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1話:邂逅

 マーブル模様の視界に悪酔いしそうになり、高木は目を閉じていた。

 ぐわんぐわんという耳鳴りが聞こえたが、それもしばらくすると止み、ふと、瞼の下からでも周囲の様子の変化を察知する。

「ふむ」

 ゆっくりと目を開いてみると、そこは元にいた通学路ではなく、だだっ広い草むらだった。否、どちらかというと草原に近い。なだらかな丘が続き、空はどこまでも青い。そして、そんな長閑のどかな景色の中。ちょうど、高木の目の前に、あまりにも景色にそぐわない、黒い外套を着た少女が高木を見つめていた。

「よし、成功したわっ!」

 高木が彼女に気付くと、少女は満足そうに頷いた。一体、何のことだろうと思うが、さらに状況を確認しようと、足もとにまで目を落として、なんとなく理解した。白い粉で描かれた、円形の複雑な模様の上に、自分は立っていた。

 似たものを、高木はマンガやアニメ、ゲームで見たことがある。

「どうやら、君が僕を喚んだらしいが……それで合っているか?」

 高木の知識では、下に描かれた模様は魔法陣であり、そこから真っ先に連想できるのが、悪魔の召喚儀式であった。

「しかも人型! 言葉まで喋れるのっ!!?」

 目の前の少女は驚きの余り、大声で叫んでキャッキャッと喜んでいる。年の頃は高木と同じで、十七かそこら。ふわりとウェーブした豊かな金髪と、凜とした碧い瞳。整った鼻梁が印象的な少女だ。

 とりあえず、状況は把握できてきた。いきなり黄色いマリモが膨らんだときは流石に焦ったが、ファンタジーらしき世界に呼び出されたらしい。地球上の何処かだとしてら、目の前の少女が日本語を流暢に喋るのはおかしい。現実なのか白昼夢なのかは、まだ判断できないが、どちらにしてもさしたる変化はないと判断した。これは現実で、ファンタジーな世界だと仮定しておけば問題ないだろう。夢だったら夢だったで、何の問題もないのだから。

 ある程度の状況確認ができたところで、目の前ではしゃぐ少女に、高木はどうすべきかと思案する。答えは返ってきていないが、どうやら彼女が自分をこの世界に召喚したことに間違いはないようだ。

「話を聞け」

 逡巡した後に高木は少女に向かって、端的な言葉をかけた。少々厳しい口調だったのが幸いしたのか、少女はようやく一人で舞い上がるのをやめて、高木を見た。それを確認して、高木は言葉を続ける。

「お前が僕を召喚した。間違いないな?」

「ええ、そうよ!」

 少女は未だ興奮冷めやらぬ様子で、元気の良い返事をした。とりあえず、考えていることが間違ってはいないのだと、高木は得心する。

「お前の名前は?」

「む。なんだかコイツ、偉そうね」

 少女の言葉に、見下すニュアンスが含まれていることを感じ取り、高木は一計を案じることにした。非常識な現象であるにも関わらず妙に落ち着いている自分を不思議に思うが、非常識すぎて感覚が麻痺してしまっているのだろうと、口を開く。

「変わった名前だな。どう呼べばいい?」

「違うに決まってるでしょ!アスタルフィア・エルヘルブム。それが名前よ!」

 からかい甲斐のある少女だ、と高木は頷く。どういう理由で喚ばれたのかは知らないが、そうそう悪い理由で喚ばれた訳ではないようだ。試しに、もう少し突いてみることにする。

「面倒だ。フィアで良いか?」

「な、何で愛称なのよっ!?」

「理由は言っただろう。面倒だからだ。二度言わせるな」

「え……あ、はい」

 なるほど、根は素直なようだ。どこかぽかんとした様子で高木の言葉に返事をするフィアに、高木は満足げに頷いた。

「それで、僕を喚んだ理由は何だ?」

 高木の言葉に、フィアはしばし首をかしいで、不思議そうな顔をした。そして。

「やっぱり納得いかない! なんであんたが偉そうなのよ!?」

 ぎゃーす、と吼えるフィアに、高木は苦笑する。素直な性格だが、馬鹿ではないらしい。一々五月蠅いが、自分を喚んだ人間が馬鹿よりは余程良い。

 だが、フィアの態度から見る限り、どうやら高木は崇められるために喚ばれたわけではなく、使役されるために喚ばれたようである。相手は中々の美人であるが、だからと言って重労働でもさせられるのは溜まったものではない。何のために喚ばれたのかはわからないが、少なくとも世界を救う勇者を求められたわけではないことはわかった。

 一手、打っておくか。高木はふむと頷いて、にやりと笑った。

「そちらこそ、随分と居丈高だが。何か勘違いをしていないか?」

 高木の低い声に、ふとフィアがぴたりと動きを止める。予想通り、素直だが馬鹿ではないのならば、フィアはこの言葉の意味を考えるだろう。元々、言葉を解するだけで驚いたのだ。高木自身を求めたわけではなく、何かしら適当に喚んでみよう、という算段だったのだろうとあたりをつけた。だとすれば、フィアの反応もおおよその想像がつく。

「え、もしかして……トンデモナイのを喚んじゃった?」

 ハズレを狙って宝くじを買って、うっかり当たってしまったような状況だろう。フィアは信じられないという様子で、ちらちらと高木の様子を窺った。

「ふむ。やはり馬鹿というわけではないようだな。安心した」

 高木は大仰に頷いて、フィアを見る。目が合った瞬間に、びくりとフィアが後ずさった。ここまで来ればもう、勝ったも同然であった。

「で、僕を呼んだ理由をまだ聞いていなかったな」

 まさか使いっ走りにしようとしたとか、そんな理由だったとしてもそのまま口に出すことはできない。高木をおそらくは、高位の悪魔か何かと勘違いしてくれたフィアは、必死に生きる道を探しているようだった。下手なことを言えば、命が消し飛ぶ。

「え、えっと……その……」

「なんだ。さっきまでの威勢はどうした?」

 慌てるフィアに、高木は演技でもなく、単に面白くてニヤニヤした。ファンタジーな世界だろうが、可愛い女の子わたわたと慌てる姿は、見ていて楽しいものだ。

「えーと、その……御力を、貸して頂きたく……」

 ぼそぼそと呟くフィアに、高木は及第点をあげた。これならば、おそらくは嘘になっていないし、相手も敬う言い方になっている。この程度にまで頭が回るのであれば、会話もスムーズだろう。十二分に怯えさせたようだし、ここらで良いだろうと判断する。

「要するに、使い魔になれということか」

 だが、面白いのでもう少しからかうことにした。物凄い勢いで首をブンブンと横に振るフィアは、完全に高木にビビっていた。鉄は熱いうちに打てというのが鉄則だが、人間関係の形成においても当てはめることが出来る。

「ふむ。で、何をすればいい?」

 ぶっちゃけて言ってしまえば、高木は何もできない。人を呪い殺してくれと言われても困る。だが、それ以上に困っているのはフィアだろう。下手なことを頼めば、怒らせてしまうという恐怖が表情に浮かんでいた。流石にこれ以上やると泣かれてしまうと思い、高木はよしとした。

「とりあえず、まだこの世界に来たばかりで勝手もわからん。何かするのは、その後でいいな?」

「は、はいっ!」

 とりあえず一命を取り留めたフィアは、裏返った声で返事をして、ほっと溜息をつくのだった。

この第一話および第二話の内容が、神薙様が連載されている『別世界の道化師《異世界人》』の第二幕と酷似しているとのご連絡をいただきました。

 神薙様と連絡を取らせていただきまして、偶然の一致であるという確認が取れましたのでここに明記させていただきます。

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