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29話:決意

 オルゴーは時折、囚人達に差し入れを用意する。

 困窮に耐えかねての初犯ならば、親族や友人などから食料や、菓子などが届いたりもする。たまには嗜好品も届く。しかし、ルクタのような犯罪者の集団に身を置く人間にはそれらはない。差し入れをする人間が既に犯罪者なのである。牢屋に赴くなど、捕まえてくれと言っているようなものだ。

 オルゴーはそういう人間に、私財で差し入れをするのだ。大したものではないが、囚人は心からそれを喜ぶ。先日はルクタの隣人が葉巻煙草をオルゴーに貰い、涙ながらに煙を堪能していた。

「ルクタさん。差し入れですよ」

 オルゴーはにこにこと微笑みながら、ルクタに葡萄酒ボトルを差し出した。高級な代物ではないが、牢屋で酒を許されるのは、差し入れのみで、よほどの模範囚でしかそれを受け取ることは叶わない。尤も、この牢獄はオルゴーの人柄で全員が全員模範囚である。

「あら。誰からかしら」

 ルクタは小首を傾げながらボトルを受け取った。誰からかなど、承知しているのだ。自分に差し入れをすることが出来る人間など、目の前の帝国騎士しかいないのだから。

 それでも、ルクタがとぼけているのは、オルゴーが決して自分からの差し入れであることを明かさないからだ。別に看守から差し入れをしてはならない決まりはないが、オルゴーはいつも決まってこう言うのだ。

「名乗ってはくださいませんでしたが、しきりにルクタさんの様子を気にかけておられました。きっと、ルクタさんにとっても大切な人なのでしょう」

 外で待つ人がいるのだと。世の中から求められる存在であるのだということを示したいのだろうと思う。ただ、残念ながらオルゴーに役者としての才覚は無く、また、贈られる人間は決まって犯罪者の中に身を置く存在である。下手な演技など通用しない。

「そう。じゃあきっと、フェルミナね。あの子、何かと私を心配してくれてたから」

 フェルミナという人物は確かに存在するし、ルクタとも面識がある。しかし、間違っても彼女が差し入れに来ることはないだろう。まだ五歳ほどの少女である。近所に住んでいるので時折、遊び相手をしていたから仲はいいが、おそらくはルクタが女豹と呼ばれていることすら知らない。

「ルクタさんは模範的な態度で罪を償われています。本来ならば葡萄酒を差し入れにすることは好ましくないのですが、特別に許可させていただきました」

 この牢全員が特別な許可を受けていることは想像に難くない。ルクタは微笑みながら、葡萄酒を見た。やはり高価ではないが、それでも決して悪いものではない。酒は好きだが酒豪というほどでもないし、何よりも一人で飲むのを好みはしない。

「ねえ、オルゴー。折角の葡萄酒だけど、一人では飲みきれないわ。よかったら、貴方に付き合って欲しいんだけど」

「ありがとうございます。しかし、今は看守の任にありますので酒を口にするわけにはいかないのです」

 どこまでも生真面目な男だった。よもや、葡萄酒の一本や二本で酔うほど軟弱でもあるまいに。酒嫌いの人間が、酒を差し入れするはずもないのだから、飲めないわけでもないだろう。

「なら、お時間を頂けないかしら。何も、一日の休みもなく、二十四時間看守じゃないでしょう。お勤めが終わったら、ね?」

 酒の誘いは得意だった。元々が貴族相手の盗人であるから、酒を飲ませて眠らせるのは常套手段である。

「参りましたね。では、あと半刻ほどお待ち頂けますか。牢越しではありますが、盃も用意致しましょう」

 オルゴーは微笑みながら、少し嬉しそうな調子で言った。


 オルゴーが盃を二つ持って現れたのは、丁度半刻ほどした頃だった。

「ご相伴に預からせて頂きます。ルクタさんばかりにご馳走を戴くのも申し訳なかったので、少しばかり肴を用意したのですがどうでしょう」

 元はと言えば、オルゴーが用意した葡萄酒である。さらに肴まで用意するのだから、掛け値無しのお人好しだとルクタは微笑んでしまう。きっと、もう自分が差し入れたことなど忘れていて、素直に自分も何か用意しようと思ったのだろう。

「ありがとう。それじゃあ、葡萄酒の封を切ってくれないかしら」

 コルクを抜くにも、封を切るにも牢の中には、道具がない。刃物や突起物は当然ながら全て没収されているのだ。

 オルゴーは頷いて、腰に差してあった小さなナイフで器用に封を切り、そのままコルクをナイフで引き抜いた。

「へえ、器用なのね」

「これでも、農家の出でして。私の実家も、葡萄酒を作っていたものですから」

 嬉しそうに答えるオルゴーだったが、ルクタは不意に動きを止めた。オルゴーの言葉は、今までのどの台詞よりも衝撃的なものだったからだ。

「……農家の出、ですって?」

「ええ。そう言えば、言っていませんでしたね」

 屈託無く笑うオルゴーを、ルクタは信じることができなかった。当然である。

 本来、農家の息子などが騎士になどなれるはずが無いからである。ましてや、帝国騎士団への入隊など、許されるはずがない。どんな地方の騎士団であっても、農家の青年など相手にしない。何よりも出自が優先されるのが騎士という世界であるのだ。どこかの大金持ちが金で騎士の地位を得るならわかるが、商売でよほどの成功を収めない限り、それも難しい。何代も続く大商会の主でやっと、騎士の地位を得ることができるのだ。

「貴方……何者なの?」

 ルクタはふと、背中に寒気を感じた。もしかすると、今まで自分はとんでもない勘違いをしていたのかもしれない。

 目の前の男は、単なるお人好しの地方貴族の息子などではないのだ。

「私は、オルゴー・ブレイド。帝国騎士団にして、この牢の看守です。それ以外の何者でもありませんよ」

 茫洋と表現するのがそぐうほど、オルゴーは淡々と、穏やかに呟いた。だが、ルクタは微笑むことができなかった。

「農家の息子が、騎士になれるはずがないでしょう。ましてや、帝国騎士団よ。貴族や騎士の血筋の者でも、優秀でなければ入れないのだから、不可能よ。あり得ないわ」

 ルクタが少し苛ついた声をあげる。気味が悪いのだ。常識という世界を信用するのならば、目の前の男はあまりにも非現実なのである。

「……そうですね。確かに、少々の苦労はしました」

 オルゴーはふと、口元から笑みを消してぽつりと呟いた。その瞬間に、ルクタは我に返る。今、自分は目の前の人間を否定してしまったのだと気付く。掛け値無しのお人好しを。私財で囚人に差し入れを贈るような看守を。帝国騎士であることを誇りにしている、物語の中のような騎士を。否定してしまった。

「ごめんなさい。私、また……」

 オルゴーの前での失言は二度目になる。しかし、今回は自分の迂闊さを呪うことはなかった。ただ、単に驚いただけである。

「いえ。確かに驚かれるのも無理はないでしょう。私の他に、農家出身の騎士が存在しないことも確かです。今までの帝国騎士団の歴史に於いても、初のことだと聞きました」

 オルゴーは再び微笑み、盃をルクタに差し出した。

「読み書きは村長に習いました。剣術は心得のあった旅人に手解きを受け、後は独学です。魔法だけは少々苦労しましたが、幸いに村長が魔法の使い手でして、才にも恵まれていたようです」

 読み書きができる農民がいないわけではない。しかし、決して多くないのも事実である。旅人に剣の心得があるのも頷ける。盗賊などと渡り合いながら旅をする人間に、何らかの心得はあるものだ。魔法の使い手は少ないが、多少なり裕福で興味があれば勉強することもできる。全ては納得がいくものであった。しかしながら、その全てを習熟するのは、とてもではないが不可能に近い。

 腐っても帝国騎士団である。家柄が重視されると言っても、生半可な剣の腕では箸にも棒にもかからない。少なくとも、近隣に敵うもの無しと言われる者のみが試験に赴く。読み書きだって、ただできるだけでは意味がない。軍略や兵法を修め、帝国法規を熟知しており、果ては礼儀や舞踏会の作法も求められる。農家の人間に縁のあるものではないだろうから、それらは書から学ぶほか無かっただろう。

「剣術試験で、よほど成績が良かったとか?」

 帝国騎士団の入隊試験は主に、筆記と実技に別れる。筆記はそこから法規・礼儀・教養などに別れ、実技も剣術と魔法に別れる。家柄を除けば、この試験の中で最も重視されるのが剣術実技であった。これは既に騎士団に在籍する者も参加する、一種の儀式でもある。試験として受ける者は合格するために。騎士達は名誉ある優勝のために、己の技量を出し切るのである。

「剣術試験は優勝でした」

「はっ!?」

 さらりと呟いたオルゴーに、ルクタは素っ頓狂な声を挙げた。先にも述べたとおり、受験者の他に、現役の騎士団も参加しての剣術大会なのである。言わば、帝国で最も剣術に秀でた人間を選ぶものでもあるのだ。今までに、受験者が優勝したという話はない。

「ほぼ我流ですから、剣筋が読めなかったのでしょう。我流ながら、十年以上続けていると様になるものでして、盗賊の多い地域でしたから、実戦の場も事欠かないという有様で」

 オルゴーは恥じ入るように言ったが、自慢以外の何物でもなかった。確かに読めない剣筋は驚異であるが、それで負けていては帝国騎士団など務まらない。オルゴーが優勝したというのはつまり、剣術の様式が違っていただけではなく、単にオルゴー自身が強かったということなのだ。

 帝国騎士団には帝国随一と呼ばれる剣の使い手もいる。それを打ち破るとはつまり、オルゴーは帝国一の剣の使い手ということになる。

「……勿体ない話ね」

 ルクタは溜息をついた。帝国一の剣の腕を、こんなところで腐らせていいはずがない。国境は摩擦の生じている箇所もある。盗賊が後を絶たない地域もある。オルゴーが活躍する場所などいくらでもあるはずなのに。

「勿体ない、ですか?」

 当のオルゴーは自分の価値が理解できていないのだろう。きょとんとした様子で小首を傾げている。

「勿体ないわよ。いえ、それどころか罪ね。優秀な人間をこんな場所に閉じこめておくなんて」

 他人への思いやり。剣の腕。難度の高い魔法。これだけを見ても、オルゴーが如何に優秀であるかなど、理解できないはずがないのだ。ルクタは久しく感じていなかった身分への怒りを覚えた。どうしようもないものだと諦めていたし、身分に拘る生き方もしてこなかった所為で忘れていたが、幼い頃は自分の境遇を生み出した身分を、激しく憎んでいた。

「勝負は時の運です。私は確かに優勝しましたが、それに驕ることなく精進しろということでしょう。私はまだまだ未熟者です」

 オルゴーは以前と似た台詞を呟き、ルクタの盃に葡萄酒を注いだ。

「貴方が未熟なら、帝国騎士団はガキの寄せ集めよ。これだから、身分なんて嫌なのよ」

 ルクタは乱暴に言い捨てて、葡萄酒を思いきり煽った。若い葡萄酒だが、味は良い。

「身分など関係ありませんよ。確かに騎士団に入るために出自が条件の一つとしてありますが、それは幼少から正しい教育を受け、道徳と強さを兼ね備えた人間として育てられるからということです」

 確かに、貴族や騎士の家に生まれたならば、教育も行き届く。しかし、それは建前だ。

「貴族や騎士の家系が、自分たちの既得権益を手放したくないだけよ」

 ルクタは吐き捨てるように言う。オルゴーは少し驚いたらしく、目を丸くさせた。

「どういうことでしょう?」

「はっきりと言葉で聞きたいなら言うわよ。帝国騎士団に所属するっていうことは、権力を持つってことでしょ。武力は権力よ。つまり、貴族や騎士達は自分たちが手に入れた権力を子供に譲りたかったり、子供を操っていつまでも手中に置きたいのよ。貴方が剣術試験で優勝して、習得が困難と言われる治癒魔法を修めているのにもかかわらず、こんな地下牢の看守をしているのは、貴方みたいな何の後ろ盾もない人間にむざむざ権力を与えたくないだけ。このままだと、一生看守よ?」

 酒で湿らせた舌は、思いの外よく回った。

 オルゴーは言葉の途中から俯いていた。ルクタが口を閉ざしていると、オルゴーはやがて泣きそうな顔を上げて、鉄格子越しにルクタの手を取った。葡萄酒盃がこぼれ落ち、石畳にぶつかって粉々に割れる。

「ルクタさん。今の言葉は、本当なのでしょうか?」

 まるで、今まで知らなかった衝撃の事実を明かされた少年のような瞳だった。不安と絶望と、微かな希望にすがろうという瞳。ルクタは貧民の集う下町で、この瞳を沢山見てきた。自分が決して幸福になれないという事実を知ってしまった子供達は、一様に同じ目をするのだ。

「まず、間違いないと思うけど。看守じゃなくなったとしても、精々見張り番ってところじゃないかしら」

「いえ。私の境遇などはどうでもいいのです。帝国騎士団の在り方のほうです」

 オルゴーは焦りの混じった言葉で、ルクタに詰め寄るように問いかけた。ルクタはしばらく黙っていたが、やがて肩を竦めて口を開いた。

「……帝都なら、子供でも知っていることよ。騎士は私たちを守るんじゃなくて、自分の利益を守りたいだけなんだって。だから、貧しい子供は救われない。食うに困って身体を売る。盗みもする。勿論、真面目に働いている人間だっているけど、いつまでも底辺にいることは同じよ」

 オルゴーの顔が、どんどんと絶望に染まってゆく。否、希望が消えていく。嗚呼、嗚呼と声を漏らし、ついには膝を突いた。

「……私の話、信じるの?」

 帝国騎士であることを何より誇りに生きていた男だということは、ルクタにも理解できていた。それだけに、オルゴーがあまりにもあっさりとルクタの言葉を信じることが不思議だった。

 信じるものを否定されると、普通ならば怒るなり、取り合わなかったりするものだ。確かにオルゴーは誠実な人間で、素直な性格をしているが、それにしてもあまりにも、ルクタの言葉を信じすぎてはいないだろうか。

「貴女の言葉が、真実かどうかはわかりません。しかし、貴女が嘘をついていないことはわかります。王の剣となり、民の盾となるべき騎士がよもや、民に剣を向け、自らを守るためだけに盾を構えていたなんて」

 オルゴーはボトルから直に葡萄酒を喉に流し込み、ぽろぽろと涙を零した。

 素直で、正直者であるだけであり、決して頭が悪いわけではない。ルクタの言葉だけで、きっと全てを理解してしまったのだろう。人生の大半を騎士になるために費やしてきたことは想像に難くない。きっと、半身を失うような衝撃が、オルゴーの中に渦巻いている。

 ルクタは、かける言葉を見つけることが出来なかった。農家から憧れだけを胸に、実情を知ることもなく自らを鍛え続けてきた男に、どのような慰めの言葉をかけるべきなのだろうか。或いは、何も言わない方が良いのか。男の心を利用してこれまで生きてきたはずのルクタが、男の涙ひとつに狼狽するとは、本人が一番驚いていた。

「オルゴー……」

 ただ、名前を呼ぶことしかできない。しかし、それでもオルゴーは顔を上げて、顔を手で擦って、にっこりと笑って見せた。

「……ルクタさん。私は決めました」

 さっきまでの泣き顔が嘘のような微笑みだった。微かに目元が赤いが、迷いなど何もない、澄んだ瞳が逆にルクタを驚かせた。

「私は騎士です。たとえ、農民の出であったとしても、私は剣に誓い、盾を構えた。この人生の果てまで、騎士なのです」

「……ええ。貴方は、騎士よ」

「ならば今。誤った在り方をしている帝国騎士団。果ては国そのものを正してこそ、真の騎士です。私は、この国の騎士として、この国を正します」

 大言壮語は馬鹿な男の代名詞のようなものだと考えていたルクタだったが、オルゴーの言葉に、改めざるを得なくなった。

 遠い昔に、魔王を倒した勇者がいたという。彼はただ一振りの剣を持ち、単身で魔王に打ち勝った。強大な魔法を操り、幾多の魔物を従える魔王に、非力な人間が一人きりで挑むのだ。無謀と言わずして、何というのだろう。

 しかし、そんな無謀で、大それた決意を固めた男がかつて存在して、勇者と呼ばれたのだ。勇者とは或いは、途方もない大馬鹿の異称なのかもしれない。逆を言えば、途方もない大馬鹿こそが、勇者と呼ばれる可能性を秘めた人間なのかもしれない。

 ならば、目の前の男はどうだろうか。真っ正直で、他人を疑うことを知らないのに、不思議なほどに真実を見据える、この大馬鹿は。

「……国を正すということは、国に逆らうってことよ?」

「間違ったまま在るよりは、余程良いでしょう」

 ルクタの言葉に、オルゴーは何の躊躇いもなく答えた。そして次の刹那、腰に携えられていた剣を抜き、再び鞘に収めた。

 一体何をしたのだろうかとルクタが不思議そうに首を傾げたときだった。ルクタとオルゴーを隔てていた鉄格子がばらばらと、まるで積み木で出来ていたかのように崩れ落ちた。

「へ……?」

 思わず間抜けな声をあげたルクタに、オルゴーはにっこりと微笑み、手を差し伸べた。

「ルクタさん。貴女の力が必要です」

「え……えぇと。話が見えないのだけど」

 予期せぬ展開の連続であったが、ここに来て遂にルクタの理解の範疇を完全に超えた。

 何故、この男は国を救うと言いながら罪人を逃亡させようとしているのだろうか。さらに、いつの間にかルクタがオルゴーの『世直し』の手助けをすることが、既に決定しているかのような行動である。

「私は騎士として、この国を正します。しかし、そのためにはあまりにも私は未熟すぎます。私を正しい騎士に目覚めさせてくれたルクタさんに、是非お力添えをいただきたいのです」

 オルゴーは澄んだ瞳でそう言った。酒が少し入っている筈だが、酔っぱらっているわけではないのだろう。ただただ単純に、ルクタの力を借りたいと心の底から感じている。小悪党と言っても差し支えない人間に助けを求めるなど、およそ正しい騎士の在り方ではない。

「けどまあ……貴方らしいと言えば、そうね」

 ルクタは顔を上げて苦笑した。どうせ、牢は既に切り刻まれてしまっている。端から見れば、ルクタがオルゴーを手玉に取り、逃亡を助けさせようとしたようにしか見えないだろう。少なくとも、オルゴーは看守の任など解かれるだろうし、そうなればルクタの貞操も危うい。次に来る看守は、どう考えてもオルゴーより紳士であるはずがなかった。

 ならばいっそ、オルゴーと共に逃げ出してしまったほうがいいのかもしれない。少なくとも、剣の腕ならば帝国随一である。それに、オルゴー一人ではきっと、すぐに捕まってしまう。素直で誠実な人間であるだけ、堂々と真っ正面から挑んでしまうであろうことは、想像に難くなかった。まったくそんな気は無かったとは言え、ルクタが焚きつけてしまったも同然なのだ。オルゴーが自分の所為で不幸になるのも釈然としなかった。

「……わかったわ」

 決断は早い方が良い。後悔も少なくて済む。そして何よりも、理屈では推し量れないモノが、とっくの昔に答えを出していた。

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