表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
34/97

33話:規約

「オルゴー・ブレイドォ!! 出てきやがれぇッ!!」

 濁声がオルゴーの耳に届いたのは、ちょうど一通りの雑貨を買い揃えて、店を出ようとしていたときだった。

「どうやら、私を探しているようですね」

 オルゴーは特に慌てる様子も無く、わかりきったことを呟いた。隣にいたヴィスリーとルクタは、流石にそれまでの明るい表情を一瞬で引き締める。

「おいおい。追っ手は撒いてきたんじゃねえのか?」

「撒いたと思ってたんだけど……帝国騎士も無能ってわけじゃないのかしら?」

 ヴィスリーは窓から外の様子を伺いながら、案外この二人は間抜けなのかもしれないと考えていた。

 或いは、帝国騎士に対する負の感情が、彼らの実力の高さを過小評価したのか。どちらにしろ、状況は芳しいはずもなかった。

「さて、どうするか」

 ヴィスリーの言葉に、オルゴーはにこりと笑って、外に出ようとした。それをわかっていたかのように、ルクタはオルゴーの長い金髪を掴む。

「む。ルクタ、痛いです」

「……わかっちゃいたけど、調子狂うわね」

「まぁ、兄貴が気に入るわけだわな。呼ばれて出て行きゃ苦労はねえよ」

 ヴィスリーはオルゴーを止めるのをルクタに任せて、外の様子をなおも伺い続ける。

 唐突に現れた騎士に、街は騒然としている。騒ぎを大きくするような行動に出たのは、町の人間にオルゴーを炙りださせるためか、もしくは、オルゴーの馬鹿正直な正確を把握しているからなのか。

 街を混乱に陥れるような存在は、町の人間にとって厄介事でしかない。早急に事を治めるために、オルゴーを探し出すだろう。

 それよりも不味いのは、オルゴーの性格を熟知している場合である。決して馬鹿ではなく、むしろ聡明なオルゴーだが、根が真っ正直なので、行動も単純になりやすい。操るのが容易い人種であることに違いは無い。

「ヴィスリー。どうすればいいかしら?」

 ルクタはオルゴーの腰にしっかりとしがみつき、勝手に出て行くのを身体で止めている。とても打開策を考えられるような状況ではない。オルゴーは女性を無碍に扱うことが出来ないのか、困ったようにルクタに離すように語り掛けていた。

「……とりあえず」

 ヴィスリーは、まずは雑貨屋の店番の娘に眼を向けた。突然、外に出て行こうとした騎士と、それを身体を張って引き止める女を前に、娘は固まっていた。

「ごめんなサーシャ。店に迷惑はかけねえけど、もうちょっと相談だけさせてくれねえかな?」

 ヴィスリーはサーシャという娘の腰を引き寄せて、耳元でそっと呟いた。買い物の最中も、ヴィスリーは健気で気立ての良い娘を口説いていたのだ。元遊び人の性分のようなもので、明日に暇ができたら町を案内してもらうつもりだった。まさか、利用するつもりもなかったし、あまり気分の良い話でもないのだが、背に腹は変えられない。

「あ……うん」

 サーシャは少しぽやんとした表情で頷いた。ヴィスリーはありがとうと呟いて、そっとサーシャの手の甲に口付けをする。

 こういうことは、高木にもオルゴーにもできない、一種の特技かもしれないとルクタは妙に感心してしまった。


「あれだけ大声で騒げば、きっと兄貴も気づいてる。姉御やレイラもな。相手は帝国騎士っつっても、一人だけだ……さて」

 ヴィスリーは高木ならどう行動するかを考えながら、彼我の戦力差を冷静に分析した。

 おそらく、荒事になればオルゴー一人でも立ち回ることができると、高木は判断するだろう。ましてや、ヴィスリーがいるのだ。だとすれば、高木ならば後顧こうこの憂いを絶つ。

「増援や伏兵がいても、兄貴が引き止める。姉御は兄貴と一緒に行動するだろうな。レイラは……真っ先に兄貴を探すだろうし、だとするとエリシアだが……戦力って換算は無理があるか」

「私たちだけで、何とかするしかないの?」

「んー。殺すだけなら簡単なんだけどな。食料の積み込みもしときてえ。明日、サーシャと出かける約束もしちまったしなあ」

 結論は、騒ぎを最小に収めつつ、予定通りに行動すること。その場しのぎでいいなら方法はいくらでも思いつくが、街中で騒ぎを起こせば、クーガに力を貸してもらうどころか、クーガに敵対されてしまいかねない。

 だが、逆に考えるならば、あるべき結果が見えたのだ。対策は練りやすい。

「よっしゃ。これ以上、店に迷惑もかけられねえし、出て行くとするか」

 ヴィスリーの言葉に、オルゴーは嬉しそうに頷いて、ルクタは呆然とした。

「逃げたほうが良くない?」

「あの騎士。決して単なる馬鹿じゃねえ。どうせ宿を調べればバレるしな。さくっと終わらせて、美味い飯を食いたいじゃねえか。けど、街に迷惑をかけるのもオルゴーの本意じゃねえはずだ。ちょいと、街の外まで騎士を連れ出す。出来るよな?」

「わかりました。では行ってきます」

 オルゴーはルクタの手をゆっくりと解いて、堂々とした態度で出て行った。ルクタは呆れながらも、一人で逃げる気など毛頭ないのだろう。後に続く。

「サーシャ。明日の昼、空けといてくれよ」

 ヴィスリーもまた、それだけ言って店を出て行った。



 オルゴーは一人で先行して、自然な様子で町の外に歩き出していた。ルクタとヴィスリーは並んで歩かずに、少し距離を取っている。

 どうやら騎士は、街の中をぐるぐると回っているらしい。馬の蹄の音が遠くのほうから近づいてきた。

 オルゴーは蹄の音を確認すると、小走りで駆け出した。街には多くの人がいるとはいえ、オルゴーの白銀の鎧は否が応でも目立つ。遠くから騎士も確認したのだろう。

「見つけたぜ、オルゴーッ!!」

 歓喜とも取れる雄たけびを上げて、騎士はオルゴーに向けて馬を駆った。オルゴーはすぐに全力で駆け出して、一目散に町の外へ向かって走り出す。

「逃げるなーッ!!」

 騎士が猛然とオルゴーを追いかける。いくらオルゴーが長い時間をかけて修行をしてきた人間であれど、馬の足には敵わない。みるみると距離が縮まっていく。

「ちょっと見つかるの、早すぎたか。これじゃ街の外まで行く前に追いつかれるぞ」

 ヴィスリーは計算を間違えたことに焦りながらも、ルクタと並んで、ゆっくりと歩く。下手な行動をすれば、自分たちも騎士に怪しまれる。

 どうしたものだろうか。ヴィスリーが行動を躊躇っている間に、騎士はヴィスリーたちの隣を猛烈な勢いで駆け抜けていった。オルゴーに追いつくのも時間の問題だろう。

「どうすっかなぁ」

「ふむ。どうするもこうするも、伏兵がいないと解れば、対処も容易いだろう?」

 ヴィスリーの不安な声に応えるかのように、ふと横合いから聞きなれた声が返ってきた。ヴィスリーは振り返るよりも先に、口元を緩ませる。どうしてこう、この男は一番いて欲しいと思う瞬間に現れるのだろうか。

「伏兵はいないのか?」

 ヴィスリーの問いかけに、高木は短く頷いた。

「うまく合流できたエリシアに、街の反対側でオルゴー発見と叫ばせてみたが、人の動きに変化は無かった。あの馬鹿声の騎士が伏兵を用いるならば、自分を囮に手薄なところに兵を配置するだろう。仮に伏兵がいたとしても、あの場所にいないようでは、大した数ではない。対処の範疇だ」

 高木はそれだけ言って、ふと目を騎士に向けた。

「だがまあ、もう少し街の外でなければ、騒ぎが広がる」

「けど、馬に追いつくのは無理だぜ?」

「人間の足よりも、馬の足よりも風のほうが旅には向いた存在ということだ」

 高木はにやりと笑う。その瞬間、騎士が横合いからの突風にポーンと吹っ飛んだ。軽く一メートルは空中を舞い、頭から地面に落ちる。

「……なるほど、姉御か」

「あらかじめ、レイラとフィアに移動するであろう場所に潜ませてある。街の出口は二箇所だが、フィアのほうに引っかかったか」

 高木の鮮やかな手腕に、ヴィスリーは舌を巻く。呪文が聞こえなかったということは、かなり長い時間、魔法の構築を行っていたということである。

 短時間でエリシアとレイラと合流して、状況の把握と敵の行動封じをいっぺんに行ったのである。

「どうすりゃ、そんなにサクサクと立ち回れるんだよ」

「今回は、僕はまだ何もしていないさ。ヴィスリーなら、きっとオルゴーを街の外に動かすと思ったし、僕が伏兵に対応することも、ヴィスリーなら読むと思った。エリシアとレイラがすぐに駆けつけてくれたのも幸いした。僕が動くのは、あくまでもこれからだ」

 高木はにやりと笑うとヴィスリーの肩を軽く叩いて、飄々とした様子で倒れた騎士に近づいていった。

「タカギって、いつもああ超然としてるの?」

「……レイラに言い寄られたり、姉御に怪我の介抱されてる時は、けっこう焦ったりもしてたな」

 高木は搦め手が好きというよりも、搦め手でなければ力を発揮できないのかもしれないと、ルクタは嘆息する。オルゴーとは良くも悪くも正反対である。だが、おそらく二人とも女には弱い。

「オルゴーと二人でリースに向かう途中、川で身体を洗ってたんだけど、オルゴーに鼻血を吹かれたわ」

 オルゴーは女性に弱いどころか、初心ウブだった。



 後ろでまさか女に弱いなどと言われているなど知る由も無く、高木は倒れている騎士に近づいていった。

「大丈夫ですか?」

 自分で吹き飛ばすように指示しておいて、大丈夫かと問うのも甚だおかしい話ではあるが、この騎士を何らかの方法で無力化しなければならない。

 オルゴーとルクタが追われる身であったことを、深く考えていない高木たちだったが、相手は帝国騎士団なのだ。いわば、リガルド帝国の中にある最高の軍事集団である。情報収集から、戦闘まで幅広く行う権力と実力を兼ね備えている。

 この騎士がたった一人であるというのは、あくまでもオルゴーがここにいるという確信が騎士団に浸透していないということである。オルゴーは帝国騎士最強である。たった一人で捕まえようとはしないだろう。

 ならば、たとえこの男がオルゴーの居場所を確信してやってきたとしていても、ここで封じれば追っ手への時間は稼ぐことが出来る。

 しかし、時間を稼ぐだけではいけない。オルゴーの目的が相手にバレてしまえば、先手を打たれるだろう。つまり、この騎士には「オルゴーを発見できなかった」と報告してもらわなければならないのである。

 相手を篭絡するしかないというのが、高木の結論である。無理に脅しても、解放した瞬間に「オルゴー発見」の連絡を入れるだろう。それならばまだ、どこかに幽閉して時間を稼いだほうがマシである。

 表向きに従わせるだけではいけない。心の底から、オルゴーに賛同させねばならない。

 高木は内心で苦笑するしかなかった。あまりにも難しい注文なのだ。ヴィスリーのように無軌道に生きてきた男ではなく、騎士としての身分や権力を抱えている。オルゴーの行為は彼の利益に害をなすことなのだから、損得による駆け引きも難しい。心の底から、オルゴーに魅せられなければいけないのだ。それを高木の口八丁だけでやらねばならないのだから、これはもう難しい注文というよりも、無茶や無謀の類である。

 それでも、高木が騎士に近づいたのは、成功して得られるものがあまりにも大きすぎたからである。

 もしも彼を篭絡させることが出来るならば、帝国騎士の追撃をほぼ封じる形に持っていくことが出来る。「オルゴーはクーガ領方面にはいなかった」とでも報告させることが出来れば良し。もしくは「オルゴーを発見して、抵抗したので殺した」とでも言わせれば、追撃は完璧に封じることが出来る。

 発想は逆転させるものだ。ピンチにこそ、最大のチャンスが転がっている。

 この世界に来て、剣も魔法も生活能力も無い高木にあるのは、言葉と理屈だけなのだ。

「騎士様。大丈夫ですか――?」

 国を変えようとする人間が、たった一人の騎士の気持ちを変えられないのでは、話にもならない。

 未完成の概念魔法。付け焼刃の剣術。それらでも、今の騎士を倒すには十分だが、それではいけないのだ。それでは、高木が高木らしくこのシーガイアに存在する意味がなくなってしまう。

 言葉と理屈だけで、この騎士を敵ではなく、協力者にする。

 それが高木が危機の中にも関わらず打ち立てた信念。

 否、そんな大層なものではなく、言ってしまえば異世界を楽しむために己に課した、自分ルールだった。

「7話:狐狸」の挿絵を軍曹様に描いていただきました。是非、一度ご覧になってくださいw

素晴らしい挿絵、ありがとうございます。


なお、挿絵の募集は随時していますので、もしよろしければご協力くださいw

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ