第196話 棄てられた名と災厄の目覚め
ヘルニー_(:3 」∠)_「ぐったり」
作者_:(´д`」∠):_「ちゅかれた……」
ヘイフィー_(:3 」∠)_「いやー、ヘルニー先輩が鎮まって良かったですねぇ」
作者_:(´д`」∠):_「本当になぁ……」
ヘルニー_(:3 」∠)_「今回文字数多かったんで真ん中あたりでぶった切ろうと思ったんだけど、皆キリの良い所まで読みたいよねと思ったのでそのまま掲載しました!」
いつも応援、誤字脱字のご指摘を頂きありがとうございます!
皆さんの声援が作者の励みとなっております!
「帝様……由芽の方とは一体誰なのですか?」
再会した仲間達と一通りの事情説明が終わった後で、雪之丞さんがそんな事を呟いた。
「む、ああ……」
けれどそれを聞かれた帝はなんとも言いづらそうな感じだ。
「晴臣が言っていた正妻とはどういう意味です? 父上の正妻は余の母上ではないのですか!?」
雪之丞さんの切実な声に、帝が唸る。
「……はぁ、これも将軍家の業って奴か」
大きくため息を吐くと、帝は観念したように事情を話し始めた。
「この国の将軍であった陽蓮夏典にはな、かつて由芽の方という正妻が居たんだ」
「居た? つまり昔の話なの?」
僕達が感じた疑問をミナさんが代表して聞くと、帝は静かに頷いた。
「そうだ。由芽の方の名はある事件が原因で彼女が輿入れしてきた東郷家の名と共にこの国の歴史から抹消された」
「歴史から抹消された!?」
いきなり物騒な話になって、僕達は困惑する。
貴族の家が歴史から抹消されるだなんて、そうとうな大事じゃないの!?
「そして将軍と由芽の方との間には一人の子が居た。それが雪之丞、お前の兄陽蓮春鴬だ」
「晴臣が、余の兄!?」
立て続けに明かされる真実に、雪之丞さんが動揺の声を上げる。
「ま、まことに晴臣が余の兄なのですか!?」
「事実だ。奴の本当の名、春鴬の名には将軍の直系の子だけが名乗る事を許される季節の名が入っているだろう?」
確かに、晴臣さんの本名は春鴬、春の名前が入っているね。
でもこの国の名づけにそんなルールがあったなんて知らなかったよ。
「晴臣が本当に余の兄……で、ですが何故晴臣は余を裏切ったのです!? そもそも父の正妻は余の母上の筈! 何故名を消されたのですか!?」
帝は知らないままでいた方が良い事もあるんだがなぁと言いながら、ゆっくりと事情を話し始めた。
「それはな、東郷家が謀反を行ったからだ」
「謀反!?」
まさかの謀反発言に、雪之丞さんが目を丸くする。
とはいえ、謀反は僕の前世や前々世でもそれなりにあった。
間違っても家の名が消されるようなことじゃない。
一体何が起きてそんな事になったんだろう?
「そ、そんなまさか!? わが国ではここ数百年将軍家に反旗を翻すような争いは起きてない筈です!」
数百年も!? それは凄い!
普通数百年もあれば、謀反の一つや二つも起こるものだと思うんだけど。
というか、下手したら国が滅びていてもおかしくない年数だよね。
それがそんなに長い間起きないなんて、この国はよっぽど平和な国なんだなぁ。
「表向きはな。だが実際には謀反は一度や二度じゃなく起きているんだ」
と思ったら、どうやらそうでは無いみたいだった。
「この国にとって最も重要なのは、マジックアイテムを使って天峰の地を安定させる事だ。その為魔道具運用の不安要素になりかねない出来事は可能な限り減らしたい。だから国を揺るがすような事件は絶対に関わりたくないと思わせるような厳罰が必要だったんだよ」
「それが名を消すって事?」
「そうだ。この国の武家だけじゃなく、他国の貴族にとっても家を残す事は最も優先するべき事柄だ。爵位を没収されるような事態に陥ったとしても、家の名と一族の血さえ残っていれば、いつか家を復興させる事が出来る」
しかしと帝は言葉を切る。
「この国で反乱を行った場合はそんなもんじゃすまない。反乱を行った家の者は女子供の別なく処刑され、家の名も国の歴史から削除される。運よく一族の生き残りが居たとしてもソイツはどんな大手柄を立ててもお家の再興は許されない。何しろ歴史から消された家だからな。無い家の復興は出来ないって寸法だ。もちろん一から新しい家を興す事も許されない」
なるほど、確かに一族を残す事を最も大切に考える貴族からすれば恐ろしい罰だね。
失敗イコール未来永劫一族の名が抹消されて再興を望めないなら、よほどの自信が無い限り反乱を行う事は出来ないだろう。
そんな事情があるなら、他の貴族、弱小だけでなく中堅貴族でも反乱に手を貸す可能性は少なくなる。
場合によってはこれ幸いと協力するフリをして情報だけを得れば邪魔な他家を消すことだって出来る。
貴族の数が減れば、その貴族が担当していた役職や領地に空きが出るしね。
「将軍と由芽の方の間に子が生まれてしばらくした頃、東郷家が将軍家に反旗を翻す準備をしていると言う情報が入った。それを聞いた将軍は不自然に思いながらもまずは調査をする事にした。何しろ東郷家は自分が送り込んだ娘が将軍の正妻に収まり、更に子供まで生まれたんだ。まともな人間なら反乱など起こす訳がない」
「確かに」
皆がそれはそうだと頷く。
送り込んだ娘が次期将軍の母になるなら、その家は天峰の国にとって重要な家になるのは間違いない。
その辺りは僕達の国も同じだからね。
だからこそ将軍も不可解な謀反に首を傾げたんだろうね。
「で、では、東郷家が潰されたという事は、実際に反乱が起きたのですか?」
雪之丞さんの質問に対して、何故か帝は首を横に振る。
「いや、反乱は起きなかった。正しくは反乱が起きる前に証拠の品が見つかったんだ」
「証拠の品?」
「そうだ。密告された東郷藩内にある幾つもの倉庫や廃墟から大量の戦闘用マジックアイテムが見つかったんだ」
「「「「魔道具「マジックアイテム」が!?」」」」
「ああ、平時ならありえない量のマジックアイテムは、東郷家が反乱を画策している確たる証拠となった。どうやら相当量のマジックアイテムが揃えられていたらしくてな、とても道楽で集められるような量じゃなかったそうだ。どう考えても戦の為に集められたとしか思えない量。だが数百年もの間戦が起きていないこの国で行うなら、それは反乱以外にありえんと将軍と家老達は判断し、東郷家の抹消を決めるに至った訳だ」
そこまで言い終えると、帝は大きくため息を吐いた。
なるほどね。確かに隣国との戦争の心配のない島国の一領主がそれだけ大量のマジックアイテムを持っていたら疑われて当然だ。しかも一領主が国を相手取って勝ち目がある程の性能となれば謀反の情報はほぼ真実と思われるだろう。
なにせ前世でもたった一個のマジックアイテムが国をひっくり返しかねない大惨事を引き起こした事もあったもんなぁ。
あっ、僕の作ったマジックアイテムの話じゃないからね!
「そうした事情があって、由芽の方は名を消され雪之丞の母が正妻になったという訳だ」
「そんな事が……」
自分の母親の前に将軍の正妻が居た事実と、その人が歴史から抹消された真相を知って雪之丞さんは何とも言えない顔になる。
「あれ? でも反乱を起こしたら女子供でも処刑されるんですよね? その晴臣という方は何故生き伸びる事が出来たんですか?」
ふと疑問に思ったらしいノルブさんが晴臣さんは何故生きているのかと首を傾げる。
確かにそうだ。帝の言う通りなら晴臣さんは今頃生きていない筈。
「まぁ実際、周りからも殺すべきだと散々家臣達に言われたみたいだぜ。生かせば悪しき前例を作るってな。実際の所は自分の娘を正妻にねじ込んで、新たな次期将軍の母にしたいっていう打算からだろうが、それでもこの国の安寧を守る将軍家として家臣に弱みを見せるわけにはいかん。上が決まりを守らにゃ部下に示しがつかんからな」
あーやだやだと言いながら帝がこの国の武家達のドロドロとした話に嫌そうな顔をする。本当にこの人は政治に興味がないんだなぁ。
「とはいえ、将軍も人の子だ。我が子を殺すのは忍びなかったんだろうさ。同じ時期に死んだ赤子を自分の子の身代わりとして墓に埋め、密かに我が子を逃したんだよ。次期将軍として与えられた春の鴬(王)の名を晴(春)臣と変えてな」
「だから晴臣は余の臣ではないと言ったのか……」
晴臣さんに何か言われたんだろう。
雪之丞さんが彼から言われた言葉の真意を知ってまたうなだれる。
「でもなんでそんなに詳しいんですか? 歴史から抹消するような出来事だったんですよね?」
うん、そうなんだよね。何でこの人はこんな僻地に住んでいるのにこんなに事情に詳しいんだろう?
「ああそりゃ簡単だ。将軍の野郎から直接聞いたからな」
「父上から直接!?」
「おう。アイツはこの国の実質的な王だからな。下手な奴に弱音は吐けねぇ。だがこの国の象徴にして政治とは切り離された帝の俺なら、アイツも安心して愚痴を言う事が出来るって訳だ。適当に将軍の責務をでっち上げて来ちゃあよく愚痴を聞かされたもんだぜ。」
なるほど、直接本人に教えて貰ったから知っていたんだね。
「だが晴臣の奴はどこでそれを聞いたのやら。将軍はあの件について箝口令を敷いたと言っていたし、赤子もこの村を介して複数の人の手を通し最終的に縁遠い家に預けた。だから将軍の子とは気づけない筈なんだがな。まぁ人の口に戸は立てられん。誰かが晴臣が生きている事を察して執念深く追い続けたんだろうさ」
そしてその情報を魔人が利用したんだろうと帝は言う。
「さて、晴臣の話はそれで終わりだ。寧ろ俺達としてはここからが本題だ」
「……マジックアイテムの事ですね」
「そうだ。晴臣と魔人はもう一つの鍵を持ってアマツカミ山に向かった。鍵は登録者が死ぬとロックが解除され次の主と契約できるようになる。つまり将軍が死んだ今、晴臣でも契約は可能って訳だ」
「魔人が契約する可能性もあるんじゃない?」
「その心配はない。魔人の存在が当然だった時代のマジックアイテムだ。悪用されないように人間にしか使えないようになっている」
なるほど、それなら最悪の事態は避けられそうだね。
でもそれこそが魔人が晴臣さんと手を組んだ理由なのかもしれない。
自分では動かすことが出来ないから、晴臣さんを介して国を守っていたマジックアイテムを制御したいと。
「マジックアイテムはアマツカミ山の火山エネルギーと霊脈のエネルギーの二つを利用して動いている。あそこは活火山と霊脈が交差するこの国で一番危険な場所だが、エネルギーを確保する上では一番理想的な場所でもあった訳だ」
「なるほど、災害のエネルギーを別の災害を抑える為のエネルギーとして利用しているんですね」
「そういうこった。逆に言えば、国一つを幾多の災害から守る為にはそれだけの膨大な力が必要だったって事でもあるんだがな」
へぇ、面白い考え方だなぁ。僕だったら原因を解決するか、災害そのものを直接消す方向で考えたと思う。
恐らく帝のご先祖様はエネルギーの再利用に重点を置く技術者だったんじゃないかな。
将来子孫がこのマジックアイテムをさらに国の発展の為に活用してくれる事を期待して。
「だがまぁ、近頃はマジックアイテムも不安定でな。整備は定期的に行っていたが、それでもこの国では手に入らん素材や、起動したままじゃ修理できない箇所があったんだ。それに加えて大量の魔物が村の周辺をうろついていた事でここ最近は整備も滞っていた。おまけに魔人に鍵が奪われたとあっちゃあ何時何が起きてもおかしくない」
帝が苛立たし気に頭を掻きながら悔しそうに言う。
「マジックアイテムももう寿命が近いのかもしれん。いままではなんとか出来る事をやって来たが、道具はいつか壊れるもんだ。だがせめて取り返しがつかなくなる前になんとかもう一度メンテナンスをして海の災害を鎮めたい。そして一人でも多くの天峰の民を国外に逃がしてやりたいんだ」
帝が真剣なまなざしで僕達を見る。
そうか、帝の望みは国民の脱出だったんだね。
でもそれはとても大変な事だ。
国を失った人達が新たな故郷を得るには相当な苦労が待っている。
でもそうしなければいけないのがこの国の実情なんだろう。
「頼む、マジックアイテムの鍵を取り戻してくれ。マジックアイテムが魔人に壊される前にもう一度メンテナンスをしたいんだ」
「分かりました! 僕達に任せてください!」
僕が答えると、皆も力強く頷いてくれる。
「さすがにここで抜けるのは後味が悪いしね」
「ええ、このままですと大勢の人が危険に晒されます。神に仕える者として見過ごせません」
「私達は筆頭家老のおじさんの依頼を受けているから、力を貸す」
「そうね、まぁ依頼を受けてないとしても、レクスさんが動くなら私も動くけど」
「キュッキュウ!」
モフモフも自分に任せろって言ってるみたいだ。暫く会わない内に頼もしくなったね!
よし、それじゃあさっそく出発だ!
と思って立ち上がったんだけど、そんな中雪之丞さんだけは無言でうなだれていた。
理由は聞くまでもない……よね。
敵に襲撃された中で最後まで守ってくれた晴臣さんこそが実は敵だったんだから。
しかも晴臣さんは雪之丞さんの実のお兄さん。
さらに言えばその実家は謀反を起こして歴史から抹消された家となれば、雪之丞さんがどうしたらいいのか分からなくなっても当然と言えば当然だ。
帝もその気持ちが分かるのか、どう慰めたものかと手を宙に漂わせていた。
皆も事情を聞いたことで雪之丞さんを無責任に声をかける事は出来ないとためらっている。
「ほらどうしたのよ雪之丞、アンタも来ないとマジックアイテムと契約出来ないわよ。将軍になるんでしょ!」
けれどミナさんだけはいつものように雪之丞さんに話しかけていた。
「いや、余は行かぬ方が良いのかもしれぬ」
「何言ってるのよ! アンタがいかないとマジックアイテムが晴臣さんの物になっちゃうのよ!」
「……それで良いのではないか?」
「は? 何言ってんのよアンタ!」
うなだれたまま、雪之丞さんは吐き出すように言葉を紡ぐ。
「もともと晴臣が次期将軍だったのだ。それを余が奪ったにすぎん」
「しょうがないじゃない。あの人の実家が謀反を起こしちゃったんだから」
「だがそれは晴臣の罪ではない! 寧ろ幼子だった晴臣は被害者だ!」
それが一番胸を貫いた事だと言わんばかりに雪之丞さんが声を荒げる。
「そもそも余はこの旅で何もできなかった! ただただ姫のように守られていただけだ! 将軍になりたいと言う思いも、将軍になる事が将軍の子である余の使命だと思っていたからに過ぎぬ! 余はただ漫然と将軍になろうとしていたに過ぎぬのだ! ……そんな余が、兄から全てを奪った余がのうのうと将軍になれる筈がない……」
罪悪感、それが雪之丞さんを絶望させたものの正体だった。
自分の兄の家族を奪ったのが実のお父さんで、何の罪もないお兄さんから全てを奪ったのは自分だからと。
「そんな余などよりも、晴臣が将軍になった方がこの国は良くなるかもしれん」
そう、雪之丞さんは自嘲気味に笑う。
「それが! どうしたぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
そんな雪之丞さんに対し、ミナさんが思いっきり背中を叩いた。
「うごぁっ!?」
ドパァン! と凄い音がして雪之丞さんが吹っ飛びながら地面に倒れる。
「なーにが晴臣が将軍になった方がこの国はよくなるかもしれん、よ!! 馬鹿な事言ってんじゃないわよ! アンタ忘れてるんじゃない?」
「な、何をだ?」
「言われたんでしょ晴臣さんに。この国を亡ぼすって。自分から全てを奪ったこの国の全てをって。それってつまり、あの人はこの国を滅茶苦茶にしようとしてるって事よ! そんな人が王様になって国民が幸せになれるとでも思ってるの!?」
「うっ」
あまりにも当然な言い分に雪之丞さんだけでなく帝も目を丸くしていた。
リリエラさんもちょっと驚いているけど、ノルブさんとメグリさんはちょっと嬉しそうと言うか楽しそうな感じで見ているような?
「良い? アンタと晴臣さんの間に因縁があったのは仕方がないわ。でもそれは親同士のやった事よ。アンタ達には直接関係ないわ。そして晴臣さんはそれを怨んで復讐しようとしている。しかもこの国の人達全てを巻き込んで! 現にアンタの護衛や城の人達が襲われたのよ!」
「そ、それはしかし……」
「しかしもへったくれもないわ! あの人は今悪い事をしているの! そしてマジックアイテムを手に入れたらもっと多くの被害が出るわ! だからあえて言うわ。将軍の子でも、春鴬から全てを奪った弟でもない、アンタ自身はどうしたいの? 何もかも見捨てて投げ出して国が亡ぶのを見たいの? 大勢の人が死ぬのを黙って見ているだけ? アンタがなりたいって言った将軍ってのはそんな事を許しちゃうような王様なの?」
ミナさんは愚痴なんて聞かないと言わんばかりに雪之丞さんに畳みかける。
「答えなさい幸貴! ただの一人の男として、アンタが信じる天峰の武人ってヤツの心意気を!」
そこで何故かミナさんは雪之丞さんを違う名前で呼んだ。
「っ!?」
けれどその名で呼ばれた事に何かを感じたのか、雪之丞さんが目を大きく見開いた。
「余は……余は……」
雪之丞さんが迷いを払うように顔を上げる。
「余の理想とする武士の姿は……この国の民の為に心を砕いてきた父上だ。将軍陽蓮夏典の姿だ」
ゆっくりと、けれど決意を込めた眼で立ち上がる。
「ミナよ、余は幸貴ではない。将軍陽蓮夏典の息子、陽蓮雪之丞だ。そして余は晴臣の、兄の凶行を許す訳にはいかん! 次期将軍として、この国の民を守るのが余の務めだ!」
肉親の情や罪悪感よりも、自分の受け継いだ役割を全うすると雪之丞さんははっきりと口にした。
「そう、ならそれでいいんじゃない? アンタが自分の意思で決めた事ならね」
「うむ、しかしそなたは厳しいな。落ち込む暇もない」
と、憑き物が取れたように雪之丞さんが笑う。
「さすが村一番のガキ大将をぶっ飛ばしてお説教をしたミナ。相手の事情なんてお構いなし」
「ええ、お父上を亡くされてやけになっていた時のジャイロ君も、あんな感じで張り倒されていましたからね」
「おかげでジャイロはミナに頭が上がらない」
とメグリさん達が笑い声をあげる。
もしかしてミナさんって昔からこんな感じの姉御肌だったの?
「よーし、それじゃ魔人をぶっ飛ばしてマジックアイテムの鍵を奪い返したら、晴臣さんをとっつかまえてお説教するわよ!」
「うむ! 晴臣には罪を償わせる! そのうえで余は晴臣に弟として向き合おう」
「ええ、頑張りなさい」
決意を新たにした雪之丞さんを見るミナさんの目は優しく、彼の言葉を後押しする様に囁いたのだった。
◆春鴬◆
「おお、これがこの国を支配する魔道具か!」
目の前に鎮座する巨大魔道具を見上げながら、俺は我知らず笑みを浮かべる。
ここはアマツカミ山の麓にある洞窟の中。
結界によって守られたこの国の真の中枢部。
「鍵のおかげでようやくここまで来れたぞ」
共にやって来た魔人が鍵を手に魔道具に近づく。
だが魔道具に触れようとした瞬間、魔人の手が激しくはじかれた。
「ぐわぁっ!?」
魔人の腕がズタズタに引き裂かれ、その腕から大量の血が流れる。
「くっ、入り口だけでなく、魔道具そのものにもこれほどの対策がされていたか!」
魔人は忌々しそうに魔道具を睨むと、自分の腕に治療薬を振りかける。
そして手に持っていた鍵を俺に投げてきた。
「やはりお前の力が必要なようだ」
「うむ」
俺は鍵を手に再び魔道具を見上げる。
「ああ、遂にここまでやって来た」
鍵を握りしめながら、俺は初めて魔人と出会ったあの日を思い出す。
俺はとある貧乏武士の子として育った。
ただし実子ではない。どこかから連れてこられた得体のしれない子供として育てられた。
当然そんな子供を歓迎する家族はいない。
俺は義母と義兄に辛く当たられた。
義父も俺を育てる義理こそあれ、義母達の振る舞いを直そうとはしなかった。
何故俺だけがこんな目に、下男の様な生活を強いられながら俺は鬱屈とした日々を送っていた。
そんな時だった。
俺の本当の父親を知ると言う男が訪ねてきた。
男の正体は人間に化けた魔人だった。
俺は驚いた。物語にしか存在しない魔人が実在していたのだから。
そして魔人は俺に全てを教えてくれた。
「お前はこの国の将軍の息子だ。だが政争に負け、お前を残して一族は滅んだ」
更に魔人は言った。俺には腹違いの弟がいると。
そしてソイツは俺が得る筈だった全てを与えられヌクヌクと暮らしていると。
許せない。そう思った。
まともな教育を受けれなかった俺には政争という言葉の意味も分からなかったが、それでも自分は虐げられ、血の繋がった弟が全てを与えられたという事は理解できたからだ。
「お前が復讐を望むのなら手伝ってやろう。そして全てを手に入れ……いや取り戻すが良い。本当ならお前が手に入れる筈だったモノをな」
魔人の言葉がどこまで信じられるのか分からない。
何しろコイツ等は我等人の敵だ。
それが善意で真実を教えてくれたとは思えぬ。
何か裏があるに決まっている。
だがそれでも、魔人の言葉は俺にとって希望だった。
なにせ今の俺には何もないのだから。
金も、飯も、暖かな愛情も、何もない。
あるのはただ厄介者を厭う蔑みの目だけだ。
「力をくれ。お前達が何を企んでいようが知った事じゃない。俺が奪われた全てを取り戻し、俺から奪った奴らの全てを奪う為に!」
ニィと魔人が笑みを浮かべる。
「それでいい。俺達を信じる必要はない。俺達はお互いに利用し合えばいいのだ」
こうして俺は国を捨て、魔人と手を組んだ。
そして魔人によって義理の家族は家ごと焼き払われ、俺は魔人の伝手でとある高位武士の養子となった。
そしてその家で俺は今まで学ぶことを許されなかった武士としての教育を受けた。
それは苦しく厳しい日々だった。
他の武家の子がもっと幼いころから学ぶ教育を、まだ成人前だったとはいえ成長した後で受けたのだから。
だが俺は歯を食いしばってその教育に耐えた。
全ては将軍家に復讐する為。そして俺を押しのけて全てを手に入れた雪之丞に絶望を与える為に!
そして鍵を手に入れる為、魔人の伝手を利用して城に仕官した。
ここまで事が上手くいったのも、魔人が今日という日の為に変身魔道具で人間に化けて伝手や弱みを握って来たからだという。
ある意味では俺もその伝手の一つになる訳だが、どうせ利用しているのはお互い様だ。
せいぜい利用させてもらおう。
先行して城に潜り込ませた密偵と魔人の用意した魔道具があれば将軍の暗殺は容易だった。
だが鍵の正体が分からない為、目標を将軍の息子である雪之丞に絞った。
護衛役となる事で雪之丞の信頼を得ながら、鍵が渡されるであろう成人の時を待つ。
そして雪之丞の日々の生活を将軍に報告しながら辛抱強く鍵を与えたのかどうかの情報を探った。
正直俺を捨てた男と俺から全てを奪った男の間を取り持つ役目は、ハラワタが煮えくり返る思いだった。
今すぐにでもコイツ等を殺してやりたいと思いながら、俺は耐え続けた。
幸か不幸か、そんな辛抱の日々を続けた事で将軍は俺を信用した様だった。
お陰で雪之丞の事を聞く際には護衛の数が目に見えて減っていったのだ。
代わりに今度は将軍から親として振舞えぬ難しさなどという忌々しい話を延々と聞かされ続ける事になったのは本当に苦痛だったが。
しかしその甲斐はあった。
ある日遂に将軍が口を滑らせたのだ。
将軍襲名の為に必要なモノは息子に与えた。これでいつ自分が死んでも大丈夫だと。
ようやく望む言葉が聞けた俺は、その日の晩に将軍を暗殺した。
将軍を殺した罪を筆頭家老に押し付け、雪之丞には逃げるように促した。
俺を信じ切っていた雪之丞はあっさりと信用した。
正直楽しくて仕方が無かった。
これまでの憎しみが全て報われた瞬間だった。
俺は内心で雪之丞の愚かさを嗤いながら、追手に偽装した部下達に雪之丞の護衛を殺させた。
途中妙な連中の邪魔が入ったが、結果を見れば上々の出来だ。
転移魔道具で魔人を村の中に引き入れ、魔道具の鍵を奪う事が出来たのだからな。
欲を言えばあの場で雪之丞を殺せなかった事が惜しいくらいか。
「さぁ魔道具よ! 俺を将軍として認めろ!」
鍵をかざしながら、俺は魔道具に触れる。
「おお!?」
すると魔道具と鍵が淡く輝きながら、互いを光の線で繋いだ。
更に鍵の光が俺の体を包みこんでゆく。
「こ、これは?」
「心配は要らん。魔道具と鍵がリンクし、お前を主として登録しているのだ」
「遂に、遂に俺が魔道具の主になるのか!」
光が俺の全身を完全に包み込み終えると、鍵と魔道具は輝きを薄れさせ、互いを繋いでいた光の線が途切れた。
「登録が完了したようだな」
「おお、これで俺がこの国の真の王となったのだな!」
「さぁ、魔道具を操作してみろ。ふむ、ここまで強固な使用者登録をする魔道具だ。スイッチやレバーが見あたらない事から言っても使い手の思念で動かすものだろうよ。そこの大きな宝玉に触れて念じて見ろ」
「よ、よし。やってみよう」
俺は魔人の言う通り、魔道具の表面に見える宝玉に触れて念じる。
「愚かな者達よ、真の王が誰かを教えてやろう! 魔道具よ、その働きを弱めよ! 愚か者共に災害の恐怖を与えるのだ!」
そう念じると、魔道具から発せられていた光が弱まっていく。
そして同時に足元から鈍い震動が響いてきた。
そして震動は次第に大きくなってゆく。
「う、うぉぉ!?」
「どうやら魔道具の力が止まった事で、封じられた災害が蘇ったようなだな」
やった! 魔道具が俺の言う事を聞いたぞ!
「ふはははははははははっ! 遂にだ! 遂にこの時が来た!」
こみ上げる笑いを我慢する事が出来ず、俺は天に向かって叫ぶ。
「俺を捨てた事を後悔しろ将軍! 俺から全てを奪った報いを受けろ雪之丞! 俺を救わなかった全てよ! お前達から全てを奪い取ってくれる! 真の将軍が誰か、思い知るがいいっ!! ははははははははははっ!!」
◆
雪之丞さんがやる気を取り戻し、さぁ出発だと外に出たその時だった。
凄まじい轟音と共に、アマツカミ山から真っ赤な火柱が上がったんだ。
「アマツカミ山が!?」
「ひぃぃぃぃぃっ!!」
突然の噴火に村の人達が悲鳴をあげる。
「なんてこった……アマツカミ山が噴火しちまった……」
「そ、そんな。アマツカミ山の火山の力は魔道具を運用する事で消費させていたのに……」
「間に合わなかったか……」
帝や神官さん達が絶望を顔に張り付かせて崩れ落ちる。
「終わりです、アマツカミ山が噴火してしまったら、もう魔道具を再起動させても……」
事情を知っている神官さん達はもうダメだと頭を抱えながら震える。
「いえ、まだです! まだ間に合います!」
そう、まだだ。
まだ諦めには早い!
「駄目だ、もうアマツカミ山は噴火しちまったんだ。こうなっちゃ魔道具を再起動させてももう間に合わん。かつての魔道具ならともかく、劣化した今の魔道具じゃ噴火している最中の火山の力を止める事は出来ない。静まっている時に力を吸い取るのと、暴れまわるのを抑えるのじゃ訳が違う」
「いいえ! まだ火山が噴火しただけです! だからそれを止めればいいだけです!」
「は!?」
事は一刻を争う。
僕は説明を後回しにして魔力を集中し、立て続けに魔法を発動させてゆく。
「ストリームコントロール!」
まず気流操作魔法で空に舞い上がった火山灰と岩石を一か所に集め地上にそっと下ろす。
「ボルカニックファンネル!」
次いで魔力で作った漏斗で火山内部のマグマ流を誘導する事で、アマツカミ山内のマグマがこれ以上外に出ないようにして噴火を止める。
「お、おおおっ!?」
「ブリザードコキュートス!」
更に広範囲極寒魔法で流れ出たマグマと火口のマグマを急速冷凍してマグマの流出と火砕流と森の火事を同時に阻止する。
「な、ななな!?」
「ウェザーコントロール!」
そして天候操作魔法で嵐を鎮め、天候を落ち着かせる。
「はぁーーーーーーーー!?」
「グランドカルム!」
最後に大地を操作する事で近隣の地震を鎮めた。
「じ、地震が収まった!?」
「な、何が起きているんだ!?」
よし、これで応急処置は完了だね!
一通りの対処が終わった事で、僕はへたり込んでいる村の人達に応急処置を終えた事を告げる。
「とりあえずこれで火山の噴火は阻止しました。とはいえ一時的な処置なので、今のうちに環境保護マジックアイテムを魔人の手から取り戻す必要があります」
「は、はぁ……」
「そ、そうね、これでしばらく大丈夫そうだし、さっさと遺跡を取り返すとしましょうか!」
「……ん、魔人をやっつける」
「そ、そう! 大丈夫です。僕らにはレクスさんが居ますから!」
「……ま、待て、一体何が起きたのだ? ど、どうやって災害を……?」
「いいからいいから。まずはやる事をやりに行くわよ!」
「う、うむ……?」
詳しい事情を聞きたがった雪之丞さんをミナさんが窘める。
うん、今はこの問題を解決するのが先だからね。
それにこれはごく普通の緊急避難用の一時的な災害鎮静化魔法だ。
恒久的に問題を解決する魔法じゃない。
「よ、よろしく頼むぞお前達……」
「ええ、任せてください! じゃあ行こうか皆!」
「「「「おおーっ!!」」」」
「お、おおー?」
こうして、僕達は魔人との決戦の舞台へと向かうのだった。
「……正直今回は久しぶりにビビッたわ」
「ええ、レクスのとんでもなさにはすっかり慣れた気でいたけど、まさか自然災害まであっさり止めちゃうなんてねぇ……」
何だろう? 皆の様子がおかしいような?
この国を一大事から守る為の戦いに緊張しているのかな?
でも大丈夫だよ。皆は確実に強くなっている。
魔人がどんな卑怯な手段を取ろうとも、何とかできるだけの力は備わっているよ!
◆帝◆
将軍の倅達が魔道具の安置されたアマツカミ山に向かって行く姿を、俺達は呆然としながら見送っていた。
「一体何者なんだあの坊主は!?」
噴火したアマツカミ山だけでなく嵐と地震まで鎮まっちまった。
実際にあの光景を見た今でも信じられん。
あくまで一時的な事だと言っていたが、人にあんな事が出来るものなのか……?
「まさか、あの方々は天峰を守護する神々の化身なのでは……」
傍で控えていた三郎の言葉にまさかと思いつつも、しかし俺はその言葉を否定する事は出来なかった。
何しろただの人間に火山の噴火を止め、空に舞い上がった噴煙を消し去り、あまつさえ大地の怒りを鎮めるなど出来る筈がないからだ。
「……」
あの坊主、いやあの少年達が何者なのかは分からない。
だが俺達は彼等が去っていった方角を見つめながら、自然と神々への祈りの姿勢をとり、深く感謝の念を捧げていたのだった。
帝_(:3 」∠)_「きっとあの少年達は神々の使いに違いない」
神官達_(¦3 」∠)_「ありがたやありがたや」
モフモフ_Σ(:3 」∠)_「騙されちゃだめぇーっっ!」
雪之丞_(':3 」∠)_「ねぇ、ホントに余がついて行く意味あるの?」
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