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45話:再会(上)★

 高木が立食会に戻ると、少々事態は不味い方向に流れていた。

 会場は少しざわめいており、何事かと長身を活かして全体の状況を把握する。騒ぎは少し離れた主賓たちの集まる場所を中心に起こっており、その渦中にフィアとレイラがいた。

「あ、マサト。大変だよ!」

 高木を見つけたエリシアが慌ててやってきて、高木にぎゅっと抱きついた。

「どうかしたか。フィアとレイラが随分と注目されているようだが」

「お酒に酔った貴族が、フィアのお尻を触っちゃって……」

「ああ、なるほど。皆まで言うな。すべて理解した」

 高木はオロオロとするエリシアの頭を撫でて、やれやれとため息をついた。

 確かにフィアの尻は魅力的だ。だが、触ると吹き飛ばされるのがオチであり、このような場所だろうが、容赦しないのがやはりフィアの最大の魅力でもある。

「レイラも、追撃しちゃった」

「魔法使い同士、仲が良いからな。オルゴーとルクタはどうした?」

「クーガ伯爵にようやく話かけた最中みたいで……」

 エリシアが言葉を濁す。ようやく、念願の場面と相成った途端に騒ぎが起きて、さすがに旅の仲間と言い出しにくいのだろう。高木は苦笑すると、エリシアに「ここで待っていてくれ」と言い、ふらりと渦中に入り込んでいった。


「い、いきなり何をする!!」

 騒ぎの中心では、周囲の貴族たちから責め続けられるフィアとレイラがいた。

「あのオッサンが私のお尻触ったのが悪いのよ!」

 フィアが敢然と反論するが、和やかな立食会に騒動を起こした張本人として、周囲からは完全に悪者と見なされているようで、白い眼で見られるばかりである。

 フィアの尻を触ったのが、クーガに次ぐ貴族だったこともあったのだろう。フィアに吹き飛ばされたあげく、レイラが電撃で攻撃したので白い煙をプスプスとあげて気絶していた。

「ほう。なかなかに派手な展開じゃないか。流石はフィアだな」

 高木は気絶している貴族を蹴り飛ばしながら、のんきにフィアに近づいた。

「あ、マサト。ちょうど良かったわ!」

「女の敵を倒しただけなのに、なんでみんな怒るのー?」

 フィアは援軍の到着とばかりに、気勢を上げ、レイラはほっとした表情で出迎えた。

「いや、何を勘違いしているのか知らないが……別に助っ人に来たわけではないぞ」

 高木はため息をつきながら、ちょんとフィアの頭を小突いた。

「何するのよ!!」

「暴れすぎだ。周囲の様子を見る限り、おまえが吹き飛ばしてレイラが追撃したのは、けっこうな権力者だぞ。周囲の貴族が尻尾を振るような人間だ。さぞかし、有名に違いない。フィアに同情しつつも、周囲は彼が怖くて迂闊に擁護できん」

 高木は周囲に群れる貴族たちを見て、高らかに説明した。

 酒に酔っていたとはいえども、女性の尻を触るような人間は普通、干されるのが当然である。それがされないというのは、よほど権力があると言うことである。中途半端な立場では、その立場を妬む人間がこぞって攻撃するだろうが、それすら無いということが、相応の権力を持っていることを証明している。

 また、高木は半ば義務のようにフィアを攻撃する貴族の顔を見て、そうしなければならないという後ろめたさも感じ取っていた。

 高木はフィアを責めるように言いつつも、周囲が内心で考えていることを大々的に暴露しているだけだった。いつか、狼退治を依頼してきた男に対して、フィアがやったのと同じことである。

「しかし、相手が権力者であろうが、堂々と吹き飛ばすフィアの気概に加えて、元々は尻を触ったそこの唐変木が元凶ということもある。フィアに加勢しようじゃないか。さすがにこれ以上の暴力沙汰は勘弁だろうから、言葉で受けて立とう。さあ、誰でも良い。権力者は尻を触っても許されると思う者は、その理由を僕に教えてくれないか?」

 高木がフィアとレイラを庇うように、周囲に目を向ける。

 そもそも、問題はフィアとレイラの報復がやり過ぎというものだったのだが、高木の言い方からすれば、高木の言葉に反論することが尻尾を振る行為だと思われてしまう。周囲は元々、心情的にはフィアに味方していたこともあり、あっさりと押し黙った。

「誰も反論しないということは、さきほどの出来事はやはり、彼の過失ということでいいのだな?」

「いや、折角だから反論してみようか」

 高木がトドメをさそうと発した一言に、返事をする者がいた。

 低く、よく通る声だということは高木と一緒。しかし、その言葉に、周囲の人間は如実な反応を示した。

「……お出ましか」

 高木はニヤリを口元をゆがめて、声の主をまっすぐと見据えた。

 三十代は半ばの、穏やかな印象の男だった。

 少し垂れた眼は、間が抜けていると言うよりも艶っぽく、口髭を上品に整えた紳士である。

「クーガ・エクス伯爵とお見受けするが」

 高木は迷いなく、男の名を口にした。

「君は……女豹の友人かな」

 クーガは高木を見て、笑う。決して嘲笑などのたぐいではなく、高木と同じ笑み。つまり、喜びを示していた。

 周囲は、クーガの登場により、一瞬ざわめきだったものの、既に安堵の笑みを浮かべていた。

 これで、このちょっとしたいざこざも解決する。そんな気持ちの表れである。

「なるほど。信頼の厚さが、ここまで目に見えるのも珍しい。よほど、良い治世をしているのだろうな」

 高木は敢えて敬語を使わずに、真っ正面からクーガと向かい合った。

 そもそも、フィアが騒ぎの中心となったときに、火消しではなく、自ら中心に割って入ったのは、クーガ伯爵と手っ取り早く会うためであった。ここまでお膳立てがうまくいったのならば、もう後は自分の得意な分野で勝負するだけである。

「治世などと、大それたことはしていないよ」

 クーガは苦笑しながら、人の垣を抜けて、高木の前に立った。

「それに、目に見える信頼ならば、君――名はなんという?」

「高木、聖人」

「マサト君にもあるだろう。君が現れたとき、後ろの御婦人方の反応を見ていればよくわかる」

 クーガがフィアとレイラを見る。フィアは黙ってクーガを見据え、レイラは「えへへ」と微笑んだ。

「後から現れて、よく観察している」

「目端が利かねば、このような立場にはいられない」

 高木とクーガは微笑みながら、短い言葉の応酬をしていく。

「有能な人間は、下手に謙遜もしない。自負できるものがなければ、重圧に耐えられないからな」

「マサト君も有能だろう。ファウスト君を打ち負かしたそうじゃないか」

 高木は苦笑いを浮かべた。情報が早い。

 表向きには、酒に酔って倒れたファウストを介抱したことにしてある。しかも、そこまで大きな騒ぎにはしていない。

 それだというのに、クーガはそのことを既に察知しており、真実まで見透かしている。

 情報は、それだけで武器になる。その有力性を知る人間は、まだシーガイアには少ないと思っていた。

 やりにくい相手だと、高木は内心でため息をついた。高木の口八丁は、主に情報量と揚げ足取りで主導権を握るスタイルである。相手の知らない情報を活かして、相手の感情を昂ぶらせて、隙を突いていく。

 故に、無知な人間や、感情の起伏。あるいは、高木を見くびる相手とは有利に戦うことができる。

 フィアとの邂逅では、気性の激しさを突いて。バレットのときは、手品を織り交ぜながらも情報で。さっきのファウストのときには、見下すという油断から、三段論法で。

 しかし今回は、オルゴーとの出会いのときと、状況としてはかなり近い。ただし、オルゴーとは争う姿勢ではなく、会話を楽しむだけでよかった。それに比べて、クーガは「反論してみよう」と、開口一番から「勝負」を挑んできた。

 油断も隙もない、しかも明らかに優秀な人間との舌戦。高木にしてみれば、これ以上にやりにくい相手はいなかった。

「……まあ、他己紹介はここらで終いにしようか」

 高木はそれまでの会話を打ち切り、ふうと息を吐いた。

「女性に性的な暴力を振るう男に、弁論の余地があるならば聞いてみたい」

 単刀直入に、唐突な斬り込みをかけるのが、高木の基本的な戦法である。

 フィアの尻を触った。この事実は既に周囲も認めるところであり、揺るがしようのないものである。あくまでも被害者であるという立場を、利用しない手はない。

 高木の先制に、クーガは首を横に振った。

「それに関しては一切の弁論はしない。酒に酔っていたとはいえども、してはならない行為だ。しかし、報復にしては些か、過ぎるというのが私の見解でね」

 クーガの言葉に、高木はやはり苦笑する。

 認めるべき非は、あっさりと認める。下手な言い訳は悪感情しか生まないが、潔く認めてしまえば、迂闊にその件に関して突っ込むことができなくなる。しかも、話題をセクハラではなく、過剰防衛に変換しているところも小憎い。

「過剰と言うが、それは対等の関係であっての話だろう。相手は貴族。しかし、彼女たちはあくまでも一般の旅人であり、その力量には大いなる差がある。故に、恐怖も一層のものに違いない。些か過剰だったことは僕も認めるが、過剰になってしまうのも仕方のないことだ」

「暴論だね」

「いずれ、正論になる。この街ならば、近いうちにそれも可能だろう」

 パワー・ハランスメント。

 数年前に生まれた言葉だが、高木の世界では既に市民権を得た言葉でもある。

 シーガイアが中世ヨーロッパと同様の思想であるならば、この考え方は新鮮である。

 男尊女卑と言えば聞こえは悪いが、文明が発展途上であるのならば、半ば仕方のないことなのだ。体力や腕力で圧倒的に有利で、子供を産む機能を備えていない男性は、身体を動かすことに向いている。それはヒトという動物の、生物学的な観点から見て明らかなことである。

 無論、中には男性よりも圧倒的に身体能力の優れた女性も存在するが、平均値を取れば男性の方が女性よりも肉体面で強い。

 つまり、何事においても活動しやすい男性は、女性よりも能動的に外に出る機会が増える。社会的な主導権を握ってしまうのは、男女差別ではなく、男女の性質の違いに依るところが大きい。

 シーガイアはまだ男女平等を声高に叫ぶことができるほど、人々の生活が豊かではない。パワー・ハランスメントを叫ぶことができるほど、世の中は安定していないのだ。

 だからこそ、高木はその点を突いた。

 これは、単なる舌戦ではないのだ。クーガに口で勝つだけならば意味がない。クーガに自分たちの価値を見いださせねばならない。

 個人での情報量には、クーガに分がある。しかし、高木には元の世界で先人達が長い時間をかけて築いてきた概念がある。

 シーガイアにとっての新しい概念。それは新しい文化であり、その価値は為政者たるクーガにならば理解できるはずだった。

「話題の規模を広めたね。これが狙いか」

 クーガはにこりと笑い、高木の考えを概ね読んだことを言外にて示した。

 クーガ同様。高木もまた、話題の変更をあっさりとしてのけたのだ。しかも、クーガがどこまでを読むかという、相手を信用してのシフトチェンジである。相手が有能でなければ、高木の発言は「過剰な報復ではない」という反論と、単なる予測である。

 高木は、クーガに自分の考えを読ませた。尤も、それができない相手ならば話はもっと単純であり、今頃とっくに高木は舌戦に勝利している。

「しかし、現状で浸透していない意見を、この場でどう通用させる?」

 クーガは、少しだけ高木から目をそらして、周囲を見た。

 おそらく、周囲は話題についていけていないのであろう。フィアやレイラも首を傾げており、貴族達もぽかんとしていた。

 確かに話題の規模を広げて、高木の持つ概念をクーガに知らしめることはできた。しかし、それを周囲が理解できねば、概念は意味をなさない。

「……やれやれ。ここに来て、少々手詰まりだな」

 高木は肩をすくめた。

 パワハラという言葉が浸透したのは、それだけ高木の世界が豊かになっていたからであり、それを知らないシーガイアの人間は、どれだけ説明しても理解ができないだろう。クーガのように政治に長けた、先見の明がある人間だからこそ、概念を理解できた。

 しかし普通の人間は高木の言葉を理解できない。それを認知させるのは、高木自身の信用が必要なのだ。

 発言力という言葉に置き換えればわかりやすい。同じ発言でも、人気者と嫌われ者が言えば周囲の反応が違うのと同じように、現在の高木では、周囲を納得させるだけの発言力がない。

 ただでさえ、周囲の人間はクーガに信頼を寄せる人間である。そのクーガに真っ向から対立する高木は、立場上、周囲全体を敵に回していると言っても過言ではない。そのような場で、新しい概念を認めさせるのには無理があった。

 高木はしばらく黙り、打つ手を考えていた。

 既にクーガとの勝負は、フィアとエロ貴族との問題を遙かに通り越している。この圧倒的に不利な状況下で、高木がどのように立ち回るかをクーガに試されているのだ。

 元々、クーガが敢えて「反論しよう」と「勝負」を持ちかけたのも、高木の力量を試すためだ。そこまで理解できているからこそ、高木は下手に動けない。

 周囲を、一発で認めさせるようなもの。

 新しい概念を、新しい概念として認めさせる存在にならなければいけない。

「……新しい、存在……!」

 高木はそこまで考えて、ふとフィアを見返した。

 新しい存在。つまり、この世にまだ認められていない存在。そんな存在にる必要などない。否、正確には、既に成っているではないか。それを、まだ周囲が知らないだけだ。

 たった一人。フィアを除いては。

「フィア。君の研究の成果を、ようやく世間に発表する機会が訪れた」

 高木はニヤリと笑って、そう言った。

 その言葉の意味するところを、フィアはすぐに理解した。

 研究の成果。そんなものは、フィアにとって、たった一つしかない。

「いいのかしら。今まで、みんなにも黙ってたのに」

「というか、ここで使わねばクーガ伯爵には勝てない」

 高木は再びクーガに相対した。

 今まで黙っていたのも、言う機会を逃していただけだった。既に、エリシアもレイラも、ヴィスリーも。オルゴーやルクタ達も。高木が何処からやって来た人間かなど、気にせずに付き合ってくれるだろうという確信もある。

「そういうわけで、改めて自己紹介をしようか」

 高木は姿勢を正して、低くてよく通る声で、高らかに言った。

「僕は高木聖人。ここにいるアスタルフィア・エルヘルブムの召還魔法により、異世界からやって来た人間だ」


挿絵(By みてみん)

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