24話:情報
ヴィスリーとレイラは酒場を巡り歩き、近隣の治安や噂話などを集めていた。
旅慣れているどころか、旅をしたことのない高木一行だが、中心的な位置にいる高木が一番、旅とは縁遠い人間である。
それでも、持ち前の思考力で高木は旅に情報が不可欠であると主張した。
「知識や情報は多くて困ることはない。時として、時間よりも重要になる。一を聞いて十を知るという格言があるが、ならば十を聞けば、百を知ることも出来るだろう。元手が大きければ大きいほど、儲けが増えるのは商売の鉄則だ」
高木の言葉は不思議である。商売の話をしているわけでもなく、飛躍していたりもするのだが、決して安っぽく聞こえない。何故だか、それが正しいことなのだと納得させられてしまうのだ。
それが人柄なのか、口調の所為なのかはヴィスリーにもわからないが、信じるに値することに違いはない。
「最近は、随分と物騒になってきたって話が多いな」
あちこちの酒場で旅人や給仕の女性などに話を聞いた結論として、ヴィスリーはそう呟いた。
旅人は実際に目の前で起こった新しい情報を持ち歩いている。そんな旅人から話を聞くのが、酒場の女である。旅人に若い男が多いときにはレイラが。給仕の女にはヴィスリーが声をかけると、あっさりと情報は手元に転がってきた。レイラはぼんやりとした雰囲気を放っているが、仕草の随所に色気がある。少し微笑めば、何の苦労もなく男達は口を開いた。ヴィスリーは高木ほど口が達者ではないが、女性への接し方だけを見れば、圧倒的に高木よりも達者である。
「東の帝都に続く街道は盗賊がよく出るみたいだねー」
「逆に、西は比較的マシだな。進むなら西だろ」
「けれど、帝都に行けばマサトが欲しがってる情報もあるかもしれないよ?」
レイラもヴィスリーも、高木の目的を知らない。興味がないと言えば嘘になるし、聞けば教えてくれるのだろうが、いずれ然るべき説明があるだろうと思って、敢えて自分から聞こうとは思わないのだ。
はっきり言えば、高木が異国の人間であることは明らかであり、言動や考え方があまりにも異質であることから、単なる異国人ではないということぐらいは察している。ならばこその事情もあるだろうと、何も知らされないことに怒るほど、ヴィスリーもレイラも短絡的な人間ではない。
「兄貴が危険を冒してまで帝都に向かうってことはねえだろ。帝都に知りたいことが存在するとして、それを兄貴が知ってれば別だけど」
「マサトはいつも、突拍子もないことをするよ?」
初対面で愛の告白を受け、胸を揉まれたレイラである。盗賊がひしめく街道ぐらい、鼻歌を歌いながら突き進む様子がいとも簡単に想像できた。
「まあ、兄貴ならやりかねないな……けど、仮に帝都に行くってなると、ちゃんと対策をするだろ。突拍子がないのに、理に叶ってないことはしねえ」
ヴィスリーもまた、高木の行動にはいつも驚かされている。しかし、後々に考えてみれば、高木の行動は出だしが奇抜なだけであり、決して全てが奇想天外というわけではない。何よりも先に理屈を重んじており、奇抜な行動は相手に動揺を与えるという、至極真っ当な理屈を行動に起こしているだけだ。
高木の行動も裏目に出ることはある。トールズの街でトマスと相対した時は、一歩間違えれば死んでいただろう。しかし、狼退治の作戦立案や、指揮。旅の間での的確な指示などを見れば高木が秀でた人間であることはすぐにわかる。
身体能力は低く、生活能力も無いのが欠点だが、それを十二分に補う判断力がある。窮地を勝機に変えるほどに柔軟な思考もまた、長所である。ひどく長短の著しい人間というのが、ヴィスリーの評である。
「ま、とりあえずだな。ここいらの酒場は大体回ったし、どれも似た話だった。後は徒労にしかならねえだろうし、明日にゃ出発だろ。一杯やってくのが筋ってもんだ」
ヴィスリーはそう言うが早いか、酒を注文した。五人の中で酒を飲むのがヴィスリーとレイラだけということもあるが、二人が揃うとどうしても酒が欲しくなってしまうのだ。まだ昼下がりではあるが、今日にやらなければならないことは終わった。酒を飲んで叱られることもない。
「飲み過ぎないほうがいいよ。次に行く場所も決めないといけないから」
レイラは窘めつつも、目の前に酒が運ばれてくると嬉しそうにそれを飲み干した。
ヴィスリーよりもレイラのほうが酒に強い上に、酒好きなのだ。
「帝都は確かに魅力的だけど、危なっかしいわね。西のクーガ領に進むのが妥当な線かしら」
フィアは幾つかの店を回った後に、隣を歩くエリシアにそう告げた。
ヴィスリー達と同様に、旅人が集まる店を歩いて回ったが、東に伸びる街道が危険だということぐらいしかわからなかった。
誰もが口を揃えて帝都への道程を危ぶむということは、それだけ危険が大きいと言うことである。常識的に考えるならば、東に進路を取るのは自殺行為である。
「クーガ伯爵って、すごく良い人なんだね。治安も良いし、税金も必要以上に徴収しないって聞いたよ」
フィアが主に帝都への街道の話を集めている隣で、エリシアは西方に存在するクーガ伯爵が治める地方について聞き込みをしていた。
「まだ三十半ばなのに、とっても頭が良くて優しいって、みんな言ってたよ。しかも、すごく強いんだって。素手なのに、槍を持った戦士も倒しちゃうって噂で、すごく硬い拳だからダイヤモンド伯爵って呼ばれてるぐらい」
「……なんだか出来すぎてて、嘘くさいぐらいだけど、確かに悪い噂の一つもなかったわね」
エリシアの話を纏めれば、リースの街から十日ほども歩けば、クーガの治める領土に入るという。馬車ならば八日ほどあれば到着するだろう。
貴族というのは己の利権に拘泥して、領民をないがしろにするという存在だというのが、フィアの認識である。トールズは比較的まともな治世だと言われていたが、それもトマスが強引に近い形で街の自治を勝ち取っていたからであり、その点に関してはフィアを認めるところである。
クーガ・エクス。通称ダイヤモンド伯爵は、随分と領民に慕われているようだ。トマスは決して慕われるような人間ではない。
リースもトールズも同じ貴族が治めているが、彼に至っては論外である。自治意識の薄いリースの街では、彼の存在が色濃く、典型的な嫌味な貴族という意見が多かった。
「治世が行き届いているということは、治安も良いってことだよね?」
「ええ。マサトの話だと、治安が悪くなるのは、経済がうまく機能していないかららしいわ。暮らしに困らなければ、悪さをする人間も少なくなる。良い噂の街っていうのは、それだけ安全ってことね」
フィアは高木の言葉を反芻しながら、少し迷っていた。
確かに安全な道を行くのが一番良いのだが、帝都ならば多くの情報が集まる。高木が帰る方法は勿論だが、フィアの魔法使いとしての研究も進められる可能性がある。
帝都への道程はクーガ領に到達する三倍ほどの時間が必要となる。危険も多く、欲しい情報があるかどうかもわからない。しかし、他のどの都市よりも可能性が高い場所であることに違いはない。
「マサトなら、帝都に安全に行けるかもしれないよ?」
エリシアの言葉にフィアが苦笑いを浮かべた。どうやら帝都に行きたがっていることが顔に出ていたようだ。
「まあ、その辺りは話をしてからね。良い案がなければ西に行けばいいんだし……それよりも、お腹空いちゃったわ。どうせヴィスリー達もそろそろお酒を飲み始めてるでしょうし、ちょっと休憩にしない?」
フィアが悪戯っぽく言うと、エリシアはにっこり笑って頷いた。
高木とオルゴーが小さな酒場を見つけて中にはいると、何の偶然かヴィスリーとレイラ。それにフィアとエリシアの全員が揃っていた。
「……手際が良いのか、サボっていたのか」
高木は顔を赤くして上機嫌なヴィスリーを見ながら溜息をつきつつ、折角の機会なのでオルゴーを紹介することにした。
「帝国騎士のオルゴー・ブレイドだ。先ほど、偶然であって意気投合した」
高木の言葉に、フィアとヴィスリーが少し警戒をした。帝国騎士というだけで、あまり良いイメージは持てないのだ。その様子を高木が窘めようとするが、オルゴーは朗らかに笑い、やんわりと高木が咎めようとするのを制した。
「皆さんの目は、当然のことです。騎士にあるまじき腐敗を起こしていたのは我々なのですから」
オルゴーの言葉に、フィアとヴィスリーは一瞬だけ警戒を解いた。今まで見てきた騎士とは違う様子ということもあるが、オルゴーの言葉は不思議なくらいに爽やかで、高木とは違う意味で心に直接響いてくる。
何よりも、高木よりも断然二枚目であり、フィアやエリシアは一瞬、目を奪われたほどであった。美男美女に弱いのは男女共通である。
「……それで、その騎士様はどういう御用なのかしら?」
それでもフィアは、やや突き放したようにオルゴーに尋ねた。固定概念と目の前の騎士が一致せず、確かに信じて良い人間には思えるのだが、一瞬でそこまで信じさせるところが危ないとも感じたのだ。頭ごなしに相手を信用したり、自分の思い込みで行動すると痛い目に遭うことは、高木を喚びだしたときに嫌と言うほど味わっている。
「御用というほどのものではありません。タカギさんと、少しお話をしたかったのです」
「うむ。フィアやヴィスリーが警戒するのも頷けるが、オルゴーは馬鹿正直な騎士なので疑うだけ疲れるだけだ。それより、オルゴー。早速だが、聞きたいことがたくさんあるんだ」
フィアが納得するもしないも、高木にとってあまり関係のないことのようだった。ヴィスリーは「兄貴にゃ敵わねえ」と苦笑するばかりだし、エリシアは二枚目騎士に見惚れている。レイラは高木の言葉を全面的に信用しているので、特に疑うこともせずに、手元の酒を再び飲み始めた。
本来ならば、騎士は身分が一つ上であるし、帝国騎士ともなれば精鋭中の精鋭であるから、親しげに言葉を交わすことなどできるはずもない。無礼な口をきけば、斬られても文句は言えないのだ。それなのに高木はオルゴーに対して歳の近い友人のように接している。
怒ることすらなく高木の言葉にニコニコしているオルゴーは、やはり変わり種の騎士なのだろうと、フィアも判断した。
「ほんと、変なのばっかり集まるわねえ」
「フィアに言われたくないな。そもそも、君が僕を喚んだのだから」
高木の言葉に、フィアは苦笑するしかなかった。
年末年始に慌ただしく、更新遅れました。
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