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16話:出発

 ひょんなことから、町を出ることになり、フィアとレイラ、ヴィスリーの三人は私物を纏めるために各々の家に一度戻っていった。

 高木とエリシアは持つべき荷物などほとんどない。高木は学生鞄に衣類が少しだけであり、エリシアも似たようなものである。

「さて、折角最後の一日なんだ。色々と見て回ろうか」

「うんっ!」

 早々に荷物を纏め終えた二人は、買い出しがてらあちこちを回ることにした。


 職人通りで、ベッド造りの塗料を世話してくれた親方。古着屋で高木の入る服を探してくれた主人。短い期間ではあったが、高木にもこの町で出会った人間は少なくなかった。古着屋の主人が長らく贔屓にしていたフィアにと、上等の外套を贈ってくれたり、親方には旅のお守りにと使い古したノミを貰った。エリシアが木工を得意とすると知り、ベッドを作ったと知ると、すこぶる上機嫌になったのだ。

「もし町に戻ってきたら、ウチの工房に弟子入りしねえか」

 親方が割と本気な顔で言うので、エリシアは少し困っていた。

 他にも、ヴィスリーと二人でナンパした食堂の娘とも出会い、旅に出ることを伝えると随分と惜しまれた。

「ここに来て、随分と短いが多くの人間に出会っていたんだな」

 高木はぽつりと呟いて、街並みを振り返った。

 フィアが旅立ちを決意したときに彼女が生活の激変を感じたのと同様に、高木もそれを実感していた。

 勿論、住み慣れた町どころではなく、世界すら飛び越えてしまった高木であるから当然なのだが、それにしてもその変化は目まぐるしいものだった。日本にいたときでは考えられないことばかりが、目の前で起きたのだ。

 命を狙われ、危機にさらされたことなど、日本ではなかった。魔法という未知の文明。機械のない生活。文字すら読むことの出来ない状況。十日以上が経ち、色々と慣れてきたのは確かだが、それでもまだ戸惑うことは多い。

「……どれ。もう一人、挨拶に行くか」

 高木は気を取り直して、隣を歩くエリシアに笑顔を向けた。

「他にも知り合いがいるの?」

「まあ、エリシアにとっては怨敵のようなものだろうが、世話になったといえば、世話になったからな」

 高木の言葉にエリシアは苦笑した。敵対した人間ですら彼にとっては世話になった人間の一人であるのだ。

「マサトらしいね。いつの間にか、みんなと仲良くなってる」

 微笑むエリシアに、高木は肩を竦める。別に仲良くなるつもりなど無かったし、実際に高木にはそこまでの魅力があるとは思っていない。日本にいた頃は、独特の口調や口八丁で、一目置かれていたとはいえ、それだけ浮いてもいた。親友と呼べる風変わりな男もいたが、決して誰とでも仲良くできるような人間ではなかった。

「僕も、変わったのかもしれないな」

 その変化は、悪いものには感じられなかった。


「また小僧か。エリシアまで」

「いらっしゃいませ、マサトさん」

 バレットの屋敷を訪ねると、バレットと例の家政婦が二人を出迎えた。なんだかんだでバレットは高木が来たことに驚くこともなくなっていた。

「今日は何の用事だ。もう泊めんぞ」

「いや、旅に出ることにしたから、挨拶にね」

 高木の言葉を聞いて、バレットは軽く頷いた。おおよその情報は届いていたのかもしれない。金持ち同士の情報網だってあるだろうから、バレットが今朝のことや、そもそも襲撃計画のことすら知っていてもおかしくはないのだ。

「小僧のことだ。どうせ、口先でトマスを丸め込んだのだろう?」

「ああ。それだけじゃないけどね。きっかけはやはり、バレットさんに使ったのと同じ手だよ」

 バレットは少しだけ苦笑いを浮かべた。当時のことを思い出しているのだろう。

「エリシアも連れて行くのか?」

「本人の意志を尊重したまでだが。まあ、拒む理由はないからな」

「だとすると、あのフィアという魔法使いも一緒か」

「あと、ヴィスリーにレイラという二人も加わったさ」

 高木とバレットは旧友のように自然と会話を交わしていた。エリシアにはそれが何故だかわからない。

 バレットにとっては、高木は憎い存在のはずである。それが何故、このように冷静に会話が出来るのだろうか。

 エリシアの疑問を余所に、二人は今後の予定などを喋りあっている。

「マサト。あんまり時間ないよ」

 エリシアは耐えきれずに、高木の袖を引っ張った。高木とバレットは一瞬顔を見合わせて苦笑する。

「そうだな。じゃあ、バレットさん。達者でな」

「ああ、小僧も精々のさばることだ……いや、少し待て。折角だ、餞別をくれてやる」

 バレットはそう言って、家政婦に耳打ちする。家政婦はにっこりと笑って奥の部屋に入っていった。

「中々小粋なことをしてくれるじゃないか。まさかバレットさんから餞別をもらえるとは思ってなかった」

「この町の慣わしみたいなもんだ。旅に出る人間には餞別を贈ってやる。まったく、面倒だが不思議と悪い気はせんのが、長年の習慣か」

 バレットの言葉に、知り合いに色々と餞別を渡されたことに高木は気付いた。気前の良い人々だと思っていたが、そのような風習があってのことだったようだ。

「お待たせ致しました」

 家政婦が手に持ってきたのは、浅黄色のだんだら模様の羽織だった。高木が流石に目を丸くする。

「バレットさん、流石にこれを貰うのは気が引ける」

「かまわんさ。お前が持ってるほうがいい」

 バレットは強引に羽織を高木に押しつけて、少しだけ口角をあげた。

「羽織を手に入れたときにハラダについて調べてみたが、どうやら黒髪で黒い瞳をしていたらしい。まさか親族でもあるまいが、全くの無関係でもあるまい」

 どうやらバレットは、高木の正体をなんとなく理解していたようである。異世界からやって来た原田左之助と同じ髪と眼の色をした人間で、しかも本人の前で彼の逸話を話したのだ。高木もまた、同じ世界からやってきた人間であると推理することも、さほど難しくはない。

「サムライの力とやらを、見せて貰いたい。黒衣のサムライだったか。ハラダと違って剣も槍も使えない小僧なのだから、先人にあやかるのも悪くはあるまい」

 バレットの言葉に、高木はにっと笑い、羽織を受け取った。

 サムライという言葉の重みが、羽織には詰まっていた。そして、それを名乗ったからにはこの重さも、受け止めなければならない。

「わかった。バレットさん、ありがとう」

 高木がぺこりと頭を下げると、バレットはふんとそっぽを向いて、そのまま部屋の奥に消えていこうとする。

 もう用は済んだ。そう言いたいのだろう。

「エリシア、行こう」

「……うん」

 高木とエリシアも屋敷を後にする。家政婦が一人、三人の背中を眺めていた。


「私ね。バレットさんのこと、嫌いだった」

 一通りの挨拶を終えてフィアの家に帰る途中に、エリシアはぽつりと呟いた。

「けど、本当に大嫌いだったら、きっと逃げてたと思うの。あの人は、どこかで、ちょっといい人だったみたい」

 複雑な表情で呟くエリシアの頭を、高木はわしわしと撫でた。

「人間、そういうものだ。容易に善と悪に分けられるわけじゃない。ヴィスリーにしろ、レイラにしろ。エリシアだって最初は僕たちの敵のようなものだった。けれど、今では一緒に旅をしようとしている。人は、善し悪しを両方抱えながら生きているんだ。バレットさんだって、根っからの悪人じゃない」

 高木の言葉が、少しだけエリシアの心を軽くした。


 二人が戻ると、既に夕方近くになっており、トマスが用意した馬車が既に家の前に止まっていた。

 馬が二頭で引く形になっており、幌の突いた立派な作りであった。中には、五人が寝泊まりできる広さもあり、ヴィスリーが荷物を運んでいる最中だった。

「よお、兄貴。保存食や必需品の類は詰めておいたぜ。後は、それぞれの荷物を運ぶだけだ」

「ああ、ありがとう、ヴィスリー。後は僕がやるよ」

 高木が自分の荷物を運び込み、エリシアが二頭の馬と早速仲良くし始めた。

 馬車に積み込まれたのは、ヴィスリーの言葉通り、干し肉や豆などの保存食。それに毛布や簡単な医療品などであった。エリシアも早速、自分の荷物の他に、工具箱を馬車の片隅に置いた。

「馬車の扱いは、エリシアとヴィスリーができるらしいから、しばらくは二人に任せましょ」

 フィアも自分の荷物を運びながら馬車の前に出てきた。本や衣類が大半である。高木はそれを順に馬車に積み込む。非力な高木ではあるが、力仕事で女性に劣るほどではない。

「毛布ね、一枚足りないみたいなの。マサト、一緒に寝ようよ」

 レイラがやはり衣類を詰めた袋を持って家の中からやってくる。高木は一瞬その様子を想像するが、次の瞬間にフィアが、高木の部屋にあった毛布を持ってきた。

「あ、いや……その、ね。別に邪魔しようってんじゃなくて、折角全員分あるんだし」

 凄く悲しそうな目で見つめてくるレイラに、フィアは困惑気味であった。

「しかし、僕の部屋の毛布を使うのはいいが、今夜僕は毛布無しで寝るのか?」

 高木はやれやれと苦笑する。次の瞬間、レイラの目がきらりと光った。

「じゃあ、私と一緒に――」

「兄貴。家に帰るの面倒だから、俺は馬車で寝るんだけどよ。どうせだからこっちで寝ちまわねえか?」

 今度はヴィスリーがレイラの言葉に気付かずに高木に提案した。高木も異論がなかったので、それに頷く。

「うう……ちょっとだけ、びりっと!」

「ぎゃっ!!」

 ばちっという音がして、ヴィスリーがびくんと身体を震わせた。軽い電気ショックを受けたらしい。

「……俺、何か悪いコトしたか?」

 悪いことではないが、余計なことをしたんだろうなあと、エリシアがその様子を見て苦笑した。



 翌朝、まだ早い時間に高木達は家の前に立っていた。

 高木は学生鞄や衣類の他に、バレットから譲られた新選組の羽織りと、フィアの店から鉢がねを失敬してきた。それらは全て馬車に積み込んでおり、今は学生服に眼鏡という出で立ちだった。

「みんな、準備はいいか?」

 高木の言葉に、フィアが大きく頷いた。

「なんだか急に旅に出ることになっちゃったけど……悪くはないわね。どうせこの町じゃマサトを帰す方法を探すのも無理があったんだし」

 フィアは白い木綿のワイシャツに、黒い外套を羽織っている。旅装という様子ではないが、別に過酷な旅をするわけではない。フィアの外套は生地が厚く、上等なので防寒、防風にも向いている。金髪をさらりと掻き上げて、高木の隣に並んだ。

「なんだか不思議だね。けど、なんだかわくわくするよ」

 エリシアは赤く染められた木綿のシャツに、丈の短いスパッツのようなズボンを履いている。腰には紐で袋が提げられており、ライターなどの小物を入れているようだった。こちらは既におでかけ着なのかも怪しい。

「旅ってのは浪漫だからな」

 ヴィスリーは鹿のなめし革で拵えた上等の服に、マントをつけている。これぞ旅支度という様子で、高木は一人得心した。ただ、他の面々があまりにもお気楽な格好であるために、少し浮いてしまっている。

「準備は出来たけど、何処に行くの?」

 レイラもやはり濃紺の外套に、シャツという普段と変わらない格好だった。ただ、シーガイアでも珍しいという青髪に、ちょこんと赤いベレー帽が乗っかっている。彼女のお気に入りの品だという話だ。

「まずは西に行こうか。リースという大きな町があるそうだ」

 昨日、フィアと相談していると、最低限の旅支度は整ったものの、何かと必要なものも出てくるだろうという話になった。

 ならば、大きな町に出て、もう少しきちんと旅の支度を調えてしまおうという算段だった。高木が元の世界に戻るためにも、文献などを調べて回らなければならない。原田が戻ったのだから、そのときの記録があるはずだった。

「リースまでは、ここから五日ほどね。街道沿いに進めばいいから、大した危険もないわ」

 準備は整った。目的地も定まった。後は。

「それでは、僕たちはこれから旅に出る。きっと、苦労も多いだろう。時には命の危機にさらされるかもしれない。それでも。偶然であっただけの僕らでも。これもきっと、何かの縁だ。運命と言ってもいいかもしれない。力を合わせて、共に乗り越えていこう」

 高木の言葉に、全員が笑顔で頷く。これで、覚悟も決まった。

「じゃあ、出発よっ!」

 アスタルフィア・エルヘルブム。

「おうっ!」

 ヴィスリー・アギト。

「うんっ!」

 エリシア・フォウルス。

「おー!」

 レイラ・ヒビキ。

「うむ!」

 そして、高木聖人。

 五人の旅が、始まった。


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