14話:準備
「レイラは殺し屋っていうより、何でも屋ね」
家に帰る最中に目を醒ました高木は、ヴィスリーの背中から降りてフィアの説明を受けていた。
街の裏側の人間がフィア達を危険分子と見なし、レイラを派遣したこと。レイラは裏側の人間に命を救われたことがあり、半ば言いなりで働いていたこと。ついでに、高木に対しては相当に本気だということ。
「失敗したから死ぬって言い出したから、焦ったわよ。エリシアがうまく思い留めさせたからいいものの。どうして暗殺者に狙われた次の日に、遊びに行っちゃうのよ。しかも、告白されて逃げるとか、どういうつもり!?」
どうやら、高木とヴィスリーがやむにやまれぬ男の事情を解消している間に、フィアとエリシアはレイラに生きる希望を与えるべく、恋愛を強く推したのだとか。まさか高木が逃げるとも思っていなかったので、フィアとエリシア、さらにヴィスリーの三人がかりでレイラが悲観して電撃を自身に打ち込むのを阻止したという。
「一応、ちゃんと説明はしといたわよ。アンタが告白したのは、策だったって」
「……助かる」
現在、レイラはエリシアについてもらい、フィアの家で気持ちを落ち着かせているという。フィアとヴィスリーが高木を捜しに出かけ、丸一日あちこち探した結果、バレットの屋敷しかないという結論にいたり、高木は捕縛された。
「とりあえず、それでも兄貴に惚れたのは本当だから、それを希望に生きていくって言ってる。けっこう落ち込んだみたいだけど……姐御とエリシアに感謝しろよ。ちゃんと兄貴を振り向かせればいいじゃないかって話でまとまったんだからさ」
高木は苦笑するしかなかった。つまり、レイラはこれから高木にアプローチをかけてくるということである。
勿論、おっとりした美人でスタイルも良いレイラに迫られるのだから、悪い気はしないのだが、おっとりしているからこそ、どんな迫り方をされるのか想像がつかなかった。
「マサトがいきなり告白して、胸まで揉むからでしょ。責任取りなさい」
「……そのおかげで、全員生きていると思うのだがなあ」
高木の反論は、フィアにあっさり無視された。
連行される形でフィアの家に戻った高木が見たのは、ちょっと怒った顔のエリシアと、ほわっと微笑むレイラの姿だった。
「マサト、ひどいよー」
「いや、すまん。慣れない状況に気が動転した」
背中をフィアにぐいぐいと押されて、高木は家の中に入る。すると、レイラが昨日と同じようにとことこと高木の前にやってきて、やはりぼそりと呟いた。
「ごめんなさい。好きって言われたの初めてで、嬉しくて」
「……いや、その、こちらこそ、すまない」
高木はレイラを目の前に、ほとんど何も考えることができなかった。
状況としてはよく把握できているのだが、レイラに対してどのように振る舞えばいいのかがわからないのだ。だからこそ、三日ほどじっくりと考えようとしたのだが、答えが出る前に連れ戻されてしまった。
「私……その、本気に、させるから」
レイラは真っ赤になりながらそれだけを言い、今度は小走りでエリシアの後ろに隠れた。要するに、アプローチをかけると宣言したようなものなのだが、それに対する高木の返答も待たずに隠れてしまうのだから、相当に恥ずかしかったのだろう。
「えぇと……その、まあ。とりあえず、今後のことについて話そうか」
高木は深く考えないことにして、一同を見た。フィアは呆れ、ヴィスリーとエリシアは苦笑していた。
「とりあえず、街の裏側連中が僕たちを危険と見なしたわけだな」
レイラの情報で、高木は事態が思っていた以上に危険な方向へ進んでいることを把握した。
「バレットとヴィスリーの屋敷で起こした騒動が少々、派手だったようだな。殺しにかかるとは、少々予想外だった」
感覚の違いなのかもしれないと、内心で高木は狼退治を思い出した。邪魔者を殺してしまうという考え方は、短絡的ではあるが手っ取り早く、野獣が天敵となりうる土地なら殺してしまおうという判断はそこまでおかしいものではないのかもしれない。
「どうするのよ。命を狙われながら暮らすなんて真っ平よ?」
フィアが面倒臭そうに言う。魔法使いは己の研究を生き甲斐にするような人間が多く、邪魔されることが何よりも嫌いなのだ。
エリシアもそんなフィアをよく知っているので、同意するように頷いた。
「手としちゃ、逃げるか戦うかってところだな。ま、姐御の性格を考えれば……なあ、兄貴?」
「勿論だ。向こうがそのつもりなら……潰すまでさ」
高木はヴィスリーに応えて不敵に笑い、一同を見渡した。
風を扱う、優秀な魔法使いのアスタルフィア・エルヘルブム。
目立った特技はないが、小回りがきく上に度胸もあり、ハッタリも得意なエリシア・フォウルス。
剣の腕が立ち、機転の利く唯一の接近戦担当、ヴィスリー・アギト。
フィア同様、優秀な魔法使いで雷を操る、レイラ・ヒビキ。
それに加えて、口八丁と策を弄して、彼女たちを手玉に取ってきた高木聖人。
「人数こそ少ないが、戦力としては十分だろう。各々の長所を生かせば、活路なんて幾らでもある」
相手が大人数でも、レイラの電撃で一時的に無力化できる上に、フィアが吹き飛ばせば終いである。二人を護るのはヴィスリーの仕事で、高木とエリシアがハッタリで乗り切れば、小さな街の裏側など、容易く牛耳ることができる。
「荒事は好きじゃないんだけど、殺されかかった以上、悠長なことも言えないわね。一発カマしてやらないと気が済まないし」
フィアが立ち上がると、全員が頷いて、同じく立ち上がった。
「私も、フィアみたいに真っ直ぐに生きたい……」
エリシアはにっこりと。
「兄貴についていくって、決めたからな」
ヴィスリーはにかっと。
「……私は、言いなりに働いていただけだった。もう、そういうのは嫌。マサトと一緒に行く」
レイラは、決意を込めて。
「よし。それじゃあ、早速行こうじゃないか。作戦は……勿論、正面突破だ」
高木はにやりと。
後にこの街全体をがらりと変えてしまう事件が、静かに始まった。
まず、高木とヴィスリーがレイラの案内で、裏側の人間に会うところから作戦は開始した。
レイラに仕事を伝える役目の人間は、裏側でも末端の存在だと言うが、末端ならば、上からの指示を仰ぐ立場にある。芋蔓式に根源まで掘り当ててしまおうというのが、高木の考えだった。
裏通りの細い路地を幾つも抜けて、看板すら出ていない場末の酒場にはいると、レイラが一人の男を指さした。高木も知る、狼退治を依頼してきた男だった。
高木とヴィスリーが彼の前に立ち、にこりと笑う。男はレイラのような人間に指示を与えるためにこの酒場を連絡所に使っていたようで、突然現れた高木達に腰を抜かした。
「とりあえず、連れて帰って拷問しようか」
高木は腰を抜かした男を蹴飛ばして、ヴィスリーに担がせると、そのままヴィスリーの屋敷に入り、小一時間ほどの拷問を行った。
拷問と言っても、別に鞭で叩いたりするわけではない。どちらかというと、もっと陰湿で陰険な、ねちねちとした言葉責めである。高木の後ろで剣を構えたヴィスリーがいたことも聞いただろう。中々口を割らなかったので、最終手段としてレイラの電撃を浴びせると男に言うと、あっさりと上の人間の居場所を吐いた。
「レイラの電撃は、確かに痛い。オッサンも食らったクチか?」
「あ、あれだけは二度とゴメンだ……」
レイラを従わせるために、少々強引な方法をとったときに食らったらしい。少し同情するが、高木やヴィスリーをそれで襲ったのだから、食らいたくないなどと言うのも勝手な話である。
「もしも、嘘の情報を流したときは、ねっちりとレイラが電撃を食らわせてくれるだろう」
「ぐ……なんで、レイラが裏切ったのだ?」
「女性の扱いが下手なんだよ、お前達は。兄貴もけっこう酷いけどな」
ヴィスリーの言葉に、高木は苦笑する。
「人間、強制された忠義よりも、自由な恋愛を選ぶことがままあるということだ」
高木はそれだけ呟いて、男が嘘をついていないか再度確認する。先程とは違う男の名前と場所がクチから出てきた。
「ふむ。これで違ったらレイラの電撃のあと、ヴィスリーがしっかり殺してくれるそうだが、違いないな?」
「ほ、ほんとにそいつだ。俺は、そいつに命令されてただけなんだ!」
必死で抗議する男に、嘘をついているような素振りは見えない。否。嘘をつくような余裕があるように見えなかった。
高木は満足そうに頷いて、男をロープでぐるぐる巻きに縛って、口に猿ぐつわを嵌めた。レイラと同じ格好だが、なんだかとても鬱陶しい姿だったので、近くにあった麻袋に放り込んで口を縛った。
「この調子で、どんどん捕まえていこう」
高木は嬉しそうに笑うと、次の標的の男の場所に向かおうとする。
「……兄貴、実は苛めるのが好きな人間か?」
「私は、マサトに苛められるのも、いいかなあ」
随分と危ない発言を返すレイラに、ヴィスリーは背筋を振るわせた。
その後、三人ほどを順番に捕まえて、最終的な黒幕にたどり着くまで、三日ほどかかった。
拷問には途中からフィアも参加して、高木の言葉責めに靡かないときは容赦なく吹き飛ばし、それで駄目なら電撃を、と徐々に追いつめる形で口を割らせた。
「さて、と。黒幕は町長の父親で、トマス・マックスター。どうやら頼りない息子を思って、裏から色々と邪魔者を消したりしてきたらしい。居場所は町長の屋敷だそうだ。ようやく正面突破できる」
高木達はヴィスリーの屋敷で最終的な打ち合わせをした。フィアの家よりも作りが頑強で、流石に命を狙われたまま同じ場所にとどまっておくのも不安だったからだ。
「本当に正面突破できるの?」
エリシアが少し不安そうに尋ねる。バレットの屋敷でも、ヴィスリーの屋敷でも高木は正面突破をしたが、剣で斬られかかったり、フィアが屋敷に引っ張り込まれたりと、何かと危険も多かった。
「僕たちがこの街で、狙われずに生活するためには、彼ら以上の力を持っていると知らしめなければならないからな。言ってしまえば、力押しだ」
高木の言葉に、エリシアがいっそう不安の色合いを強める。余計に危険ではないかという心配が言外に滲み出ており、高木は苦笑した。
「フィアとレイラの魔法があれば、怖い物なんてないさ。ヴィスリーは野生の狼を一発で仕留めるほどの剣の腕だし、二人を護ってくれる。エリシアは、僕が護るさ」
高木はそれだけ言うと、ゆっくりと立ち上がった。この三日間は、やはり命を狙われているかもしれないという不安があって、あまり眠れなかったのだ。不穏分子をすぐに殺してしまおうとする態度にも腹が立っていた。
「半殺しまではいいのよね?」
「ああ」
フィアの物騒な言葉に、高木は笑顔で頷いた。フィアもにぱっと笑って、威勢の良い声で気合いを入れた。
「よーっし。んじゃ、レイラを気持ちよく仲間にするためにも、私たちが気持ちよく暮らすためにも、一丁やるわよっ!!」
おう、と高木達が声を挙げる。
こうして、街の裏側大掃除作戦(命名、高木)がはじまった。