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11話:裏側

 一夜明け、フィアの家にて。

「今日から世話になるヴィスリー・アギトっス。よろしく!」

 面子が一人増えていた。短い金髪に、切れ長の瞳をした若者は、昨日よりもはきはきとした口調で、居並ぶ高木達に頭をぺこりと下げた。

「マサト……説明してもらえるかしら?」

 フィアの少々、怒気を孕んだ言葉に高木が苦笑する。


 結局、昨日はヴィスリーの言葉に、全員が退散。元々、あの屋敷はヴィスリーの父親のものだったらしいのだが、その父が急逝して、遺産争いになってしまったという。

 フィアに「掃除」を依頼しに来た青年は、ヴィスリーの叔父であり、遺産目当ての人間だったとのことだ。それまでは別の街に住んでおり、ヴィスリーの屋敷を則ろうと画策していた。他では聞き慣れない、掃除屋の魔法使いを、まさか本当に掃除をするだけの魔法使いだと思わずに雇ってしまったのも、この街に住んでいなかったからだろう。

「正式な遺産受取人は、俺なんだけどよ。寄越せ寄越せってうるせえから、金は好き勝手分けさせて、俺は屋敷だけ貰ったんだ。で、気の合う連中と気ままに暮らしてたんだけど」

「ふむ。欲とは怖いからな。屋敷まで奪いに来たというわけか」

 一通りの事情を聞いた高木は、依頼主である青年を訪れ、持ち前の口八丁で屋敷をヴィスリーのものとしてしまった。破落戸達を解散させた後、フィアがしっかりと「春の野原」で掃除したので報酬も受け取った。

 どうやら青年も高木と同じ口先三寸で勝負をする類の男だったようだが、シーガイアの人間にしてみればまさしく魔法のような三段論法が炸裂した。青年が気付いた頃には、屋敷はヴィスリーのものであると認めさせられ、今後一切の手出しをしないことまでを約束させられていた。


「それより、どうしてヴィスリーが世話になるとか言い出してるのよっ!?」

 昨日のいきさつを丁寧に説明した高木に、フィアは苛々とした様子で怒鳴った。

「それは企業秘密というやつだ。男同士の会話を、他に漏らすなんて真似をサムライはできないものでな」

 サムライという言葉を持ち出されると、フィアは少し弱い。黒衣のサムライを名乗ったときの高木の目をフィアは忘れられないのだ。あの熱の篭もった瞳に込められた意味を考えると、どうしても高木に強くは当たれない。

「それに、ヴィスリーはきちんと家屋敷がある。ここに寝泊まりするわけじゃないから、さほどの問題もなかろう。ヴィスリーも、フィアやエリシアとは仲良くしろよ」

「おう。確か、兄貴の師匠に妹弟子なんだよな。じゃあ、フィアの姐御。よろしく!」

「あ、姐御……」

 歳が殆ど違わないであろうヴィスリーに妙な呼ばれ方をして、フィアは戸惑う。

「エリシアは、エリシアでいいのか?」

「うん。ヴィスリーも、ヴィスリーでいい?」

 エリシアは自分も似たような立ち位置なのか、割と素直にヴィスリーを受け入れているようだった。


 ヴィスリーの家は、バレットほどではないが裕福だったらしい。厳格な性格の父に育てられたヴィスリーだが、元々奔放な性格であり、どうしても受け入れられずに、しょっちゅう外に出歩き、良くない仲間とつるんでいたとか。リーダーシップがあり、気付けば中心人物のように慕われていたが、父の教育というのは厳格ながらしっかりとしたもので、読み書きもできる。一度気を許せば妙に素直な性格も、躾の成果なのだろうと高木は考えていた。

 フィアはなんだか調子を狂わされっぱなしであるが、そもそも高木やエリシアが続々と家に住み始め、感覚が麻痺していたのだろう。別の家に住んでいるならいいかと、渋々ながらすぐに納得した。エリシアは先述の通り、立場が似通っているので文句などある筈がない。

 高木にとっては、異世界に来てはじめての同年代の同性の知り合いになる。ここまで慕われるのは少々予想外だったのだが、悪い気はしない。友達のつもりで接することにした。

「兄貴。薪割りしといたぜ!」

 何にせよ、昨日までの印象とがらりと変わり、よく働くので文句は出なかった。

 この際だからヴィスリーにも魔法を教えようかと思ったのだが、ヴィスリーはあまり魔法に良いイメージがないらしく、他人が使う分には構わないのだが、自分が使いたいとは思わないと言った。

「それに、俺は剣のほうが得意っていうかさ。身体動かすほうがいいんだよ」

 引き締まった肉体をしているので、何かしら運動をしていると思っていたが、ヴィスリーは剣を扱うらしい。

「親父に教えられて始めたんだけど、どうしても喧嘩も多かったから、案外役に立ってよ」

 ソリの合わなかった父親ではあるが、決して嫌っていたわけではなかったらしい。高木を兄と呼び慕うのも、父の死に続いた遺産争いなどで、家族の愛情に飢えていたからなのかもしれない。家族というものに辟易せずに、逆に求めてしまうところに彼の人の良さが見える。

「まあ何にせよ、気の好い男友達ができたのは嬉しい」

 何処までも楽観的な高木の言葉に、フィアは苦笑するしかなかった。



 金持ち崩れの不良(更正済み)であるヴィスリーにまつわる一件だが、単にヴィスリーが仲間になって終いというわけではなかった。

 フィアの魔法がこの街の金持ちの間で重用されているということは高木も感じていたが、この一件で、荒事にも対応できるという話が広まってしまったのだ。主な噂の発信元は、ヴィスリーの元仲間達である。小さな田舎町であるが、曲がりなりにも裏の世界というものがあり、表では噂で済む話も、裏では貴重な情報となる。

 不良少年が表と裏の境目あたりに位置するのはシーガイアも一緒のことであり、「春風の少女」こと、アスタルフィア・エルヘルブムは、こっそりと街の裏側の人間に名前を広めることになった。

 最初は情報は情報でも、噂の域を出ない話であったが、調べてみると、富豪にして蒐集家のバレットも、春風の少女と、その連れの男にしてやられたという。

「彼女を味方にすれば、良い駒になってくれるか」

「敵になった場合は……始末してしまえばいい」

 そんな会話が街の何処かで繰り広げられているのだが、当の本人は露知らず。新たに加わった面子、ヴィスリーの「姐御」という言葉に戸惑っているだけであった。



 街の裏側の世界が、まずはフィアの実力を謀ろうと画策したのが、狼退治であった。

 裏側と言いつつも、裏というのは表がなければ成り立たず、言ってしまえば表裏一体。政権や欲望も渦巻いているが、基本的に街の政治団体の一端であるからして、内容も割と真っ当なものであった。

 すっかり骨董品屋としての機能よりも、仕事の依頼を受け付ける場になってしまった店内に、町役人が顔を出したのは、つまりそういう理由なのであった。

「狼退治をしていただきたい」

「狼退治を、どうして私に頼むのよっ!?」

 フィアの反応も至極当然であった。彼女にしてみれば、魔法での掃除を生業としており、妙な勘違いを受けて不良を吹き飛ばしてしまったり、事の成り行き上、鼻持ちならない蒐集家を吹き飛ばしただけである。言わば、誤解と運命の悪戯によって今の状態に陥ってしまっているわけで、不本意なこと甚だしかった。

「最近、度々に家畜が襲われており、街としても放っておけないのだよ。罠を仕掛けてもみたが、中々賢く、すぐに見破られる始末。街のためと思って、引き受けて頂けないだろうか?」

「そりゃ、大変だと思うけど。どうして私なのかって聞いてるの!」

 後ろで眺めていた高木は、しばらく話題が平行線を辿る気配を感じていた。

 原因の予想など高木にしてみれば思い当たる節が山ほどある。あれだけ見事に人を吹き飛ばせるのだから、戦闘力と換算されるのも当然である。ただ、わざわざそんなことを民間人に頼む点に関して、いささかの疑問を覚えた。

「ヴィスリー。わかるか?」

 高木の後ろに控えていたヴィスリーは、高木の意図するところを見抜いたのだろう。軽く頷いて、高木に耳打ちした。

 破落戸ならずもののまとめ役をしていたヴィスリーは、街の裏側を知る人間である。

「フィアの姐御が使えるかどうか、判断するんだと思うぜ」

「ふむ。そんなところだろうな……ヴィスリーならどうする?」

「成功したら、ヤバい仕事を回される。失敗するか拒否すれば、わざわざ追っかけてこないだろうし、素直に拒否するのが賢いな」

 ヴィスリーの言葉を聞きつつ、高木は頷いた。

 君子危うきに近寄らず。確かに判断として一番間違いのない選択肢だろう。

「成功した時の利点は?」

「裏側に入れるのを得だと思えるなら、利点には違いねえな。ある程度、権力に近づけるし、報酬も悪くない」

 高木もフィアも、別に権力が欲しいわけではない。金があるに越したことはないが、危険な仕事をするということは命を粗末にすると同義である。

 サムライは死に場所を探すと言うが、別に自殺志願者ではない。死んで良いと思えるような場所を探しているだけだ。死にたいわけではない。

 総合すれば断ってしまうのが一番の得策であった。どこの権力にも与しないフリーランスでいれば、庇護されない代わりに、余計な足枷もかからない。流石に断らせるべきかと判断して、高木が声を掛けようとした瞬間だった。

「あー、もうっ。わかったけど、こういう仕事はこれっきりね。街のためだからやるけど、別に政治に興味はないし、気に入らなければどんな依頼も断るから!」

 フィアが駆け引きもクソもなく、相手の考えを全面的に暴露しつつ仕事を請け負ってしまった。

 相手の男も見抜かれることぐらいは想定していたのだろうが、まさか面と向かって言われるとは思っていなかったのだろう。苦笑しつつも、フィアは仕事を請け負ってしまったので文句も言えない。

「……ヴィスリー。これがフィアの凄いところだ。頭が良いのに何も考えずに行動できる」

 高木がやれやれと肩を竦めると、ヴィスリーは呆気にとられながらも「すげえ女だ」と呟いた。

「で、では。狼を仕留めてもらおうか。三日以内だ」

「三日以内に狼が来ればね。来ない奴らを殺しても仕方ないでしょ。わかる?」

 フィアは男の頭が悪いと判断したのか、面倒臭そうに呟いた。

 男としては、多少無理難題のように思わせたかったのだろうが、頭があまり良くないのは事実であった。ばっさりと正論で片付けられ、慌てるように「では頼む」と言って、踵を返した。

「待て。何処に狼が出るかぐらい教えてくれても損はないだろう?」

 高木が男を制止して、にやりと笑う。

 相手が慌てている状態というのは、絶好の機会に他ならない。

「ひ、東の森からやってくる!」

「被害状況は?」

「羊が三頭食われた。それがどうした!?」

 見慣れぬ異国の装束を纏った高木の、威圧的な言葉に男はますます慌てる。思うつぼであった。

「あとは、狼の規模だ。何頭ほどでやってくる?」

「農家の話では、十頭ほどだ。それがどうかしたのか!!?」

 本来ならば試すつもりで来た男は、普段あまり味わうことのない質問攻めに難儀しているようだった。

「敵が何処から来て、何処に向かうのか。どれだけの数なのか。それを知るのは兵法の基本だ。何故こんな事を聞くのかもわからい人間が、こんな仕事を持ちかけてくることもついでに聞いておきたい」

 高木に馬鹿にされていることがやっと解ったのだろう。男は顔を真っ赤にさせて高木を睨み、ツカツカとにじり寄った。

「貴様、口の利き方に気をつけろ!!」

「ふむ。何処かで聞いたセリフだな。お前、上から何も聞いていないのか?」

 高木の質問に、フィアが真っ先に反応した。

 これは、自分が引っ掛かった手だ。

「上、から?」

「わからないのか。まあ、木っ端役人だから伝達されていないのも仕方ない」

 高木の言葉に、役人の顔が青ざめるていく。フィアは複雑な面持ちだ。

「つまるところ、力試しをされているのは、春風の少女なのか、お前なのか。わかるな?」

「え……う、嘘……でしょう?」

 態度を急変させた男に、高木は落としたことを確信する。

 敢えて男の質問を無視して、高木はヴィスリーに顔を向ける。

「そういうわけだ。報告を頼む」

「了解っ!」

 ヴィスリーは高木の立てた筋書を最初から理解していたようで、にかっと笑って颯爽と駆け出した。フィアやエリシアも中々の役者ではあるが、こういう細やかな演技はヴィスリーが最も得意であった。

「ちょ、ちょっと待て。待ってください!!」

 男が必死に止めようとする様子に、高木とヴィスリーが目を合わせて微笑む。後は、この男に報告させてしまえば終いだ。

「ふむ。まあ、ギリギリで及第点としておいてやるか。では、君から報告すると良い。春風の少女は快く引き受けたものの、手懐けるには難しい。ただし、放っておいても害はない。これが正しい答えで、こう言えば君も評価される」

「は、はいっ!!」

 男は高木に一礼すると、それでも相当に焦っていたのだろう。一目散に帰って行った。

 エリシアも奥から様子を見ていたのだろう。にっこりと笑っている。

「……相変わらず、見事なもんねえ。端から見てると、あんなに滑稽なんてね」

 フィアが呆れたように呟き、高木の頬を両手で摘み、ぐいぐい引っ張った。

「アンタ、随分と私の時も楽しんだんでしょ!?」

 出会ったときのことを思い出しているのか、フィアが容赦なく高木の頬を引っ張っていく。高木は身体を後ろに反らせて抜け出すと、頬をさすりながら苦笑した。

「楽しいと言うよりも、フィアの様子が可愛かったからな。見惚れていたと言った方がいい」

 突然の褒め言葉に、フィアがぴたりと動きを止めて、ぎぎぎ、と音がするくらいにぎこちなく高木を見る。

「……バカッ!!」

 それだけ叫んで、フィアは奥へと走り去っていく。後に残ったヴィスリーとエリシアが、フィアの後ろ姿を見送りながら呟いた。

「姐御、あれで乙女なんだな」

「フィアはすごく可愛いよ。マサトの前だと特に可愛いし」

 エリシアの言葉に、ヴィスリーがにやにやしながら高木を見る。高木は肩を竦めて、一言だけ呟いた。

「勿論、エリシアも可愛い」

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