2.決意
親父が帰ってきて、少し贅沢とも言えなくもない夕飯を食べ、入浴を済ませた俺に親父が話があると言って外に連れ出す。
「なんだよ、親父。連れ出したりなんかしてさ」
「…………まだ、諦めてなかったのか」
絞り出した様なその声にはいろんな想いを感じた。そこにいったいどれだけの想いが込められているのか、俺には分からない、それでも心配や悲しみが怒りより強いことは分かる。
「……なんだ、ユイのやつ喋ったのか。口が軽いとグループからハブられるらしいぜ? 親父」
それが分かるからだろうか、なんでもないことのように軽口をたたいていた。
「ふ……そうだな、ユイにはお前と違って友達が多いからな」
不思議な空間だった。
互いが互いの空気に呑まれて普段は軽口も皮肉もあまり言わないような親父が軽く笑って俺に向き直る。
それから、暫く、お互いに無言だった。いや、なかなか切り出せなかったのだ。
実際の時間にすれば十秒にも満たないだろう。だが俺たちには–––俺にはとても、とても長く感じた。
「レイ、俺はな……お前が将来何になりたいと思おうと応援するつもりだった」
沈黙も破り親父が語る。
「それが例え冒険者であっても『ドラゴンの首でも獲ってこい』って、そう言って送り出してやる……そう、思っていたんだがなぁ」
それは初めて聞く話で酷く現実味がなかった。
「はは、情けない話だがな……俺は怖いんだよ」
何がなどと言われなくても分かる。
「自分で言って、それを息子に言うのもなんだがな、俺はお前たちを愛してるんだよ、親バカだと自慢できるくらいにな」
真面目くさった顔で恥ずかしそうに語るその声は–––––
「お前がなんで憧れてるのかは知ってるつもりだ……お前が本気で目指していつも努力してるのも知ってる」
体は–––––
「でもよ––––やっぱ、俺も、諦めらんねえや」
震えていた。
「はは、なんだよその顔……キモチ、ワリイ、な」
なんとか軽口で返した俺の声もやっぱり震えていた。
今までずっと反対されてきた。冒険者になんかなるじゃない、と言われ続けてきた。冒険者になるくらいならウチを継げとも。
それでも諦めきれなかった。
冒険者になる夢も、そして––––家族と、親父と仲違いしたまま村を出て行くことも。
どちらも諦めきれないで、どちらも手に入れようとした。
悩みに悩んで出した答えは黙って出て行く、というものだった。
どちらも諦められず、どちらも求めたがどうにもできなかった。なら片方を求めなければいいのだと思っていたのだ。
何もしないまま飛び出せば少なくとも親子の関係は保てるのだと勘違いしていた。
今思えば馬鹿なことを考えたと自嘲もできる。それくらい思い詰めていたということだろう。
□■□■□
思いの丈をぶつけてから息子は俯いて黙ったままだ。
レイが入浴している間にユイからまだ諦めていないと教えられた。そして、なにか良くないことをしでかそうとしているとも。
思えば昔っから肝心な所は鈍感で馬鹿なことを考えついていた。
成長するにつれそういうことも無くなったと思っていたが、ユイが兄のレイをフォローしていただけだったのか。
思いっきりぶちまけたからだろうか、感慨深く昔を思い出していると、レイが顔を上げた。
これでもそこそこに長く生きている。今の息子は迷いのない澄んだ目をしている。
「……俺さ、ずっと悩んでたんだ」
知っている、ずっと見てきたのだから。
「悩んで悩んで、でも分からなくって馬鹿なことを思いついた」
知っていた、助けられないことを悔やんでいたのだから。
「冒険者の夢は一度だって諦めたことはない、でもさ……俺は家族が大事だから、そう思うと踏ん切りがつかなくて––––だけど、やっぱさ、俺、諦めらんねえよ」
全く、ここで頷かねえ奴は親だなんて言えねえよな。
子どもにここまで言わせて、それでも嫌だけど背中押してやるのが親父ってもんだろうが!
「俺はよ、まだ考え直して欲しいって思ってる––––だけどな、もう俺も腹括ったぜ」
全く、本当に––––
「テメエの生き方も死に様もテメエで決めんのがウチの家訓だ、ドラゴンの首でも獲ってこい!」
「……ドラゴンだなんてケチくさいこと言わないで魔王の玉でも獲ってやるさ!」
チクショウ……カッコいいじゃねえか、俺の子ども。
□■□■□
朝が来た。
都合のいいことに今日は街行きの馬車が出る。そこに乗せてもらい冒険者の登録をしに行く。
昨日の夜に話し合った俺と親父が家に戻ると母さんとユイが待っていた。どうやら全部聞いていたらしく男二人揃って赤面する羽目になったが、それもいい思い出だ。
その後は親父と酒を飲み交わした。母さんも少しだけ付き合ってくれたのは意外だったが。
その時に明日にでも出て行くと伝えると、当然、早いのではないかと文句を言われた。
すぐにでもなりたかったのだと笑って言ったが、早い内に行かないとずっとここに居たくなることは容易に想像できた。そしてそれは見抜かれていたのだろう。赤くなった目元がハッキリと物語っていたのだから。
ヤケクソだとばかりに親父は酒を呷り(俺にも飲めと言われたが明日馬車に乗るのだとやり過ごした)、母は泣き出し俺をさんざ甘やかそうとした、恐らく酔ったのだろう……たった一杯で。
そして妹は何か企んでいそうな顔をしていた。何とかできないかと考えたが経験則で諦めろと即座に脳が思考を放棄した。
「それじゃ、行ってくるよ母さん、親父」
「ああ、ドラゴンでも魔王の玉でも好きに獲りに行ってこい!」
「気をつけるのよ? ご飯はちゃんと食べて、お金も盗られないようにしなさいね? それから––––」
「母さん、分かってるよ……元気でな、ユイ」
別れの挨拶をするためまだ俺に注意する母さんを宥め、親父に押し付けてユイの方を向く。
「うん、決めた」
今まで俯いていたユイが顔を上げてこちらを、ひいては母に詰め寄られている親父を、見る。
その目には迷いが見えず、ただでさえ綺麗な目が更に澄んでいるように見える。
そう、それはまるで–––
「ユ、ユイ? まるでレイが俺に見せたような目をしているんだが」
「お父さん、お母さん、私もお兄ちゃんに付いて行きます」
「うん、俺と母さんとユイでじっくり話し合おうか」
身に覚えがあるような光景だった。




