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35話:釣果

 右肩が、気を失うかと思うほどの激痛に襲われた。

 激痛の正体は違和感である。しかし、それは違和感と呼ぶにはあまりにも変化が大きすぎた。

「うああああッ!」

 高木は激痛を叫ぶことでこらえ、ガイに全体重を乗せた体当たりを食らわせていた。

「な、なんだァ!?」

 ガイは、高木の体当たりを喰らい、尻餅をつきながらも、ぐにゃりと曲がった剣を見て、素っ頓狂な声をあげた。

 確かに高木の右肩にめがけて、剣を放った。肩にしっかりと打ち込んだ手応えもあった。しかし、何故か高木の肩は、ガイの剣をはじき返したのだ。

 黒い服の下に鎧でも着込んでいるのかと考えたが、鋼鉄製の剣をはじき返すほどの鎧を着ているようには見えない。

 まるで、何か金属の塊でも殴ったかのような感触と、剣の曲がり方である。

「くそ、何をしやが……!?」

 身を起こして、高木のほうを向こうとしたガイの首筋に、冷たい金属の感触が伝わる。おそるおそる見てみると、高木が木目模様の美しい、反りのある片刃の剣を押し当てていた。

「……動かないほうが良い。君たちの使う剣よりも、数倍は切れ味が良い。下手に逃げようとすれば、僕は焦って掻っ切ってしまうだろう」

 高木は、鬼気迫る表情でそれだけを呟いた。



「仕組みを、教えてくれねえか?」

 しばらくして、ガイがゆっくりと呟いた。

 ガイが口を開くまでの空白は、高木にとっては力みすぎて本当にガイの首を掻き切らないために落ち着くためであり、ガイにとっては先ほどの不可解な現象について考えるためのものだった。

「あれが、僕の魔法だよ」

 高木は桜花をガイの首筋に押し当てたまま答えた。迂闊にガイが動けば、高木は容赦できずに首を切ってしまう。高木にとっても、ガイにとっても動かずにいるのが上策という状態だからこそ、会話が成り立った。

「魔法ってこたぁ、わかる。だが、どんな魔法だ。まるで、金属を殴ったみてえだった」

「まるでも何も、君が切ろうとしたのは金属だよ」

 高木は微笑んで、少しだけ自分の右肩に目をやった。

 肩口あたりの学生服が破けており、細い肩が露出している。しかし、その肌には傷ひとつ無かった。

「……種明かしは、しちゃくれねえか?」

「別に構わないが……勿論、条件がある。僕やオルゴーに、協力することだ」

「そんなの、口約束で済ませちまうぜ?」

「種明かしをしたところで、君の命を僕が握っていることに違いは無い。そうだろう?」

 高木が笑うと、ガイはやれやれと内心で舌を巻いた。

 純粋な言葉だけの応酬では、この風変わりな異邦人に敵う気がしない。

「わかった。協力すると、一応言っておこうじゃねえか」


「魔法というのは、つまりは想像したものをマナに伝えて、それによりマナを変化させる術だ。人間の想像力が物事に変化を与える、唯一無二の力。魔法使いの君には、今更説明すべき内容でもないけどね」

 高木はゆっくりと、ガイに講釈を始めた。

「流動的なものには、マナは変化しやすい。それはマナの変化性と共鳴するからであり、故に岩や金属などの物質に変化させることは難しい。僕は才能に乏しく、炎や風ですら、ろくに作り出すことが出来なかった。だから、考えたのさ。マナはとても変化しやすい物質だが、様々なものに付帯する性質もある。空気や、人や、岩や、植物。何にでもくっついている。そっちの性質も利用できないかと思ってね」

 高木が魔法の才能に恵まれないことを知り、ずっと考え続けていたことだった。

 マナはそれ単体では、何の影響力も無い存在である。人間の意志や想像力という外部の力がなければ変化せず、ただ別のものに付随するだけ。まるで、それは高木自身のようだと。

 フィアやレイラ。ヴィスリーのような戦闘力を持つ人間がいるからこそ、高木の判断力や理屈が作用するのである。

 しかし、その自分の存在価値は決して低くは無かった。フィアやレイラの時間を稼ぐ盾にもなれば、ヴィスリーの剣から迷いを消す鋭さにもなる。

 そう。他の存在に、何らかの力を与える形で在るという選択肢が、マナにも用意されているのではないかと考えたのだ。

「そもそも、固定概念に囚われすぎるのが、古き習慣の悪要素だ。マナで作り出せるものの限界を勝手に作ってしまった。つまり、この世に存在するものでなければ、マナで作ることは出来ないという、固定概念を」

「……この世に存在しないものを、作ったってのか?」

「平たく言えばそういうことだ。仕組みとしては、僕はマナで『肉体を金属に変えるもの』を作っただけだ」

 高木の魔法――つまり、概念魔法を最も単純に説明すると、モノの概念を変える魔法ということになる。

 マナの変化の基礎は、あくまでも人間の想像力である。イメージがそのまま形になるのだ。

 イメージが真に迫れば迫るだけ、変化はしっかりと、長く続く。だからこそ、シーガイアの魔法使いたちは身近で、その性質を実感できるものに変化させてきた。逆を言えば、身近どころか、この世に存在しなくても、イメージさえ明確であれば何でも作れてしまうということになる。

 しかし、マナには質量保存の法則があり、大きなものを作ろうとすると、それだけ多くのマナが必要である。だからこそ、高木はマナそのものを変化させるのではなく、マナで概念を作ろうとした。

 右肩に金属という概念を与える。

 金属という概念は、金属の性質を右肩に与えて、結果として右肩が金属に変化する。それが、先ほどの種明かしである。

「まあ、今のところ、僕にしか使えない魔法だ。元素の配列などの科学知識を機軸として、金属の性質をしっかり把握しているからこそ、概念という状態まで掘り進めた変化を可能にした……言っている意味がわかるか?」

「すまねえ。さっぱりだ」

 高木は半ば予想していたが、苦笑を漏らした。

 概念という言葉自体が、極めて曖昧なものなのである。性質という言葉で代用もできなくはないが、本来の意味合いから離れてしまう。

 哲学的な側面も含み、簡潔な説明はどうしても不可能である。概念という存在自体、シーガイアでは未発達であり、目に見えるものではないから、論理的に解釈するしかない。

 いわば、概念の概念を説明しなければならないのだ。高木でも、これは簡単に出来ることではない。

 現代人ならば、ある程度を感覚として理解しているので説明も多少は出来るのだが、それでも難しいことに違いは無い。

「要するに、変化魔法ってことか?」

「形状までは、今のところ無理だがな。理屈としては可能なのだが、想像力がとても必要だ」

 ちなみに、高木が己の右肩を変えたのは鉄である。

 鋼鉄に断ち切られるか心配ではあったが、理論から導いたので、鉄の単結晶を作り上げた。不純物を一切含まず、完璧な原子配列で作られたのが幸いしたのか、異様に強かった。また、表面だけを鉄に変えたのではなく、骨の芯から全てを変えたので尚更である。

 しかし、勿論、肉体を一時的にとはいえ鉄に変えたのだから、相応の副作用はある。それが、違和感という激痛だった。

「正直、とても痛かった。痛覚も何もかもが鉄になっていたので、殴られた痛みは無かったが、一瞬、血の流れも何もかもが止まったからな。今までのどんな痛みとも違う、気持ちの悪い激痛が頭に響いた。二度と味わいたくないな」

 学生服を変化させると、剣に負けるおそれがあったため、とっさの判断で肉体そのものを鉄に変えた。判断自体は間違っていなかったと高木は考えるが、今後は二度と身体を変化させないようにしようと誓った。

「まあ、理屈はわかんねえけど、俺が負けた理由はわかった。その魔法、もしかすっと最強じゃねえのか?」

「そういうわけでもない。肉体という概念と鉄という概念はあまりにそぐわず、一瞬で変化が解けた。理論としては完璧に近いが、元々の概念を完璧に作り変えるのではなく、あくまでマナで変化させているだけなので、違和感で戻ってしまう。見立てでは、さらに理屈を改良して、数秒かな」

「はあ……やっぱりよくわかんねえけど、してやられたって感じだな」

 ガイの言葉に、高木は桜花を首から離して、鞘に収めた。

 不思議そうに高木を見上げるガイに、高木は楽しそうに口元を吊り上げる。

「どうだ。権力や金よりも、こういうほうが楽しいだろう?」

「!」

 高木の言葉に、ガイは目を見開いた。

 協力するという口約束はした。勿論、それは口約束に過ぎず、それだけで自分の魔法を語る高木が不可解でもあったのだが、今になってようやく、その理由がわかった。

 高木は、既に性格を読みきっている。

「金属製の肩だったが、衝撃は生身にも伝わった。剣があれほど折れ曲がるのも、君の力が尋常ではないと物語っている。それに、魔法を一瞬で見極めるほど、マナに親しんでいるということは、魔法の腕もいいのだろう。さらに、見かけよりもずっと思慮深く、頭も切れる。いわば、天才の域だな」

「……オルゴーに、剣じゃ敵わなかったがな」

「ああ。だが、魔法も上手く使えば、一人でオルゴーを捕らえることも出来た。一人でここまで来たのは、その能力の高さと――」

 高木の言葉をガイは苦笑して手で遮った。

 既に決着はついている。高木の言葉――こういうほうが楽しいだろう?――に魅せられた時点で、ガイは負けているのだ。

 しかし、高木は駄目押しのように言葉を続けた。まさしくとどめの一撃をさすために。

「――帝国騎士団にいることをつまらなく感じていたからだ。君の能力では、帝国騎士団でも退屈すぎた。だから、一人で帝国一の騎士を捕まえようとした」

「……皆まで言うんじゃねえよ」

 ガイはごろりと地面に転がって、大空を仰ぎ見た。

 高木の言うとおり、ガイは帝国騎士団をつまならない場所と見ていた。

 権力や金のために、裏でこそこそと人脈を作ったり派閥を形成するという、理解は出来るがくだらないとも思う騎士団の人間たち。オルゴーのような異端は干されて当然であるが、内心では少し羨んではいたのだ。あれほどまっすぐに生きることが出来れば、どれだけ楽しいだろうと。

 オルゴーの脱走と脱獄幇助を聞いて、捕縛の任を買って出たのは、そんなオルゴーと相対するのがとても楽しそうだったからだ。リースでオルゴーの噂を聞き、ティテュスで追いつくと踏んだガイが、敢えて叫びながらオルゴーを探したのも、そういう馬鹿馬鹿しい行為が非常に面白かったからである。勿論、オルゴーの性格を踏まえて、見つける自信もあった。

 しかし、実際はどうだ。ロクに剣も使えない上に、魔法の才能にも乏しい人間に油断して負けた。確かにその独自の魔法には驚いたが、気を緩めなければ封殺できていたはずである。その緩みを作ったのは高木の度胸と理屈と弁舌だ。緩ませられたというほうが正しい。

 騎士団から外に出てみれば、こんな予想外の出来事に溢れている。世の中には、面白いことがまだまだ沢山ある。

 オルゴーのような破天荒な人間に協力すれば、一体どれだけの楽しみが待っているのだろうか。そして、高木のような人間がいれば、どれだけ面白いことが出来るのだろうか。

「あーあ。出世街道って人生も悪かねえと思ってたんだがなぁ」

 ガイは実に楽しそうに言い放ち、すっくと立ち上がった。

「帝国騎士団、ガイ・ストロング。俺の剣と命を預けてやらぁ。剣はてめえに曲げられちまったがな」

「黒衣のサムライ、高木聖人。しかと預かろう。曲げても折れない、君の剣と命をな」

 高木はそれだけ言うと、ふと意識が遠のいた。

 無茶だったのだ。腹の傷に、概念魔法。さらに、その後の体当たりと、桜花を人に向けるという精神的な負担。

 一度に起こる出来事として、あまりにも濃縮されすぎていた。

 がくりと膝をついて倒れようとする高木を、ガイの太い腕がしっかりと受け止めた。

「こんな細っこい野郎に負けたのか。これだから、人生はやめられねえ」



 一方。街の外までやってきたオルゴーだが。

「……確か、ガイの声だったと思うのですが。来ないですね……」

 中々現れないかつての仲間を一人、待ち続けていた。


2話:詭弁の挿絵をレゴ様に描いていただきました。

二人の表情の対比や細かな仕草が、実にそれぞれの性格を物語ってます。


本編もがんばって更新していきますw

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