0話:現世
高木聖人は、下校の最中に不思議なものをみつけた。
子犬ほどの大きさの、黄色い綿毛のようなものが、道端に転がっていた。それだけならば良いのだが、何やら、もぞもぞと動いているのだ。あまりに珍妙で、普段から愛用している銀縁の眼鏡を整えて、じっくりと見た後、ぼそりと呟いた。
「マリモは陸上でも動くモノなのか?」
「え。水中だけだと思うよ?」
隣を歩く天橋ひとみは小首を傾げながら高木に言葉を返す。自分の知識が間違っていないことを確認して、高木は黄色い毛玉に近づいた。
「色が違うし、大きさもかなり違う。亜種か?」
高木が覗き込むように毛玉を観察する。どうやら生物に間違いはないらしく、不定期にもごもごと動いているのだが、足や目などが見当たらない。毛の長い子犬ではないようだった。
「ねえ、さっきから何してるの?」
ひとみが尋ねて、高木は訝しげに振り返る。馬鹿な女ではないのだが、頭の螺旋が相当抜けている、所謂、天然と呼ばれることを思い出して、嘆息した。
「目の前のコレを観察している。見たことのないものだから、珍しくてな」
高木がやれやれと、マリモもどきを指さす。
ひとみは高木が指さした先を見つめるが、ひとみには地面が指さされているようにしか見えなかった。
「何もないけど……?」
「ん。見えないのか?」
まさかそんな筈は無いだろうと、改めてマリモを見る。やはり、黄色くてモゴモゴしており、とても目立つ。これに気付かないのならば、ひとみは頭の螺旋ではなく、目から網膜が抜け落ちていることになる。或いは。
「僕にしか見えない。もしくは、ひとみにだけ見えない……かな」
特定の人間にしか見えないような生物がこの世に存在するのだろうか。高木はそんなことを考えながら、さらに注意深くマリモを観察する。ひとみの目には、突然高木がマリモについて質問をして、その後にしゃがみ込んだようにしか思えない。ただ、話の流れからすれば、高木には何かが見えているらしかった。
「かわいい?」
「子犬サイズの黄色いマリモを愛でる趣味があれば、可愛らしいな」
ひとみの端的な質問に、あまりに汎用性を持たない言葉で返す。なおも観察するが、モゴモゴしているだけで何もしない。
「そのマリモは、動いてるの?」
「モゴモゴと震えている。可愛いか?」
高木の言葉に、ひとみは脳内でイメージを湧かせる。
「気味が悪いよ」
「僕の感想も同じだ」
高木は苦笑して、それでも好奇心が勝ったのか、人差し指でちょんとマリモを突いてみた。
その瞬間であった。マリモがボン、と牛のようなサイズにまで急激に膨れあがり、間近で観察していた高木は黄色い綿毛に包まれた。
「ん……む?」
毛玉に包まれた途端に高木の視界がぐにゃりと歪んだ。空や建物、地面の色がマーブル模様に融け合い、ぐるぐると回る。
そして、一拍の後。高木はこの世から姿を消した。隣で彼の様子を窺っていたひとみは、小首を傾げた。
「……聖人、どこ?」