38話:予約
クーガ領の中心部に存在する都市ディーガ。
クーガの先祖から代々受け継がれてきた領土は、本来ならばクーガの姓であるエクス領と言われるべきであるが、世に広まったのはクーガ領という呼び方であった。
先代までの統治が決して酷かったわけではない。それでも、クーガは領民から愛され、信頼されていた。
「ふむ。治水に道路整備……ほう、学校もあるようだな。これは驚いた」
ティテュスを発ってから十日。途中、小さな農村に立ち寄り休憩して到着したディーガに、高木たちは感嘆の声を漏らした。
クーガ本人が居住している街というだけあって、その治世は見事の一言である。
大きな都市なので、やはり貧富の差は生まれるが、それでも無法者が群れる様子も無い。
「でも、意外ね。大都市と言えば石造りが基本だけど、この街は木造ばかり」
帝都で生活をしていたルクタが、周囲を見渡しながら呟く。帝都に広がる町並みは石造りであり、大通りなども、石畳が敷かれている。また、トールズの街でもバレットやトマスなどの富豪は立派な石造りの屋敷であった。
「ディーガが発展したのは、木材の輸出が大きいからです。ディーガの少し北には森林地帯が広がっていまして、木工業が盛んだと聞いたことがあります」
オルゴーの解説に、高木も深く頷いた。木造家屋は日本人にとって馴染み深いものであり、木の特性を利用して作られた家は、下手な石造りよりも住み心地がよく、通気性や保温性の面でも優れている。
流石に意匠は日本と違い、日本家屋という風情は欠片も無いが、大都市というよりも、都と表現したくなる雰囲気に、高木はディーガを気に入った。
「それでは早速、クーガ伯爵に会いに行きましょう」
宿に着いて一息つくと、オルゴーは立ち上がって外に出ようとした。部屋は男女で分けているのでルクタはいない。仕方なく高木とヴィスリーは二人がかりでオルゴーの肩を掴んだ。
「目的地に到着して、事を急きたくなるのはわかるが、突貫は暴挙に近い」
「伯爵が話のわかる人間ってことは噂でわかるけど、手続きも無しに会えるような人間じゃねえよ」
クーガ・エクス伯爵は、リガルド帝国でも高名な貴族である。広大な領地と、清廉な人柄で知られており、当然ながら「会いたい」と言って会えるような人物ではない。
高木の考えでは、オルゴーの肩書きを使うことが第一候補である。おそらく帝都では既にガイの連絡が回っているだろうが、電話も無いこのシーガイアでは、オルゴーの死はまだディーガには伝わっていない。
一介の旅人などでは、面会すら叶わない相手であるが、帝国騎士団の人間であれば問題ない。武力とはつまり権力であり、権力者は優遇されるのが世の常である。
「まずは、面会の約束を取り付けるための人員を発表する」
高木は何とかオルゴーを引き留め、女性陣を部屋に呼ぶと、野球のスタメン発表のノリで一同を見渡した。元より、戦略ゲームを好むのである。各個人の能力を考えて、メンバーを考えるのは半ば趣味のようなものだった。
何よりも、仲間内でこのような人選を行う存在が、高木しかいないという認識もある。
「まず、オルゴー。君が行かなければ話にならない」
「ええ。お任せください」
「次に、ヴィスリー。礼儀作法を嫌いはするが、決して知らないわけじゃないだろう。今回はルクタと僕は同行できないので、オルゴーをうまく抑える役目を頼んだ」
「……ん。兄貴とルクタは行かないのか?」
「長らく一緒にいるから忘れているだろうが、僕の容姿は目立つ上に警戒される。ルクタに関しては少々言いにくいが、逃亡中の犯罪者だ。流石に問題があるだろう」
高木の言葉に、ヴィスリーとルクタが苦笑する。確かに高木とルクタがいないのであれば、オルゴーが予想外の行動に出た場合に抑えることが出来る人間はヴィスリーしかいない。
フィアはオルゴーと一緒になって暴れそうであり、レイラは傍観するだろう。エリシアは機転を利かせるかもしれないが、見た目が幼すぎる上に礼儀作法を学ぶ機会など無かった。公の場に連れて行くには、少々相応しくない。ヴィスリーを選んだのは、元々が金持ちであり、最低限の作法を知っているからでもあった。
「後は、レイラ。この三人で頼む」
「え。私も行くのー?」
「ああ。見目麗しい女性がいると、相手も警戒を解きやすい。それに、魔法使いすら味方につけているオルゴーの人徳も上がる」
元々、魔法使いは数が少ないうえに表に出たがらない。レイラが魔法使いであることを知らしめる機会が、面会の申し込みにあるとは思えなかったが、もしかするとオルゴーがルクタの脱獄を助け、自身も逃亡した人間だと知れ渡っていたときには、荒事に発展する可能性もある。オルゴーもヴィスリーも剣士としては優秀だが、大勢の兵に囲まれてはどうしようもない。レイラがいれば、電撃で全員を気絶させることができるので、保険の意味合いも兼ねての人選である。
「ちなみにフィアは、迂闊に怒り出しそうで危なっかしいから待機だ」
「その一言が迂闊って言うのよ!」
スコーン、と景気の良い音を鳴らして、フィアが部屋に置いてあったお盆で高木の頭を殴った。
「痛い……だが、ほら見たことか。いきなり相手にこれをしてみろ。賛同してもらえるどころか、追いかけられるのがオチだ」
高木は頭を抑えながら、例によってフィアの怒りっぽさを身をもって証明した。痛いのだが、フィアが真っ赤になって慌てる様子が楽しいので、ついやってしまうのだ。
「あー、もうっ。吹っ飛べ!!」
高木の「つい」も、そろそろ自粛しなければ命の危険が出てくるかもしれない。
かくして、オルゴーを筆頭にヴィスリーとレイラが付き従うという珍しい組み合わせで面会の申し込みに赴いた。
クーガ伯爵の邸宅はちょっとした宮殿のような大きさであるが、内部は市役所のような、街の運営事務所を兼ねているらしく、オルゴーは受付らしき青年に、クーガ伯爵との面会を申し入れた。
「申し訳ございません。伯爵は多忙な御方でして、早くとも五十日ほど後にならねば、面会することはできません」
青年はクーガ伯爵が誰とでも面会する人間であり、逆にどんな権力者であっても優先して会うことが無いと説明した。五十日も待たされるのは、それだけの人間がクーガ伯爵との面会の予約を入れているということである。
「もし伝えたいことがあるのであれば、書簡にてお渡しも致しますが」
「……いえ、どうしても直接会ってお話しなければならないのです」
内容が内容だけに、他人の目に触れる危険のある書簡ではいけない。オルゴーとしても、直接言わなければならないことであると考えていたので、予約だけは入れておき、その場を去ることしかできなかった。
「ふむ。思っていた以上に人徳者だったようだな。まさか、騎士だろうが平民だろうが関係なく面会するとは。僕が行っても良かったのかもしれない」
オルゴーたちの報告を聞いた高木は嬉しそうに言いながらも、仮に自分が行っても結果が変わらないであろうと考えていた。
危急の事態だといえば、その内容を受付に問われることになる。仮に上手く伯爵に会えても、危急というのが嘘であると知られてしまえば、人間性を疑われる。オルゴーの人柄がクーガ伯爵を味方につけるための最大の武器であるので、悪印象を植え付けるのは良策とはいえない。
「五十日も待てません。私の思いを、一刻も早くクーガ伯爵に伝え、国を正さなくてはならないのです」
オルゴーはやはりはやる気持ちを抑えられないようで、高木に訴えるかけるように言った。
「まあ、ここで足止めを喰らい、うっかりオルゴーが死んだと帝都から報告されても面倒だ。やはり、策を弄するしかないか」
高木はやれやれと肩をすくめる。オルゴーに策を思いつくような柔軟な思考は期待できない。フィアやエリシア、レイラは「そういうのはマサトの仕事だ」と言わんばかりに高木を見ている。ヴィスリーとルクタは自分でも考えようとしているだけありがたいのだが、良案があるわけでもなさそうだった。
「……ふむ。例の如く搦め手で行くしかあるまいな」
高木は楽しそうに笑うと、金貨の詰まった袋を手に取り、飄々とした様子で外に出て行く。
「賄賂が通用するような場所じゃねえぜ?」
ヴィスリーが声をかけると、高木は先刻承知とばかりに頷いて、不敵な笑みを浮かべた。
「ガイとやり合って、一張羅がボロボロだからな。仕立て直してもらうだけさ」
高木はそれだけ呟いて、肩と腹の辺りが破けた学生服を見せた。確かに見目が悪いが、何故この状況でそんなことをするのかと、フィアたちは揃って首をかしげる。高木のことなので、何かしらの思惑でもあるのだろうが。
「マサト。どこに行くの?」
高木が宿を出ると、エリシアが後を追いかけてきた。
「さっきも言ったように仕立て屋だが……そうだな。エリシアもたまには御洒落をしてみるか?」
高木ははぐらかすように言いながら、エリシアがついて来ても問題ないことを示唆した。仕立て屋は現在で言う服屋であるが、織物業がまだ発展していないので、当然ながら一から仕立てるのはかなりの大金を要する。庶民は大抵、古着を使うし、エリシアは未だかつて一着も仕立てたことが無い。
「私、この服で十分だよ?」
「……まあ、そういうエリシアの性格は好ましいが、なおさら、ちょっとは御洒落をさせたくなった」
高木は微笑みながら、少し考える。
高木自身、ファッションセンスにはまったくといって良いほど自信が無い。エリシアの愛らしさを引き立たせたいのは山々であるが、自分だけでは少しばかり無理がある。
「私が選ぼうかしら?」
不意にルクタが宿から出てきて、妖艶に微笑んだ。
「タカギは服を見繕うのとか下手なんでしょ?」
「ああ、まったくその通りだが……」
「一体、どんなコトを考えてるのか知らないけど、仕立てるにしても知識も経験もないようじゃ、ろくな店も選べやしないわ。それに、エリシアの服を作るなら色々と測らないといけないし、女手も必要でしょ?」
言われてみれば、服を仕立てるならばサイズを測らねばならない。特に女性に関してはバストやらウエストやら、男子には手を出せない部分が重要である。
「もしかして、測りたかったのかしら?」
「考えもしなかっただけだが、確かに魅力的な案だ」
高木は苦笑しながら、エリシアの頭を撫でた。エリシアは頬を赤らめて、高木とルクタを見比べる。少しだけ高木に採寸される様子を想像してしまい、そしてやがてコクンと頷いた。
「……マサトなら、別に測ってもいいよ?」
「う……うむ。いや、ルクタがいるから、ルクタに任せよう」
珍しく高木は慌てながら、てくてくと歩き出した。レイラのときもそうだが、割と直球には弱い。
高木もまた、エリシアの胸囲を測る想像をしてしまい、その妙な背徳感が異様に魅力的に思ってしまったのだ。
「やれやれ。またヴィスリーに連れて行ってもらうとするか。この街にあればいいのだが」
長旅で溜まるのは疲れだけではない。高木は背中に哀愁を漂わせながら、どんな服が良いかなと楽しそうに話し合うエリシアとルクタの後を追いかけた。