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32話:概念

 クーガ領の宿場町ティテュスは、いわば街道沿いにある農村という発展を遂げた町だった。

 町の中心部に街道が通っているので、当然ながら旅人や行商人などの中継点になり、宿や食料品などの商業が発達する。

 両替商は勿論、衣類や長旅で傷んだ金属製の道具を修繕する鍛冶屋。行商人や旅人が町で落としていく金は多く、旅人が多く通る町は発展が約束されているようなものである。

 しかも、ティテュスにはそれだけでなく農村としての側面も強い。町を取り囲むように作られた畑には多くの作物が実り、なんとこの町は、自給自足が成り立つのである。

 宿場で経済を潤し、町の中だけで安定した食料を供給する。勿論、リースのように鉄鋼業が発達しているわけではないので、すべてが自給自足ではないが、町に住む人間が安心して暮らすことの出来るだけの食料は畑で採ることができる。最近ではクーガ領の人気もあり、旅人が後を絶えない為に、ティテュスは更なる急成長を遂げていた。

「勿論、大雑把な説明だが、ティテュスの基本構造に違いはない。食料自給率の高さと、外貨の入手量は発展を呼ぶ。しかも、大きくなればなるほど、許容量が増えるので、これからも発展するだろう。いつか、許容量を越えて自壊するまではな」

 高木は宿の一室で町並みを眺めながら、愉快そうに呟いた。

 十日に渡る馬車生活から解放されて、久しぶりの新鮮な食事と、綿入りのベッドを楽しめるのだ。あまり感情の起伏が激しくない高木でも、自然と上機嫌が表情に出る。

「しかし、その自壊を上手く止めるのがクーガ伯爵という人物です。クーガ伯爵の住むディーガの街は、十分に外貨を取り込んでからは自給に力を入れて、無闇な拡大を自ら抑制したそうです。きっとこの街も、伸び代いっぱいになれば、発展よりも安定の道をたどるのでしょう」

 オルゴーは人々の豊かな暮らしに目を細めながら、高木に反論した。

「ふむ。しかし自給と外貨取り入れを同時にこなす街だ。果たして上手く安定期に持ち込めるかどうか、怪しいものだ」

 伸びているうちは、限度など計りきれないものである。流動的な旅人という存在を相手取っているので繁栄も容易ければ、衰退も容易い。一旦下降線を辿れば、留まる事を知らないかのように落ちていく。

「手元に無い金を操りだすと、要注意だ。まあ、それなくして大規模な繁栄も無いのだが」

 高木の言う手元に無い金とは、日本のバブル経済の象徴でもある信用創造である。要するに金融機関が預け入れた金を、別の人間に貸し出すことにより、実存する貨幣以上の通貨が流通するのだ。

 実際にはもう一手必要で、貸し出された人間がその貨幣を使用することにより、流通量が増えることになる。現代では当然のように行われていることであり、無論、繁栄を支えてきたものでもあるが、つきまとう危険性に飲み込まれると結果は悲惨である。バブル崩壊を話でしか聞いたことのない高木だが、大人たちの懐かしむ顔を見れば、その恐ろしさはよくわかる。

「タカギさんは、本当に博学ですね。未来のことを予知しているようにさえ、聞こえます」

「この街は兎角、いずれ世界規模では必ず起こるだろうな。まあ、僕たちが死ぬまでにそこまで発展するかはわからないが」

 シーガイアよりも元の世界のほうが発展しているだけに、シーガイアのこれからを予測することは、元の世界の歴史を見るだけでほとんど事足りる。細やかな差異はあれど、基本的に大きく違うことはない。

「小難しい話は後にしようぜ。それより、エリシア御所望の鍋やら、食材やらの買出しをしなきゃな」

 ヴィスリーは面倒くさそうに言って、部屋を出て行った。聡明な男であることに違いは無いが、堅苦しい話題を好むわけでもない。

「まあ、ヴィスリーの言葉にも一理ある。目的ができた以上、のんびりと滞在するわけにもいかないだろう。明後日には出発する予定だし、買出しは手早く済ませてしまおう」

 高木たちは手早く旅装を解いて、女性陣と合流すると、買出しのために街に出かけることにした。


「さて。それでは行動開始だ」

 高木は買出しを二つの班に分けて動くことにした。

 まず、雑貨などの日用品を、ヴィスリー、オルゴー、ルクタ。食材などをエリシア、レイラである。食料は注文して、明後日の朝に届けてもらえば良いので非力なエリシアとレイラでも十分である。雑貨は逆に大量注文が必要ない分、自分たちで運ばねばならない。ヴィスリーとオルゴーは荷物持ち担当である。

「僕とフィアは調べ物だ」

 高木とフィアは、もうひとつの目的である、高木の帰る方法を探すために動くことになった。宿場町に大した情報が揃っているとも思えないが、それでも手がかりが見つかる可能性がゼロではない限り、探さないわけにもいかなかった。

「一応、魔法使い御用達の連絡所はあるみたいね。折角だからそこで調べる目処をつけるべきね」

 フィアのいう連絡所というのは、魔法使いの組合のようなものであり、もっとファンタジー的な表現をするのであれば、ギルドということになる。出不精の魔法使いにとっては、数少ない情報網であり、大きな町にしか存在しないのだが、宿場町のティテュスには情報も多い。規模は小さいが、しっかりと連絡所が存在しているのである。

「はじめて訪れた魔法使いが、気軽に利用できる施設なのか?」

「一応、三年前に別の街で名前を登録して、仕事の斡旋をしてもらったことがあるわ。本部で名簿を管理してるはずだから、一年もあれば各支部に情報は行き届いているはずよ」

 連絡所の仕組みをフィアに教えてもらいながら、ティテュスを歩く。あちこちから威勢の良い声が聞こえる、活気に溢れた良い町並みであった。

 連絡所は、主に魔法使いの情報交換の場であり、仕事の斡旋や研究成果の報告などにも用いられる。元々、あまり広く自分の研究を発表しない魔法使いではあるが、公的機関からたまに新情報が届くこともあるらしい。

 宗教上の兼ね合いから、公的機関と言っても表向きには存在しないことになっているが、魔法は軍事利用が可能な有用な兵力でもあることから、研究自体はしっかりと行われている。

「流石に召還魔法は研究されてないけどね」

「何なら、僕を研究成果として発表するというのはどうだ?」

「きっと大騒ぎになるわよ。きっと悪魔って呼ばれて、あっちこっちの教会から弾圧の対象にされちゃうわ。私もマサトも」

「ふむ。それはそれで面白そうだが、目的の妨げになりそうだ」

「国が変わったら、魔法の存在くらい肯定する流れになってくれればいいんだけどね」

 フィアは苦笑しながら、小さな看板がぶら下がった建物に入っていった。どうやらここが魔法使いの連絡所らしいのだが、看板には魚をかたどった模様しか描かれていない。

「隠れ蓑ってところか」

 高木は連絡所の中に入って得心した。どこからどう見ても、寂れた料理屋だったからだ。

「強めの炎で焼いた川魚と、山風で育った葡萄酒はあるかしら?」

 フィアは禿頭はげあたまの店主に――おそらくは合言葉であろう注文を告げる。店主は「へいへい」と気の抜けた返事をして、フィアと高木を奥の部屋に通した。奥の部屋は如何にも事務所然としており、若い男女の受付がフィア達を出迎えた。

「春風の少女、アスタルフィア・エルヘルブムよ。ちょっと調べ物をお願いしたいの」

 フィアが来訪の意を告げると、女のほうが名簿らしき紙束を捲り、フィアの名前を探した。

「アスタルフィア……ああ、トールズの街の」

「ええ。そうだ、ついでだから弟子も名簿に載せておいてくれないかしら。この男なんだけどね」

 ふと、高木を指差して、フィアが笑う。受付の女は何故か「おめでとうございます」とフィアに言った。おそらくは、弟子を取るということがめでたいのだろうと高木は解釈する。

「それでは、お弟子さんのお名前と、二つ名。それに年齢とどのような魔法を使われるのかを教えてください」

「名前はタカギマサト。二つ名は黒衣のサムライ。年齢は……マサト、幾つだっけ?」

「十七歳だ。魔法は……ふむ。概念魔法がいねんまほうとでも言っておこうか」

 聞きなれない単語に首をかしげるフィアと受付の女に、高木は苦笑した。

 概念魔法。聞きなれないのは当然で、高木が作った言葉だからだ。

「まだ実用にまで至ってはいないが、今後の魔法を大きく変える可能性を秘めた分野だ。春風の少女の弟子は、才能は無いが優秀だとでも思っておいてくれ」

 高木の傲岸不遜な態度も、貫禄のように思えるから不思議である。

「その、概念魔法って何よ?」

「名簿に載せることは簡単ですけど、個人的にも興味がありますね」

 フィアと受付は魔法使いらしい好奇心で、高木を見る。

「要するに、才能がなくても使える魔法というところか。勿論、制約も大きいがな」

 高木の目が一瞬、きらりと光る。

 そう、この概念魔法こそが、高木が唯一残された、魔法使いとしての道なのだ。

 高木は魔法の才能が欠片も無い。ならば、その才能を理屈で覆せるのではないかと高木はずっと考えていた。

「今はまだ、基礎的な構想ばかりなので、研究成果の報告も何もできないが、いずれは世界全土に広がるさ。まあ、気長に待ってくれ」

「……なんだか、凄いお弟子さんですね」

「師匠を師匠と思ってないぐらいにね」


 結局、召還魔法についてや、原田についての有力な情報はティテュスには無いということだった。

 連絡所を出て、宿へ向かう途中にフィアは少しだけ考えてから、高木に話しかけた。

「概念魔法。もう使えるんじゃないの?」

「……流石に、僕の性格をよく把握しているじゃないか。御明察だ」

 高木はカラカラと笑って、フィアの頭をくしゃくしゃと撫でた。どちらが弟子で、どちらが師匠なのかわからない。

「何で今まで黙ってたのよ。マサトが魔法を使えるなら、色々とできることが増えるでしょ?」

「黙っていたのは、実際に完成はしていないからだ。まだまだ改良の余地もあるし、すぐに役立つものでもない……まあ、機会があればお見せするよ」

 高木がそう言った瞬間だった。背中から馬が走る音が不意に聞こえたのは。

 振り返った高木が見たのは、鹿毛馬に乗り、白銀の半身鎧を身にまとった、いかつい顔の偉丈夫だった。

「オルゴー・ブレイド!! この街に来たのはわかっている。とっとと出てきやがれぇッ!!」

 偉丈夫は濁声で叫びながら、街中を馬で駆け抜けていく。

 街の人々は蟻を散らすように、馬に道を開けた。さきほどまでの賑やかな町並みは一瞬にして悲鳴とどよめきに変わってしまった。

 高木とフィアは、しばらく呆然としながらも、顔を見合わせた。

「……そういえば、オルゴーとルクタって、脱走と、脱獄してきたのよね?」

「やれやれ。こんな間の抜けたところもオルゴーらしさか。旅を楽しむのは下手だが、旅を楽しくすることにかけては、オルゴーは天才だな」

 高木は嘆息しながら、走り去っていく馬を見る。オルゴーは雑貨の買出しだが、ああも堂々と名を呼ばれては、性分的にノコノコと姿を現すことになるだろう。

「ふむ。相手も鎧からすると、帝国騎士のようだ……これは、早速魔法の出番かもしれないな」

「いいじゃない。派手なお披露目じゃないの」

 身に迫る危機のはずだが、高木とフィアは割と落ち着いた様子で笑い、てくてくと歩いて馬の後を追った。

 相手が一人ならば、オルゴーが一瞬で倒される筈がない。一緒にいるのはヴィスリーとルクタだから、戦力では圧倒的に有利であるし、ルクタが冷静な判断をすることも出来るだろう。

 しかし、帝国騎士随一の剣の腕を持つオルゴーの追っ手に、騎士が一人というほうが気になる。高木とフィアが暢気に歩いているのは、後からやってくるかもしれない敵の援軍を確認して、場合によっては足止めするためである。

「できれば、口八丁だけで済ませたいところだがな」

 高木はなるべく魔法を使うのを控えたいようだった。まだ未完成と言っていたので、おそらくは自信がないのだろう。

「まあ、いざとなれば私が吹き飛ばせばいいんだから、やっちゃいなさいよ。弟子の魔法を見届けたいし」

「……嫌だなぁ」

 高木は珍しく弱気な言葉を呟いて、真っ青な空を見上げた。

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