第120話 黒騎士とペット
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「最近物騒になってきたわねぇ」
宿で食事を取っていたら、リリエラさんがそんなことを呟いた。
「何かあったんですか?」
「ええ、さっき試合の帰り道に盗賊に襲われたのよ」
「ええっ⁉︎大丈夫なんですか⁉︎」
街中で盗賊に襲われたなんて大変じゃないか⁉︎
「大丈夫じゃなかったら、ここには居ないわよ」
と、リリエラさんが何言ってるのと苦笑する。
はい、そうですね。
リリエラさんがここにいるんだから、無事なのは当然か。
「あー、俺達も襲われたぜ。いきなり囲まれて襲われたからよ」
「ジャイロ君達も⁉︎」
「まぁ、俺達の実力なら盗賊なんざチョチョイのチョイだけどな!」
つまりジャイロ君達も無事に撃退した訳だね。
「私を襲った盗賊は衛兵に突き出したけど、そっちも襲われたとなると、結構規模の大きな盗賊団でも入り込んだのかしら?」
「もしくは複数の盗賊達が大会で浮かれる人達を狙ってやってきたのかもしれませんね」
「でもそれなら強盗よりもスリが増えるんじゃないかしら?あんな大々的に強盗行為を行なったら、衛兵達が本気で盗賊狩りに乗り出すわよ?」
「あ、それもそうですね」
ノルブさんは盗賊達が儀式を見に来た客を狙って来たんじゃないかと推測するけれど、ミナさんからそれにしてはおかしいと否定される。
「多分儀式の参加者を狙ったんだと思う」
「俺達を?なんでだよ?」
と、そこで、メグリさんが盗賊は僕達選手を狙ったんじゃないかと呟く。
「裏の連中が儀式の参加者達を使って賭け事をしてるんだと思う。それで一部の連中が自分達の勝たせたい選手を勝たせる為に他の選手を襲ってるんじゃないかと思う」
「「「「「「なるほど」」」」」」
メグリさんの理にかなった推測に僕達は感心する。
たしかに前世でもそういった八百長事件はいくつもあった。
「私達は余所者だから、龍姫の儀だけでも十分番狂わせを招く邪魔者と言えるものね」
「とっとと衛兵に突き出して良かったわ」
うん、真剣な勝負をそんな理由で邪魔するなんて許せないよね。
「ええと……でもそれって龍帝陛下を狙う例の反龍帝派の仕業じゃないんですか?」
と、リューネさんが不安そうに口を開いた。
「ああ例の龍帝派の人が言っていた貴族達だね」
龍帝が復活すると色々好き勝手できなくなって困るから、龍帝を殺してこれまで通り国を支配したい貴族達の集まりだっけ。
「うーん、でもそんな危険な連中なら、もっと強力な刺客を送ってくるんじゃないの?簡単に撃退できる様な中途半端な刺客は送ってこないと思うよ」
そう、前世や前々世でも、貴族達の送ってくる刺客は厄介な連中が多かった。
むしろ下手に数に頼ったりせず、とびっきりの腕利き達による少数精鋭で襲いかかってくるんだよね。
中途半端な強さの刺客は逆に足手まといだし。
実際僕もそういう刺客達をうまく利用して彼らを撃退していたからね。
「そうね、確かに私達でも軽く返り討ちに出来たくらいだし、貴族が送ってくる様な危険な刺客には見えなかったわ」
「普通に裏仕事をする連中だったと思う」
「僕でも優位に戦える相手でしたからね」
「ま、どんな敵が来ようが俺にかかれば楽勝よ!」
うん、皆頼もしいね。
「そ、そうなんですか……」
リューネさんはそういうものなのかと首を傾げながらも納得をしてくれたらしい。
まぁ彼女はドラゴンと戦う為に修行していたから、普通の盗賊や刺客と戦った経験が少ないんだろう。
専門の訓練を受けた本物の刺客の実力は、盗賊なんかとは比べ物にならない厄介さだからね。
「ところでレクス師匠は襲われなかったんですか?」
とリューネさんが思い出した様に尋ねてくる。
「うん、この宿に泊まっている事がバレないように、試合が終わったらすぐに姿隠しの魔法をつかって姿を消して帰ってきたからね。運良く盗賊に襲われずに済んだよ」
「なるほど、さすがはレクス師匠です!姿が見えなければ盗賊も襲えませんもんね!」
「まぁ上位の探査魔法を使う相手にはバレちゃうから、油断はできないんだけどね」
「あー、それは心配しなくて良いんじゃないかしら?」
ともあれ、皆無事に帰ってこれて何よりだ。
でもリューネさんが心配する気持ちもよく分かる。
今後の事も考えて、刺客対策はした方が良さそうだね。
◆
『さて、それじゃあ今日も元気にいこうかな』
今日も龍帝の儀に参加する為に変装用の鎧を身に纏う。
『刺客対策の準備をしていたらちょっと遅くなっちゃったよ。早く試合会場に行かないとね』
いちいち鎧で正体を隠すのは面倒だけど、貴族が見にくる大会で目立たない為には必要な手間だ。
幸い、冒険者ギルドのギルド長は試合にさえ参加してくれれば、冒険者ギルドの守秘義務を行使して僕の正体は秘密にしてくれると約束してくれた。
そのお陰で僕も気楽に大会を楽しめるんだけどね。
『けど、やっぱり初開催の大会だと知名度が低いから、高レベルの冒険者さん達は来てないみたいだね』
高レベルの冒険者さんは危険な秘境や古代遺跡、それに強力な魔物との戦いで忙しいらしいから、突然大会の開催が告知されてもなかなか参加するのは難しいとギルド長が残念がっていた。
『僕が出会ったSランクの冒険者さんはリソウさん達四人だけだったけど、他の国のSランク冒険者さんにも会ってみたいなぁ』
いつか会えるといいんだけどね。
今回は急遽開催された大会だからか、本職の冒険者さんの数は少なく、代わりに装備を調えた一般の参加者が多かった。
多分近隣の町や村からやってきたんだろうね。
募集期間が短かった割に、皆よく装備を揃えられたなぁ。
なかにはオーダーメイドらしき装備を用意してきた人達もいたし、この辺りはドラゴンの縄張りが近いから、近隣の住民も万が一の時の為には自分達で騎士団が駆けつけるまでの時間稼ぎが出来るようにと、武器や防具を揃えているんだろうね。
『おっと、そろそろ出かけないとね』
いつまでも考え事をしていたら遅刻しちゃう。
「キュウキュウ!」
さぁ出掛けようと思ったその時だった。
僕の足元にモフモフがしがみついていたんだ。
『どうしたんだいモフモフ?』
ご飯はさっきあげたから、オシッコかな?
「キュウ!」
モフモフは一声鳴くと、するりと鎧を伝って僕の肩に乗ってくる。
『もしかして、ついてきたいのかい?』
「キュッ!」
その通りと言いたげにモフモフがひと鳴きする。
「駄目だよ。モフモフを連れて行ったら、僕の素性がバレちゃうからね」
普段変装なしでモフモフを連れ歩いているから、このまま連れて行ったら変装の意味が無くなっちゃうよ。
「ギュウ!」
肩に乗ったモフモフを下ろそうとしたら、モフモフが肩鎧に必死でしがみつく。
「ギュキュー!」
引っ張られてちょっと顔が面白いことになってるんだけど、モフモフは必死でそれどころじゃないみたいだ。
『とはいえ参ったなぁ』
無理やり剥がしたらモフモフを怪我させちゃいそうだし……
それに、大会中モフモフを一人にするのもちょっと可哀想か。
『しょうがない。ちょっと待ってて』
ちょっと時間が厳しいけど、急いで行けば間に合うかな。
◆ノルブ◆
「レクスさん遅いですねぇ」
次の試合はティランという選手の試合ですが、実際には変装したレクスさんの試合です。
しかし相手選手はすでに来ているのに、レクスさんはまだ来ていません。
「なにかトラブルでしょうか?」
レクスさんだから身の危険の心配はいらないと思うんですが、レクスさんが遅れているという事が何かとんでもないトラブルが発生しているのではないかとちょっとだけ心配になってしまいます。
「そうだな、予選でもあのティランってヤツはかなり強かったし、試合が始まる前に兄貴も間に合うといいな」
ジャイロくんもティラン選手の戦いが気になるらしく……
「って、えっ?」
「俺の見立てじゃああのティランってヤツは相当な強さだ。だから是非とも兄貴と一緒にアイツの戦い方を見て、一緒に対策を立てたいぜ」
「……」
あ、あれ?もしかしてジャイロ君ってティラン選手の正体がレクスさんと気づいていないんですか?
「兄貴といい、ティランといい、この大会はスゲーヤツでいっぱいだぜ!」
……うん、まぁ、ジャイロ君が楽しそうならそれでいい……ですかね?
「そ、それにしてもティラン選手は遅いですね。このままだと失格になってしまうかも」
事実、試合舞台の審判はレクスさんが来ないのでそわそわとした様子で周囲を見ている。
このままだと本当に失格になってしまいますよ、レクスさん。
「ティランのヤツ来ねぇけど、もしかしてゴルマーにハメられたのか?」
「ゴルマーならありえるな」
と、近くにいた観客達が試合舞台にいる選手の事でなにやら不吉な会話をしています。
「なぁアンタら、あのゴルマーってヤツはヤベェのか?」
僕が疑問に思ったことを、ジャイロ君があっさりと聞きます。
この物怖じのしなさはすごいですねぇ。
「ああ、アイツの名はゴルマー。この町を縄張りにする裏社会の人間さ」
そう言って観客の方が視線で指し示したゴルマー選手は確かに後ろめたい空気を纏っていました。
「荒事が得意なヤツだが、それ以上に卑怯な手が好きな男でな、アイツと敵対した人間は不自然なトラブルに襲われて酷い目に遭うんだ」
「それは……あまり仲良くしたくはありませんねぇ」
ええ、この人達が言う通り、危険な方なのでしょうね。
もしかしたら、僕達を襲った襲撃者はゴルマー選手の命令で動いていたのかもしれませんね。
けれど、その説明を聞いた僕は、ティラン選手がゴルマー選手の妨害にあって参加が遅れているわけではないと確信しました。
ええ、間違いなく別の理由ですね。
とはいえ、それでも遅刻は遅刻。
これ以上は待てないと判断したのか、審判が試合舞台の中央に立ちました。
ああ、間に合いませんでしたか……
「ティラン選手が時間までに来なかった為、この試合……」
とその時、突然上空から何かが試合舞台に飛び降りてきました。
「な、何っ……!?」
現れたのは、黒い鎧の戦士、そうレク……じゃなくティラン選手でした。
「ようやく来やがったか!」
その姿を見て、ジャイロ君が嬉しそうに叫びます。
本当に、ギリギリですよレクスさん。
「あー……ティラン選手が間に合った為、これより第2試合を開始します。ティラン選手、今後はもっと余裕を持って会場に来てください」
審判に注意されると、レクスさんの扮したティラン選手が軽く頭を下げて謝罪しました。
そしてティラン選手が肩に乗った丸い物体に視線を向けます……ってアレは何でしょうか?
防具の割には視界が遮られて邪魔そうですし、なにより片側にしかありません。
「黒い金属製の……ボール?」
一体何なのかと首を傾げていたら、突然その物体が動き出しました。
それはティラン選手の肩でもぞもぞと動いたとおもったら、その体を伝って下に……あっ、落ちた。
ボールはそのまま転がって舞台から落ちそうになります。
『っっ!』
慌ててティラン選手がボールを捕まえると、優しく地面に置きます。
『キュッ!』
ボールからどこかで聞いた覚えのある鳴き声が聞こえたとおもうと、隙間から生えた短い4本の足をチョコチョコと動かして試合舞台から離れていきました。
「あれってまさか……」
『キュッキュー!』
黒いボールが主人であるティラン選手を応援する様に飛び跳ねます。
ええ、鳴き声はやっぱり……
「なにあれ可愛いー!」
「あの人のペットかな?」
「ご主人様を応援してるのね!」
と、周囲の観客達の興味が、ティラン選手の連れてきたボールに注がれていました。
「お揃いの格好でなんだか可愛らしいわね!」
「黒い鎧でちょっと威圧感あったけど、意外と動物好きなのかしらね?」
ああ、なるほど、たしかにあのボールは色といい装飾といい、ティラン選手と同じと言えますね。
今まで待たされた観客達でしたが、すっかり愛嬌たっぷりに動く黒いボールに釘付けになってしまいました。
「あ、あー! 静粛に! それでは第2試合ゴルマー選手対ティラン選手の試合を開始します。両者前へ!」
審判の声に会場が静かになり、ゴルマー選手とティラン選手が試合舞台の中央に立ちます。
ゴルマー選手は一対の短剣を、ティラン選手は黒く幅広なブロードソードを構えます。
「けっ、妙なペットで観客に媚びやがって。けどよぅ、試合じゃペットは助けちゃくれねぇぜ」
『……』
ゴルマー選手の挑発に、ティラン選手は無言で応えます。
「だいたいあのボールみたいな鎧はなんだ? 中身は豚か何かが入っているのか? ちょっとは運動させた方が良いんじゃねぇのか?」
『ギュッ!』
とその時、黒いボールが助走をつけて試合会場へと上がってきました。
そしてそのままゴルマー選手の前に立ちふさがり……ました?
「ああ? なんだ丸いの?」
『ギュウゥッ!』
「はっ、もしかして馬鹿にされて怒ってんのか?」
『ギュッ!』
どうやら黒いボールはゴルマー選手に悪し様に言われて怒っているみたいですね。
「へっ、邪魔なんだよ。消えな黒いの!」
とゴルマー選手が足を大きく振り上げたかと思うと、勢いをつけて黒ボールを思いっきり蹴り飛ばしました。
『キュウッ⁉︎』
「きゃぁっ⁉︎」
「酷い!」
周囲の観客達が黒いボールを蹴り飛ばしたゴルマー選手を非難します。
「ヒャハハハハッ! あんまりにも軽いから蹴った感触がしなかったぜ! こりゃあ町の外まで飛んでっちまったかな⁉︎」
ゲラゲラと愉快そうに笑ったゴルマー選手がティラン選手に向き直ります。
「なぁ飼い主さんよ、早く迎えに行った方が良いんじゃねぇか? このままだと大事なペットが魔物に喰われちまうぜ?」
自分で蹴り飛ばしておきながら、ゴルマー選手は反省のかけらも見られない言葉を口にします。
けれどそれに対してティラン選手はゴルマー選手の挑発に乗ることも、蹴り飛ばされた黒いボールを助けに行こうという素振りすら見せませんでした。
「おいおい、ペットは見殺しかぁ? 酷いご主人様だねぇ」
『……』
けれどやはりティラン選手はゴルマー選手の挑発に乗ることはなく、ただ彼の足元を指差しました。
「何だぁ? 俺の足がどうかしたの……か?」
そう言って自分の足元を見た瞬間、ゴルマー選手の笑みが凍りつきました。
「な!? てめっ、何で⁉︎」
そう、そこには先程ゴルマー選手が蹴り飛ばした筈の黒いボールが居たのです。
『キュウ』
「っ⁉︎」
黒いボールの鳴き声を聞いて我に返ったゴルマー選手が慌てて跳びのきます。
「どういう事だ⁉︎ たしかに思いっきり蹴り飛ばした筈⁉︎」
『キュッ』
黒いボールは一声鳴くとゴルマー選手にゆっくりと近づいていきます。
「「「……」」」
先程までゴルマー選手を罵倒していた観客達も、この状況には困惑のあまり言葉が出ないみたいです。
「くっ、また吹っ飛ばしてやるぜっ!!」
再びゴルマー選手が黒いボールを蹴りとばそうと足を振り上げたその時。
『ギュッ!』
黒いボールが突然弾けるようにゴルマー選手へと飛びかかりました。
「ぐはっ⁉︎」
鳩尾に見事な一撃を喰らったゴルマー選手の体が宙に浮かびます。
しかしそれで終わりではありませんでした。
『ギュギュウッ!』
黒いボールは体を半回転させると、短い足でゴルマー選手を蹴り上げ、その体を更に宙へと浮かび上がらせたのです。
蹴る、浮く、蹴る、浮く、蹴る、浮く。
ゴルマー選手の体は地面に落ちる事なく、空中を踊る様に浮かび上がっていくではありませんか。
『キュウウーッッ‼︎』
そしてゴルマー選手の体が家の屋根よりも高い場所まで上がると、黒いボールはその更に上へと飛び上がり、稲妻の様なキックでゴルマー選手の体を地面へと蹴り落としました。
そして土煙が止むと、そこには試合舞台の床石にめり込んで気絶したゴルマー選手と、その上でキックのポーズを維持したまま大きく息を吐きながら佇む黒いボールの姿がありました。
「「「……」」」
観客達もまさかの展開に言葉もありません。
『ギュフゥ……』
そして大きく息を吸い込むと、黒いボールはゴルマー選手の体から飛び降り、ティラン選手の元へと戻っていきました。
「「「っは!?」」」
その光景を見てようやく我に返った観客達のどよめきが試合会場を包み込みます。
「……お、おい、ゴルマーの野郎やられちまったけど、どうするんだこれ?」
「ティランの勝ちなのか?」
「いや戦ったのはペットだろ?」
「どうするんだ?」
観客だけでなく、審判達もどうしたものかと困惑しています。
そんな時でした、ティラン選手がゴルマー選手へと手をかざします。
『ディスタントハイヒール』
僕の知っているあの人とは違い、重く落ち着いた声が響いたかと思うと、ゴルマー選手の体を優しい光が包み込んでいきます。
「なんだ? ゴルマーの奴が光ってるぞ⁉︎」
光は瞬く間にゴルマー選手の傷を癒してしまいました。
「おおっ⁉︎ ゴルマーの傷が治っちまったぞ⁉︎」
「ティランがやったのか⁉︎」
「戦士だと思ったら、回復魔法まで使えるのかアイツ⁉︎」
「呪文を唱えた気配がなかったぞ!?」
「魔力の流れすら感じなかった、どうやって魔法を発動させたんだ!?」
観客だけでなく、選手達もティラン選手の使った回復魔法に驚きの声をあげます。
本当に、初めてあの人の魔法を見ると、なまじ魔法というものを知っているだけに驚かされるんですよね。
「う……うう」
そして傷の癒えたゴルマー選手が、軽いうめき声をあげながら目を覚ましました。
「お、俺は一体……?」
記憶が混濁しているのか、ゴルマー選手は自分がなぜ意識を失っていたのかを思い出せないみたいです。
まぁ思い出せないのも仕方ありません。
もしかしたら本能が思い出したがらないのかもしれません。
と、そんなゴルマー選手の前に、黒いボールが再びやってきました。
『キュッ』
そして挨拶でもするかのように前足をあげて一鳴きします。
「……」
黒いボールを見たゴルマー選手の動きが止まります。
「…………っ」
そして身体中から脂汗を流しながら顔を真っ青にして震え出しました。
『ギュウン?』
ポンッ
「ギャァァァァァァァァァッ‼︎」
黒いボールに触れられた瞬間、ゴルマー選手は弾かれる様に立ち上がると、悲鳴をあげて転げまわりながら試合会場を飛び出していってしまいました。
「ま、待ちなさいゴルマー選手!」
審判達がゴルマー選手を呼び止めますが、恐怖に支配された彼は審判達の制止の声を無視して飛び出していってしまいました。
そして残された審判達は、ゴルマー選手が居なくなった事でこれはどうしたものかと困惑しながら相談を始めます。
「ティラン選手のペットが原因なのでティラン選手を失格にするべきでは?」
「いや、あれはゴルマー選手がティラン選手のペットを侮辱した事が原因でしょう。そもそも先に手を出したのも彼の方です」
「どのみちペットに負けるようでは試合を続けさせる意味はないでしょう」
「いやあれはどう見ても普通のペットとは思えませんが……」
「「「いやまぁ……」」」
そして暫くすると結論が出たのか、審判の一人が試合舞台の中央へとやってきます。
「第二試合はゴルマー選手の試合放棄とみなし、ティラン選手の勝利とします!」
まぁ相手選手が逃げてしまった以上、仕切り直しも出来そうにありませんから妥当な結論ですね。
「あーあ、結局あの黒い野郎の戦いが見れなかったぜ」
「あー、それは残念でしたね」
「しっかしあの黒丸いのも強ぇなぁ」
結局ジャイロくんはティラン選手の正体に気づかずじまいでしたね。
あんなに分かりやすいペットまで付いてきたのに……
◆
うーん、どうしてこんな事になっちゃったんだろう……
モフモフがどうしてもってついてきたがったんで、正体がバレないように即興でモフモフ用の鎧を作っていたら危うく失格になっちゃうところだったんだよね。
ただそしたら相手の選手がモフモフと喧嘩を始めちゃって、モフモフにボコボコにされちゃった。
慌てて治療はしたんだけど、なぜかゴルマー選手は飛び出していっちゃったんだよね。
本当に一体どうしたんだろう?
それに……なんであの人はモフモフに一方的に倒されちゃったんだろう?
ワザワザモフモフに喧嘩を売るような真似までしたのに。
……はっ⁉︎ まさかあの人は実はもの凄い動物好きだったんじゃ⁉︎
だからモフモフを相手に反撃する事も出来なかったのか⁉︎
最初のモフモフへの攻撃も全然本気には見えなかったし、きっとモフモフが僕らの戦いの余波で怪我をしないようにわざと怖い人のフリをして追い払おうとしたんじゃないかな。
実際、あの程度の蹴りでモフモフに着せた鎧が壊れる筈もないし。
ただ遊んでもらえると思ったモフモフがはしゃいで戯れついたのがいけなかった。
きっとこれじゃあモフモフを巻き込んじゃうからって思って、試合を放棄したんだろうね。
前世の知り合いに、もの凄い強面だけど無類の動物好きが居たけど、なんとなくその人の行動に似ていたからきっとそうだ。
うーん、それにしても本当に悪い事をしちゃったな。
あの人しきりにモフモフの事を心配していたし。
今度出会ったらお詫びに思う存分モフモフをモフらせてあげよう。
うん、そうだ、それがいい!
そうと決まれば試合も終わった事だし、さっそくモフモフを連れてゴルマー選手に会いに行こう。
ええと、モフモフはっと……
僕はさっきまでそこにいたモフモフを探す。
すると……
『キュキュー!』
「可愛いーっ!」
「ほらほら、これもお食べ」
『キュー!』
「お前強かったんだなぁ!」
『キュッ!』
「あの野郎をぶっ飛ばしてくれてスッキリしたぜ!ほらこれも食いな!」
『キュウウ!』
モフモフは興奮した観客達から餌をもらって大喜びだった。
成程、その為についてきたがったんだね。
まったく、ちゃっかりしてるなぁ。
「鎧からはみ出た足で必死にご飯を掴むの可愛いー!」
『キュキュ!』
貰った食べ物を食べるのに夢中になっていたら、モフモフが鎧の丸さでクルンとひっくり返ってしまった。
普段の姿も丸いけど、あれは毛皮だから見た目よりはちゃんとバランスよく地面に接触するんだよね。
でもあの鎧は丸いから、手足を食べ物を掴むために使っちゃうと簡単に転がっちゃうみたいだ。
これは構造的な欠陥だなぁ。
「やだ可愛いー!」
けどお客さんにはそれが好評みたいだね。
とはいえ、いつまでも放っておくわけにもいかないか。
僕はご飯に夢中になっているモフモフを抱えると、会場から出て行ったゴルマーさんを探しに向かうのだった。
『モキュモキュ』
やれやれ、まだ食べてるよ。
ゴルマーさんも心配していたし、そろそろダイエットをさせるべきかなぁ?
レクス(:3)∠)_「お詫びにモフモフを好きなだけモフッてください!(グイグイ)
モフモフΣ(:3)∠)_「キュウーン!(わざとらしいまでにあざとい鳴き声)
ゴルマー(∑○Д○;)「ヒィィィィィィィィィッッ‼︎追ってきたぁぁぁぁぁ‼︎」
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