12話:電撃★
「フィア、今だ!」
狼退治は、高木が指揮を執る形で進んでいた。
「燃えちゃえ!!」
暗闇に、フィアの呪文が響く。羊を求めてやってきた狼の群れは、あらかじめ高木達が用意した藁束の合間を突き進んでいた。
その中でも、狼達の背後にある藁に炎が灯される。風を主体にするフィアだが、炎を使えないわけではない。
背後に突如として出来上がった火柱に、狼達は即座に四散した。流石は野生動物であり、反応が非常に良い。
「エリシア!」
高木の掛け声で、狼達の右方向の藁が燃え上がる。こちらは高木謹製のライターを持ったエリシアが、たっぷりと油の注がれた藁に火をつけたのだ。
二方向を炎に遮られ、狼達は戸惑い、今度はエリシアが燃やした藁と逆方向に進路を取る。今度は合図をするまでもなく、ヴィスリーが藁の影から躍り出て、真っ正面を駆っていた狼を剣で薙いだ。炎に怯えて動揺していたのか、ヴィスリーの腕が良かったのかは高木に判別できなかったが、一匹の狼があっさりと殺されたことにより、狼達は進路を変えた。今度は、高木の構えている正面に。
「罠を避ける知恵は怯えたときでも働くかな?」
悠々とそんなことを言う高木に、狼達が向かっていく。
しかし、何の用意もないわけがない。高木にたどり着く前に、狼達は瞬時に姿を消した。昼間の間に主にヴィスリーと高木が汗水垂らして掘った落とし穴がそこにあったのだ。一メートルほどの深さを掘るのは苦労したが、暗闇の上、藁で隠しておいたので動転した狼達には気取られなかった。中にはやはり、油を染みこませた藁が敷いてあった。
「動物虐待は趣味じゃないが、農家の人も生活がある」
高木はなるべく考えないようにして、ヴィスリーに合図を送る。手筈通り、既にエリシアの近くまで駆け寄っていたヴィスリーは、燃えた藁を引っ掴み、それを落とし穴に放り込んだ。
狼達が咆哮を挙げ、落とし穴の中で必死にもがくが、油が滑り、うまくよじ登れない。そうしている内に炎に包まれ、しばらくの後には静まり返った。
「……すまない、ヴィスリー。女性にやらせる仕事ではないとは言え、君に嫌な仕事をさせてしまった」
冷静な高木ではあったが、現代社会で動物を焼き殺す場面など、遭遇することはなかった。軽い吐き気と頭痛がした。
「俺は平気さ。やりたい仕事じゃねえけど、兄貴よりは慣れてるから」
野生動物の脅威を知っているシーガイアの人間は、それらを殺すことにも慣れている。
心が痛まない訳ではないのだろうが、そうしなければならないのも現状だ。見ると、フィアもエリシアも悲しげな表情こそ浮かべているものの、ある程度は割り切っているのだろうか、辛そうではなかった。
「とりあえず、半分は仕留めたわね。炎の間をすり抜けたりして逃げたのもいたわ」
「マサト。大丈夫?」
「ああ。流石に、これで狼達もしばらくは近寄ってこないだろう。落とし穴はそのまま埋めて、それで終いだ」
作戦は上手くいった。火で囲い、退路を防ぎつつ殲滅する案を出したのは高木本人である。
相手が狼であれど、多対多の戦闘に違いはなく、高木は戦略ゲームの知識を引っ張り出したのだが、ついそれでゲーム感覚を持ってしまったのだろう。狼が焼ける匂いが鼻に残って仕方なかった。
「……ゲームと実践は違うと聞くが……ここまで違うのならば、逆に安心だ。世の評論家はやはり、間違っている」
現実とゲームを一緒にしたくても出来ない。異世界だからと割り切るのにも、少々時間が掛かりそうだった。
「マサトの世界じゃ、こういうことは無かったのね」
フィアが近づき、高木の背中をさする。高木は苦笑しながらも、しばらくは気分が優れなかった。
フィア達が落とし穴を埋めている間に、高木は星を眺めていることにした。
自分も穴を埋める作業を手伝おうとしたのだが、丁重に断られたのだ。その好意を無駄にもできず、下手に心配をさせるよりも良いだろうと思い、ぼんやりと夜空を見上げたのだ。
夜になると灯りがなくなるシーガイアの夜空は、満天の星が煌めいている。それが美しいと思う反面、自分が住んでいた場所ではないと言うことを改めて実感させられた。
環境が違ったのだから仕方ないと、冷静な部分では判断ができる。しかし、情けないと熱い部分が叱責する。
「……覚悟が足りなかったか」
高木は取り敢えず、そう結論づけることにした。頭で解っていることと、実際に感じることの違いがここまで如実に出るということは、それは認識の甘さであり、甘い認識しかできないのは、真剣ではなかったからだ。
下っ腹に力を入れて、高木は前を向いた。
「すまん。もう大丈夫だ」
そう言ってフィア達に駆け寄り、後片付けに取りかかった。
ひとしきりの片付けが終わり、そろそろ帰ろうとしていた時だった。
不意にバチンという空気を切り裂く音がして、光が爆ぜる。その直後に高木達はばたばたと地面に倒れ伏せた。
「がっ……!?」
一体何が起こったのだ。そう考えるも、全身がびくびくと痙攣して全く言うことを聞かない。身体中が麻痺して、陸に揚げられた魚のように、跳ねることすらままならない痙攣が起こるだけである。
高木の脳裏に、再びゲームの知識がよぎる。RPGの世界で、相手を麻痺させる魔法が、確かにあった。否、これは麻痺というよりも感電に近い。
しばらくすると麻痺は解け、高木は身体を起こす。フィアとエリシアもそれぞれ上半身を起こすが、ヴィスリーは起きなかった。
「剣を持っていたからか……」
相手は、雷を操る魔法使いだ。そう判断すると、ヴィスリーが一人起きないことも、先程の状況も説明がついた。
何故襲われたのかという疑問は後回しにして、高木はヴィスリーに駆け寄る。息はあるが、完全に気絶していた。剣は鉄製であり、ほとんど一点集中で雷を受けたのだろう。逆に言えば、それのおかげで高木達は一時的な感電で済んだ。
おそらくは、全員に電撃を浴びせるような魔法である。
「ん……失敗した」
暗闇からぼそりと声が聞こえて、高木は身構える。すたすたと足音が聞こえて、一人の女性が姿を現した。
フィアに似た形の外套を羽織っているが、色は濃紺。シーガイアでは珍しい青い髪は腰辺りまで伸びており、随分とスタイルが良い。顔までははっきりとわからないが、ぼんやりとした瞳だけが星の光に照らされていた。
「全員気絶させるつもりだった」
どこか間の抜けた声で女性が呟く。どうやら彼女が雷を操った魔法使いに間違いはないようだ。
バレットを相手にしたときも、ヴィスリー達のときも、魔法を使えるのはフィア一人であり、その戦力は凄まじかった。それが、敵として現れる。一体どのような理由で狙われているのかはわからないが、高木は戦慄した。
「アンタ、何するのよっ!!」
高木がどうすべきかと迷っている中、真っ先に声を挙げたのはフィアだった。高木よりもダメージが大きかったのか、ややふらつきながらではあるが、果敢にも青髪の魔法使いに詰め寄ろうとする。
「あなた達は、邪魔……雷崩し!」
青髪の少女とフィアの間に、再びバチンという音が響き、フィアが倒れた。
毎度、フィアの突貫姿勢には助けられてきたが、今回は裏目に出る形になったようだ。びくびくと痙攣しているので、少なくとも生きてはいる。
高木は大きく息を吸い込み、状況を確認した。
最初の電撃で、随分と身体の動きが鈍くなっている。魔法使いは意識を集中しなければならないために隙も多いが、フィアを一瞬で倒すところを見ると、人一人を感電させるのにさほどの時間は掛からないらしい。威力は低いらしく、フィアは無事のようだが、動けるようになるまで相当の時間を要しそうだった。
「……僕たちが邪魔。そう考える人間は……」
高木はぼそぼそと呟いて、彼女の正体を考える。魔法使いであることは確かだが、単なる魔法使いが襲いかかってくるとは考えにくい。彼女に高木達を襲うように指示した人間がいると考えた方が辻褄があった。
そうなると、昼に来た男。つまり、街の裏側の人間であるという仮定がすぐにできた。上手く翻弄したつもりだったが、どこかで翻弄したことがばれて、危険分子と見なされたらしい。
「つまり、君は僕たちの暗殺を頼まれたわけか」
「うん」
短い言葉で区切り、魔法使いは高木を見る。どうやら次の標的に選ばれたらしい。
策士策に溺れるという諺が高木の脳裏をよぎる。シーガイアに来てから、口八丁だけで渡り歩いてきたが、そうそう全てが上手く回るはずもない。少々調子に乗りすぎていたと、高木は反省するが、今はそれどころではない。
どうやら、高木達の処分は既に決定しているようだった。相手に話をする余地がない限り、高木の口は何の役にも立たない。
しかも、相手はたった一人で四人を相手に出来ると見込まれた魔法使いである。相当の使い手であることが伺える。
下手をすれば本当に殺される。フィアの魔法とヴィスリーの剣が高木達の攻撃手段であるが、その二人が戦闘不能では、まともに戦ってはまず、勝ち目がない。
「魔法使いを相手にするのが、これほど厄介だとはね」
高木は苦笑して、それでも策はないかと考える。青髪の魔法使いは特に高木の言葉に興味がないようで、四散したマナを集めはじめたのだろう。静かに高木を見据えるばかりである。
この後、イメージを固めて、その仕上げとして呪文の詠唱を行う。それが魔法のプロセスだ。
雷撃を食らえば、流石にもう勝機はない。しかし、放たれた雷撃を避けることは不可能に近い。
ならば。そもそも、雷撃を打たせなければいい。
高木はそこまで考えると、一気に青髪の少女に向かって駆け出した。距離にして10メートル。魔法を使われたらお終いだ。
電撃のダメージが残る高木は、普段以上に早く走れない。青髪の魔法使いは十二分に間に合うと判断したのか、目を閉じて、イメージを膨らませようとした。今だ。
「お前が、好きだ!」
高木は突っ走りながら、猛烈な勢いで愛の告白をカマしていた。
「……え?」
思わず、青髪の少女が高木の言葉に反応する。否、反応してしまった。あまりにも場違いな言葉に、耳を疑ってしまったのだ。
それまで膨らませていた電撃のイメージが、一瞬にして消え去る。
「あ……」
高木の真意に気付いた魔法使いが間抜けな声をあげる。だが、魔法を放とうとしていた為、迎撃の用意などしていない。
「おおおっ!!」
高木は全力で駆けて、握り拳を作る。咄嗟に青髪の魔法使いが身構える。しかし、来るべき筈の衝撃は、いつまで経っても来なかった。代わりに、ふわりと全身が包まれる。
気付けば、青髪の魔法使いは高木に抱きしめられていた。
「え?」
「名前を教えてくれないか?」
この展開は予想外だったのだろう。状況が掴めていない魔法使いに、高木はにこりと微笑んで見せた。もう、高木としても賭けなのである。身体が震え、まともに殴っても少女一人を昏倒させるには至らない。
ならば、口説いてしまった方が良い。それが高木の弾き出した活路である。身体はまともに動かなくても、口だけは達者だ。一度会話に引き摺り込んでしまえば、高木の土俵である。
「僕の名前は、高木聖人。君の名前が、知りたいんだ」
「……レイラ。レイラ・ヒビキ」
完璧に展開に戸惑い、思わず答えてしまったレイラを、高木はさらに強く抱きしめた。
高木は知る由もないが、実はレイラ。男に抱きしめられるのはこれが初めてのことであった。
「良い名前だな」
状況を判別しようとするレイラに、高木がそうはさせないとばかりに言葉を繋げる。高木としては必死であり、苦肉の策なのだが、状況を眺めていることしかできなかったエリシアには勿論、口説こうとしているようにしか見えない。
しかし、高木はここで困る。エリシアのときは妹に接する気持ちであり、ヴィスリーのときは、男同士の会話に持ち込んだのだが、口説き文句は知らなかった。名前を聞くところまでは上手くいったが、そこから先の会話の繋げ方など知らないのである。
相手が女で、意表を突くために口説いてみたものの、ここにきて手詰まりになった。
「あ、私……暗殺するんだった」
高木の胸の中で、ようやく本来の仕事を思い出したレイラが呟く。しかし、レイラは戸惑うばかりで魔法を使おうとする様子もない。
そこで、高木はこの状況のもう一つの利点に気付いた。密着していると、身体を伝わって、レイラ自身にも電撃が行くのである。まさかの電撃封じとなったわけである。この調子で時間を稼ごうと、必死で口説き文句を考える。
「……あ、でも。雷じゃなくていいや」
しかしレイラは抱きしめられていることに慣れはじめたらしく、頭の回転が戻ってきたようである。つい、考えを口に出してしまっている辺りは彼女の癖なのか、やはり動揺しているのかはわからないが、また高木にとってはピンチであった。炎で高木だけ焼かれてはたまらない。
専門が雷なので、他の魔法には時間が掛かる。それでも、のんびりとしている時間はない。焦って高木も「可愛いね」などと耳元で呟いてみるが、作戦がバレてしまったのか、通用しない。
「炎よ、もえ――」
「ええい、ままよ!!」
高木は半ば焼かれるのを覚悟で叫び、レイラの胸を鷲掴みにした。思いきり。
こうなれば外部からの刺激しかないという判断であり、フィアよりも大きな胸でとても目立っていたこともある。だが、特筆すべきは高木も男で、どうせ死ぬなら最後にこれくらいやっても罰は当たらないだろうという、自棄の部分が大半を占めていたことである。
「ふぁっ!?」
かくして、決死のセクハラは成功する。レイラはびくんと身体を震わせて、如実な反応を示した。
ここまで来たら、もう最後までやってしまおう。そんな考えが高木の脳裏を掠める。生きるか死ぬかの瀬戸際ですら、男は所詮、男なのである。どうせ死ぬなら、良い思いをしてから死んだ方が良い。
レイラは顔を真っ赤にさせて、高木を見る。高木の目はマジであった。貞操の危機であったが、レイラはそれでも初めての告白と、初めての抱擁。そして、初めての感覚に軽く混乱していた。俗に言う勢いというやつであり、ちょっと胸が高鳴ってしまったのも嘘ではない。
「レイラ……」
「え……あ……ま、マサト……」
熱い視線を無碍にもできず、レイラは勢いに流されるように、高木を見つめ返してしまう。そのときであった。
「ふ、吹っ飛んじゃえーーーッ!!!」
突如、フィアが叫んだ。刹那、今までの最大風速で突風が巻き起こり、高木ごと、レイラが吹っ飛んでいく。
五メートル先で、二人はぼとりと落下した。高木がレイラに覆い被さる形で落ちたのが功を奏したのか、レイラはがくりと気絶して、高木は衝撃こそ半端ではないものの、意識は残った。
「他人様が痛い思いしてるってのに、何を良い雰囲気になってんのよ、この変態共!!」
フィアが倒れたまま叫び、高木は苦笑する。まったくもってその通りなので反論の余地はなかった。
「フィア、気付いてたんだね」
一人、動くことが出来たエリシアが、フィアに駆け寄った。フィアはエリシアの手を借りて立ち上がり、「当たり前よっ!」と叫んだ。
レイラも咄嗟にフィアが近づいて、大した威力の電撃を放てなかったのだろう。意識は保ったままであり、つまり、一部始終を間近で見学していたことになる。身体は動かないが、フィアには魔法がある。高木がセクハラをしている間に、マナを集め、存分にイメージを高めていたのだ。
「やれやれ……どうにかなったか」
高木は気絶して目を回しているレイラから転がるように身を離し、フィアに顔を向ける。しかしすぐに、見なければ良かったと後悔した。どう考えても高木の大活躍なのだが、フィアは高木をものすげえ勢いで睨み付けているのであった。
「……報われないな」
高木はぽつりと呟き、身体が限界ということもあり、妙に冷静なまま気絶した。
毎日更新のつもりが、明日は一日忙しそうなので今のうちに更新することにしました。