第194話 将軍襲名の儀
作者_:(´д`」∠):_「設定に齟齬があったため、193話のラスト周りの流れを修正しました」
作者_:(´д`」∠):_「あと今回の話の終盤の戦闘シーンも18:30ごろに修正しました」
作者_:(´д`」∠):_「それと目の検査をした後で書いたので、検査薬の一時的な副作用の影響で誤字脱字の確認がいつも以上に出来てない可能性があります」
ヘルニー_(:3 」∠)_「変な誤変換とかあったりしたましたらモフモフの反逆回くらいのおおらかな気持ちで誤字報告を頂ければ幸いです」
ヘイフィー_(:3 」∠)_「東国編はあと5話くらいかなー(文字数は考慮しないものとする)」
作者_:(´д`」∠):_「季節の変わり目と先週遭遇したトラブルと旅行疲れでぐんにゃりして更新ペースずれ込んでますが、おいおい治していきたいですねー」
いつも応援、誤字脱字のご指摘を頂きありがとうございます!
皆さんの声援が作者の励みとなっております!
◆雪之丞◆
「どうぞお入りください」
神官に案内されたのは、屋敷の中ほどにある部屋だった。
「ここで将軍襲名の儀式を行うのか?」
「左様にございます。ささ、どうぞ」
「うむ」
神官に促され部屋に入ってゆく。
だが、部屋の中を見て余は困惑してしまった。
「なんだ? ただの部屋ではないか?」
そう、神官に案内された部屋はどこにでもありそうな普通の部屋だったのだ。
とても将軍襲名の儀式を行う神聖な場所とは思えぬ。
「おお、来たか」
部屋の奥から聞こえてきたその声に、余は今更ながらに先客がいた事に気付く。
将軍襲名の儀式を執り行う神官が待っていたのかと思ったのだが、その者の姿を見た瞬間余はまたしても困惑してしまった。
「……何だそなたは?」
余がそう言ってしまったのも無理からぬこと。
何しろその男の姿は、とても神官とは思えぬ薄汚れた格好をしていたからだ。
民の様な着流しでもなく、武士の様な装いでもない、あえて言うなら上下の色が揃った異国風の服と言ったところか。
ただ異国の服ではないと感じたのは、その者の着ている服の意匠が天峰風であったからだ。
「はっはっはっ、俺が誰か分からんか」
自分が何者なのか分からないと言われたにも関わらず、男は愉快そうに笑う。
一体何者なのだ? ここに居たと言う事は将軍襲名の儀式の関係者なのだろうか?
だがそんな疑問も、男が次に発したとんでもない発言で吹き飛んでしまう。
「俺は帝よ。この国を統べる……な」
「はぁ!?」
そう、よりにもよってこの男は自分が帝だと言い出したのだ。
余りにも不敬な発言に、余は思わず素っ頓狂な声をあげてしまう。
「馬鹿を申すな! 帝が貴様の様な薄汚れた男である訳があるまい!」
そうだ、帝はこの国の象徴にして最も貴きお方。断じてこの様な薄汚れた男などではない。
「ハハハハハッ! 薄汚れた男ときたか!」
しかし男は自分の不敬な発言を恥じる様子もなく笑い続ける。
「帝の名を騙ろうとは不敬千万! 余自ら処罰してくれる!」
帝に仕える武士として、次期将軍として、この様な不埒者を野放しにしてはおけぬ!
「落ち着かれませ雪之丞様」
だが何故か神官が間に立ちふさがって止めた。
「何故止める!? この男は帝の名を騙った大罪人ぞ!」
そう、帝の名を騙るなど想像も出来ぬほどの大罪ぞ?
だというのに、何故帝にお仕えする神官が止めるのだ!?
「騙っておりませぬ」
「何?」
「この薄汚れたお方こそ我が国の最高権力者であらせられる帝様ご本人でございます」
「はぁ!?」
神官から信じられないような言葉が飛び出し、余は目を丸くする。
この薄汚れた男が本当に帝だと!?
「そのお気持ちは非常に良く分かりますが事実でございます」
「おいおい。お前まで俺を薄汚れたおっさん扱いかよ」
「事実でございます」
「いや……だが……」
信じられん。作業場で働いている作業員の様な薄汚れた格好をしたこの男が、天峰の武士達を束ねる帝様ご本人だと言うのか!?
だが将軍襲名の儀式を執り行う地の神官の言葉。
信じるべき……なのか?
「だから言ったのです帝様。せめて謁見の際にはもうすこしマシな格好をするべきだと」
「なーにが帝様だ。どうせそんなものは名ばかりの称号。この坊主もその理由を知ればすぐに俺がこんな格好をしている理由に納得するというものよ」
「理由?」
神官と帝……様の奇妙な会話に余は思わず首を傾げる。
「そうだ坊主。コイツの言う通り俺は本物の帝だ」
「……はっ!? も、申し訳ありません帝! 余は陽蓮夏典が一子陽蓮雪之丞とお申します。帝におかれましては……」
未だ目の前の薄汚れたおと……お方が本当に帝なのかは分からぬ。
だが神官が証明する以上本当にこのお方が帝様なのだと信じるしかない。
だとしたら今までの態度は非常に不味い。
寧ろこちらが不敬罪で腹を切らねばならんほどではないか!
余は慌てて膝を突き頭を下げる。
「あーそういうのは良い。お前が夏典の息子って事も御美津からの手紙で知っている」
だが帝様は面倒くさそうに手をパタパタと振ると、どうでも良さそうに止めろとおっしゃった。
「では!」
帝様の言葉に余は叔父上に感謝の気持ちを捧げながら顔を上げる。
「待て待て。まずは話を聞け。大事な話だ。ついでに言うとその話は俺がこんな薄汚れた格好をしている理由でもある」
「意味!? その格好にでございますか!?」
そういえば先ほどもその様な事を仰っていたような。
「その通り。何故なら帝とはこの国を統べる王の名じゃあない。帝ってのはな、この国を災害から守るマジックアイテムの管理者の名前なんだよ!」
「魔、魔道具の管理者!? 帝が!?」
帝様が魔道具の管理者!? 一体どういう意味なのだ!?
「おうよ、事は数千年前にさかのぼる。かつてこの世界に繁栄していた古代魔法文明はある事件によって崩壊した。ただまぁ、その事件については俺達も良く分からなくてな、伝説の魔人との戦いだったとか、大規模な魔法実験の失敗とか、果ては天変地異が原因だったとか色々言われている」
「はぁ」
確かにその話は聞いたことがある。
かつて古の大災害が起こり、世界中が大変な事になったという話は天峰の子供なら誰でも知っておるおとぎ話だからな。
「で、ここからが問題だ。俺達が暮らすこの天峰の地もその大災害の影響をモロに受けちまったんだ。当時は今よりはるかに広かった天峰の地の大部分が海に沈み、空も大地も海もこの世の終わりかというほど荒れ狂ったんだそうだ」
「この世の終わり……」
乳母や爺や達から聞いたおとぎ話ではもう少しぼかした物言いだったが、帝様は災害の規模をはっきりと断言される。
「そんな状態じゃ船に乗って外の大陸に逃げる事もできやしねえ。だから生き残った古代魔法文明人達は天峰の地の災害を止める為の巨大なマジックアイテムを作り上げた。そのおかげで天峰の地を襲っていた災害は静まり、お前さんも知っている今の天峰の地となった訳だ」
「おお!」
なんと! 天峰の過去にそのような歴史があったとは!
「見事災害を食い止めたマジックアイテムの開発者を人々は英雄と称えた。そして自分達を導く王になって欲しいと頼んだのさ」
「それが帝の一族の始まり……という事ですか?」
「ああ。ただそれに困ったのが俺のご先祖様だ」
だがそこで帝様は困ったと肩をすくめる。
「何故困るのですか? 国を救った英雄が王になるのは自然な成り行きなのでは?」
英雄が国を興すのはよく聞く話だ。異国から伝わって来た物語や建国神話でも同様の話はよく聞く。
「まぁ物語じゃよくある話だよな。けどな、俺のご先祖達はそれじゃいけないと思ったのさ。
確かに巨大マジックアイテムのお陰で天峰の地と民は救われた。だがマジックアイテムは道具だ。人が整備しなくちゃならん。いつ調子が悪くなるか、いつ壊れるか分からない品を放っておいて王様ごっこなんてとてもしちゃいられねぇ」
「それは……」
言われてみればそうだ。武士の武具のみならず、日常で使う道具はいつかは壊れる。
魔道具だけが壊れないと言う保証などどこにもない。
「それにな、万が一王位を狙う連中に殺されでもしたらいつかマジックアイテムが壊れた時、この国は為す術もなく滅んじまう。それだけは何とかしなくちゃならねぇ」
むむ、それは確かに。
国を救う為の方法が目の前にあるのに、肝心かなめのそれが壊れていては元も子もない。
「だから俺のご先祖様達は決めたのさ。政治の実権は他の連中に任せて、自分達はお飾りの存在になろうってな」
「それでこの国は将軍が治める事になったのですか?」
「ああ。俺達帝の一族はマジックアイテムの知識と技術を継承し、劣化してゆくマジックアイテムの補修だけを役目としたのさ。そしてその事実を代々の将軍になるヤツにだけ教える事にした。これが将軍襲名の真実って訳だ」
なるほど。確かにそうした事情があるのなら、帝が将軍に政を任せる理由も理解できる。
「何故将軍だけなのですか? 他の者達にそれを知らせないのは?」
うむ、それだけが気になった。国家存亡の危機になりうる魔道具なら、天峰の民が一丸となって守る必要があるのではないか?
しかしそれを聞いた帝は苦笑しながら頭を掻く。
「あー、まぁなんつーか」
「悪い言い方をすれば、将軍家に盾になってもらう為です」
「盾に?」
「はい。帝の役割の真実を知れば、帝の技術と巨大マジックアイテムを狙う者も現れましょう。そして国内の安寧を盾に服従を迫る危険があります」
「う、それは確かに」
ああ、言われてみればそうだ。国を守る為に使う魔道具なら、それを悪用すれば国を支配する道具としても使えるのは当然の事か。
「もっとも、そんな都合よく魔道具を使う事は出来んがな。不心得者は敵対する者達の藩内の土地だけをマジックアイテムの加護から外せばいいと考えるだろうが、現実には国内と周辺の海全てがマジックアイテムの範囲になっている。脅迫の為に装置を止めた場合、脅迫している自分の住処が一晩で滅ぶ可能性もあるだろうさ」
「それはなんというか、自業自得ですな」
全てを手に入れたつもりになって脅迫したら、自分の藩だけが滅んだなど笑い話にもならん。
「実際昔は本当にそれをやろうとした馬鹿が居たらしい。結局大失敗に終わってそれ以降は他の藩主達も自分達が巻き込まれたら堪らないと情報の秘匿に協力する事にした訳だ」
「そして今の形になったと」
「そういう訳だ」
なるほど。国を守る為の魔道具はそこまで都合の良い使い方は出来ぬが、それを説明した所で実際に使ってみるまで信じない者もいるだろう。
そもそもそんな都合の良い使い方が出来るのなら、代々の帝や将軍が上手く利用していたか。
それをしなかった事が帝の言葉が正しいと言う証拠なのだろう。
「しかし今の話とその服の関係は一体?」
「そりゃ簡単だ。今言った通り俺は代々受け継がれてきたマジックアイテム技師の後継者なんだ。だから俺は日がな一日国の安寧を守る為の巨大マジックアイテムを整備しているのさ。つまりこれは俺の作業着だ」
「作業着!?」
ああ、言われてみれば異国の服に似ている割にはヒラヒラとした装飾のない服は作業着に見えない事もない。
「せめて謁見の際はまともな服を着て欲しかったのですけどねぇ」
神官が公式の場でくらいちゃんとしてくれと苦言を呈する。
どうやら帝様はかなりズボ……自由な方のようだ。
「ばっか言いなさんな。あんなヒラヒラした服着て朕はマジックアイテム技師であるって言って信じて貰えるかよ」
まぁそれもそうなのだが……
「その格好でも帝と信じて貰えなかったではないですか」
であるなぁ。実際余も信じられなかったし。
「あー良いんだよ。結果としてちゃんと信じただろ!」
「ええ、私が証人となって」
しかし、帝の正体が魔道具の技師だったとは。
信じがたい話だが、わざわざ次期将軍を連れてきて茶番を行うとも思えん。
これまでの話は真実なのであろうな。
「おう。そういう訳だから政はお前に任せた! これで将軍襲名は完了だな!」
「ええ!? そんな簡単で良いのですか!?」
さっきまで神官と口論をしていた筈の帝様が、ちょっと用事を告げるようなノリで余を将軍に任命してきた。
「おうよ! 帝である俺が許可するんだから良いんだよ!」
そ、そんなあっさりと……ここに来るまでの苦労はなんだったのだ?
「お待ちください。一番大事な話をしておりません」
とそこで神官が部屋から出ていこうとする帝様を止める。
「あーそうだった。おい坊主。腰の刀を貸せ」
「刀をですか?」
よくは分からぬが、余は言われた通りに刀を差しだす。
そして帝は刀の鞘を掴むと、刃を抜かずに柄を見つめる。
「よしよし、ちゃんと受け継いでいるな」
「受け継ぐ? それは父より元服の祝いとして頂いたただの刀ですが?」
「ああ、刀身はな。だがこれは違う」
そう言って帝は柄を分解すると、刀身から鍔を取り出す。
「刀の鍔……ですか?」
「そうだ、コイツが重要なんだ。これこそが国を守る巨大マジックアイテムを起動させる為の鍵なのさ」
「鍔が魔道具の鍵!?」
何だと!? どういう事だ!?
「おうよ。巨大マジックアイテムを起動させる為の鍵は太刀と脇差の二本の刀の鍔にして代々の帝と将軍が持つことになっている。帝の持つ鍵は巨大マジックアイテムを常時起動させる為に装置にはめ込んである。お前の鍵はその鍵に何かあった時の為の予備って訳だ」
「この鍔にそんな意味が……」
ま、まさか父上から授かった刀にそんな秘密があったとは……
ううむ、城から逃げ出す時に刀を持ちだしていて本当によかった……
「それを持って巨大マジックアイテムまで行くぞ。そこでその鍔にお前を主として登録させればお前の将軍襲名は完……」
「成る程、こんな所に予備の鍵があったのか」
その時だった。
帝が立ち上がろうとした瞬間、突然屋敷の壁が吹き飛んだのだ。
「ぐぁぁっ!」
「大丈夫か三郎!?」
爆風に耐えながら悲鳴がした方向に目を向けると、神官が帝を庇って負傷していた。
その背中には痛々しく折れた建材が刺さっていたではないか。
「里に侵入する事に成功するだけでなく予備の鍵の存在を知ることまで出来るとは運が良い」
土煙の向こうから、何かを引きずる音と共に見知らぬ男の声が聞こえてきた。
「貴様何者だ!」
「おお、これは失礼した。我が名はザルキュール、魔人ザルキュールという」
そう言って現れたのは、黒褐色の肌に銀の髪、蝙蝠の羽を背中から生やした魔性。
以前余を襲った恐るべき魔人の仲間だった。
「魔人だと!?」
よもやこんな所にまで現れるとは!
「馬鹿な!? 魔人だと!? この村には悪しき者が入れぬ結界が張ってあるのだぞ!?」
だが帝は余以上に驚きの声をあげる。
というか、この村に結界などが張られていたのか?
だが魔人は結界には何の意味もなかったと笑いながら否定する。
「くくくくっ、結界などこの俺には無意味よ。さぁその鍵を寄こせ。この男の様になりたくなければな」
「ううっ」
魔人が土煙の中から片腕を上げると、そこには傷ついた晴臣の姿があった。
「晴臣!?」
「わ、若……お逃げください……」
晴臣が弱々しい声で余に逃げろと告げる。
「貴様、晴臣に何をした!?」
「なに、屋敷の前で犬の様に佇んでいたのでな。ちょっと遊んでやっただけだ」
さもなんでもない事の様に答える魔人に余は怒りで打ち震える。
「貴様ぁっ!」
「さぁそれを渡せ。渡さねばこの男が……」
そう言うと魔人は晴臣の腕を無造作に引っ張ると、着物の袖が破れて悲鳴が上がる。
「ぐあぁぁぁっ!」
「晴臣っ!」
「どうした? 早くしないとこの男の腕が引きちぎれるぞ?」
「がぁぁっ!」
魔人が愉快そうな笑みを浮かべながら苦しむ晴臣の姿を見せつけてくる。
「ま、待て!」
「い、いけませぬ。それを渡しては天峰の大地が……」
「黙れ爺い!」
「「うわぁっ!?」」
魔人が腕を振るうと、帝と神官が吹き飛ばされる。
イカン、このままでは晴臣だけでなく帝と神官の命も危ない!
「わ、分かった。鍵はくれてやる。だから晴臣を返せ!」
刀の鍔を魔人に向かって放り投げると、魔人は晴臣から手を放して鍔を受け取る。
「くはははははっ、これで鍵が手に入ったぞ! そら、コイツは返してやろう!」
「ぐあっ!?」
魔人は愉快そうに笑いながら晴臣を無造作に蹴ってこちらに転がしてくる。
「晴臣!」
余は傷ついた晴臣を抱き上げ無事を確認する。
良かった、傷ついてはいるが、出血も少なく深い傷はなさそうだ。
「も、申し訳ございません。私の所為で鍵が……」
だというのに晴臣はなおも申し訳なさそうに余に謝ってくる。
「構わん! そなたの命には代えられぬ!」
そうだ。余にとっては良く分からぬ魔道具の鍵よりも大事な家臣である晴臣の方だ。
「若っ!? なんという……」
それを聞いた晴臣が申し訳なさそうに顔を歪め……
「なんという愚かな男よ!」
突然余を押しのけたと思うと、そのまま余を地面に押し倒して馬乗りになってきた。
「なっ!? ぐぅっ!?」
「ははははっ、国や民を見捨てて目先の利益に走るとは、やはりお前は将軍の器ではなかったな!」
晴臣が見た事もない笑みを浮かべながら余を罵る。
一体どうしたというのだ!?
「は、晴臣……正気に戻れ」
「っ」
その瞬間、晴臣が動きを止める。
余の言葉が通じたのか!?
「晴臣ではない」
「何?」
「俺の名は晴臣ではない! 俺の本当の名は春鶯だ!」
「春……鶯?」
聞いたこともない名前に余は困惑する。
晴臣の本当の名?
「そうだ、季節を告げる春の字を頂いた王の名。貴様の父に奪われた真の名だ!」
奪われた!? 父上に!?
「奪われただと? よもやお前は由芽の方の子か!」
晴臣の言葉を聞き、帝が動揺した様子で問いかける。
「ほう、知っていたか。さすがは帝様だな」
「由芽の方? 誰だそれは?」
聞いたこともない名だ。いずこの藩主の奥方の名だ?
「はっ、将軍の正室の名も知らぬとはな」
父上の正室? いや違う。父上の正室は……
「父上の正室は余の母上だぞ? 何を言っておるのだ晴臣!?」
そうだ。父上の正室は余の母上である小衣の方だ。由芽の方などという女性ではない。
「何も教えられていないようだな。忌々しいっ! 俺から全てを奪っておきながら!」
だが晴臣は余が知らないのだと言う。
本当に父上には母上以外の正室が居たと言うのか?
だから帝はああも驚かれたというのか?
「どういうことだ!? 余が教えられていないとは何の話なのだ!?」
「ふん、本当なら全てを教えてから絶望の内に殺してやりたいところだが、あの小僧達がいつ戻ってくるとも限らん。お前は何も分からぬまま死ぬがいいっ!」
晴臣は剣を抜くと、余に向かって刃を突き刺した。
「なっ!?」
だが痛みの代わりに聞こえてきたのは晴臣の驚きの声だった。
そして晴臣の刃が光の壁によって弾き飛ばされる。
「これは一体!?」
「何だこれは!?」
「光が陽蓮の坊主を守っている? アレは一体?」
帝もこれが何なのか分からぬと驚きの声を上げている。
では一体誰が余を守っているのだ!?
「ふん、何を遊んでいる。たかが人間ごとき!」
魔人の手の上に赤黒くも邪悪な輝きが集まり、余に向かって放たれる。
「ちっ!」
晴臣が巻き込まれてはたまらないと慌てて飛び退く。
イカン、余も逃げねば!
だが魔人の攻撃は余が立ち上がる間もなく襲ってきた。
「うわぁっ!?」
爆音が鳴り響き、余の体が粉々に消し飛……消し飛……ん?
「な、何だと!?」
眼を開ければ、見えたのは驚愕の表情の魔人と晴臣。
そして余の前には先ほどの光の壁だった。
やはりこの壁が余を守ってくれたのか?
「ええい!小賢しい! これならどうだ!」
魔人は赤黒い光を大量に生み出すと、その全てを余に向けて放つ。
「ドラゴンとて耐えられぬ攻撃の弾幕だ! 消し飛べっ!」
いかん! さすがにこれは不味い!?
だが室内では避ける隙もっ!? 外に逃げ……
「っ!? いかん!」
逃げ出そうとした余だったが、すぐそばに帝様達が居る事を思い出す。
このまま余だけが逃げ出せば、代わりに帝様達が殺されてしまう!
「くっ!」
余は覚悟してその場に残る。
頼むぞ光の壁よ! 余と帝様達を守ってくれ!
そして視界の全てが赤黒い爆発に飲み込まれた。
「うぉぉぉぉぉぉっ!?」
頼むっ! 耐えてくれ!
「くははははははははっ! 塵一つ残さず消えるが良い!」
魔人の哄笑と爆音が世界を支配する。
凄まじい振動が大地を揺るがし、世界が壊れるのではないかと言うほどの衝撃が荒れ狂う。
「ふっ、俺としたことが、ムキになって少々やり過ぎたか」
「まったくだ。危うく俺まで巻き添えを喰らうところだったぞ」
「ふははははっ、そう言うな。さて、お前の憎き敵が肉塊になった姿をみてやろうではない……か」
土煙が晴れ、お互いの視線が交差する。
「……ええと、生きておるぞ」
うむ、余、生きてた。
あと帝様達も生きておる。気絶しそうな顔して居るが。
「「な、何で生きてるんだぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!?」」
余が生きていた事で、魔人と晴臣が叫び声をあげる。
あーうん、耐えてくれとは願ったが、本当に耐えて余も驚いた。
本当になんなのだ、この光の壁?
「くぅ! どこまでもしぶとい忌々しい奴め!」
晴臣が余を睨みながら、恨みのこもった言葉を紡ぐ。
「晴臣……」
何故だ。何故そこまで余を憎むのだ……
「ぐぅっ!」
その時だった。
帝様を庇った神官が痛みに苦しむ声が部屋に響く。
「いかん! 早く医者に見せねば!」
そうだ。このままでは神官が死んでしまう!
「むっ? なるほどな。おい、あの二人だ。あの二人を直接狙えばあの妙な光の壁は現れん」
「ほう?」
晴臣の言葉を聞いて、魔人が愉快そうな笑みを浮かべる。
「何を言う晴臣!? このお方は帝様ぞ!」
この国をお守りしていらっしゃる帝様を殺そうなど、とんでもない大罪だぞ!
「それがどうした! 俺を見殺しにした帝など知った事か! 寧ろコイツ等を殺す事で貴様が苦しむ姿を見れるなら喜んで殺してやる!」
「なんという事を!」
「こいつ等を守りたいならお前が守ってやればいい! だがその妙な壁がいつまでもつかな?」
「くっ!」
確かにこの光の壁が何故余を守ってくれるのか分からん。
もしかしたら今にもこの壁は力を失って消えてしまうかもしれん。
だが……
「だが、見捨てるわけにもいかん!」
余は帝様達から敵の気をそらす為、刀を構えて向かってゆく。
「今のうちに神官を連れて逃げてくだされ帝様! 魔道具を直す事の出来る貴方様を死なせる訳にはいきませぬ!」
余はこの国を守護する次期将軍! たとえ死んでも帝様は守る!
「はぁぁぁぁぁっ!」
「おっと、お前の相手は俺だ!」
魔人に向かって攻撃しようとした余に、晴臣が立ちふさがる。
「晴臣!」
ちぃ! 鍔を外す為に分解されて刀身だけになっておるからしっかり力が入らん!
「さぁやってしまえ!」
「くくっ、同族同士で憎みあうとは、人間とは本当に愚かな連中よな」
魔人の掲げた光が帝様達に向かって放たれる。
だが重傷を負った神官を抱えた帝様ではとても回避できそうもない。
「帝様!」
余は帝様を守ろうと踏み出すが、それを晴臣が阻止する。
「はははっ! させんと言った!」
「晴臣ぃ!」
駄目だ! 間に合わん!
「大丈夫よっ!」
その時だった。
戦場となった部屋に若き女の声が響き渡った。
同時に、魔人が放った赤黒い輝きに何かがぶつかり破裂する。
「うぉっっ!?」
「ロックウォール!」
更に帝様達の前の地面が盛り上がり、破裂した赤黒い輝きから帝様達を守る。
「おおっ!? こ、これは!?」
「なにが起きたっ!?」
魔人も事情が分からないらしく困惑の声が聞こえてくる。
「何で魔人が居るのか良く分からないけど、私達が来たからには好きに出来るとは思わない事ね」
混乱する余達を無視する様に、先ほど聞こえた声と共に一人の若い女が姿を現す。
「貴様何者だ!?」
魔人が警戒の声をあげながら女に先ほどの赤黒い光を放とうとする。
だが魔人の後ろからもう一つの影が現れた。
「リリエラだけじゃない」
「ぐぉっ!? くっ、新手か!?」
魔人に背後から切りかかったのは、同じく若い女だった。
「そ、そなたらは一体……!?」
「ノルブ、そっちのおじさん達の治療よろしくね」
「分かりました。安心してください。すぐに治療しますので」
三人目の声に振り返ると、見知らぬ若者が神官に治癒魔法をかけているところだった。
若者の治癒魔法はかなりの腕らしく、重症だった神官の傷がみる間にふさがっていった。
「お、おお!? 痛みが!?」
「三郎! 良かった……」
その光景に安堵した余は、再び魔人と対峙する女達の方に視線を戻す。
「その姿、貴様等も異国の民か!」
晴臣の言葉に余はハッとなる。
そうだ。あの姿、あの衣装、確かに異国の者の姿。
「まさかそなた等、ミナの仲間か!?」
「あら、ミナを知ってるの?」
ミナの名を聞いた女がこちらを振り向く。
だがそれがいけなかった。
魔人と晴臣が目をそらした女に向けて襲い掛かったのだ。
「「かぁっ!!」」
「いかん!」
何ということだ! 戦いの最中に集中を切らせてしまうとは!
余は急ぎ晴臣に追いつこうとするが、ここからでは到底間に合わん!
「おっとさせない」
だがその攻撃をもう一人の女が妨害し、その際に生まれた隙を活かして攻撃を完全に回避していた。
「ちぃっ!」
「そっちはこの国の人間みたいだけど、貴方も魔人の仲間なのかしら?」
襲われた女は慌てる様子もなく、魔人と共に襲ってくる晴臣を怪訝そうな目で見つめる。
「くっ」
「まぁ良い。目当てのモノは戴いたのだ。引くぞ」
「……承知した」
撤退を促す魔人の言葉に晴臣も引き下がる。
「待て晴臣!」
だが余は晴臣を止める。
まだ晴臣の真意を聞いていないのだ!
「……俺の名は春鴬だ!貴様の臣などではない!」
晴臣からの拒絶の言葉に思わず体が硬直する。
それと同時に魔人達の背後に黒く大きな球体が生まれる。
「あれは……まさか転移ゲート!?」
助太刀してくれた女の一人が初めて慌てた声をあげる。
その中に魔人が入り、晴臣も入ってゆく。
だが完全に体が沈む前に、晴臣が口を開いた。
「雪之丞、俺達はこれからこの国を亡ぼす。俺から全てを奪ったこの国の全てをな!」
「何故だ晴臣!」
「止めたければ魔道具の下に来るが良い!」
「晴臣!」
「さらばだ雪之丞!」
「待っっ」
晴臣の体が全て黒い球体に沈むと、球体は一瞬で小さくなり、消滅した。
その跡には魔人も、晴臣の姿も無くなっていた。
「あちゃー、逃げられちゃった」
「入らなくて良かった。魔人のゲートになんて入ったらどこに飛ばされるか分からない」
助太刀してくれた者達が何かを話していたが、余の耳にその言葉は入ってこなかった。
そんな事よりも、余は晴臣が居なくなった事の方が重大だったからだ。
「何故だ。何故だ晴臣、晴臣ぃぃぃぃぃ!!」
問いに答える者の居ない憤りを胸に、余は地面に拳を振り下ろすしかないのだった……
モフモフ_Σ(:3 」∠)_「前回と違ってまさかのシリアス展開」
魔人_(:3 」∠)_「クククククッ(何であの小僧に攻撃が通じなかったんだろう?)」
地面_:(´д`」∠):_「完全にとばっちりです」
リリエラ_(:3 」∠)_「絶体絶命のピンチに颯爽と現れるとか、ちょっとカッコよくない?」
モフモフ_Σ(:3 」∠)_「だが実際にはご主人のマジックアイテムであまりピンチではなかったりする。オッサン二人以外」
帝/神官( ;゜Д゜)「「扱い酷くない!?」」
メグリ_(:3 」∠)_「ところで一人足りない気が……」
面白い、もっと読みたいと思ってくださった方は、感想や評価、またはブクマなどをしてくださると、作者がとても喜びます。_(:3 」∠)_