世界単位で見ると、間違いなく高木の住む世界からシーガイアに送られてきたものである。嘘は大きければ大きいほど良いというが、大きすぎると本当になってしまうという珍しい例である。
「ほう。では、君の服装は故郷のものかね?」
紳士は物好きの例に漏れず、好奇心の強い目で高木の着ている学生服に目を向けた。
「我が国が昔、軍服として利用していたものです。今は、学生の制服となっております」
「随分と変わった来歴を持つ服装だ。君は学生かね?」
「故郷にいた頃は学生でしたが、遠い異国に思いを馳せ、ここまでやって参りました」
嘘をついてもかまわないのだが、事実がそもそも珍しいことなので、敢えて嘘をつく必要がなかった。紳士は一層興味深そうに高木を見つめ、満足そうに頷いた。
「ふむ。では、商品を説明して頂けるか?」
「ええ。旅先で集めて回った品なのですが……お客様、随分な博識とお見受け致しますが、原田左之助という人物は御存知でしょうか?」
高木の言葉に、紳士は首を縦に振った。
「随分と勇猛な戦士だったと聞く。魔法により召喚された人物だろう?」
「ええ、その通りです。異世界より召喚された戦士。槍を使えば超一流。腹には真一文字の傷の跡。実は、これらの品は、その原田ゆかりの品でございます」
紳士が感嘆の声を挙げると同時に、フィアも絶句していた。まさか、そんなものが自分の店に並んでいるなんて、という顔である。
「この羽織は、彼が異世界にて決死の覚悟で戦場に出るときに着た装束でして、背中に染め抜かれた模様は、彼らの国の文字。このシーガイアにおいて、二つと無い貴重なものでございます」
紳士の目がきらりと輝くのを、高木は見逃さなかった。希少価値に惹かれるのは、世界を違えても共通するものらしい。
「君は中々詳しいが、ハラダを研究しているのかね?」
「研究と言うほどではございません。私の先祖が、原田と縁がありまして譲り受けたもの。逸話も我が家に伝えられてきたのですが、私の手には余る品。形見分けとして祖父から渡されましたが、誰か、良き持ち主に巡り会えればと思いまして」
ここまで来れば、嘘八百もつき放題である。祖父から形見分けされたのはフィアであるし、逸話は高木が知っている。まるっきり嘘ではないところも味噌であった。
「私は持ち主として、不服があるだろうか?」
紳士は既に買う気満々であった。高木は一度フィアを見る。フィアは商品そのものには興味がないらしく、軽い調子で頷いた。
「この店に興味を持たれ、商品の価値を知る貴方様ならば、原田も先祖も十二分に満足すると思います」
「うむ、買わせて頂こう。して、幾らだね?」
ここでハタと、一つ大きなミスを犯していることに高木は気付いた。
高木は、この国の通貨の単位すら知らないのである。金貨に銀貨、銅貨とあるらしいが、それぞれの価値がどれほどのものかもわかっていない。
フィアと相談できればいいが、客を目の前にして相談できるはずもない。フィアにとっても祖父が残した遺産には違いないので、安く叩き売られるのは勘弁だろう。
見ず知らずの世界の、価値のわからない通貨。骨董品なので、ある程度の値をつけなければ逆に価値が下がってしまう。極論すれば、手の届く範囲ならば高値であるほうが良いのである。そうなると、客の懐具合まで考えねばならない。
何か、知る方法はないだろうかと高木は考える。通貨の価値と、客の懐具合を把握する方法はあるか。
否、方法など無い。だが、或いはその両方を知る人物ならば――
「お客様。この品は、お客様が考えるとおりの値で御座います」
発想とは、基本的に逆転させるもの。高木の持論であった。
通貨の価値を知り、懐具合を知る方法はなくとも、最初から全てを知る人間はこの場に存在する。なおかつ、その人間は商品に価値を見いだした。骨董品は大枚をはたくほど、それを所有する意義が出る手合いのものだから、下手な値段をつけるわけにもいかない。
「……金貨十枚でどうかね?」
紳士は高木の意図するところを理解したのだろう。苦笑して金額を提示する。金貨十枚の価値は知らないが、紳士の真後ろで仰天しているフィアを見れば、何となく察しはついた。
「そうですね……」
高木は少し考える振りをして、フィアに意識を向ける。フィアも高木が通貨の価値を知らないことに気付いたらしく、懸命に伝えようと、色々試すが、文化の違いがここに来て表に出た。指で四角形を作ったりするのだが、高木にはさっぱりわからない。
散々苦労して、最後にフィアは首を縦に振るという、最もポピュラーな方法を取った。これで違ったら、もう文化の違いを恨むしかない。
「……原田も祖父も、きっと喜ぶでしょう」
にこりと笑った高木に、紳士も笑顔で返す。折角なので高木も一度、隊服に袖を通してみたかったのだが、仕方ない。
「店主さん、小切手でよいかね?」
「あ、はい!」
出てきたときとは違い、キビキビと動くフィアの様子を見て、高木はどうにかなったと溜息をついた。この世界で金貨十枚が目を見開く大金であることと、小切手という概念があること。それだけがわかっただけで良しとしようと決めた。