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3話:先人

 フィアを連れてトールズの街を色々と歩き回った結果、幾つかのことがわかった。

「フェルプールなどの獣人はいないか。リアルなネコミミを期待していたのだが、まあ仕方ない」

「フェルプール? ネコミミ?」

「こちらの話だ。後の違いは……金属加工が盛んなことは、衛兵の武具から見ても理解できるが、建設物や生活用品には鉄は使われていないな。鍋は真鍮か……銅なのかな。違いがわからんが」

「鉄は貴重品だからね。アンタのトコロではどうだったのよ?」

「鉄より硬度のある、鋼鉄やチタン合金が生活用品にも使われている。まあ、金属加工の歴史は知らんが、鋳造ができるのだから、数十年の内に鋼鉄ぐらいは作られるかもな」

 高木は、自分の世界の対比ではなく、自分の持つ『ファンタジー世界』のイメージとの摺り合わせをしながら、街を歩き回った。通貨は存在しており、紙幣ではなくコインであり、フィアから銅貨・銀貨・金貨という三種の硬貨があることを聞いた。物々交換の類は、数十年前からめっきり減り、今では見ないと言う。

「ただし、値下げの交渉はそこかしらで見るということは、まだ物価が安定していないのか。加工品などはきちんと値札があるが、農作物や魚介類は概ね、値段交渉をしているから……風習というより、農業や漁業も発展途上というところかな」

 高木がぶつぶつと呟きながら街を歩く後ろに、フィアがついて歩く。時折、質問されるとわかる範疇で答えるが、大半がわからない。

「フィア。空って飛べるのか?」

 あまりにも唐突な質問で面食らったこともある。

「うまく魔法で風を操れば飛べるって言われてるけど……昔、実験した人がいて、制御しきれずに突風を起こして、吹き飛ばされて死んじゃったって話よ」

「生身で飛ぼうとしたんだな。せめて、ハングライダーでもあれば、風に乗りつつ、細かい制御もできるかもしれん」

 高木はさらにぶつぶつと呟き、次々に興味を示していく。異文化を知るためだと言うが、どう見ても好奇心で動いているようにしか見えない。

「ねえ、そんなに色々聞いてどうするつもり?」

 流石に気になったのでフィアが尋ねてみると、高木は「ああ」と呟いて、にかっと笑った。

「こんな場所、大枚をはたいても来られるとは限らないからな。色々と見たり、体験してみたい」

「完全に観光気分じゃないのっ!」

 先程の安堵の溜息から、身代わりが早すぎる。まさか、あれも演技だったというのだろうか。

「仕方ないだろう。元の世界に帰る方法を探すにしても、魔法という僕たちの世界にはない理論に頼らざるを得ない。魔法が、この世界でどのように使われているのかも知らなければならないし、そうなれば、この世界そのものを知らねばならない」

 理屈は、確かにフィアにもわかる。だが、どう見ても高木は楽しそうに、好奇心で動いているようにしか見えない。

「……物事を知るには、好奇心を持つことが何より大切なのさ」

 フィアの考えていることを見透かしたかのように高木が笑う。

「ねえ、アンタの世界って、アンタみたいなのばっかりなの?」

 フィアは少し不安になって、先を行く高木に尋ねてみた。高木はしばらく足を止めて、フィアの真意を探る。

 自分のどの部分が、彼女が指し示すモノなのか。眼鏡をかけていることか、服装なのか……否、どう考えても性格だろう。考えるまでもないことを確認して、高木は苦笑した。

「いや、僕は相当の変わり者だと言われていたね。何でも、口八丁手八丁で翻弄するのが得意らしい」

「……良かったわ。見ず知らずの世界だけど、アンタみたいなのばっかりな世界、在って欲しくないわ」

 フィアの皮肉に、高木は素直に頷く。

「確かに、僕もそう思う」

 この男には、皮肉すらも通用しない。


 一通りの好奇心を満たした高木は、歩き疲れたのと、空腹を感じたので食事を摂りたいとフィアに申し出た。

「じゃあ、家に帰って作りましょうか」

 既に高木の世話を見ることを覚悟しきってしまったフィアは、特に呆れた様子もなく自宅兼商店に進路を取る。

「料理が出来るのか?」

「一人暮らしなんだから、当然でしょ」

 同じ年頃なのに大したものだと、高木は少しフィアを見直す。何でも、個人商店を経営する人間でもあるらしく、学生という身分を享受している高木にはわからない苦労である。

「そう言えば、店はいいのか。従業員はいなかったようだが」

「まあ、商売って言っても、骨董品だからね。お爺様の店を継いだのはいいけど、元々道楽だから、客なんてちっとも来ないわよ。まあ、魔法が使えるから日雇いで十分に暮らしていけるけどね」

 なるほど。確か、魔法を使える人間は一部に限られているという話だ。習えば誰でも使えると聞くが、おそらくは勉強する環境がしっかりと整いきっていないのだろう。文字の読み書きも、出来る人間と出来ない人間がいるらしい。言葉は都合良く喋ることができるが、文字は日本語ではなかった。

「ふむ。面倒だから最低限は覚えてしまうか。フィア、魔法と文字を教えてくれ」

「……面倒の一言で、文字と魔法を覚える人間はこの世界にはいないわよ」

 呆れたようにフィアが呟くが、高木は特に気にした様子もなく「今のところ、僕がいる」と言った。

「しかし、当面の生活はフィアの厄介になるとして、何かと金は必要になってくるだろうな。稼ぐ手段を探さねば」

 高校生の高木は、今までアルバイトすらしたことがない。まさか、生まれて初めて金を稼ぐ必要が出たのが異世界になるとは思っていなかっただけに、つい笑みが漏れてしまう。他人と違う人生を歩むのが楽しくて仕方ない人種なのだ。

「アンタなら、宗教でも起こせるんじゃない?」

 フィアが横から軽口を入れる。高木はなるほどと頷いた。

「ふむ。宗教の概念は、やはりこちらでもあるのか。異文化間の交流で、特に重要な分野だということを失念していた」

 しまった、余計な好奇心を持たせてしまったと、フィアは失言を呪った。だが、高木はそれ以上宗教について尋ねようとはせずに、「どうやって稼ぐか」と呟くばかりである。

「聞かないの?」

「ああ。非常に重要だが、おそらくはこの世界でも、宗教というものは人の心の大きな支えであり、生活の一部のはずだ。僕の世界では宗教が引き金となり、度々戦争が起きている。迂闊に話してはフィアの身も危うかろう。また、折を見て尋ねる」

「……単なる好奇心の塊じゃないみたいね」

 フィアがくすくすと微笑むと、高木は溜息をついた。

「僕の国の格言に、好奇心猫を殺すとある。迂闊な好奇心は、時として残虐な結果を招いてしまうという意味合いだ。知恵を伴わない好奇心は、身を滅ぼす」

 猫の呪いは怖いからな、と付け加えて高木は肩を竦めた。呪いは迷信であると説明されていたのだが、その迷信を信じる節のある言葉に、フィアは疑問を覚える。だが、それも高木の言う異文化なのだろうと、とりあえず納得しておいた。


 フィアの家に着くと、料理の出来ない高木は、商店を見学させて貰うことにした。この世界の骨董品には非常に興味があったのだ。

 店内は薄暗く、少々埃っぽい。どうやらまともに商売をするつもりはないらしいが、陳列されてある商品は、高木にとって、割と馴染みの深いものだった。

「……なるほど。先人のものか」

 フィアの話によれば、シーガイアに人語を解する存在が召喚されたのは高木が二人目だという。

 骨董品と言うよりは、異世界の品々を取り扱っているのだとは、まさかフィアも理解していないだろう。

「こちらに置いて帰ることもなかったろうに。まあ、モンゴルでは使うまい」

 浅黄色のだんだら模様の羽織。背中には誠の一文字が染め抜かれている。やはり、同じく誠の一文字が刻まれた鉢がね。数いる隊士の中でも、行方知れずで、何故か時代と海を越えてモンゴルの馬賊になった男は一人しかいない。他にも、真っ二つに折れた手槍やら、随分と小汚い男物の着流しやら、見たこともない人間の人物像がありありと脳裏に浮かぶような品揃えである。

「上野の彰義隊に加わり、戦の最中にこちらの世界に渡り、帰ってきた場所が時代を逆算した上で、モンゴルか。帰る手がかりにもなるが……時間と位置を特定しなければな。帰ってきて海の上では洒落にならない」

 かつて、誠一文字を背負い戦った集団。種田宝蔵院流の槍の使い手にして、最古参の隊士の一人。近藤勇が討たれた後は彰義隊という部隊と共に、上野に陣を張り、行方知らずとなった男がいる。

 おそらくは戦死したのだろうと高木は思っていたが、実はモンゴルに渡り馬賊となったという噂がある。あながち伝説の方が正しいのかもしれなかった。

「ここで二重の極みを習得したのかもな……」

 誰が聞くでもない、くだらない冗談を言いつつ、奥から良い匂いがしてきたので、高木は食卓に向かうことにした。

 香草と鶏肉をトマトスープで煮込んだ料理を皿によそっていたフィアに、高木は何ともなしに声をかける。


「フィア。原田左之助という人を知っているか?」

「アンタの前に来た人でしょ。何で知ってるの?」

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