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44話:馬鹿

 ヴィスリーとナンナが熱い口付けを交わしているとき、高木もまた熱い視線を注がれていた。

 年相応の若々しさと、異様なまでの渋さを同居させる眼鏡無し、オールバックの高木は女性の視線にようやく慣れたのだが、なぜか注がれ続けている視線は男のものだった。

「クーガ卿を探しておられる、とか」

 視線の主である男は若く、微笑みの似合う二枚目であった。凛々しいオルゴーとは違い、柔和な笑みが特徴的で、とても人が良さそうに見える。

「ああ。少し用がある」

 声をかけたのは高木のほうからであり、クーガを探しあぐねていた結果、人に聞こうと偶然声をかけただけだった。しかし、男は高木の容貌を見て、くすりと笑い、高木をじろじろと見上げてきたのだ。

「それよりも、珍しい髪の色ですね。黒とは、他に見ない」

「僕の国の特徴でね」

「その衣服もまた、類に見ないものだけど」

「これは僕の学校の制服だ。一応、学生の正装だ」

 高木は当たり障り無く答えながらも、目の前の男の態度に嫌悪感を抱いていた。

 なんともいえない、見下したような雰囲気。これがフィアの言う、嫌な貴族という奴だろう。

 一見すると温和そうな好青年だが、選民意識と自意識の高さからすぐに他人を見下しにかかる。

 だが、高木は内心に沸き起こる嫌悪感とは裏腹に、にやりと笑った。

 何故ならば、高木はこういう人間を徹底的に小馬鹿にしながら論破するのが大好きだったからだ。

 今まで、高木の前には種類や理由は違えど、何かと敵が現れたが、もともとの気性だけで言えば決して嫌いな部類ではなかった。

 こういう、絵に描いた嫌な奴は、貴重である。

「異国の学生が、どうしてこの場にいるのですか?」

 半ばは好奇心。もう半分が場違いであるという指摘。そんな感情が見える言葉に、高木はますますこの男が嫌いになった。嫌いになればなるほど、高木は嬉しそうに口元を歪める。

 しかし、まだ論破することはしない。口論も喧嘩であり、決定的な言葉を相手が口にするまでは、決して抗ってはならないのである。

「友人が、クーガ卿と旧知の仲でしてね」

「ああ、なるほど。くっついてきたと」

 意地汚い人間だと、言外に言われた気がして、いよいよ高木は喜びを募らせる。

 ここまでステレオタイプな嫌なやつに出会えるのも、またファンタジーワールドの醍醐味だといわんばかりに、フィアが召喚してくれたことを感謝した。

「どうです。折角ですから、料理などを存分に味わっては如何でしょう。貴方が滅多に食べられるものではないでしょう?」

 いよいよ言葉が直接的になってきた。確かに並んだ料理は高木も食べたことの無いようなものばかりである。

 実際、粗食ではないが旅の食事は侘しいものである。それでも、高木はゆっくりと首を横に振る。

「僕の友人に面白い男がいましてね。折角、大きな屋敷に住むことが出来る話になったのに、性に合わないという理由だけで断ったという逸話の持ち主です。彼曰く、他人が勧めた豪華なものほど、魅力に欠けるものはないとのこと。いやはや、自分で掴んでこその幸福ということでしょうか」

 高木の慇懃無礼な態度が、男の眉をぴくりと動かせた。

 軽い挑発であるが、予想以上の効果を挙げたらしい。

「……面白い友人だね。それに、君も」

「貴方様もまた、面白い御方です」

 高木は順次に罠を仕掛けていく。やはりこのようなやりとりのほうが、魔法を使ったり、刀を使うよりもよほど性に合っている。それに、女性を口説くよりも。

「喧嘩を、売っているのかな?」

 男がこめかみに青筋を浮かべて、急に低い声で尋ねてきた。

 ガイは見かけによらず思慮深く、オルゴーは聡明であった。しかし、この男は聡明な皮を被った馬鹿だと、高木ははっきりと確信する。

「はて。おっしゃる意味がわかりません」

 高木はすっとぼける。

「侮辱するつもりか?」

「僕の言葉に、侮辱するようなものが含まれていたでしょうか?」

「この私を捕まえて、面白い人などとは、よくも言えたものだ」

 来た。

 高木は会心の笑みを浮かべて、得意の三段論法を披露した。

「貴方は、僕と友人を面白い人間だと表現した。僕も、貴方を面白いと表現した。貴方は、面白いと表現したことを侮辱と言った。ならば、貴方はまず、僕と友人を侮辱したことになります。それならば、喧嘩を売ってきたのは貴方のほうになってしまいますが、それでよろしかったでしょうか?」

 高木の言葉に、男の顔から血の気が引いていく。

 それが怒りによるものだと気づいた瞬間、高木の目の前に小さな炎が爆ぜた。

「ぐっ!?」

 一瞬のことだった。脅しのつもりだったのだろうか、高木は驚いただけで火傷もしなかった。しかし、男の顔にはあからさまな侮蔑が浮かんでいた。

「この程度で驚くとは、口先ばかりのヤツだ」

 魔法使いか、と高木はマナを感知する。男の周囲にはマナが集まっており、すっぽりと男を覆っていた。フィアよりもかなり多い量である。

「……一瞬のことだったので、誰も気づいた様子は無い。マナは四散するので、証拠も残らない。否、それよりも一瞬で小規模とはいえ、詠唱も無く炎を生み出したことに驚くべきか」

 高木はやれやれと肩をすくめて、自分もマナを集めた。

「へえ。君も魔法使いか。洞察力は大したものだが、なんだい、そのマナの量は。それだけの量で、一体何が出来るというんだ?」

 男の挑発に、高木は苦笑した。口では完璧に勝っていたのに、どうしてすぐにこのような展開になってしまうのだろうか。

 しかも、今回はパーティの真っ最中。周囲に人がいるので、大規模なことは出来ない。

「言っておくが、私は魔法の制御は得意中の得意でね。君も魔法使いならば、理解できるだろう。周囲に気づかれず、君だけを驚かせるような規模の炎を生むことの、難しさを」

「……随分とおしゃべりだな。生憎と、これだけのマナしか集められない僕には、見当もつかない」

 高木は自嘲しながらも、男がこのような場での小競り合いが得意だということは認めていた。

 魔法の制御の難しさは、フィアも唱えていたことである。そして、制御が出来るということは、周囲にバレない程度に攻撃することが可能であるということだ。

 しかし、高木は少しもそれを脅威に思わなかった。理由はひどく単純で、高木の魔法のほうが、周囲にバレないからである。

「えぇと……そう。僕も呪文を作ったんだった」

 高木はマナにイメージを送りながら、ぼそりと呟いた。

「変身」

 二度と使うまいと決めていた、肉体の鉄化。しかし、命の危機になれば否が応でも使わねばならない。だからこそ、短く、馴染み深い呪文にした。そして。

「ギャッ!?」

 男が、突然叫び声を挙げて、ばたんと倒れた。

「……まあ、対象が自分でなければ攻撃手段にもなるということだな」

 高木は男の胸を鉄にしていた。強烈な違和感による痛みに耐え切れず、男は気絶した。高木はやれやれと肩をすくめて、来賓をもてなしている家政婦らしき女性に声をかけた。

「すまないが、酒に酔って倒れたようだ。どこか、風のあたる場所に運びたいのだが」

 家政婦は高木を見て、ぽっと顔を赤らめて、倒れた男に目を向ける。

「ファウスト様……お酒に弱いんですよ」

「ほう、彼はファウストというのか」

「ええ。このディーガで一番の魔法の使い手ですよ」

 フィアを越えるマナの量に、魔法の制御の巧みさから、相応の腕の持ち主であるとは思っていたが、まさか街で一番の腕前だったとは、高木も流石に驚いた。かなり特殊な状況だった上に、半ば不意打ちのようなものだったが、知らずに高木は、魔法使いと魔法勝負で勝利していたことになる。

「……ふむ。では、彼は僕が運ぼう」

 高木はファウストを担ぎ上げて、庭に向かった。扉を家政婦に開いてもらい、外に出る。

 ヴィスリーと縦ロールの女が抱き合いながら、キスを交わしている最中であった。


 高木に気づいたヴィスリーとナンナは、唇を離した。

「いや、すまない。どうぞ、続けてくれ」

 高木は少し呆気に取られていたが、とりあえずヴィスリーの恋が実ったことを知り、担いでいたファウストを地面に放って戻ろうとした。

「いや、いやいや。兄貴、ちょっと待て。そんな変な野郎を放置されちゃ、何を続けていいかわかんねえよ」

「ほう。知り合いか……実の兄弟というわけではなさそうじゃが」

 慌てるヴィスリーと、のんきに高木を見るナンナに、高木は足を止めた。

「ふむ。僕とヴィスリーは、まあ兄貴分と弟分というところだ。君は、ナンナでいいのかな?」

「うむ、いかにも。ナンナ・エスワン・ミネルヴァという」

 高木とナンナは自己紹介をかわす。ヴィスリーがトールズから一緒に旅をしてきたあらましを説明すると、ナンナは面白そうに笑った。

「なるほどの。兄貴殿がいなければ、我はヴィスリーと出会っていなかったというわけだな。感謝しよう」

「いや、元々は計略のようなものだったからな。あまり女性に喜ばれるような手段でもない。ヴィスリーが君に惚れたからいいものの、そうでなければ、恨まれていたやもしれん」

「なに、そのときは我もまた、計略でも使ってヴィスリーを落としていただろうよ」

 ナンナが気持ちよく笑うのを見て、高木もナンナに好感を持った。

 元々、高木はあまり女性らしい女性が好きではないのだ。見た目ではなく、内面の話であるが。

 どうにも、しなを作ったり、無意味な話を長々とされるのが嫌いなのである。理屈屋の高木には、共感しか許されない会話など拷問に近い。このようにあっけらかんとした女性は、会話をしていて気持ちが良い。

 フィアも直情径行的ながら、それだけサバサバしており、エリシアやレイラ、ルクタもあまり高木に共感を求めない。或いは、シーガイアの女性は元の世界の女性に比べて、さっぱりした性格なのかもしれなかった。

「兄貴。ナンナに手を出したら、流石に怒るぞ」

「御生憎様だ。確かに魅力的な女性だが、僕がいくら手を出しても、僕を見ない女性には何の効果もあるまい。それに、手を出す理由がないからな」

 意外と純情な発言をするヴィスリーに、高木は苦笑しながら答え、ふと目をファウストにやった。かなり衝撃的な光景を目にして、すっかり存在を忘れていたのだ。

「その男、どうするんだ?」

「ファウストは、街一番の魔法使いじゃ。リガルド帝国全土でも、そうそうファウストに敵う人間はいないと言われるほどじゃが」

「ふむ。ならば、使いようはあるな。非常にからかい甲斐のある性格だし、久々に僕の口八丁で大いなる成果を挙げられるかもしれん」

 高木は意地悪くにっと笑うと、実に楽しそうに、立食会に戻っていくのだった。

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