てのひらに、太陽を
無事に結婚式を終えた、遥と涼介の日常の、ほんの一コマです。
愛する彼だからこそ、可愛いと思えるものなんですよね(*^^*)
男性としては、余り嬉しくないのかも知れませんが(^_^;)
ちゃぷん、小さなと音を立て。また湯水が跳ねる。
かなり温めの湯船の中。優しいその腕の中で、この上ない安心感に包まれ。互いに話が尽きず、この状態でかなり長い時間湯に浸かっている。
話をしながらゆったりと頭を撫で続ける、その大好きな大きな手を、何も考えずにふと両手で捕まえた。
そのまま、夏の陽のその名残りが映える窓に向かってかざしてみる。
結婚を機に新居を設けよう、と物件を探していた時に紹介されたこのマンション。見学した際に2人の希望が一致し、また彼のホームベースに極めて近いということも加点となり、その場で購入を即決した。中古だが、間取りもほぼ希望通り、防犯や耐震もしっかりしていてまだまだ綺麗な上、太平洋に面した向きに誂えた窓のあるこの浴室が、2人にとって最大の決め手となった。
差し込む陽の光を浴びた、彼の掌が透き通るように輝く。
――綺麗――
「どうした?」
「ううん。ただ」
「ん?」
「幸せだな、って思っただけ」
「それは光栄だな」
そうハハッと嬉しそうに笑う、その声も大好き。
それなのに。
4ヶ月振りの再会にもかかわらず、普段通りの彼。入港の報せを受けて半休取って迎えに行った自分がいじらしく、間違いなく私の方が好きのインジケーターは上だな、と自虐的な自信まで芽生えてちょっと面白くなくなる。
「忘れてもらっちゃ困るんだけど、」
グズグズと考えていた意識をツイと戻される。
「何を?」
「俺がどれだけ遥を大切に思ってるか、って事」
「〜!」
突然のことに悲鳴が出そうなほど恥ずかしく。顔ばかりか、全身が赤く染まりゆくのが自分でも分かる。この場から逃げ出したくなり腰を浮かすが、背後からギュッと抱きすくめられ阻まれた。
「遥。何か不安にさせた?」
そうだ。離れているのが日常でも、不安が大きいのは私ではなく、間違いなく彼の方。
久し振りのご帰還で嬉しくて。つい甘え過ぎた。
抱き締める腕にそっと手を添える。
「違うの。嬉しくて舞い上がってる私と違って、涼介は何だか落ち着いてるから。絶対私の方が好きだ、なんて勝手にいじけてただけ」
隠しても何故だかいつもバレるので、私としてはかなり潔く白状したつもりなのだが。彼は、深くはぁ〜っとため息をつき、私の肩に顔を埋める。
「笑わない?」
「誰を」
「俺を」
「何で」
少し間が空き、衝撃の告白を受ける。
「俺、嬉しくてテンパりすぎて。数日前から余り寝てない」
――仕事上、それってやっぱり不味いでしょ。悟られないようにいつも以上に冷静を意識して。とにかくずっと必死だったんだけど、遥の顔見たら力が抜けた――
「ぷっ」
しまった。
でも、既に出たものは引っ込まないし、堪える肩の震えも残念ながら収まりそうもない。結婚してから知った、普段のお堅い姿からは想像もつかないこの彼の内面。そりゃあそうだ。大勢の部下の手前、浮き足立った姿を見せる訳にもいかないだろう。
でも、そんな彼のギャップも、私からしたらちょっと可愛いって思うんだけど。そんなこと言ったら嫌がるのかな。
「ひでー、すごく傷ついた」
肩に軽く頭突きをしてくる涼介だが、そうやって拗ねる彼もまた可愛い。もっとこの温もりの中で戯れていたいけれど……今はまず、疲れているはずのその身体を休ませてあげたい。
「ねぇ涼介。晩御飯の時間だし、そろそろ出ない?」
――そうだな、――
と納得する涼介と一緒に、互いの手足の皺を笑いあいながら風呂から上がる。
次の出港がいつかなんて、もちろん知らない。急に出掛けることも珍しくない職業だけれど、元気に帰ってきてくれればそれで良い。寂しくない訳ではないけれど、それは彼も同じだと知っているから我が儘は言わない。いや、言っていないつもり。
彼が帰宅している貴重なひとときには、いつもふたりで笑いあっていたい。
食事の後、涼介の持ち帰った洗濯物を干し居間へ戻ると、楽しみにしていた筈のDVDを点けたまま、ビール片手にうたた寝をしていた。
――だから先に寝てって言ったのに――
そう思いながら彼の横に腰を下ろし、貴重なその寝顔を眺める。
……ずっと眺めていたいのは山々だけど。
「涼介、ちゃんとベッドで寝よ?」
んー、と伸びした涼介の、大きな身体がのし掛かってきた。
「待って涼介!無理、私じゃ担げないから!お願いだから自分で立って〜」
がっしりとした身体の重みに耐え切れず、押し倒されるかと思った瞬間。背中に手が回され、支えられる。
「ぷっ、くっくっ」
――はい?――
「も〜!起きてるんなら自分で歩いてよ!」
涼介は楽しそうに笑いながら、熱い胸板を押し返そうと暴れていた私の手を取り立ち上がる。
「洗濯してくれたんだ。遥も仕事だったのに。有難う」
「仕事って言っても今日は半日だけだし。洗濯くらい何でもないから。ほら、涼介は早く寝ないと、」
そう言い終えるかどうかのタイミングで、突然身体がふわりと宙に浮いた。
――え、何? !――
「ちょっとやだこれ!恥ずかしいから降ろして!」
「こら、暴れるな」
涼介は私を抱き上げたまま、戸締りを確認するとそのまま寝室へ向かう。
「ねえ、待ってってば!朝ごはんの支度が終わってないから!」
「遥も土日休みでしょ?たまには朝は外でも良いよね。あ、久し振りに映画も行きたいなぁ」
抵抗虚しく。こうなると後はもう観念するしかない。
涼介の首に腕を回し、白旗を上げる。
* ・・・ * ・・・ * ・・・ * ・・・ * ・・・ * ・・・
空が明るくなり始め、意識が朦朧としてきた頃、
――遥、愛してる――
そう耳元で囁く涼介の声が聞こえた。
――私も愛してる――
その気持ちはきちんと声に乗り、涼介のもとへと届いたのだろうか。届いていないと困るから、起きたらもう一度きちんと伝えよう。
そして。朝ごはんは幻となった。
* ・・・ * ・・・ * ・・・ * ・・・ * ・・・ * ・・・
「うひゃ、涼介。な〜に乙女チックなことしてるん?」
休憩時間に甲板に寝転び、夕陽の残り火に手をかざす俺に、空気を読まず……いや、敢えて声をかける村田。こいつが絡み出すと本当にウザイ。ウザイが、奴には今まで本当に世話になってるので、大人の俺はひたすら堪える。
「お前、酷なこと言うなって。遥ちゃんが恋しくて堪らない新婚の涼介くん、虐めたら可哀想でしょ〜」
そう、庇うふりをした松岡の弄りにももう慣れた。俺は幸せなんだ、文句あるか。
「悔しかったらお前もさっさと身を固めろ」
「ぎー!ギネス級に奥手の涼介に言われるとは、この上なく不覚!」
「ぐえっ!なんで俺がシメられなあかんのや〜」
村田のクビを締める振りをしながらそう騒ぐ松岡は、モテる割になぜかまだ身を固めるつもりがないようだが。村田はと言うと、長年愛を育んだ彼女と来年に挙式の予定だ。
遥ともすっかり交流の深まった彼女の希望もあり、彼らの新居は涼介たちの近くを探していたのだが。偶然にも涼介たちの2階下の部屋が空いたのを機に、一足先に村田が引越しを済ませ、新たな“秘密基地”になっている。
そんな、煩くて頼り甲斐のある同僚たちを尻目に、涼介は携帯を出し遥にメールを送るとそっと目を閉じ。遥の顔と、あの右手の感触を思い浮かべた。
完
拙い作品をお読みいただき、有難う御座いました。
また、いつかどこかでお会い出来たら幸いです✿