第302話 折れた刃
作者_:(´д`」∠):_「おはようございますー!『錬金術? いいえ、アイテム合成です!』好評発売中ですよー!」
ヘルニー(:3)レ∠)_「発売日が過ぎても宣伝する勇気!」
いつも応援、誤字脱字のご指摘を頂きありがとうございます!
皆さんの声援が作者の励みとなっております!
「第4試合、開始!!」
進行役の声と共に試合が始まった。
「よし! やるぞリレッタ!」
「うん、お兄ちゃん!!」
前の試合から数日が経った事で、カロックさんは超圧縮修行の後遺症から回復し、すっかり元通りだ。
「野菜の皮は透明になる薄さでカカカカット!」
「お兄ちゃん正気に戻って!!」
カロックさんは流れる様な手つきで根野菜を宙に放り投げると、包丁でかつら剥きにしてゆく。
そして魚のモツを抜いてから身を三枚におろしてゆく。
「ほほほ包丁は切断面と垂直に……っ」
その時だった。
パキィンという音と共に包丁が根元から折れてしまったんだ。
「おーっと、これはアクシデントです! カロック選手の包丁が折れてしまいました!」
試合の真っ最中に包丁が折れた事で、会場が騒然となる。
「どうしようレクスさん!? カロックさんの包丁が! これじゃ調理が出来ないわ!」
「いえ、大丈夫ですよ」
そう、大丈夫。刀身さえ無事ならこの程度問題ない。
会場が騒然とする中、カロックさんは動揺する事無く折れた包丁の刀身を掴んだ。
「ハァーッ!」
そして折れた刀身で調理を再開したんだ。
「なんとーっ!? カロック選手、折れた包丁を掴んで調理を再開しております! これは凄い!!」
そして無事下ごしらえを終えたカロックさんは調理を進めてゆく。
カロックさんは鍋の蓋を閉めると、空間圧縮魔法を発動させて短時間で具材をトロトロになるまで煮込んでゆく。
そしてあの鍋の中では凝縮された野菜の旨味が魚の芯まで味を染み渡らせていた。
「調理時間終了!! 試食タイムです!」
無事料理を完成させたカロックさんが審査員の下に料理を運んで行く。
「ふむ、見た目は良さそうだが、果たしてあの状況で切った食材がどれだけ味を損なわずにいるか、確認させて貰おうか」
審査員達はカロックさんの包丁が折れた事で、調理に問題が起きていないかが気になっているみたいだね。
「……むぅ、美味い!」
けれどその心配は杞憂だった。
審査員達はカロックさんの料理を夢中になって食べ始める。
「これは素晴らしい。魚を煮込んでいた出汁からは濃厚な野菜の味がする。魚を食べている筈なのに野菜も同時に口にしているかのようだ!」
「このピリリとした刺激はペネトレートペッパーか! 獲物が近づくと破裂して凄まじい勢いで体内に突き刺さり、そのまま死体から生える恐ろしい胡椒だが、よく手に入ったものだ」
「だが驚くべきはこの魚だ。先ほどのトラブルで変則的な包丁の使い方をしたにも関わらず、まるで折れていないかのような切り口を見せている。凄まじい技量だ……」
結果、試合は満場一致でカロックさんの勝利となった。
「おめでとうございますカロックさん」
「おめでとう」
試合を終えて帰って来たカロックさん達を僕らは労う。
「……ああ、ありがとう」
けれどカロックさんは浮かない顔だった。
「どうしたんですか?」
「ああいや、包丁を買い直さないとなって思ってさ」
「「?」」
僕達はカロックさんの言葉に首を傾げる。
包丁を買い直すのに何故そんな顔をするのだろう?
「えっと、お兄ちゃんの包丁はお父さんの形見なんです……」
「そう……だったんですね」
成程、確かにそういう事なら気軽に買い換えるとは言えないよね。
「とはいえ、根元からポッキリ折れているから、元に戻すのは無理ですよね。刃を短くして作り直して貰うしかないかな?」
折れた刃物を繋ぎ直しても、それは見た目だけだ。
実際に使ってしまったらすぐに折れてしまう。
となると残るは包丁の根元の刃の部分をカットして握りに使う部分の鉄を確保する事になるけど、それをすると包丁はかなり短くなってしまう。
今まで通りに使うのは難しいだろうね。
「……いや、それは大会が終わった後に考えるよ。今は試合に専念しないとな! リレッタ、新しい包丁を買いに行くぞ!」
「うん!」
そう言って気を取り直したカロックさん達は、包丁を買いに町へと出て行ったんだ。
◆
「……ただいま」
カロックさん達は日が落ちた頃に帰って来た。
でもその顔は暗く、二人共肩を落としてただ事ではない様子だった。
「一体何があったんですか!?」
「それが……」
「包丁、売ってなかったの」
「「包丁が売ってなかった?」」
「キュウ?」
え? どういう事? 包丁なんて普通どこの町にも売ってると思うんだけど?
「そうなんだ。行く店行く店どこも包丁が売切れてたんだよ」
包丁がどこにも売ってない……うーん、この状況覚えがあるぞ。
「それってもしかして……」
「ああ、間違いなく誰かの妨害だ。食材だけじゃなく包丁にまで圧力をかけやがった。しかも工房に頼もうとしたら、素材が無いから作れんって断られた」
当然カロックさん達も同じことを考えていたようで、拳を握って怒りを滲ませていた。
しかも包丁を作る為の素材まで買い占めたの!? 流石にやり過ぎでしょそれは……
「どうしようお兄ちゃん、包丁がなくちゃ料理が出来ないよ」
リレッタちゃんの言う通りだ。包丁が無いとなると……
「とりあえずですが僕の包丁をお貸ししましょうか?」
「気持ちはありがたいが、次の試合はそれだけじゃダメなんだ」
けれどカロックさんはそう言う訳にはいかないと首を横に振る。
「どういう事? 包丁なんて切れればなんでもいいんじゃないの?」
「「「……」」」
まさかの発言に僕達の視線がリリエラさんに集まる。
「な、何よ!?」
「リリエラさん、包丁ってね、食材や調理法によって使い分けるものなんだよ?」
リレッタちゃんの眼差しにいたわりの感情が見えたのは僕の気の所為だった事にしよう……
「え? そうなの? でもお母さんは一つしか使ってなかったわよ?」
「普通の家庭料理なら問題ないさ。現に俺達も屋台で出す料理は親父の形見の包丁で問題なく調理できる食材ばかり使っていたしな」
成程、カロックさん達は屋台で出す為にその辺りにも気を使っていたんだね。
小さな屋台に調理用の包丁を幾つも持ち歩いていたら置き場にも困るし混雑時に使い分けていたら手間も時間もかかる。
使い慣れた包丁一本で賄えるならその方が良いだろうね。
「だが大会に勝つ為にと、短期間で味を優先して色んな食材を切り過ぎたのがマズかった。そのせいで包丁の手入れがおろそかになってる事に気付かなかった」
自分の不注意だとカロックさんは悔しそうに拳を握る。
「こんなことなら無理してでも食材に見合った包丁を揃えておけば良かった。安物だと変な癖がつくからって良い物を買える金が溜まるまで我慢してたのが失敗だった」
「……あの人の言葉を真に受けるからだよ」
ちょっとだけリレッタちゃんが不機嫌になったのは、カロックさんの発言が恐らくは彼を追い出した師匠の言葉だったからだろう。
でも安物買いの銭失いって言葉もあるからね、変な品を買って結局使い物にならなかったら目も当てられない。
そう言う意味ではカロックさんの言葉は間違いじゃないんだよね。
「でもまさかこんな最悪のタイミングで特別ルールとか、運営の人絶対狙ってるよね!」
いつまでも拗ねてる事に恥ずかしくなったのか、急に話題を変えるリレッタちゃん。
「特別ルール?」
「ああ、包丁を探してる時に大会委員から連絡があったんだ。次の試合は複数の特殊な食材を使った試合になるってさ」
特殊な食材を使った試合か。
という事はただ料理を作るだけじゃなく、食材の味が落ちないように包丁を取り扱えたかが重要になるだろうな。
「特殊な食材ってどう特殊なの?」
「そうだな、繊細で雑に扱ったらあっという間に身が崩れちまう魚や、硬すぎて刃物じゃ切ろうとしても欠けちまう野菜とかだな」
「魚はともかく野菜はもう金槌で割った方が良いんじゃないの?」
刃物が適さない食材魔物と聞いてリリエラさんが眉を顰める。
「いや、そういう食材は叩いて砕くと一気に味が悪くなるんだよ。だからあえて切る必要があるんだ」
「面倒ねぇ」
うん、ホント食材魔物は取り扱いが面倒なんだよね。
中には同じ種族でも、個体によって捌き方が変わってくる厄介な食材魔物もいるし。
「他にも弾力があり過ぎすぎてとにかく切れない食材とか、魔物食材には面倒な食材が多いんだ。そしてそういう食材は単純に腕だけじゃなく、一流の道具が必要なんだ」
そこで問題が戻ってくる訳だね。
「でもそういう道具を扱えるのはお金持ちのお店だけだから、公平さを保つ為に特別ルールの試合のテーマにならない筈なんだけど」
「そもそも特別ルールの適用自体、盛り上がりに欠ける大会になった時のテコ入れだしな」
「意外に世知辛い理由なのね」
確かにね。お金が無いと勝負にならないなんて、料理大会としては片手落ちだ。だったら……
「カロックさん、魔物素材で良かったら僕が提供しましょうか?」
「本当か!? 頼む! 代金は必ず払う!」
ガバッと顔を上げたカロックさんが目を輝かせて手を握ってくる。
リレッタちゃんは掴むところが無いからって足にしがみつかなくていいから。
「キュ?」
そしてモフモフ、別に遊んでるわけじゃないから登って来ないの。
「すっかり躊躇わなくなったわねぇ」
「ここまで世話になったんだ。半端に遠慮なんかしてたら賞金で返す事も出来なくなっちまうからな。それなら借りた分はキッチリ返すつもりで素直に世話になるさ」
そんな訳で僕の素材を提供する事になったんだけど、プロの職人がどの素材を包丁に使うか判別できないからと、素材を持つ僕も同行する事になったんだ。
「親方、材料を持って来たぜ!」
「何っ!?」
カロックさんが上機嫌で工房にやって来ると、親方さんがぎょっとした顔になる。
んー、何であんな表情を浮かべたんだろう? もしかしてカロックさんが予想よりも早く戻ってきたからかな?
僕はカロックさんに急かされ、テーブルの上にいくつもの魔物素材を並べてゆく。
とりあえずサンプルだし、このくらい出せばいいかな?
「提供できるのはこれらの魔物素材ですが、どうでしょう?」
「こ、これはっ!?」
僕が促すと、親方さんは興味深そうに素材を凝視する。
うん、この食いつきの良さならいけそうだね。
「どうですか? 使えそうですか?」
「……済まねぇが無理だな」
だけど、親方さんは無情にも首を横に振ったんだ。
「なんでだよ!?」
「ウ、ウチは魔物素材は使わねぇんだ。繊細な魔物食材も多いからな。確実な仕事をする為にクセのある魔物素材じゃなく鉄か鋼じゃねぇと仕事は受けれねぇんだ」
カロックさんが食って掛かると、親方さんは仕事を受けれない理由を説明してくれた。
成程ね、確かに魔物素材は一般的な鉱石に比べると癖が強い物が多い。
そう言う意味では親方さんの言う事も理解できるよ。
「な、何だよそれ……」
「……済まねぇな。ウチも商売なんでな」
そんな訳で僕達は諦めて工房を後にする事になった。
とはいえ、それで包丁を手に入れることも諦める訳にはいかないので、他の工房を当たってみる事にした……んだけど。
「残念でしたね、まさかどの工房も魔物素材は取り扱っていないなんて」
「はぁ、どうすりゃいいんだ……」
まさかあこの町の工房は全部魔物素材を扱っていないとは予想外だったよ。
普通どこの町でも一件ぐらい魔物素材を取り扱っている店があると思ったんだけどなぁ。
とはいえ、魔物素材を使う事を嫌がる人は前世や前々世でも一定数いた。
きっとこの町で工房を立ち上げた昔の人達にそういう考え方の人が多かったんだろうね。
こうなると余所の町の工房に頼んだ方が良いんだろうけど、複数の料理包丁を短期間で用意してもらえる伝手がないんだよね。
それに腕前も信用できないといけない。
単純な刃物の腕ならゴルドフさんに頼めば一発なんだけど、ゴルドフさんの工房にはお弟子さんがいなかったからなぁ。
「せめて鉄か鋼があればもう一度頼め……あっ、そうだ」
そこで僕はある伝手を思いつく。
「ちょっと行きたいところがあるんですけど」
「ああ、別に良いぜ。こっちはもう欠片も希望が無いからよ」
カロックさんの許可を得た僕は、前にも行ったことのある場所へとやってきた。
「レクスさん、ここは?」
路地裏の怪しい雰囲気にリレッタちゃんがちょっぴり不安そうにしている。
「大丈夫だよ。ここは面白い露店が沢山あるんだ」
「おおっ! 兄ちゃんじゃねぇか!」
そんな事を話していたら、通りに露天を開いていたおじさんが僕に気付く。
「どうも」
「また買いに来てくれたのか!?」
おじさんの声に他の露天の店主達も僕の姿に気付くと、一斉に立ち上がってやってきた。
「良い物仕入れたんだよ! 是非見てってくれ!」
「いやウチを見てってくれよ!」
そう、彼等は依然僕が壊れたマジックアイテムを購入した露天通りの店主達だ。
「いえ、今日は鉄か鋼を探しに来たんです」
「鉄か鋼ぇ?」
「はい。素材として欲しいので、良い物があったら壊れてても良いから買い取ります」
「鉄か鋼だな! ちょっと待ってろ!」
店主達はすぐに自分の露天へと戻って行くと、両手に重そうな塊を持って戻ってくる。
「もって来たぜ!」
さっそく持ってきた品物を確認させてもらう。
うん、狙い通り。ここなら金属素材も手に入ると思ったよ。
素材の仕入れだけならゴルドフさんの伝手を頼むことも出来るだろうけど、特別な食材を切るなら可能な限り良い素材を用意したい。
幸いここなら使ってる部品の良さは自分で確認する事ができるからね。
「ああ、これは良いですね。こっちの鉄はあまり質が良くないですが他の部品が面白いから買います。ああ、これも良いですね。こっちも買います」
店主達が用意してくれた素材は、状態保存がかけられているお蔭で魔術回路が壊れているものの部品の状態は良くまた素材自体が質の良い金属である事がうかがえた。
「「「毎度あり!!」」」
「やりましたね。沢山鉄や鋼が集まりましたよ」
「まさかこんな方法で集めるとは思ってなかったぜ……」
「これなら鉄鉱石から集めるよりも楽でしょう?」
よしよし、これを鋳溶かせばいい包丁の材料になるぞ!
ついでに余った回路はマジックアイテムのとして利用できるから無駄も無いしね。
「これでようやく包丁を作って貰えますね!」
「本当に助かったよ! ありがとうなレクスさん!」
「ん? 包丁? なぁ、アンタもしかして魔物料理大会の参加者か?」
と、そんな時だった。露天の店主の一人がカロックさんに大会参加者なのかと問いかけたんだ。
「ああ、そうだがそれがどうかしたのか?」
すると店主はああ、そう言う事かと何やら納得顔になる。
「いや……多分だけどな、アンタが大会の参加者なら、お目当てのモノは作って貰えねぇと思うぜ」
「は?……ど、どういう事だ?」
店主の突然の言葉にカロックさんが動揺をあらわにする。
「いやな、この町の大半の店は大会委員の連中に牛耳られているからな。それは調理道具を作る工房も同じってことよ」
「まさか……工房も他のお店みたいに仕事を受けてくれないの!?」
リレッタちゃんの悲鳴に店主は申し訳なさそうにああと応える。
そうか、そういう事だったんだね。
「連中そこまで影響力が……いや大会委員? まさか妨害をしていたのは他の店の参加者じゃなくて大会の主催者そのものだったのか!?」
「知らなかったって事はあんた等よそ者だな。その通りだよ。大会の運営委員はこの町の有力者達の息がかかってるのさ。この町で最も大きな三つの店がな」
「三つ? 敵は一人じゃないって事ですか?」
大会の運営委員が敵なだけじゃなく、複数いるの!?
でもそう言う事なら町中の食材や包丁が無くなったのも納得だよ。
流石に一つのお店だけでそんな事をするのは無理だろうからね。
「ああ、マクロゴー亭、リストランテプルーメ、旅館スタッカード、この町が出来た頃からあった三つの料理店がこの町を支配しているのさ。そして大会の上位3位はこの三つの店が持ち回りで独占してるんだよ」
「クソッ、大会の運営委員が妨害してるんじゃ、どんなに頑張っても優勝なんて無理って事じゃないか。連中が大会を牛耳ってるのなら、どれだけ美味い物を作っても無駄って事だろ? 何せ相手は勝敗も自由に決められんだからよ」
「いや、そうでもないぜ」
しかしカロックさんの言葉に店主はチッチッと指を振る。
「違うんですか?」
「ああ、過去にあまりにもあからさまな不正が横行したせいで、当時の町の料理店が連名で審査員は別の町から呼び寄せるように大会運営に嘆願したんだ。流石に町を牛耳る程の料理店と言えど、町中の店を敵に回したら都合が悪いからな、その嘆願は無事通ったのさ」
「そっか、お兄ちゃん前回3位のあの人を倒したんだもんね。完全に大会が乗っ取られてるなら勝てる訳無いもん」
「マジかよ!? お前アイツ等に勝ったのか!? 凄ぇな! だがまぁ、そういうこった。試合の判定自体は信用して構わねぇ。だがその代わりに試合の外で番外戦術が横行して、結局元の木阿弥になっちまったみたいだけどな」
「成る程ね。食材を盗んだり盗賊に見せて襲ってくるのも大会本番で妨害する事ができないからか」
リリエラさんも強盗同然の妨害の理由に納得がいったと肩を竦める。
「そういうこった。だからこの時期に工房に依頼を受けて貰えても、何かしら理由をつけて大会が終わるまでモノが用意されない可能性が高い」
「どっちみち駄目ってことじゃねぇか!」
うーん、これは困ったぞ。結局工房の手が借りれない事には変わりがないみたいだ。
ゴルドフさんが何人も居たらなぁ。
けれどそこで店主がニヤリと笑みを浮かべる。
「そこで提案だ。アンタが望むなら俺の伝手で工房を紹介しても良いぜ?」
「けど工房には大会委員の圧力がかかってるんだろ」
「それをなんとかしてやろうって言うんだ。最も紹介料をちっとは頂くがな」
そういって指を丸めて円を作る店主。
ちゃっかりしてるなぁ。
「分かった。払う。だから工房を紹介してくれ」
「毎度あり」
「けど良いんですか? 町を牛耳ってる相手に逆らったら、バレた時に不味くないですか?」
「へっ、気にすんなって。あいつ等を嫌ってる奴は結構いるんだよ」
どうやら、潜在的な僕達の味方は居るみたいだね。
◆
「あー、頼って貰って悪いんだが、そりゃ無理だ」
露天通りの店主さんの知り合いの工房にやって来た僕達だったんだけど、カロックさんが大会の参加者と聞くなり親方から依頼を受けれないと言われてしまったんだ。
「おいおい、そりゃねぇよ親方。ちょっとばかし連中に内緒で仕事を受けて欲しいだけなんだよ」
紹介した手前と店主さんは食い下がるけれど親方は頑として首を縦に振らない。
「そう簡単な話じゃねぇんだ。依頼されたモンを全部作るには工房をフル回転しないといけねぇ。だがガンガン槌なんざ打ってたら工房を動かしている事が連中にバレちまう。あいつ等、大会期間中は本当に工房を閉めるか見張ってやがるからな」
「マジかよ。連中本気だな」
成程、工房が見張られてるのか。
って事はそこさえ何とかなればイケるのかな?
「あの音が何とかなれば良いんですか?」
「おっ、何かいいアイデアがあるのか?」
店主さんの問いに対し、僕はさっき買い取った壊れたマジックアイテムを取りだす。
「さっき買ったこれを使います」
「そのガラクタを? どうやって?」
僕は開いているテーブルを借りると、カバーを外して内部の壊れている個所を修理する。
「まぁ見ててください。ここを繋げて、これをこうして……よし出来た!」
僕はさっそく出来上がったマジックアイテムを起動する。こういうのは百聞は一見に如かずだからね。
とりあえず設定は最小にしておこう。
そして魔法の袋から昔作った盾を取りだすと、それを工房のハンマーで思い切り叩く。
すると当然大きな音が……しなかった。
当然音がすると身構えていた皆があれ? と拍子抜けした顔になる。
「え? 音がしなかった? 叩かなかった? 寸止め?」
リリエラさんの問いに対し、僕はハンマーを彼女に差し出す。
そして叩いてみろと盾を指差してジェスチャーする。
「? 分かったわ」
そしてリリエラさんが盾を叩くと、やはり音はならなかった。
「え? 何で?」
リリエラさんは何度も盾を叩くけれど、やはり音はならない。
そして盾かハンマーに仕掛けがあるのではと思ったらしく、リリエラさんは盾ではなくテーブルを軽く叩く。
すると音がしなかった事でやはりハンマーに仕掛けがあったかと納得するリリエラさん。
そこで僕はマジックアイテムのスイッチを切ると、とたんにゴンゴンとハンマーがテーブルを叩く音が聞こえて来た。
「あ、あれ? 何で?」
今まで音がしなかったのに突然音が聞こえてきて混乱するリリエラさん。
皆もどういう事だと僕の顔を見てくるので、そろそろ種明かしといこうかな。
「これは静音のマジックアイテムです」
「静音のマジックアイテム!?」
「はい。今聞いたように、これを工房に設置すれば中の音は外に漏れなくなります。ここにマジックアイテムの範囲を調整するツマミがありますから、これで工房の外まで音が漏れないように調整してください。範囲内なら装置が動いていても会話も音も聞こえますから」
「マジかよ!? 本物のマジックアイテムだったのかコレ!?」
「いや知らずに売ってた事がドン引きなんだけど……」
興奮する店主さんを尻目に、工房の親方は冷静にマジックアイテムを見ていた。
「おう、誰か外に行って確認してこい」
親方さんがマジックアイテムを起動させてハンマーを叩き始めると、弟子の一人が工房の外に出駆け出していき、すぐに戻って来る。
「マジです! 外に出たら槌の音が全然聞こえなくなりました!」
「おいおい、マジかよ……!」
親方だけでなく、工房の人達も目を丸くしている。
大きな都市じゃ普通に使われてるし、そんなに珍しいマジックアイテムじゃないんだけどなぁ。
このあたりじゃ需要が少ないのかな?
「じゃあこれで仕事を受けて貰えますね」
「ああいや、これだけじゃ難しいと思う。連中はずる賢いからな。音がなんとかなっても、工房から漂ってくる熱気で工房に火を入れているかバレちまう可能性が高い」
成程、熱か。そうなると薪を燃やした煙も気にしたほうがいいね。
「じゃあ冷房のマジックアイテムを作りましょう。幸いさっき買った品に利用できそうな部品があったのでチャチャッと作っちゃいますね」
僕はいくつかの壊れたマジックアイテムの部品から使えるパーツを取り外すと、それらを組み合わせる。
「冷房装置完成です! これを工房に設置すれば外に熱が漏れる事はありません! あと空気清浄機も作ったので煙突から出る煙をほぼ無色無臭に出来ます!」
「ま、まじか……」
さっそく完成したマジックアイテムを工房に設置して、炎の魔法で内部を熱くしてみる。
けれど熱は炉の周りから離れる程涼しくなっていき、壁際までくると普通の温度にまで下がっていたんだ。
更に魔法の袋から取り出したエンシェントプラントの枝を燃やして煙を出してみると、さっそく空気清浄機が動き出して煙を浄化してゆく。
うん、良い感じに動いているね。
「ス、スゲェ! 音が全然外まで聞こえねぇし、工房の中が涼しい! そのくせ鉄は熱々だ!」
「こんな快適な環境で仕事をするのは初めてだぜ」
「ああ、滅茶苦茶快適だ……」
工房の人達は大はしゃぎで炉の温度を上げて鉄を熱し始める。
「どうですか親方? これなら仕事を引き受けて貰えますか」
「……分かった。ここまでおぜん立てされちゃあ受けねぇ訳にはいかねぇ。その仕事、引き受けたぜ!」
「ありがとうございます親方!」
「ありがとうございます!」
カロックさんとリレッタちゃんが親方さんに深々と頭をさげると、親方はよせやいと手をパタパタと振る。
「気にすんな。仕事だからな」
良かった、これで次の試合は問題なく参加できるね。
「……ただなぁ、こんな快適な仕事場を覚えちまったら、後で元に戻して仕事できんのかねぇ」
弟子Aヾ(⌒(_'ω')_「わーい快適ー」
弟子B(:3)∠)_「はー、我が家にもこれ導入してくれねぇかな」
親方( ノД`)「手遅れだった……」
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