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22話:宗教

 リース滞在三日目になる。

 結局、二日目は宿に帰ってから高木は筋力トレーニングとなり、腕立て伏せに腹筋、背筋、スクワットという定番メニューを20回5セット。計100回ずつこなした。スポーツをやっている人間には準備運動のようなものなのだろうが、高木にとっては完全にオーバーワークである。

「身体が動かない」

 当然のごとく、高木は酷い筋肉痛に見舞われていた。痛みを我慢して動くこともできるのだが、筋肉痛の時は身体を動かさないほうが、筋力がつきやすい。三日に一度程度の筋力トレーニングが一番効率的なのだ。

「俺は鍛冶屋の親方に会いに行ってくる。俺もあの鋼鉄で作った剣が欲しいしな」

「私とレイラは蝋燭とか油とか、保存が利くものの買出しだよ」

 ヴィスリー、エリシア、レイラの三人はそれぞれ、町に出かけていった。

 フィアも高木が帰る方法を調べるという仕事があるのだが、昨日だけでそれが全て済んでしまっていた。

 リースには原田も訪れたこともあると、親方たちの話から推測できたので期待も高かったのだが、そもそも、リースは鉄鋼業が盛んな町であり、魔法に関しては研究が盛んではない。魔法に関する蔵書も数えるほどしかなかった。

「魔法使い専用の交流機関が大きい町にはあるんだけど、リースは町の規模の割には無いのよね。一応、図書館の人間にも聞いていたけど、研究を進めてるような魔法使いはこの町にはいないみたい」

 魔法使いを大別すると二種類の方向性がある。研究をする魔法使いと、研究をしない魔法使いである。

「魔法を高めようとする人間と、使いたいだけの人間とも言えるけどね。最大限に魔法を利用したい人間と、使えればそれでいいってだけの人間とも言えるし、魔法の研究をする暇のある人間と、そんな余裕が無い人間とも言えるわ」

「つまり、魔法の専門家か否か、ということだろう?」

「それだけじゃないけどね。私みたいに魔法で日銭を稼いで、残りの時間を研究にあてるっていうのは、専門家でしょ。けど、レイラも魔法を専門に使うけど、研究はほとんどしていないの。仕事が忙しすぎたみたいだから」

 つまり、魔法を専門にしていて、暇があり、なおかつ高めたいと思う人間が研究をする。宮廷魔術師と呼ばれる、魔法の研究のみを進めるような人間もいるが、ごくごく一部の話である。

「リースにも魔法使いはいるけど、研究するような人間はいなかったわ。トールズでも研究してたのは私ぐらいだったし、あまり期待してなかったけどね」

 研究する人間がいなければ、当然ながら書物も集まらない。こっそりと隠れて研究している人間がいる可能性もあるが、そんな人間はたいてい、他人との接触を避けるので会って蔵書を見せてもらえるとも思えない。

「そういうわけで、この街での情報収集はこれでお仕舞いね。めぼしいものは何も無かったわ」

 高木がベッドで横になっているところにフィアがやってきたのは、つまり暇人だったからなのだった。

「ふむ。そうなるとリースの街に滞在する理由は、ほとんど無くなったということか」

 旅の目的は、基本的に高木が元の世界に帰るためである。そもそも、その理由を知っているのは高木とフィアだけであり、エリシアは二人の手伝いがしたいと言い、ヴィスリーとレイラは高木に惹かれて行動を共にしているだけだ。高木が異世界から来た人間だということすら知らない。旅の目的も含めて、伝えるべきだと高木も理解しているのだが、素直に受け入れられるのかが不安で、機会を窺っている。

「次の目的地を決めて、食料の買出しぐらいかしら。他に必要なものは今日、エリシアとレイラが揃えるでしょ」

 高木が異世界人だと明かし辛いことをそれとなく気づいているフィアは、特にそれを咎めるでもなく話を前に進めた。フィアは喚び出した張本人であり、高木を差別したりはしないが、他の人間がそうとは限らない。エリシア達はそんなことで高木を嫌うとも思えないのだが、未知の世界で、未知の文化の中、自分の正体を明かすのは勇気が要る。高木ならば、明かす時機を間違えないだろうと、フィアは信じることができた。

「この世界の技術力もおおむね、知ることができた。あとは、文化のほうを知りたいところだが、この街は技術者が多くて、芸術や宗教とは相性があまりよくないようだ。僕自身には相性がいい街だけどね」

 科学技術に触れると、多少なり元の世界の感覚に触れたような気分になれる。剣と魔法のファンタジーに憧れていたとはいえど、寝てもさめても剣と魔法では現代人であることを忘れてしまいそうになる。

 腕力も魔力も無い高木が、この異世界で生きていくすべは、現代人の知識がなくてはならないのだ。シーガイアに慣れつつも、決して染まってはならない。それが高木の指針であった。元の世界に戻ったときに、時差ボケならぬ異世界ボケを起こしてしまうのもいただけない。リースの製鉄業はもちろん、高木の世界ではとうに廃れた技術で行われていたが、それでも高木にとっては貴重な科学の匂いを感じさせるものなのであった。

「じゃあ、ちょうどいいわね。ここから十日ぐらいにあるケルツァルトに行きましょうか」

「ケルツァルト?」

「この辺りで一番大きな教会がある町よ。マサトのことだから、そろそろ宗教に関しても興味がわいてくる頃じゃないの?」

 フィアの言葉に高木は苦笑する。すっかりお見通しであった。

「シーガイアに宗教はいくつもあるものなのか?」

「ええ。私は全然信じてないけどね」

 フィアの説明によると、二大宗教がシーガイアの大半を占めており、このリガルド帝国はカルマ教という一神教を国教に据えているとのことだった。

「どうしてフィアは信じていないんだ?」

「魔法使いが神様信じても仕方ないでしょ」

 一般的なファンタジーでは、精霊などの存在がよく見受けられており、それが宗教と結びつくというイメージが高木の中にもあったが、シーガイアの魔法はきわめて科学に近いものだ。マナというエネルギーを変化させるのに精神的な力が必要になるために、どうしても科学とは結び付けにくいが、法則があり、決してそれを外れることはない。

 つまり、魔法使いとは極めて科学者に近い存在であり、研究者でもあると自負するのは、それゆえである。実際に、魔法使いであり、科学者でもある人間はシーガイアに存在する。超常現象を神の力と考えず、その現象の発生理由を論理的に考えなければならない魔法使いたちは、信仰とは無縁なのであった。

「信仰心によって救われるってことも、理解できるけどね。そこまで理解できたら、なおさら信じる必要も感じられないし。それを踏まえて信じるには、まだちょっと私は若すぎるみたい」

「……前々から思っていたが、やはりフィアは頭がいい。信仰によって得られる力を小馬鹿にするわけでもなく、それに傾倒もしない。僕も極めて近い意見だ」

「まったく同じじゃないのね」

「ああ。僕には、信じる神がいる」

 高木の言葉に、フィアは首を傾げた。およそ、宗教を主観的に信じるような人間には見えなかったからだ。

「信心深いとは意外だったわ」

「まあ、宗教の定義とは外れるがな。僕の国には八百万やおよろずの神々――万物に神が宿るという考え方があるのだが、別にそれを丸々信じているわけじゃない。ただ、万物に宿るならば、僕の中にも神が居てもおかしくない。ちょっと自分に自信がないけれど、前に進まなければならないときに、気休め程度に内なる神がついていると考える程度さ」

 宗教のいいとこ取りと高木は自画自賛した。宗教戦争を起こす必要もなければ、これという修行や戒律もない。困ったときに助けてくれはしないが、心を少し強く持つことができる。強くはないが、邪魔にならない神様であった。

「しかし、魔法使いが嫌われる理由も見えてきたな。背徳者という烙印でも押されているのではないか?」

 高木はふとまじめな顔になり、フィアを見つめた。フィアは一瞬、どきっとした。時折、高木の目は不思議なほどに真正面から射抜くのだ。

「そのとおりよ。魔法はそもそも、神の力とされてきたの。けど、それは奇跡なんかじゃなくて、誰にでも使えるものなのだと証明した人間が出てきてしまった。彼は悪魔と呼ばれ、背徳者と罵られた……私にしてみれば、それこそ神様みたいな人だけどね」

 宗教に喧嘩を売って、ただで済むはずがない。魔法と呼ばれる非常に便利な技術があまり広まらない理由の根源は、宗教と対立したからなのだ。

「……ここまで理解できれば十分だ。ケルツァルトに行く必要もない」

 高木はそれだけ呟いて、ベッドの脇に置いていた地図を広げた。フィアは「へ?」と声を上げて、高木をまじまじと見た。好奇心の塊のような男が、興味を一瞬で消し去ったことが不思議だったのだ。百聞は一見にしかずと、あちこちを見て回らなければ気がすまないような性格であるから、フィアもケルツァルト行きを提案した。高木なら喜んで食いついてくると思っていた。

「フィアの気遣いは嬉しいけど……おそらく、僕が行くと非常に不味い」

 高木は苦笑してフィアの頭を撫でた。

「押し付けがましい布教活動などを、うっかり僕にやってみろ。多分、論破してしまう。完膚なきまでに」

 フィアは知る由もないが、高木が元の世界で新興宗教の布教活動に捕まり、数時間の舌戦で相手を改宗させたことが三度ある。冷静沈着を自負する高木なのだが、意見を押し付けようとする人間には容赦ができない。宗教を敢えて遠ざけていたのも、迂闊に触れてしまうと自分を制御できなくなるからだった。

「それにな。魔法使いと、そのカルマという宗教が対立しているのならば、敢えて敵地に行く必要もない。もしかすると、フィアやレイラにいやな思いをさせてしまうかもしれないからな」

「……レイラは納得したわよ。私も、我慢できる」

「フィアとレイラを否定されると、僕は我慢できそうもない。納得もしない」

 それは下策であり、およそ冷静な判断ではないだろう。しかし、そこで黙っている分別よりも、もっと大事に思ってしまうものがある。

「肝心なところで馬鹿ね」

「そんな自分が大好きなんだ。困ったことに」

 屈託なく笑う高木に、フィアは溜め息をつきながらも、零れる笑みを隠すことができなかった。

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