第6話 ドブさらいと大剣士
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さーって、今日はどんな依頼をこなそうかな?
なんてね、実は今日受ける仕事はもう決めているんだ。
「すみませーん、この仕事を受けたいんですけど」
僕は依頼の書かれた紙を千切ると、受付嬢のエルマさんの下へと向かう。
「おはようございますレクスさん。今日はこの依頼で……って、ええっ?」
いつも通りにこやかな笑顔で挨拶をしてくれたエルマさんの動きが固まる。
「あの、これを受けられるのですか?」
エルマさんが何で? と言いたげな目で僕を見つめる。
「だって、新人冒険者の仕事と言えば、ゴブリン退治、薬草採取、それに……」
僕もまた、笑顔で応える。
「ドブさらいでしょう?」
ドブさらい、それは冒険者の仕事の中では一、二を争う程に嫌がられる仕事だ。
基本的に用水路や下水の汚れは水魔法で対処する。
でも水魔法でもきれいに出来ない細かいゴミが溜まる箇所があって、そういう場所は町から冒険者への依頼という形で処理される。
といっても、安いし臭いしだれもやりたがらない依頼なので、もっぱら問題を起こした冒険者へのペナルティ仕事として機能している。
そんな依頼を僕は受ける事にした。
「レクスさんはDランク冒険者なんですから、わざわざこんな仕事を受けなくても……」
エルマさんの言いたい事も分かるんだけどね。
せっかくランクが上がったんだから、もっといい仕事をすればいいのにって言いたいんだと思う。
でも、僕はお金儲けの為に冒険者になった訳じゃないんだ。
そりゃあ生活費は必要だけどね。
大切なのは、自由に冒険をする事。
僕が冒険者になった最大の理由はそれなんだから。
だから僕は、いろんな依頼を受けてみたい。
中には物語に出て来る冒険者達が、辟易した様な嫌な仕事も体験してみたい。
だから僕は、ドブさらいの仕事も受けるんだ。
「はぁ、分かりました。ドブさらいの依頼受付を受領しました。幸い、レクスさんは現在の所お金に困っている訳ではありませんからね」
そうそう、イーヴィルボアのおかげで財布に余裕があるのもありがたいよね。
このあとでドラゴンと残りのイーヴィルボアの報酬も手に入るし。
「さて、それじゃあ冒険に行きますか」
「おっ、兄貴も冒険に行くのか!?」
と、聞き覚えのある声がしたと思ったら……
「チームドラゴンスレイヤーズのジャイロくんじゃないか」
「……すんません、それ勘弁してもらえませんか?」
「あれ? チーム名辞めちゃったの?」
カッコよかったのに。
「いやその、自分のあまりに身の程知らずっぷりを思い出すんで……」
「えー? アンタついこないだまで「俺は冒険者になって世界を獲る! その為にもドラゴンくらい倒せる様にならねぇとな! っつー訳で、俺達のチーム名はドラゴンスレイヤーズだ!」って言ってたじゃなーい」
ガシッとジャイロくんの首に腕を絡ませたのは、彼のチームメイトである魔法使いさんだ。
遅れてやってきた僧侶さんと盗賊さんが会釈で挨拶してくれたので、こちらも挨拶を返す。
「ぎゃぁぁぁ! 止めろ! その時の事はもう言うなぁぁぁ!」
「恥ずかしかったのはこっちの方よ! 皆アンタの恥ずかしいチーム名を聞く度にニヤニヤしていたんだからね!」
「うぎゃぁぁぁぁ!」
本当に仲が良いなぁ。
「そ、それで兄貴、今日はどんな依頼を受けたんだ!?」
あっ、話を逸らした。
「今日はドブさらいだよ」
「さっすがアニ……キ……え?」
ついさっきまでキラキラとしていたジャイロ君の目がまん丸に見開かれる。
「ドブ……さらい?」
「そう、ドブさらい」
「それってあの?」
「うん、その」
「臭い、汚い、安いで三拍子そろった?」
「そう、それ」
「何でぇぇぇぇぇ!?」
叫ばれちゃったよ。
「何でだよ兄貴!? なんでドブさらいなんかやるんだよ!?」
ジャイロくんは訳が分からないと頭を抱える。
「すみません、正直私達にも理解できないんですが、何か理由があるんですか?」
と、後ろに控えていた僧侶さんが疑問を口にする。
「あっ、すみません。自己紹介が遅れました。私はノルブ、見ての通り僧侶です。まぁ僧侶と言っても見習いに毛の生えたようなものですが。それと、先日は助けて頂いてありがとうございました」
「レクスです。いえいえ当たり前の事をしただけですよ。あれから傷の具合はどうですか? 痛い所はありませんか?」
この間は遠隔魔法で治療しただけだったからね、詳しく怪我の状態を見た訳じゃないからちょっと心配だったんだよね。
「それはもう! 貴方の回復魔法のおかげで綺麗に治りました! あんな高位の回復魔法が使えるだなんて、貴方はよほど信心深いお方なのですね!」
「あはは、それほどでも」
僧侶系の人達は、回復魔法は神への信仰心が強い者ほど、強力な回復魔法が使えると信じている。
でも本当は回復魔法も普通の魔法と同じで理論で説明がつくんだよね。
けれど僕はそれを教えたりはしない。
だって前々世でそれを高司祭様に教えたら、それは邪悪な考えだ! 神の与えたもうた神聖な力を人間の知恵などで理解できる筈が無い! って言われて物凄く教会から睨まれたんだもんなぁ。
だから余計なことを言って不必要な確執を招かない様に、回復魔法についての細かい話は僕の心の中にだけ仕舞っておこう。
「そうそう、私達もそろそろ自己紹介しておかないとね。私は魔法使いのミナ、こっちが盗賊のメグリよ。よろしくね」
「よろしく」
ミナさんとメグリさんか。
そしてメグリさんは口数が少ない人なんだなぁ。
挨拶をしたらそのまま黙ってしまった。
「よろしくミナさん、メグリさん」
「それで、先程の話なのですが」
「そーだぜー兄貴ぃ、なんでドブさらいなんてやるんだよ!?」
ノルブさんとジャイロくんが話題をドブさらいに戻してきた。
まぁ別に教えて良いか。
「いやー、そんな大した理由じゃないんだけどね。皆さんは大剣士ライガードの物語は知っていますか?」
「勿論知ってるぜ!」
「ええ、子供の頃は良く親から聞かされました」
「私もお爺ちゃんから聞いた事があるわ」
「知ってる」
大剣士ライガード、かつて活躍した凄腕の冒険者の名前で、その二つ名の通り剣の達人だったとか。
「ライガードは今でこそ大剣士と呼ばれているけど、初めの頃は己の才能にあぐらをかいてトラブルを起こす鼻つまみものだった」
「そうそう、ライガードの話っていったらそこから始まるよな」
ジャイロ君達もうんうんと頷く。
「そして遂に我慢の限界に達したギルド長から、ライガードは一年間のドブさらいを命じられた。ドブさらいをさぼったら冒険者としての資格を取り上げるぞと脅されて」
それほどライガードはわがまま放題に暴れていたんだよね。
周りの人間にいいように利用されていた僕とは大違いだ。
「嫌々ドブさらいを始めたライガードは、みじめな仕事をしている己の滑稽な姿を嗤う人達に何度も暴力をふるいそうになった。でも冒険者としての生き方しかないライガードは必死で我慢してドブさらいを続けた」
そして、その姿が彼の周りの人間の心に影響を与えた。
「いつしか人々は、黙々とドブさらいを続けるライガードに感謝の言葉を贈る様になった。おつかれさま、今日もたいへんだねって。その声に気付いたライガードは、自分の今までの行動を恥じ、心を入れ替えた。これが大剣士ライガードの挫折と言われる最初の物語だね」
子供なら誰でも聞いた事のある教訓の物語。
地味な話だからライガードの冒険譚の方を好む人が多いけど、僕はこの話も大好きだ。
「成程! 兄貴はライガードに習ってドブさらいで精神修行をしようってんだな! さすが兄貴だぜえ!」
いやいや、どちらかというと、ライガードが経験した仕事を僕も体験したいだけなんだけどね。
「ジャイロ君達もこれから仕事?」
「おう! と言いたいところだけど、俺達の仕事は夜だぜ!」
「夜?」
珍しいな、冒険者の仕事は魔物が活性化しない昼の方が多いのに。
「最近、夜の街中で不気味なうめき声が聞こえるって噂が立っているのよ」
と、ミナさんが説明してくれる。
「だから町の住民からギルドに依頼が入ったの。うめき声の原因を解明してほしいってね」
成程、だから夜の仕事なのか。
「まぁ要は見回りの仕事ね。でも夜の仕事だからちょっと割が良いのよ」
へぇ、夜だと条件が良いのか。
やっぱり冒険者の仕事は色々あるなぁ。
「なぁ兄貴、兄貴の仕事風景を見せてもらっていいかな?」
と、そこでジャイロ君が妙な提案をしてきた。
「え? でも普通のドブさらいだよ?」
「ああ、そりゃ分かってるけどよ、兄貴がする仕事なら、何か強くなるヒントがあるんじゃないかと思ってさ」
強くなるヒントねぇ。
ドブさらいにヒントもなにもないと思うけど。
「別にいいけど、特に面白くもなんともないと思うよ?」
「サンキュー兄貴! 行こうぜ皆!」
「え? 私達も!?」
ミナさんが面倒くさそうな表情を浮かべる。
「まぁまぁ、ジャイロ君を一人にするのもアレですし。それに僕もレクスさんの仕事風景は気になります。ねっ、メグリさん」
ノルブさんがメグリさんに同意を求める。
「夜には仕事だから、あまり遅くならなければ良い」
「よっし、それじゃあ兄貴に付いて行くぜ!」
だからそんな面白い物じゃないよ。
◆
「じゃあここから始めようか」
ギルドから近い町の水路に来た僕は上から水路の様子を見る。
このあたりは水魔法での水洗掃除が行き届きにくいので、すぐにヘドロが溜まってしまう場所らしい。
確かに他の場所にくらべると、水の底にどす黒いヘドロが見える。
「お、遂に兄貴のドブさらいが見れるのか!」
「だからそんな大した仕事じゃないって」
「ほう、ドブさらいか。若いのになかなか立派な心掛けではないか。頑張りたまえ若者よ」
と、仕事を始めようとしていたら、通りすがりの人が応援してくれた。
「はい、頑張ります!」
この町の人は汚れ仕事をする冒険者にも優しいんだなぁ。
うん、何だか自分がライガードになった気分だね。
「じゃあ行くよ」
「って兄貴、ドブさらいの道具はどうしたんだよ?」
「え? 道具なんて使わないよ?」
「は!? じゃあどうやってドブさらいをするんだよ?」
ジャイロ君が首を傾げる。
後ろのミナさん達も首を傾げている。
「こうするんだよ、フルクリーンピュリフィケーション!!」
右手をドブの方向にかざし、僕は広域浄化魔法を発動させる。
するとどす黒いヘドロが崩れ去り、周囲の水も含めて水路全体が光り輝いていく。
「うわぁぁぁぁ!? な、何だ一体!?」
後ろのジャイロ君達から悲鳴があがる。
しまった、ちゃんと説明してからやればよかったかな。
まぁ過ぎた事は忘れよう。
浄化の魔法によって輝いていた水路はやがてゆっくりと光を失い、後には一切の汚れが消え去ったピカピカの水路へと姿を変えていた。
「な、なんだこりゃ!?」
ジャイロ君達が目を丸くして驚いている。
「広域浄化魔法だよ。この魔法で水路のヘドロや他の汚れを全部浄化したんだ」
「広域浄化魔法!? 何ですかそれは!?」
と、そこでノルブさんが魔法に食いついてくる。
「あれ? 知らない? 大都市とかを掃除する為の魔法なんだけど」
「し、知りませんよそんな魔法! それに今の光は浄化の光、つまり聖属性の魔法ですよね!?」
「うんそう」
前々世で聖属性の浄化の力を使って楽々掃除魔法を作ったんだよね。
そういえば貴族や町の人は喜んでくれたけど、教会の人達は微妙な表情だったなぁ。
「こ、こんな凄い魔法を使えるなんて……」
えーと、ノルブさん? これそんな大層な魔法じゃないからね。
「とまぁこんな感じで町中のヘドロを浄化していくんだ」
「「「「……」」」」
あれ? なんだか反応が鈍い様な?
「兄貴、そのさ、ライガードの話は……こういう事じゃないと思うんだよ」
「「「うんうん」」」
あれ? 何かおかしな事した?
「うーん、まぁいいや。次の所浄化しに行くね」
「いいのかよ!?」
「この人……強い」
なんだか好き勝手言われてる気がするけど、まぁいいや。
こんどはここの浄化だ。
「フルクリーンピュリフィケーション!!」
再び水路を浄化の光が包み込む。
その時だった。
「ギャァァァァァァァァッッッ!!」
「何だ!?」
突然響き渡ったすさまじい悲鳴に、皆が驚きの声をあげる。
「あそこ!水路の中!!」
メグリさんが水路の一点を指さす。
その先、浄化の魔法で光り輝く水路の中で、一か所だけ真っ黒に蠢く影があった。
「あれはダークブロブ!?」
「ダークブロブって何だ兄貴!?」
「闇属性の不定形魔物だよ。見た目がヘドロみたいな所為で、沼地なんかじゃなかなか居る事に気付けなくて、水中から不意を打たれて大怪我をする兵士が多かったんだ!」
「急いで退治しないと!」
ノルブさんがメイスを構えてダークブロブに向き直る。
「ああ、大丈夫ですよ」
「え?」
ノルブさんの疑問に答える必要もなく、ダークブロブが小さく細くなっていく。
「魔物が小さくなっていく」
「フルクリーンピュリフィケーションでダークブロブを浄化してるんだよ。この魔法は弱い魔物なら簡単に撃退出来るからね」
ダークブロブは不意打ちが怖いけれど、真正面から戦えばそんなに怖い魔物じゃないからね。
「ええ!?」
などと言っている間にもダークブロブはどんどん小さくなっていき、最後には消えてしまった。
残されたのは浄化されて綺麗になった水路だけだ。
「倒しちゃった」
ミナさんがポカンと口を開けて呆然としている。
「それよりも魔物が町の中に居た事が問題」
さすが盗賊だけあって、メグリさんはまだ警戒を解いてはいなかった。
普通町の中は衛兵や冒険者が居るから、魔物が入って来る事は出来ないと思われているからだ。
「きっと夜の闇に紛れて水路伝いに入ってきて、日中はヘドロに隠れていたんだ」
水路がある町では偶にそういう事がある。
前世でも水路を伝って魔物が街中に襲撃してきた事件があったからね。
人間を襲う前に退治できてよかったよ。
「あっ、もしかして夜に聞こえるうめき声って、今の魔物だったんじゃ」
ポンと手を打って、ミナさんがダークブロブの居た場所を指さす。
「多分そうだと思いますよ」
ダークブロブはうめき声に聞こえる不気味な音を発する。
きっとミナさんの推測は正しいだろう。
「さ、さすが兄貴だぜ! 俺達の依頼まで一緒に解決しちまった!! やっぱり兄貴はすげぇよ!」
ジャイロ君が無邪気に僕を賞賛してくれる。
なんだか恥ずかしいな。
「でも、これって私達は依頼失敗になるんじゃないの? 何もしてないし」
「「「「あっ」」」」
ポツリと、しかし致命的な発言を、メグリさんが言葉にした事で、一瞬にして場の空気が凍り付いた。
「ご、ごめんね」
わ、わざとじゃなかったんだよぉー。
◆
私の名前はジョン。
この町を含む周辺の土地を治めるグリモア子爵様にお仕えする執事だ。
先代からお仕えしている為、子爵家の全ての仕事に長じているといっても過言ではない。
いや、さすがにそれは言い過ぎかな。
本日私はオークションの為に王都に出向いたグリモア子爵様に代わり、冒険者ギルドへと向かっていた。
その理由は先日グリモア子爵様からの夕食の誘いを断った冒険者に会う為だ。
罰する為? いやいや、ドラゴンを倒す程の実力者を敵に回すような愚かな真似はしないよ。
ただちょっと仲良くなって我が主と友誼を結んでもらいたいだけだ。
ここ最近の不穏な空気に対抗するためにな。
冒険者ギルドの話では、なにやら理由があって食事の誘いを断ったようだが、冒険者である以上立身出世を考えない筈が無い。
なれば領主直属の執事であるこの私が声を掛ければ、件の冒険者も考えを変える事だろう。
そうすれば我々はドラゴンを討伐出来る冒険者という切り札を得、冒険者はグリモア子爵様という後ろ盾を得る。
お互いにとても有意義な関係を築ける事だろう。
もしそれを断ったら?
そうだな、敵対する可能性があるなら、こちらも相応の対処を取らざるを得ない。
そうならない事を祈るがね。
と、その時、水路の傍で若者が声をあげた。
「じゃあここから始めようか」
若いな、見たところ冒険者になりたてといった所か。
ふふ、微笑ましいではないか。
私にもあの様に夢と希望に満ち溢れていた時代があったな。
「お、遂に兄貴のドブさらいが見れるのか!」
「だからそんな大した仕事じゃないって」
なんと、この若さでドブさらいの仕事を選ぶとは、あの態度を見るに問題を起こして無理やりやらされている様にも見えない。
自主的に町を綺麗にする汚れ仕事を選ぶ、なかなか出来る事ではない。
私はその若者の姿に感心してつい声をかけてしまった。
「ほう、ドブさらいか。若いのになかなか立派な心掛けではないか。頑張りたまえ若者よ」
「はい、頑張ります!」
初々しい若者は元気に返事を返してきた。
我が領地にも気持ちの良い若者が居るものだ。
これもグリモア子爵様の人徳のなせる業だな。
「うわぁぁぁ!」
む? なんだか後ろが騒がしいな?
それになにやら眩しく神々しいような。
うむ、きっと今の若者の清々しさが町の空気を良くしているのだろう。
件の冒険者もすぐに見つかりそうな気がするぞ。
私はジョン、グリモア子爵様にお仕えする有能な執事だ。
(´・ω・)有能さん後ろ後ろー!
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