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17話:勉強

 五人が乗り込める馬車ではあるが、基本的に広いとは言い難い。

 しかも現代日本のように舗装された道ではないので、けっこう揺れる。車酔いをする高木は、旅立ちの日の午前中で早速、馬車酔いしかけていた。常に鞄の中に酔い止め薬を忍ばせていたおかげで、さほどの大事には至らなかったが、馬車の移動にも慣れなければならない。

 馬車は幌つきの四輪型であり、重種と呼ばれる大型の馬が二頭で引く。最初、高木は馬を見て腰を抜かしそうになった。

 現代日本で見る馬はサラブレッドのような軽種ばかりであり、重種はそれよりも二回りほど大きさが違う。脚は太く、性格も温厚だという。二頭とも芦毛の雌馬で、エリシアがファムとシュキという名前を付けた。

 馬車本体は軽量化の為か、土台と骨組みは木でつくられているが、他は厚手の布である。前方には二人がけの御者席がついており、今はヴィスリーが手綱を握っている。馬の扱い自体はエリシアのほうが得意なのだが、馬車での手綱捌きはヴィスリーのほうが心得があり、早いうちにエリシアにも慣れて貰うために、二人が前に座る形になった。

 高木とフィア、レイラの三人は最初こそ馬車の前方や後方に位置取り、景色を眺めて旅の気分を味わっていたのだが、基本的に街道というのは同じ景色が続くばかりであり、小一時間もすれば飽きてしまった。

 旅に出るということで、幾多の波乱を想像していた高木だが、その時間の大半は移動である。つまり、基本的には暇なのであった。

「折角だから、魔法の修行でもしなさいよ」

 真っ先に景色を眺めることに飽きてきたフィアがそう提案したので、当分、馬車内での暇な時間は魔法の勉強をすることに決まった。

 色々と騒動が続き、高木もあまり魔法の修行に力を入れていなかった。元々才能が極めて乏しいので、どう足掻いたところで大成はしないのだが、それでも魔法を無視することは出来ない。なぜならば、高木がこのシーガイアにやってきたのが、フィアの魔法によってだからだ。魔法で喚ばれたのだから、魔法で還るのが道理である。帰る方法を探す上で、魔法を学ばないわけにはいかないのだ。


「とりあえず、おさらいね。魔法はマナを利用すること全般を指す言葉なの」

 どうせ暇なのだからという理由で、フィアは一から魔法の説明を始めた。

 そもそも、マナとは通常では不可視、無味無臭のエネルギーである。変化性と付帯性に富む。

 砕いた説明をするならば、目に見えず、色々なものにくっついており、様々なものに変化するエネルギーということだ。

「その変化だけど、多くの要因で起こるの。土地などの環境や、時間帯によっても違うって言われてる。けど、何よりも大きな変化をもたらすのが感情や意志ね」

「逆に言えば、土地や時間にも意志があるって考えられるの」

 フィアの説明にレイラが補足していく。高木は高校の授業よろしく、二人の説明をノートに書き取っていく。

「実際にマナを集めたり、変化させてから聞くと、実感が湧いてくるな」

 高木はゆっくりと意識を集中させて、マナの存在を感知する。この作業は寝る前などの空き時間でこまめに練習していたので、今では二十秒ほどで感じられるようになった。フィアのように常に感知できるようになるまでは、最低でも五年はかかるという。レイラは一瞬で感知できるが、常に感じられるようにはなっていないらしい。

「何でも一緒よ。覚えたての頃は目に見えて成長するけど、ある時期を越えれば、成長はなかなか気付きにくくなる。一ヶ月もすれば五秒ぐらいでマナを感じられるようになると思うわ。けど、レイラみたいに一秒もかからずに感知するには、二年は必要じゃないかしら」

 それに加えて、マナの感じ方は人によっても違う。

 高木は視覚であり、アメーバのように見えるのだが、フィアは音である。レイラは高木同様に視覚だが、うっすらとしたもやのように映るらしい。視覚、嗅覚、聴覚という場合が大半だが、中には目にも見えず、音も匂いもなく、ただ、在るという認識だけができるという人間もいる。

「マナの性質としてはこれぐらいだけど、マナに関する他の話はしなくていいのね?」

「ああ」

 本来ならば、マナの起源やどのような経緯で発見されたかという講釈もあるのだが、高木はそれを割愛することにした。

 元々、そのような余談のようなものが講釈に含まれるのは、目に見えないマナが本当に存在するという認識を植え付けるためである。マナの存在を信じなければ、マナを感じ取ることは出来ない。シーガイアの人々は目に見えないものを信じるということが難しいので、魔法を学ぶために、最も時間を割くのがこの余談なのである。

 魔法とよく対比される科学であるが、要は感情や意志の力で操れるか否かの違いだけであり、目に見えない力があることを知るという点に関しては同じである。高木がマナを感じ取れるようになったのも、小学校からで理科の授業を受けてきたからだろう。言ってしまえば十年以上の下地らしきものがあるので、マナを感じ取るまではあまりにも早く進むことができた。

「後は、マナを集める量が、才能に拠るってことかしら」

 これが魔法が一般に広く浸透しない一番の理由であり、魔法があまり多くの人間から好まれていない原因でもある。

 顕著な例として、高木とフィアの差であろう。掌サイズと、身体を包み込んで余りある量。それがそのまま、才能の違いである。

「基本的に、魔法は女性のほうが得意って言われてるわ。理論を覚えるのは男性のほうが早いらしいけど」

 フィアの説明に、高木は苦笑する。男は理屈が好きで、女は感情で動く。それはシーガイアでも同じのようだ。

 一概には言えないが、気性の激しい人間ほど才能があるという話もあるそうだ。ならば、フィアが優秀だという話も納得がいく。

 レイラとて、優秀には違いないし、実際に攻撃力という一点に関して言えばレイラに軍配が上がる。

「けど、私よりフィアのほうがとってもすごいの」

 得手とする魔法の違いであり、実際にフィアの得意とする風はそもそも、攻撃には向かない。それを、木材を寸断するまでの威力にできるのは、フィアがそれだけ優秀な証だという。

「まあ、マナに関してはこれぐらいかしら。魔法の説明だけど、要は意志と想像力ね」

 あまり褒められるのに慣れていないのか、フィアは才能の話を打ち止めにして、講釈を続けた。


 魔法がマナを利用することの総称であることは先述したが、その利用方法である。

 基本的にマナは、変化すると言っても完璧に変化するわけではない。

 高木の解釈としては、パーセンテージを使えば理解しやすいものとなる。

 要するに、マナは100パーセント変化するわけではなく、90パーセントほどの変化しかしない。炎に変化させても、10パーセントはマナのままなのである。

 その僅かなマナが、魔法がすぐに効果を失ってしまう所以でもある。炎としての性質と、マナとしての性質を併せ持つので、有機物を燃やすこともできるが、マナの変化性がすぐに、元のマナの状態へと戻ろうと働きかけるのだ。

「大きな炎を出そうとすると、大量のマナが必要になるわ。けど、どれだけ持続させられるかっていうのは、意志や想像力ね」

 明確なイメージができれば、それだけしっかりとした変化を起こすことが出来る。中途半端なイメージでは、炎が70パーセント、マナが30パーセントの割合でしか生成されないが、しっかりとしたイメージを持つことで、マナの割合は10パーセントにも、5パーセントにもなる。それだけ、変化性が減っていくので、マナに戻りにくくなるのだ。

「理論上は、完璧に変化させられるとも言われているわ。つまり、マナの性質を無くして、永遠に別のものとして存在させることもできるわけ。実際にそれをやった人はいないけどね」

「なるほどね。要するに想像力や意志次第で長く変化させられるということだろう。しかし、そうなると、魔法そのものには、才能はあまり関係しないと言うことか?」

「ええ。マナを集められる量という一点だけが、才能よ。敢えて魔法の才能というなら、想像力と意志の強さね。勿論、マナの量が少なければ大規模な魔法なんて絶対に無理だから、マナを集める才能が、そのまま魔法の才能とも言えるけど」

 高木は、少しだけ活路を見出した気がした。

 少なくとも、想像力に関しては若干の自負があるのだ。たとえ小さな魔法しか扱えなかったとしても、長く続くのならば、利用法の幅が出てくる。

「まあ、どんなにしっかり想像しても一分も保たないけどね。それに付け加えて、魔法は基本的に同じ『変化する』というものと相性が良いの。似たものに変化させるほうが楽でしょ」

「逆に言えば、いわゆる物質などの目に見え、触れられるものには変化しにくいということだな」

 フィアの風も、レイラの雷も、気圧の変化と、電流というエネルギーである。炎もエネルギーの一種だと考えるならば納得がいく。

 逆に、金属や岩などの物質は熟練しても五秒も保たないという。

「そして、その想像力を掻き立てるために、言葉を使う方法が呪文ね。自分の中の想像を高めればいいから、あんまり制約はないけど、一応、使い慣れれば慣れるほど、感覚が身体に染みこむの。だから、同じ魔法は同じ呪文っていうのが一般的」

 魔法は理論の上に成り立つが、要は身体で覚えろと言うことなのだろう。

「昔はよく、嵐の日に外に出て、風を身体で受け止めたわ」

 風の感覚を掴むために、フィアはそのような訓練もしていた。一日中風にあたっていたため、風邪をひくこともしばしばだったという。

「雷を受けるわけにもいかなくて、私は苦労した」

 レイラは静電気で電気のイメージを掴んだり、師匠に軽い電撃を浴びせて貰ったり、感覚が似ているからと言うことで、正座して脚が痺れる感覚を味わったりもしたという。

 魔法使いの逸話としては、魔法使い同士が戦うことになり、二人共が炎を得意としており、炎を浴びせあった結果、お互いが身を焼きながら炎を想像するものだから、どんどんとイメージが真に迫り、最終的には二分以上も炎が残っていたというものもある。

「とりあえず、こんなところね。マサトみたいにマナを集められるようになったら、後は修行あるのみ。マナの絶対量だって増えるんだし、気落ちせずに続けることが大事よ」

「マサトならきっと魔法を上手に使うよ」

 フィアとレイラに励まされて、高木は苦笑しながらも頷いた。ちょうど、どうやら移動にも一段落がついたらしい。ヴィスリーが御者席から顔をのぞかせた。

「兄貴。小川があったし、一度休憩しようぜ」

「うむ。そろそろ昼飯にしようか」

 いつの間にか、馬車の揺れも気にならなくなっていた。

 頭を働かせていただけに、食欲もひとしおである。

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