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36話:岐路

 ヴィスリーは少し離れたところから高木とガイのやりとりを見ていた。

 会話の内容までは聞き取れなかったが、ガイが剣を抜いた瞬間に、背筋が冷やりとした。

 その後、すぐに駆けつけることが出来なかったのは、実はガイがヴィスリーの様子にも気づき、目で制されていたからだ。一瞬だが、確かに目が合った。暗黙のうちに、動けば高木を殺すと言っているような物だった。

 最初の一撃は、運良く高木は逃れたものの、ガイが実力者であることを十分に示していた。おそらく、ヴィスリーだけではとても太刀打ちできるものではない。

 歯噛みするような時間の中で、不意に高木が動き、斬りつけられたときには血の気が引いた。それでも、高木は何故か叫びながらもピンピンしており、逆に刃を突きつけたのを見て、自分が選んだ人間に間違いが無いことを確信した。

 高木は、おそらく本人が考えている以上に強い。

 判断力と理屈。それに口八丁だけでは、問答無用に襲い掛かる剣や魔法には勝てない。切り結んだり、魔法合戦になれば高木に勝ち目など万が一も無いが、それでも最初の一撃を凌ぎ切ることさえできれば、高木は勝つのだ。

「どうだ。兄貴の口車は?」

 ヴィスリーが高木を抱きかかえたガイに投げかけた言葉は、ガイを喜ばせた。

「詐欺師も真っ青だ。決して喋くり倒すわけじゃねえ。一言、ど真ん中を射抜いてきやがる」

 ガイは高木を肩に担ぎ上げて、太い腕をヴィスリーに差し出した。

「ガイ・ストロングだ。肩は無事だが、腹は手当てせにゃならん」

 高木を傷つけたことを詫びるような素振りは無い。ヴィスリーもそれを咎めるつもりは無い。

 男同士が真剣勝負をしたのだから、多少の傷はむしろ勲章のようなものだ。命に別状はまるでないので、宿に連れて帰って、ゆっくりと手当てをすればよかった。


 だが、男同士の真剣勝負というのは往々にして女性には納得してもらえないもので、いわば男の浪漫が女性から子供じみたものだと冷ややかに思われるのと同じである。

「雷崩し!」

 高木に一途な想いを寄せるレイラにとっては、たとえ和解して協力を誓おうが、高木を傷つけた人間に変わりは無く、容赦の無い電撃を浴びせかけた。かつての自分をすっかり忘れているのは御愛嬌である。

 宿の一室がシュバッと光り、ガイが身体を痙攣させながらぶっ倒れる。流石に手加減はされていたのだろうが、ガイは床にへばり、くるくると目を回した。

「ひでぇ……」

 男の浪漫を解するヴィスリーにしてみれば、八つ当たりにも近い行為なのだが、高木が気絶しており、男はヴィスリーとオルゴーの二人。女はフィア、エリシア、レイラ、ルクタの四人と、男女比の関係上、レイラの行動は正当化された。

「レイラ、手ぬるいわよ」

 フィアはガイの鎧をガシガシと踏みつけ、エリシアまでデコピンで攻撃した。流石にルクタは攻撃には参加しなかったが、特に三人を宥めようとはせずに、苦笑して眺めるだけである。

「アスタルフィアさん、エリシアさん。そろそろやめてあげないと、ガイが死んでしまいます」

 オルゴーにしてみれば、かつての仲間であり、改めて仲間になったガイがいわれなき暴行を受けているので、止めようと間に立つが、フィアが思い切り睨みつけるとすごすごと引き下がった。

「こんなゴツい男が、か弱き乙女の蹴りぐらいじゃ死なないわよ。あー、それにしても腹が立つわね。マサトは貧弱なんだから、ちょっとは丁重に扱いなさいよ!」

 高木が起きていれば、自分が貧弱と言われたことよりも、フィアの『自称か弱き乙女』に突っ込んでいただろうと、ヴィスリーは推察する。しっかりと軸足を踏ん張った、見事な踏み蹴りである。

「ヴィスリーさん。何とか止めてあげてください」

 オルゴーが進退窮まった様子でヴィスリーにすがった。よほどフィアが怖かったのだろう。強靭な意志と高い能力を持つオルゴーだが、自称『か弱き乙女』にはけっこう弱い。

 ヴィスリーは少し考えて、ぼそぼそとオルゴーに耳打ちする。オルゴーは笑顔で頷くと、再びフィアに近づき、こう言った。

「アスタルフィアさん。愛するタカギさんを傷つけられて怒るのはわかりますが、それでも――」

「誰が、誰を愛してるってぇッ!!?」

 突如、フィアは敢然とオルゴーに詰め寄る。

「い、いえ。それほど怒るということは、タカギさんのことが好きなのかと……」

「ば、馬鹿言ってんじゃないわよッ!!」

 ぎゃーす、とフィアが吼えて、今度はオルゴーの鎧を蹴りはじめた。

 顔を真っ赤にさせているのは、脈があるのか、怒っているだけなのか。とりあえず、ガイはフィアの蹴りから解放されたのだが、オルゴーとしてはたまったものではない。フィアの蹴りは地味に痛いのだ。

「ルクタはどう思うよ?」

 ヴィスリーは一人だけ冷静なルクタに、この状況を尋ねてみた。

「そうねえ。レイラとギクシャクしないように、なるべく間は取り持つわ」

「……内輪揉めで崩壊しなきゃいいが」

 未だにぺしぺしとガイの頭を叩き続けるエリシアを見ながら、ヴィスリーは溜息をついた。


 高木とガイが目を覚ましたのは、翌日の夕方になってからだった。

「そういうわけで、俺ァ一旦帝都に戻って報告せにゃならん。とりあえず、オルゴーとルクタは俺がさっくり殺したことにしとく。これで追っ手も消えるって寸法だ」

 酒場で一同が揃った折に、ガイは特に怒った様子も無く今後の行動について語った。雷を食らったことも、良い経験だと笑い飛ばしてしまうところに、高木やヴィスリーは男気を感じる。レイラやフィア、それにエリシアもガイを快くは思っていなかったのだが、高木が懇切丁寧にガイの必要性と、ついでに男の浪漫について説明をすると、納得してくれた。もっとも、エリシアは浪漫。フィアとレイラは必要性にのみ首肯したのだが。

 自分が死んだことになるという状況に、オルゴーとルクタは神妙な顔をしていたが、今後の行動を考えるならば、とても動きやすい。高木としてもあまり気の良い話ではなかったが、背に腹は変えられない。死んだことにして生き残るか、生きていると認識されて追っ手に殺されるか。相手は最終的にどっちでも殺したと認識する以上、生き残る可能性が高いほうを選択するのは当然のことである。

「けど、信用できるの?」

 フィアは帝国騎士に懐疑的であるから、いくらガイの存在がありがたいと言っても、ガイが腹に一物を抱えている可能性を払拭できないでいる。

「ガイは、騎士団にいたころに私によくしてくれました。数少ない、私の友人です」

 オルゴーが反論するように言葉を返すが、人の良い男だけに、信用しすぎるので、アテにはならない。

 それでも、オルゴーはにこにこと笑い、ゆっくりと語った。

「私は確かに、浅慮ではありますが、決して無闇に他人を信用するわけではありません。ガイが街で私を呼んだときも、ガイの声だから出て行こうとしたのです。ガイが私を単純に捕らえるためだけに来たわけではないと、わかったからです。勿論、ガイと真剣勝負をするのも楽しみだと感じてしまったのも確かですが」

 オルゴーの言葉に、ガイとヴィスリーが口角をくっと上げる。剣の腕に覚えがある人間ならば、どうしてもお互いの実力を試してみたくなるものである。ガイは決してオルゴーの仲間になるためにやってきたわけではなかったが、少なくともただ捕らえるために来たわけでもなかった。

「……マサト。アンタは信用してるの?」

「理詰めで考えるならば、ちっとも信用できないな。帝国騎士の権力を失うという危険を冒してまで、僕たちに賛同するのはあまりにも計算が下手だし、命の危機すらある。しかし、相対した感覚や、自分の感性に従うのであれば、信用できる」

 高木が理屈と感性のどちらを選択したかは、この状況を見れば明らかである。理屈を重視する人間ではあるが、決してそれだけではなく、時として理屈よりも感情を優先することもある。

「俺ァ、兄貴もガイも信用できると思うぜ。なんつーか、オルゴーとは違う意味で嘘がつけない性格みてえだし」

「私はオルゴーを信用するって言っちゃったからね。オルゴーが信用するなら、私も信用するわ。まあ、悪い人じゃないと思うし」

 ヴィスリーとルクタは、ガイに対して好意的だった。レイラとエリシアはそもそも、高木を傷つけたことに対して怒っていたわけであり、ガイの性分などに関しては高木に従うようである。

「……なんだか、私が偏屈みたいじゃないの」

「いや、フィアは真っ当な感覚だ。どちらかというと、僕やオルゴーがおかしいのかもしれない。だが、ガイもやはり、おかしいヤツに違いは無い。確かに裏切られると厄介だが、そのときはレイラが本気で雷を撃っても良いし、フィアが切り刻むのも良い。オルゴーがばっさり袈裟懸けに斬るも良し」

「おいおい。全部致命傷じゃねえか。俺は騎士団を裏切って、今からその裏切った場所に嘘の報告するんだぜ。裏切ったら殺すなんて物騒なこと言われちゃ、尻込みしちまうだろうが」

 ガイが大きな口を開けて笑うと、ヴィスリーと高木が釣られて笑った。

「心配するな。オルゴーを閑職に追いやり、ガイを単騎で送り出すような浅はかな判断しかできない集団だ。どうやったらバレるのか、僕にも想像できない。馬鹿に尻尾を振るのは苦痛だが、欺くのはとても気分が良いものさ」

 欺かれたことのあるフィアは、少しカチンと来たが、少なくとも自分ならばオルゴーのような実直な人間を隅に追いやるような勿体無い真似はしないし、ガイのような底抜けに明るい人間を一人で突撃させない。それをしてしまうような人間に、その二人が素直に尻尾を振っているという状況も考えにくかった。

「わかったわよ。その代わり、裏切ったら本当に切り刻むわよ?」

 フィアが少し睨むと、ガイはガハハと笑い、せめて吹き飛ばす程度で許してくれと言った。



 翌日。高木たちは街の出口に馬車を止め、ガイと向かい合った。

「そんじゃ、まあ。報告したら、しばらく騎士団の中にいるが、何かありゃ報せてくれ」

「ああ。もし、何か伝えたいことがあればトールズの街のバレットさんにでも伝えてくれれば、おそらく骨を折ってくれるだろう。少々いけ好かない男だが、あれで中々面倒見の良い男だ」

 勝手に連絡役にされたバレットであるが、おそらく上手く都合をつけてくれる筈である。少なくとも、どちらに転んでも問題ない状況を作り上げることに関しては中々の技量である。秘密裏の連絡となるので、仮に文書などが発見されても問題にならないような加工をしてくれるはずであり、金銭的な負担も、富豪なのでさほどの問題にはならない。

「トールズのバレットだな。兄ちゃんの名前を出しゃあ、いいってことか?」

「いや、エリシアが是非に、とでも付け加えておいてくれ」

 高木が悪戯っぽく笑うと、ガイもなんとなく察したようで、あまり多くを聞かずに笑った。

「では、出発しよう。ガイ、上手くやれよ」

「おう、兄ちゃんもな。それに、オルゴー。てめーに賭けるんだから、しっかりやれよ」

「ええ。ガイも気をつけて」

 オルゴーとガイは真正面に向かい合い、それぞれの拳を軽く重ね合わせた。

「帝国騎士オルゴー・ブレイド。愛する友人、ガイ・ストロングの無事と成功を祈る」

「帝国騎士ガイ・ストロング。尊敬する友人、オルゴー・ブレイドの勝利と栄進を祈る」

 それは、帝国騎士団がかつて出陣の際に仲間同士で交わした誓いであり、現在では廃れてしまった風習だった。

 オルゴーとガイはかつて、騎士団に入団した折に、たった二人だけの誓いを交わした。それは異端としてのオルゴーと、そんな異端を快く思ったただ一人の男であるガイだからこそができた誓いである。

 あの頃から、場所も時間も、立場さえ変わったが、お互いの胸のうちにあるものは、何も変わってはいない。

 高木は一度頷いて、ヴィスリーに出発するように告げた。高木たちが馬車に乗り込み、ヴィスリーが手綱を持つ。

 馬車はゆっくりと動いていく。オルゴーはしばらく、まっすぐとガイを見つめたのちに、くるりと背を向けて、馬車に飛び乗った。

 やがて、ガイもまた背を向けて、帝都へと帰還していくのだった。

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