第25話 修行とプライド
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私の名はリリエラ。
魔獣の森に隣接するヘキシの町を拠点にする冒険者よ。
これまで私は病に苦しむ故郷の人々を救う方法を求めて探索を続けていたの。
けれどその目的は、ある日偶然知り合った少年レクスさんのおかげで解決する事が出来た。
命を救って貰っただけでなく、家族を、そして故郷を取り戻してくれた彼は、私にとって文字通りの救い主だった。
この件で彼に深い恩義を感じた私は、レクスさんに恩返しをする為、彼のパーティに加えて貰う事にしたの。
気のいいレクスさんは、快く私を仲間に迎え入れてくれたわ。
強いだけでなく、とても懐の深い人だと思った。
私は彼の為になろうと思って、気を引き締めて冒険に挑んだの。
そしてパーティを組んで初めての冒険で、彼はSランクの魔物を討伐した。
……それも単独で。
いえ、分かってはいたのよ、Aランクの魔物や変異種を難なく討伐し、それ自体が魔物である魔獣の森の木々を焼き払う彼は、間違いなく私よりも格上の強者だと言う事は。
でもね、もうちょっとくらいは役に立てると思っていたのよ。
うん……こうなったら修行しかないわ!
恥も外聞も捨てて、私はレクスさんに弟子入りする事を決めた。
二度と足手まといにならない為に!
◆
「ではまずドラゴンを倒してみましょう!」
「無理無理無理無理っ!」
待って、いきなり何を言っているの?
修行開始初日にドラゴンを倒す? 絶対に無理だから!
「大丈夫ですよ、これは近くを飛んでいた野良グリーンドラゴンですから。そんな大したドラゴンじゃありませんよ」
「ドラゴンの時点で大した事あるから!」
いったいこの人は何を言っているの!?
っていうかなんで平気な顔でドラゴンを踏んづけていられるの!?
ドラゴンもなんでおとなしく踏んづけられているの!?
訳が分からないんですけど!?
「落ち着いてください。ドラゴンなら首を刈ればそれで動かなくなりますから」
「それが難易度高いのよ!」
「ふーむ、それは困りましたね……」
私の抗議にレクスさんが顎に手を当てて考え込む。
「っていうか、困るのはこっちだって!」
うう、一体何考えてるのこの人?
普通の人間にドラゴンなんて倒せるわけないじゃない!
「じゃあドラゴンの簡単な倒し方をレクチャーしますね。エルダーヒール!」
と言うやレクスさんが足を光らせてドラゴンを蹴ると、光に包まれたドラゴンが怒りの雄たけびを上げて飛びあがったわ。
「ギャォォォォォォン!!」
「ひぃっ!?」
怖い! エンシェントプラントも怖かったけど、こっちは感情が感じられるからもっと怖い!
完全にこっちを敵と見なしているわ!
「まずドラゴンは空を飛びます。なので魔法か飛び道具で撃墜し、地上に落とします。バーストハンマー!」
「ギャオン!?」
説明をしながらレクスさんがドラゴンに魔法を放つと、ドラゴンが空中で何かにぶつかった様な挙動をして落ちてくる。
「そして落ちて来たドラゴンを空中で迎撃!」
バンッと叩きつける様な音を鳴らしてレクスさんがドラゴンに向かって跳躍し、右の拳でドラゴンを殴り倒した。
「ゴギャンッ!?」
「って、ドラゴンを殴ったぁぁぁぁ!?」
殴られたドラゴンが悲鳴を上げて地面に叩きつけられる。
「あとは首を切ればドラゴン退治完了です。ねっ、簡単でしょう?」
「全然簡単じゃないです先生!」
駄目だ! この教師、要求レベルが高すぎてとても修行にならないわ!
このままだと間違いなく私は死ぬ! 死んじゃう!
「うーん、困りましたね、これでもだいぶ簡単なドラゴンの倒し方を説明したんですけど」
「それ簡単の意味が違うわよね! シンプルな手段での倒し方じゃなくて、弱い人間でも倒せるって意味の倒し方が世間一般での簡単な倒し方だと思うの!」
「成程、そういう受け取り方もあるんですね!」
納得、と言わんばかりにレクスさんが自分の手をぽんと叩く。
「そっちが普通なのよ! 私には空を飛んでいるドラゴンを打ち落とせる魔法も、ドラゴンを迎撃する戦闘力もないから! 寧ろBランクの中では非力な方だから!」
「そうだったんですか?」
レクスさんが意外そうな顔で聞き返してくる。
「そうよ、私がBランクに昇格できたのは、必死で覚えた剣技もあるけれど、それ以上に依頼達成率や薬草などの素材回収に力を入れて来たからというのが大きいの」
いい機会だから、私はレクスさんに自分がどういう冒険者なのかを説明する事にする。
チームを組む以上はある程度お互いの手の内を説明しておいた方が良いから。
本当ならもっと早く説明するつもりだったんだけど、色々と規格外の出来事が多くて説明する機会を逸していたのが痛かったわね。
「私の目的はアルザ病を治す薬草を見つける事だったから、それ以外の薬草は殆どギルドに買い取りを頼んでいたのよ」
伯母さんに母さんの世話を頼んでいる以上、仕送りは欠かせなかったものね。
「そうした背景があったから、私は薬やポーションの材料収集専門の冒険者としてギルドから評価を受けてBランクになった訳。高価な薬草でも自分には必要ないものは全て売り払っていたのが結果的に評価に繋がったんでしょうね。だから単純な戦闘能力で言えば、Cランクの上かBランクの下と言ったところが正しいわ」
うーん、自分で言っていてちょっと悲しくなってきたわ。
でも冒険者のランクは戦闘力だけで決まる訳じゃないんだもの、私は間違いなくBランクなのよ。
目の前の人がBランクの規格から逸脱し過ぎているだけで!
ともあれ、これで私の戦闘能力は正しく理解して貰えた筈。
これで今後の修行は適切な難易度の修行法を選択してくれるわよね?
「成程、良く分かりました」
良かった、通じたみたいね。
「ではやはり実戦形式でバンバン戦いに慣れて貰いましょう!」
「通じてなかった!?」
何で!? 何で通じてないの!?
「大丈夫ですよ、ちゃんと僕が戦い方を教えてあげますので、リリエラさんはそれが使える様になったら即魔物と戦って実戦でそれを使いこなせるようになってください! 実戦に勝る修行はありません!」
と、とりあえず普通の修行はつけて貰えるって事よね?
「まず身体強化魔法と無詠唱魔法の習得に一日使いましょうか」
「私剣士なんですけどっっっっ!!」
言葉が伝わらないって辛い!
◆
「じゃあ身体強化魔法を覚える為に、リリエラさんには魔力の感覚を掴んでもらいます」
僕は以前ジャイロ君に教えた様に、回復魔法をリリエラさんにかける事でその感覚を覚えて貰う事にする。
「最初はこの感覚が体中にめぐっているイメージをしてください」
次に僕はリリエラさんの目の前で回復系の身体強化魔法を使って見せる。
「ヒールブースト! そしてこれが回復属性の身体強化魔法になります」
けれどリリエラさんは首を捻って疑わし気に僕を見る。
「けど、こんな事で本当に魔法が使える様になるの? 魔法ってもっと厳しい修行が必要なんでしょ?」
「それは魔法の種類によりますね。複雑な構成の魔法なら、多くの知識を学ぶ必要もありますけど、戦士が実戦で使う場合は、感覚的に使える無詠唱系の魔法の方が良いんですよ。以前にも言いましたけど、この修行法で知り合いの冒険者さん達は身体強化魔法を使えるようになりました。だから大丈夫ですよ」
「……わ、分かったわ。まずはやってみる」
そうそう、案ずるより産むがやすしですよ。
◆
「むむむ……」
あれから数時間が経過した。
リリエラさんは魔力を体に巡らせようとするけど、なかなかうまくいかないみたいで唸ってばかりいた。
そろそろ気分転換をするかな。
「もう一度回復魔法の感覚を感じてみましょうか?」
そう言って僕はリリエラさんに回復魔法を掛ける事で、煮詰まった気持ちを解きほぐす事にする。
「この感覚なのよねぇ……分かるんだけど……」
けれどリリエラさんはなかなか気持ちの切り替えが出来ないみたいで、頭を抱えていた。
「キュウ」
そしたらモフモフがやってきて、回復魔法を掛けている僕の手に乗っかってきた。
「何? お前も回復魔法を掛けて欲しいのかい?」
「きゅっ、きゅう!」
そうだと言わんばかりに声をあげるモフモフに、僕は回復魔法を掛けてやる。
「キュウン」
するとモフモフは良し分かったと言わんばかりに頷くと、僕の手から離れた。
「キュウ!」
そして次の瞬間、全身から魔力を放ってモフモフが凄い速さで動きだした。
「え!? な、何!? 何なの!?」
「まさか身体強化魔法を使った!?」
「ええっ!?」
驚いた、まさか魔物が身体強化魔法を使えるなんて。
でもこの魔力の使い方は間違いなく身体強化魔法だ。
モフモフはシュババッっと縦横無尽に動き回り、近くに茂っていたトラッププラント達をへし折っていく。
「おー、凄い凄い」
「ギュギューン!」
と、突然モフモフが僕に飛びついてきた。
そして身体強化魔法が掛かったまま、僕の手を甘噛みしてくる。
「ははは、身体強化魔法を掛けたまま甘噛みするなんて器用なやつだなぁ」
「キュウン!?」
するとモフモフがヨロヨロと数歩後ろに下がると、そのままコテンと転がって僕に腹を見せる。
「キューンキューン」
何だ何だ? 遊び疲れて今度は僕に構って欲しいのかい?
「しょうがないやつだなぁ。ほーらよしよし」
「キュウンキュウン!」
僕はモフモフのお腹をワシャワシャと撫でてやると、モフモフは心から気持ち良さそうな顔で寛いでいる。
「……こ、こんなモフモフまで」
「リリエラさん?」
何だかリリエラさんの様子がおかしい様な?
「キュウ」
と、ワシャワシャされていたモフモフが起き上がってリリエラさんの方へと歩いて行く。
そしてリリエラさんの手をポンと叩くと、彼女に向かって顔を向ける。
「キュフッ」
「っ!?」
なんか今変な声で鳴いたなぁ。
そしてそれを見たリリエラさんが凄く怖い顔になっている。
こっちからだとよく分からなかったんだけど、一体何があったんだろう?
「やってやる……やってやるわよ! 絶対今日中に身体強化魔法を使える様になってやるんだからぁーっ!」
何故かは分からないけど、リリエラさんにやる気が戻って来たのは良い事だね。
「もう一度よ! もう一度回復魔法をお願い」
「はいはい、エルダーヒール!」
リリエラさんは真剣な、ちょっと鬼気迫る表情で回復魔法の感覚をつかみ取ろうとしている。
「ムムムムムッ!」
そして更に数時間が経過し、空も暗くなってきた頃……
「出来た! 出来たわ!」
遂にリリエラさんは身体強化魔法の取得に成功したのだった。
まぁまだ魔力が綺麗に巡っていなくて、循環が途切れたりしているけれど、それは慣れてくれば問題なく制御できる様になるだろう。
「おめでとうございますリリエラさん」
「ええ、これも貴方のおかげよレクスさん!」
「うわっ!?」
感極まったリリエラさんが僕に飛びついてくる。
「凄い凄い! 私にも魔法が使えた! 使えたのよー!」
「わ、分かりましたから、離れて離れて!」
「え? ……っ!?」
慌ててリリエラさんの背中をパンパンと叩くと、リリエラさんがキョトンとした顔で僕を見つめる。
本当に目と鼻の先の距離で。
そして次の瞬間、驚くくらいの速さで後ろに飛び退った。
やっぱり才能はあるんだよねぇ……うん。
「ご、ごめんね突然」
「い、いえ。魔法を初めて使える様になったんだから、ちょっとくらいはしゃぐのは仕方ないですよ」
「そ、そうかな? そうよね!」
「ええ! そ、それじゃあ次のステップに進みましょうか」
「う、うん。そうね! この勢いでバンバン進めましょう!」
僕らはお互いに深呼吸をして次の修行に気持ちを切り替える。
「じゃあ次は身体強化魔法を使ってドラゴンと戦ってもらいます」
「無理です先生!」
あれー? 今度は『倒せ』じゃないから大丈夫だと思うんですけど?
◆
「で……出来た……」
朝日が昇る頃、私はようやく身体強化魔法を使いこなせる様になった。
身体強化魔法を覚えた私は、あの後繰り返されるドラゴンの攻撃を身体強化魔法で強化した脚力を最大限に使って回避し続ける訓練を強制的に続けさせられ、何とか彼の合格ラインまで術を持続する事に成功したのだった。
「つ、疲れた……」
「お疲れ様です。じゃあまた回復魔法で体力と魔力を回復させますね。あと眠気も解消しましょうか」
そう、修行を続けている間、私がどれだけ疲れ果てても彼は回復魔法で消耗した私の体力と魔力を回復させ続けた。早く身体強化魔法を覚えれるようにと。
「心が、心が疲れた……」
人間って、肉体に疲労感が無くても、ここまで心が疲れ果てる事が出来るのね……知りたくなかったわ。
でも修行はそれで終わらなかった。
「さぁ次は無詠唱魔法を覚えましょう! 身体強化魔法を覚えるのに時間がかかってしまいましたからね。今日中に覚える為に集中していきましょう!」
目の前の少年が悪魔に見えたわ。
「大丈夫ですよ。無詠唱魔法は身体強化魔法の延長線上にある魔法ですから。身体強化魔法が使える様になれば、無詠唱魔法もすぐ使える様になります!」
「本当?」
「本当ですよ!」
嘘だった。
全然すぐに使える様にならなかった。
目の前で何度も、
「こんな風に身体強化魔法で発動した魔力を目標に飛ばすだけですよ。ねっ簡単でしょ?」
って言われ続けるも、全然魔力を飛ばせる気がしなかった。
「キュウ!」
バキューン!
またあのモフモフが先に無詠唱魔法を使える様になった。
「モキュフ」
そして私にだけ見える角度でニヤリと笑ってくる。
絶対挑発されてる!
「やってやるわよ! やれば良いんでしょうが!」
あはは、そうよね。私がやるって言ったんだものね……。
いまさら逃げれる訳が無いでしょうがぁー!
特にこのモフモフには負けられないのよぉー!
「出ろぉーっ!!」
こうして、私の修行の夜は更けていくのでした……。
◆
俺の名はイヴァン。
この魔獣の森を拠点とする冒険者だ。
最近スゲールーキーが現れたお陰で、この森もだいぶ、いやかなり探索しやすくなった。
気のせいか魔物も弱くなった気がするくらいだ。
「さーって、今日も一日頑張るかー!」
レクスの作った街道のお陰で魔獣の森は冒険者にとって絶好の狩場となっていた。
お陰で噂を聞きつけた冒険者や商人達が儲け話の匂いをかぎつけてわんさかやってきているくらいだ。
「おっ、とか言っていたら、ちょうどそのルーキー達じゃねぇか」
森の方角から、レクス達の姿が見える。
そういえば、あの嬢ちゃんはレクスとパーティを組んだんだったな。
へへへ、きっと二人きりで宜しくやってから帰ってきたんだろうな。
ちょっとからかってやるか。
「おーいお前……等」
声をかけようとした俺達だったが、二人から、いやリリエラの嬢ちゃんから漂ってくる気配に思わず声をかけそびれてしまった。
何故なら、久しぶりに見たリリエラの嬢ちゃんの目つきが、まるで死線を潜り抜けた歴戦の傭兵のごとき眼差しに変貌してしまっていたからだ。
「……一体、何があったんだ?」
あまりにも変わり果てたリリエラの嬢ちゃんの姿に、俺達は首をかしげるばかりだった。
_(:3 」∠)_「辛い、回復魔法はもう嫌。やめて、疲労を回復させないで、魔力を分けないで、眠気を取らないでぇー!」
_Σ(:3 」∠)_ 哀願動物「くくく、凡人は大変よな。せいぜい頑張るが良い」
_Σ(:3 」∠)_ 哀願動物「あ、あと、さっきのは攻撃じゃありませんよご主人様! じゃれついただけですよ! ほら僕はご主人様の忠実なペットですよ!」
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