第8話 竜の鎧と簡単な修行
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私の名前はジョン。
グリモア子爵様の有能なる執事だ。
今日こそドラゴンを倒した謎の冒険者をスカウトするべく、私は再び冒険者ギルドへとやって来た。
そろそろ王都で開催されていたオークションから我が主グリモア子爵様がお帰りになる。
だからそれまでに件の冒険者をスカウトしないと本気で不味い。
いや、私は有能かつ子爵家にとって無くてはならない人材。
あくまでもちょっと主の印象が悪くなる程度だ。
本当だぞ?
とはいえ、これ以上の遅延は私のプライドが許さない。
ギルドの建物に入った私は、まっすぐ受付に向かってゆく。
本来なら子爵家の名を出せば、平民を呼び出す事など容易いのだが、以前の夕食の誘いを断られた事でそれがやりにくくなっていた。
基本的に冒険者ギルドは領主に対して友好的だ。
そうでなければ領地内で冒険者の斡旋を行いにくくなるからな。
だから領主から要請があった場合、ギルドが仲介役となって冒険者にこちらからの誘いを伝える。
だが冒険者が貴族の誘いを断ると、ギルドは次回以降その冒険者への斡旋を断るようになる。
勿論情報の開示もだ。
これは冒険者という特異な戦力を持つ存在を組織が保護する為である。
いわく、冒険者とは自由でなければならない。
それゆえに、横暴な権力に屈してはならないと。
不敬罪を問われてもおかしくない発言だが、それを口にしたのは冒険者ギルドの初代ギルド長であり、かつて起こった世界的な災厄から人々を守った傑物だという。
そうした背景もあり、各国は冒険者ギルドに対して、国家からの理不尽な命令への拒否権と冒険者を保護する権利を許した。
つまり貴族の権力を利用して呼び出す事が出来ないので、自分から出向いて直接本人と交渉するしかないのである。
まったくもって面倒くさい。
私はいつもの受付に向かい、件の冒険者がいるかを尋ねる。
「冒険者ギルドにようこそジョン様」
「挨拶は良い、例の冒険者は居るか?」
この受付はエルマといい、荒くれ者共でたむろする冒険者ギルドには似つかわしくない美人だ。
彼女は私が件の冒険者への取次ぎを頼んで以来、この件の専属係として私に応対している。
「ええ、丁度良いタイミングです。彼ならつい先ほど来たばかりですよ」
おお、ようやくドラゴンを討伐した冒険者に会えるのか!
まったく、何度ここに足を伸ばした事か。
私は一体誰が件の竜殺しかとロビーに視線を送る。
そしてその中で大きな人だかりが出来ていることに気付いた。
「彼でしたら丁度依頼……」
「問題ない、理解した」
あそこだ、あの人だかりの中に件の竜殺しは居る。
「あ、ちょっとジョン様!?」
私は即座に行動を開始する。
果たして竜殺しとはどのような人物なのか?
戦士なのか、魔法使いなのか、何人組の冒険者なのか。
頭の中でさまざまな疑問が湧きあがる。
なにせ一度断られてからというもの、ギルドはこちらの質問に対して一切答えを返してこなかったのだから。
だからこそ、ようやく噂の竜殺しの姿が拝める事に、私はガラにも無く興奮していた。
「失礼」
人だかりをかき分け、私は中央へと向かっていく。
そして見た。
薄緑色に輝く絢爛なる鎧に身を包んだ一人の男の姿を。
確信した、この男が噂の竜殺しだ。
「どうよ、この輝き、普通の鎧じゃこうはいかないね」
どうやら竜殺し殿はその見事な鎧を見せびらかしていたらしい。
意外に俗な性格の様だ。
確かに、あれはただの鎧ではない。冒険者でない私が見ても興味を惹かれる輝きを放っているではないか。
「失礼、よろしいですかな?」
「あ? 誰だアンタ?」
会話を中断された竜殺し殿が不機嫌そうにこちらを見てくる。
その視線は無遠慮であり、育ちの悪さがありありと分かる。
だが人の強さは育ちが全てではない、現にこの男はドラゴンを討伐しているのだから。
「失礼。私はこの町を治めるグリモア子爵様にお仕えしております、ジョンと申す者です」
「グリモア子爵!?」
竜殺し殿だけでなく、周囲の冒険者達も驚きの声をあげる。
彼等が驚くのも無理は無い。普通一介の冒険者風情に貴族の関係者が声を掛けることなどないからだ。
「よろしければ貴方様のお名前を教えては戴けませんか?」
「お、俺!?」
「はい」
「俺は、オーグ……オーグだ。それで貴族が何の用だよ……です……か?」
竜殺し殿、いやオーグ殿は私に何故話しかけてきたのかを問いかける。
言葉使いは粗野だが、途中で口調を正す程度には貴族に対する敬意があるようだ。
「実はですね、私はグリモア子爵様の命である条件に見合う冒険者を探していたのですよ」
「ある条件に見合う冒険者?」
「はい、たとえば、その様な見事な鎧を身に纏うことのできる、実力者を」
「鎧?」
オーグ殿が自分の鎧に目を向ける。
「その鎧、かなりの業物とお見受けいたします。私のような凡人が見ても相当な品とわかります」
これは本心だ。
武器や防具の良し悪しは理解できないが、グリモア子爵様の美術品の管理を任せられているので、審美眼にはそれなりに自信がある。
その私の目がこの鎧は一流の職人が作り上げたものだと告げているのだ。
「ふっ、分かるかい? コイツはあの名匠ゴルドフが作り上げた特別な鎧なんだ」
ゴルドフ!? 聞いたことがある。近隣諸国でも一、二を争うといわれる我が領地の武具職人だ。
当然グリモア子爵様もゴルドフの剣を所持している。
あれは素晴らしく美しい装飾で飾られた、芸術品と呼んで差し支えない逸品だった。
だがそれだけにゴルドフの作る武具は平民にはかなりの高値だ。
それを買う事が出来るのだから、やはりこの男は冒険者として相当の実力なのだろう。
「しかもそれだけじゃないんだぜ。この鎧はドラゴンの鱗を加工して作られたモノなんだ!」
「ドラゴンの鱗!?」
やはりそうか!
ドラゴンの素材は王都のオークションに出されたばかりで、一般に流れるには速すぎる。
だとすれば、入手経路は唯一つ、自分自身でドラゴンを狩る事だけだ!
「まさかドラゴンの鱗を所有されていらしたとは……一体どこで手に入れられたのですか?」
さぁどう答える? オーグ、いや竜殺し殿?
「え、ああ、いや、それはだな……た、たまたま冒険していたら偶然手に入ったのさ。ああ、運が良かったんだよ」
随分と苦しい言い訳だ。
だがやはりこの男が件の竜殺しなのは間違いないだろう。
おそらく何らかの理由で素性を悟られたくはないと見える。
冒険者の中には素性を隠したい者も多いと聞く。
その辺りもうまく調べる事が出来れば、この男を御する手段となり得るだろう。
「なる程、ですがそれ程の逸品を手に入れる事が出来るという事は、やはり貴方は一流の冒険者という事なのでしょうな」
私は遠まわしにお前がドラゴンを倒した本人なのだろうとカマをかける。
「ん、ま、まぁね」
認めた! やはりこの男は竜殺し本人か。
「どうでしょう、ぜひ我が主にお会い戴けませんか? 我が主は腕の立つ戦士を求めておられます。貴方が望むのでしたら、騎士として取りたてて貰うことも可能でしょう」
「き、騎士!? 俺が!?」
オーグ殿がのどを鳴らす。
ふふふ、素性を隠したがる冒険者といえど、やはり出世を求める野心はあるとみえる。
「ああ、でもなぁ、俺もあまり目立ちたくないしなぁ……」
ふむ、これはつまりグリモア子爵様の誘いを断った事を察しろと言う事か。
「ご安心を。貴方が望むのでしたら、我が主も色々と融通を利かせて下さることでしょう。すぐに答えを出す必要はございません。なんでしたら一度我が主と共に食事してはいただけませんか?」
目立たない部署に配属させることくらい出来るんだぞと匂わせて、私は食事という手段でグリモア子爵様との謁見を提案する。
「食事、ですか?」
「ええ、美味な食材を山ほど用意させて頂きましょう」
「食事か、そのくらいならまぁ……」
よし、約束は取り付けた。
あとは食事の合間にグリモア子爵様の家臣となる約束を取り付ければよい。
腕が立つだけの男を取り込む方法など幾らでもあるのだからな。
「では準備が出来ましたら、後日またうかがいますので、今日のところはコレにて失礼」
「あ、ああ」
ふぅ、なんとかグリモア子爵様がお帰りになる前に竜殺し殿との約束を取り付ける事に成功したぞ。
これでグリモア子爵領も安泰だ。
◆
オーグさんと話をしていた貴族の関係者さんが帰っていくと、静かになっていたギルド内にざわめきが戻ってくる。
皆思わず固唾を飲み込んでオーグさん達の会話を聞いていたもんなぁ。
でもやっぱりオーグさんは凄いや。
領主様の騎士にスカウトされるなんて、Aランク冒険者だけの事はあるよね!
「ちっ、兄貴を差し置いてあんなヤツに声を掛けるなんざ、見る目が無いぜあのオッサン」
などと苛立ち紛れにはき捨てたのはジャイロ君だ。
「そんな事言ったら駄目だよ。オーグさんは実力で領主様の騎士にスカウトされたんだから」
「何言ってるんだよ兄貴。あいつはドラゴンの鱗を使った鎧を着ていたから声をかけられたんだぜ。あいつが凄い訳じゃないじゃん」
「そんな事は無いよ。あの人はオーグさんの実力を見極めて声を掛けたんだ。鎧はただのきっかけだよ」
だって、ボクがオーグさんに譲ったドラゴンの鱗は、グリーンドラゴンの鱗だ。その程度の素材を使った鎧を業物だなんて誰も思う訳が無い。
それにあの鎧にしても僕がゴルドフさんに教えたドラゴン素材を粉末にして鉄と混ぜる技法の練習台として作ったものだ。
オーグさんもゴルドフさんが作った鎧をただで貰えるならという理由で、僕があげたグリーンドラゴンの鱗を提供してくれたのだ。
だからあの鎧はゴルドフさんの練習用に作られた試作品に過ぎない。
そんな鎧を身に着けている人を凄いなんて誰が思うだろう?
「どうかなぁ、兄貴はこう色々と鈍いから、なんか勘違いしてないか心配だぜ」
「そんな事無いって。それよりも今日は剣の練習をするんでしょ? その為にも討伐依頼を受けないと」
「そうだった! 今日は兄貴に剣を教えて貰える日だもんな!」
「そうそう、ジャイロ君もしっかり練習すれば、オーグさんの様に騎士になれるかもしれないよ!」
「……そこは納得いかないんだよなぁ?」
うん? 僕はジャイロ君なら頑張れば騎士になれると思うけどなぁ。
◆
「それじゃあこの辺で始めようか」
ジャイロ君達チームドラゴンスレイヤーズを引き連れてやってきたのは、以前僕達が出会った森の近くの平原だった。
「で、何をやるんだ!? 素振りか!? それとも奥義伝授か!?」
「馬鹿ね、アンタみたいなヘッポコが奥義なんて授かれる訳ないじゃない」
「何をー!?」
さっそく喧嘩を始めそうになったジャイロ君とミナさんを引き剥がして、僕は説明を始める。
「まず最初に教えるのは基本、簡単な身体強化魔法からだよ」
そう、身体強化は戦士における基本中の基本だ。
「身体強化魔法? でも俺魔法なんて使えないぜ!?」
ジャイロ君は自分が戦士だから魔法は使えないという。
初心者には多いんだけど、まずはこの間違いから正さないとね。
「戦士だからって魔法を使えないわけじゃないよ」
僕は実際に手本を見せながらジャイロ君に説明を行う事にする。
「人間の体には必ず魔力が流れているんだ。そして人によって魔力の量には差はあるけど、魔力がまったく無い人間は居ない」
僕は右腕に魔力を収束させる。
「今僕は右腕に魔力を集中させている。皆見てて」
そしておもむろに右腕で地面を殴った。
ドゴォン!!
そんな音と共に地面が弾け飛び、5m程の広さのクレーターが出来る。
「これが身体強化魔法の基本。体に魔力を纏えば、筋力、敏捷力、防御力など身体に関わる全ての力が強化されるから、戦士だけでなく魔法使いや僧侶にも有用な技術だよ」
と、簡単な説明を終えたところで僕はジャイロ君達に向き直る。
「ね? 簡単でしょ?」
「「「「いやいやいやいや」」」」
不思議な事に、何故か全力で否定されてしまった。
(´・ω・)有能な執事さんは書類仕事では有能なんです!
( ・`ω・´)次回は舎弟達の修行回!
次回も舎弟達と地獄を見て貰う(見て貰うだけ)
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