46話:再会(下)
高木の発言に、周囲はどよめいた。
あちこちから、まずは高木の頭を疑う言葉が漏れて聞こえる。
「あの男、一体、何を言っているんだ?」
「頭がおかしくなったのか?」
「変な格好をしているし、何を言っているのかもわからなかったしな」
しかし、意見はそれだけではなかった。
「いや、でもあの黒髪を見ろ。他には見ない」
「あの服も、大陸で見たことはない。他の国にも、あのような服は見たことがないぞ」
高木の容姿は、そもそもシーガイアで信用を得るには不利なものであったが、故にその特異性が、異世界からやって来た人間という、あまりにも胡散臭い話を微妙に裏付けていた。
周囲のざわめきの中、高木はクーガを見据える。流石のクーガも驚きは隠せないようだが、それでもコホンと咳払いをして、高木を見た。
「なかなか衝撃的な言葉だね。やはり、マサト君は面白いけれど……証明できるのかい?」
クーガの言葉に、周囲はぴたりと言葉を止めた。
高木の容姿の特異性は確かに判断材料ではあるが、それがそのまま証明になるはずもない。
それらしい格好など、誰にでもできるし、髪も染めることができる。
「……かつて、原田左之助という男がいた。この世界でも、割と有名だろう?」
高木は原田が新選組であり、自分の先人であることを説明した。
しかし、クーガは首を横に振る。
「確かにハラダはかつて、異世界からの人間として扱われた。彼とマサト君の特徴が似ているのも確かだろう。しかし、そんなことは調べて真似すればいい。証明とまではいかない」
高木もこれには頷く。いくら高木が原田について語っても、それが正しいかどうかの判断をできる人間などいない。
高木の説明に周囲は少しずつ納得しかけていたのだが、クーガの言葉によって、それも白紙となってしまった。
やはり、誰の目にも明らかな証明が必要なのだろう。ライターを使ってみようかと、高木がエリシアに目を向けたときだった。
「マサト君も、魔法使いなのだろう。ファウスト君に勝ったのだから、相当な腕前とお見受けする」
クーガが、それまでの穏やかな表情を少し崩して、真面目な表情になった。
「そして、異世界からやって来たということは、当然ながら異世界に帰ることも、目的にしているだろう。かつてのハラダも、そうだったと聞く」
「……何が言いたい?」
「つまり、君も召還魔法を使える。それも、アスタルフィアさんよりも、確実にね」
高木の眉がピクリと動いた。
「私は魔法使いではないが、ファウスト君とは友人でね。彼の魔法講座は少々鼻につくが、多くの知識も与えてくれた」
召還魔法についても、それなりの知識があると言いたいのだろう。
フィアの召還魔法のスタイルは、少々強引ながら決して全てがオリジナルではない。基本的には原田を召還したとされる召還魔法と大枠は外れない。
「自分の世界を想像することができるマサト君は、召還魔法の使い手として、これ以上ないほどに優秀だろう。逆を言えば、それさえできれば、私は君を異世界の人間として認めることができるのだが」
この言葉に、再び高木は眉を動かした。
つまり、召還魔法を成功させると同時に、クーガの発言力で「高木は異世界人である」と発言したことになる。それは、この街ではほとんど最高峰の証明だろう。
「ちょっと、待ちなさいよっ!!」
そこで、フィアが口を挟んだ。
「どうしたのかな?」
クーガが尋ねると、フィアはそれをあっさりと無視して、高木に近づいた。あまりに見事な無視に、クーガをはじめとして、事の動向を見守っていた全員がそれをすんなりと受け入れてしまう。
「マサト、ひょっとして……やるつもりじゃないでしょうね?」
「ああ。流石はフィアだ。相変わらず、僕の考えていることをよく理解している」
高木はあっさりとフィアの言葉を肯定した。思わず、フィアが高木の頭を叩いた。
「できるはずないでしょ!」
高木のマナの容量を知るフィアが怒るのも、当然である。
しかし、高木は頭を抑えながらも、軽くフィアのおでこを人差し指で突いた。
「僕を、なめるな」
高木はそれだけ言って、ゆっくりと目を閉じた。
「クーガ伯爵。一つ、約束してほしい」
マナを知覚しながら、高木が呟く。
「もし、僕が異世界人だと証明できたら、僕の友人の話を聞いてほしい。見返りは、僕の知る限りの知識だ」
ゆっくりとマナを集めながら紡ぐ言葉に、クーガは完全に笑みを消した。
「……約束しよう」
高木は口元だけで笑い、ゆっくりと想像を膨らませていく。
まさか、このような展開になるとは思っていなかった。
まったくの偶然でフィアに召還されて、既に五十日を過ぎている。
フィアを手玉に取り、エリシアを捕まえて、懐かれて。
バレットとの騙し合い。ヴィスリーとのやりとり。
狼退治と、レイラとの出会い。
トマスと戦い、旅に出たこと。
オルゴーという人間に魅せられたこと。ルクタという女性の強さにも、感じ入った。
ガイの豪放磊落な性格と、その強さにも触れた。
本当に色々なことが起こったと、高木は苦笑する。それを、今から少しだけ忘れねばならないのだから。
「……ああ、懐かしい。テレビにパソコンに本屋。ゲーセンに、デパートに。携帯電話もあれば、クーラーの効いた図書館」
元の世界。その象徴を高木は脳裏に描いていく。
「親父に、母さんは、元気だろうか。流石に息子が消えれば慌てるか」
家族。
「仁科のバカたれに、千晴ちゃん。楠木に不動。巴たちも……まあ、元気にやっているだろう」
友人達。それに、多くの知人。
どれも、この世界には存在しない。そして、それは全て元の世界の象徴だった。
そうして、高木がどんどんと元の世界を思い返すほどに、たった一つの存在が、明確に浮き彫りになっていった。
ああ、そうだと高木は思い出し笑いを浮かべた。
元の世界の、最後の記憶。そして、高木にとって、元の世界の中でもとびきりの存在を。
「ひとみ」
呟いてしまってから、高木は後悔した。
なるべく思い出さないように心がけていた存在を、あまりにも自然に思い浮かべてしまったからだ。
異世界に来て。五右衛門風呂に浸かりながら考えたのを最後に、自身で封印していたことを、思い出してしまった。
「ひとみ」
考え出せば、止まらない。
そして、幾十日が過ぎても色あせることのない記憶が、完璧に脳裏に蘇る。それはつまり、概念の確定を意味していた。
「あ、やべえ」
珍しく、高木が素で呟いてしまう。
別に召還するのが人間である必要など無い。絶対にこのシーガイアに存在しないような品物を喚び出すことさえできれば、それでいいと考えていた。しかし、元の世界のイメージを膨らませれば膨らませるほどに、一人の少女しか思い浮かばなかったのだ。
「っ!」
不意に眩い光が爆ぜて、周囲の人間の視界が一瞬奪われる。
半ば高木の意識を無視して、勝手に魔法が発動してしまった。そんなことは初めての経験であるが、フィアから聞いた話では、あまりにもイメージが確定しすぎていた場合、勝手に発動してしまうこともあるらしい。
そして。
「……ああ、やってしまった」
高木の目の前に、一人の少女がぼんやりとした表情で立っていた。