第235話 氷室の氷
作者(:3)∠)_「ヒュー! 引っ越しの手続きがほぼ終わったぁー! あとはこの書類を提出するだけだぁー!」
ヘルニー(:3)∠)_「書類提出しに行ったら営業時間が終わっていた悲しみ……」
ヘイフィー_(┐「ε;)_「だ、大丈夫。明日こそ……」
いつも応援、誤字脱字のご指摘を頂きありがとうございます!
皆さんの声援が作者の励みとなっております!
「ここがカスガルの町だね」
イスラ村から走り続けてきた僕達は、第二の巡礼の地カスガルの町にたどり着いた。
ただ夜も更けていた為に既に町の門は閉まっていたんだ。
「惜しかったわね。こうなると今夜は門の前で野宿して、明日の朝に門が開くのを待つしかないわね」
「門番の人に開けて貰えばいいんじゃないんですか? あそこの櫓に人の姿が見えますよ?」
旅慣れていないんだろう、リリエラさんの言葉にトレーシーさんが首をかしげる。
「変装した盗賊団や犯罪者避けよ。暗いと松明の灯りでも顔を見づらくなるから、万が一にも犯罪者を町に入れない為ね。上手く中に入り込んだ盗賊が中から門を開けて、夜の闇に紛れて近づいてきた盗賊団が一気に町の中に侵入して大惨事になった事件もあるのよ」
「ひぇっ!? それは怖いですね……」
その光景を想像したんだろう。トレーシーさんの顔色が青くなる。
「一応魔物の群れに追われている時とかは緊急避難的に中に入れて貰える可能性もあるけど、まぁ期待しない方が良いわね」
そんな訳で僕達は夜明けまで野宿をする事にしたんだ。
「結界魔法を展開したので、この中に居る限りは襲われる心配もありませんよ」
皆が余裕を持って眠れる範囲に結界魔法を展開すると、ジャイロ君達が結界内部にテントを設置する。
「おっしゃ、そんじゃさっさと寝ちまうか!」
「「「「「「「おやすみー」」」」」」」」
◆
翌朝、朝食を食べながら門が開くのを待っていた僕達は、開門と共に町へと入ってゆく。
「じゃあ皆、手分けをして困っている人達を探そう!」
「「「「「「おおーっ!!」」」」」」」
「よーし! 今度こそお役に立ちますよー!」
やる気に満ちたトレーシーさんが皆と共に駆け出してゆく。
ただ気になるのは昨晩他の参加者達が門の傍に居なかった事なんだよね。
それってつまり、先行していた参加者達は昨夜の内に町の中に入っていたって事に他ならない。
「となると、楽な困り事はもう取られてるって考えた方が良いよね」
だとすれば、厄介な案件しか残っていない可能性が高い。これはマズいなぁ。
「とはいえ、それしか残っていないのならやるしかないんだよね。すみませーん!」
僕は家から出てきた町の人を見つけると、さっそく困り事が無いか聞きに行ったんだ。
◆
「あれ? 兄、姉貴?」
「レ、ラクシさん?」
町の人に連れられてやって来た場所には、既に先客の姿があった。
ジャイロ君とリリエラさん……だけじゃなく。
「「「「「「「え? 皆なんでここに?」」」」」」」
そう、さっき分かれたばかりの皆がそこには揃っていたんだ。
「あの、これは一体?」
案内してくれた町の人達に事情を尋ねると、彼等は心底困った顔で事情を話し始めた。
「実は、町の氷室の氷が溶けて困っているんです」
「氷室の氷が溶ける?」
氷室は洞窟や地下に掘った空間に氷や雪を入れて夏でも涼しい空間を作ってそこに食糧を仕舞う場所の事だけど、それが困り事?
「それなら氷魔法で氷を作ればいいだけの事じゃないの?」
ミナさんの言う通り、魔法で氷を作れば良いんじゃないのかな?
この町の規模なら氷魔法を使える人はいるだろうし、旅の冒険者でも小遣い稼ぎに魔法を使う事は珍しくない。
「おっしゃる通り、私達も氷魔法を使える者に頼んで氷室に新しい氷を作ってもらったんです。ですが……」
と、町の人は氷室の入り口に視線を向ける。
「これは直接見て貰った方が良いと思います。ついて来てください」
言われるままについていき、僕達は氷室の中へと入る。
するとその中は予想とは違う空間だった。
確かにそこには食材や薬草といった物が詰まれていたんだけど、氷室という割には……
「氷が殆ど溶けてる?」
「それになんだかちょっと暑いような……」
そう、氷室の中には殆ど氷がなく、空気も地上よりもちょっと涼しいかなといった程度だったんだ。
「この通り、何故か氷室の中なのにじっとりと暑さを感じるんですよ。そして氷を作っても作ってもどんどん溶けていくんです」
確かにわずかに残った氷を見ると、太陽の下に晒したかのようにどんどん溶けていっている。
「氷室の氷が溶けてしまうと、収穫した食材を長期保存できなくなってしまいます。そうなると新たに食材を確保しないといけなくなるので余計な金が……」
確かに、この温度じゃ保存効果なんてほとんど無いだろうね。
「なにより薬草の保存を出来なくなるのが不味いんです。この町では冬に採取される貴重な薬草が大事な収入源なんですが、その薬草は熱に弱いんです。だから氷室が使えなくなると、薬草が駄目になって冬まで薬が作れなくなってしまうんですよ!」
心底困った様子で町の人がため息を吐く。
「確かにそれはマズいわね。薬草不足は私達冒険者だけじゃなく、国全体にとって死活問題だわ」
リリエラさんの言う通りだ。
戦う人間だけでなく、町の人達だって薬草を必要とする。
怪我だけじゃない、病気の人の治療にも必要だ。
何より薬草には繊細な保存を必要とするものが少なくない。
生息環境と同じ気温を保ち、栄養と水分を適切に与えつつ細心の注意をもって刺激を与えないように保管しないといけない面倒くさい薬草とかザラだったからね。
「そんな訳で氷魔法を使える人に新しい氷を作って貰っていたんですが、この通りすぐに氷が溶け始めてしまってすぐになくなってしまうんです。作るそばから溶けるんで魔法使い達の魔力もあっという間に尽きてしまったんです。このままだと完全に氷が溶けて氷室が駄目になってしまいます!」
声を絞る様に叫ぶと、町の人は憔悴しきった顔で項垂れる。
うーん、これは予想以上にマズそうだ。早く何とかしてあげないといけないね。
「あの、これまではこんな事無かったんですよね?」
そんな事を考えていたら、ノルブさんが町の人達に過去に同様の問題が起きなかったかを確認していた。
「ええ、氷が溶けるのは当たり前の事ですが、それでも夏を乗り越えられるくらいには緩やかなもんでした。猛暑の時でも普通に魔法で氷を作れば乗り越えられましたよ。それがこんな風になったのはここ一、二週間の間です」
成る程、これまでは急に氷が溶けだすような事は起きていなかったのか。
「と言う事は、つい最近になって氷が溶けだすような何かが起きたって事よね」
同じく町の人の話を聞いていたリリエラさんは、この現象に何らかの理由があるのではと声を上げる。
「誰かが氷を溶かしているのか、あるいは魔物が原因なのか……」
「ですが誰がどうやっているのかさっぱりわからないんです。氷室の入り口は町の人間が見張っていますし、魔物の仕業にしてもここ最近は平和なもんで、魔物が町に近づいてくる様子もないんです」
容疑者も見当たらないって訳か。
うーん、これは長丁場になりそうだね。
「そうなるといつ問題が解決するか分からないから、探索をするメンバーと魔法で氷を作るメンバーで分かれた方が良いわね」
そんな事を考えていたら、リリエラさんがパーティを分ける必要があると提案してきたんだ。
「そうね。それだと魔法使いの私が残るべきでしょうね」
リリエラさんの提案にミナさんは自分が残って氷を作ると宣言する。
「私も氷の魔法は得意な方だから、一緒に残るわ。交代役は必要でしょ?」
「そうね。じゃあ私達が残るから、レ、ラクシ達は原因の究明を……」
いや、と言うかですね……
「あの~わざわざ残らなくても、溶けない氷を作ればいいんじゃないですか?」
「「溶けない氷?」」
二人はえ? どういう事? と言いたげに首をかしげる。
「ええ、永続冷凍魔法を使えば氷の心配はなくなりますよ」
そう言って僕は氷室を見回し丁度良い空間を発見すると、そこを起点に魔法を発動させる。
「エターナルフローズン!」
すると指定した空間の空中に小さな氷の塊がいくつも生まれると、それがみるみる間に大きくなってゆく。
「うわっ、寒っ!?」
大きくなってゆく氷の冷気を浴びたジャイロ君が思わず体を震わせる。
そして氷は巨大な氷塊へと成長すると、地面にズシンズシンと音を立てて着地した。
「よし、完成!」
「これが……溶けない氷?」
ミナさんは出来上がった人間大の大きさの氷の塊をしげしげと眺める。
「普通の氷にしか見えないけど……ん? 待って何この魔力? この氷……物凄い魔力に満ちてない!?」
流石ミナさん、氷の仕組みに気付いたみたいだね。
「ええ、この魔法で作った氷には魔力の核があるんです。そして核は周囲の魔力を吸収して冷気を維持するので、魔法を解除しない限りずっと凍り続けるんですよ」
そう、これが冷蔵魔道具要らずの魔法、エターナルフローズンなんだ。
こんな風に氷室の氷に使ってよし、何かを中に入れて凍らせてよしの使い勝手の良い魔法なのさ。
「す、凄い! 溶けない氷だなんて、そんな魔法が存在していたんですね!」
エターナルフローズンで出来上がった氷を見て、町の人達が歓声を上げる。
「へぇ、氷室が欲しい人には垂涎の魔法ね」
氷魔法に適性のあるリリエラさんも興味を持ったらしく、出来上がった氷塊を眺めている。
「簡単な魔法なので誰でも使えますよ」
「氷の中を循環するこの繊細な魔力……全然簡単な気がしないわ……」
「いやいや、コツをつかめば簡単ですよ。うちの村でも皆使えますし」
「いやそれはレ、ラクシの村だけだからね!」
そんなことはないと思うけどなぁ。
「さっ、氷の問題も解決したし、後は原因を究明するだけですよ皆!」
「「「「「おおーっ!!」」」」」
後顧の憂いが無くなった僕達は、事件の黒幕を探す為に氷室を出たのだった。
「……ええと、もうこの時点で問題解決してない?」
あれ? ミナさんが付いてこない?
「ミナさーん、どうしたんですかー?」
「な、なんでもなーい、今行くー!」
さぁ、町の人達を困らせる原因を見つけ出すぞ!
ミナ_(┐「ε;)_「えと……犯人捜す意味あるの?」
モフモフΣ(:3)∠)_「このまま行っても良いよねコレ……」
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