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異世界で生を受けたなら  作者: 蓮嫁 ルイ
一章 【目覚めと別れ】
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10.別離

 


 さて、どうしようか。

 無視を決め込もうにも目が合ってしまった。正否は置いて、一応妹らしいのでそれなりの優しさを持っていきたい。そう思いつつ歩みを止めて考えてはいないし、何とかいない者として扱おうと思考を働かせているが。


 目は合ってしまったものの一縷いちるの望みに賭けて極力視界に入れないようにして進んでいると、おーい、と呼ぶ声が聞こえる。

 仮にも俺の妹だと言うのならもう少し察してはくれないだろうか。


「––––い! おーい! お兄ちゃーん!」


 なんであの娘はあんなに元気なのか。

 俺が言うのもなんだが、あんな別れ方をすれば普通もう少し落ち込むものではないのか。

 考えながら歩いていたのが悪かったのかもう目の前まで迫っていた、というか少女が話しかけていた。


「もう、お兄ちゃんってば置いていくなんて酷いよ。こここら先へは行けないし、一人だし、不気味だったしで怖かったんだからね! でも良かった、無事で––––」


 なんなんだこの女。

 全く止まる気配が無いぞ。しかも早口で喋るから何を言ってるのか聞き取れない。

 正直、殺した吸血鬼よりもこの少女の方が俺にはとても恐ろしく見える。得体の知れない気味の悪さとでも言うのか–––これも俺に言われてはお終いか。


「……貴女、一体誰なの?」

「……貴女こそ、誰?」


 もう一人面倒なのがいたのを忘れていた。

 大変だ、面倒な少女と鬱陶しい女が出逢ってしまった。これはもっと面倒で鬱陶しい事になるに違いない。

 こうなるなら気絶している間にとっとと出ていくんだった。


「私は……旅のエルフよ、この人に連れ出されて一緒(・・)に行くことになっているわ」

 それはお前が勝手に付いてきてるだけだろうが。後、旅なんてしていないだろうお前。

「……私はお兄ちゃんの妹よ、村の中でも、ここに来るまでもずーっと一緒(・・)だったんだから。それに、私とお兄ちゃんは一緒(・・)に冒険者をやってたんだからね!」

 そんな記憶は俺には無いし、本当に妹だと信じたわけでも無いが、それでも俺の心の内が『それは違う』と叫んでいる。

「あら、そうなの? でも貴女のお兄さん、記憶失くしてるみたいよ?」

「えっ?」


 驚き固まる顔を見てアスハは「残念だったわね〜」と煽っている、尤もその言葉は少女の耳に入っていないようだが。というか薄々思ってはいたが気付いてなかったのか。


「うそ……だって–––」

「本当だが? 正直、俺はお前のことを妹だと思っているわけでは無い。そうなのかもしれないとは思っているが」


 この少女を見ていると胸に何かつっかえている様な、元気そうで安堵する様なそんな感覚がして、心がざわつく。

 それがどうにも不快でたまらない。まるで俺の中で別々の心が二つ、それぞれに感情を持っているみたいで『俺』は気持ち悪くて仕方ない。

 だからまるで逃げる様に屋敷の中へと進んだのかもしれない。


「そんな……だって、お兄ちゃんは、私のお兄ちゃんで、私のお兄ちゃんのレイお兄ちゃんなんでしょ?」

「残念だが、俺はそのレイとやらは知らない。仮に、俺がそうだったとしても、俺が目を覚ます前、レイとして生きていたのだとしても、それは俺じゃない、別の誰かだ」


 あまりのショックだったのか膝をつき、崩れ落ちる。

 自分で言って、そして誰かの名前を言われて分かった。

 確かに、俺の中には『俺』としての心と『レイ』としての心が二つあるのだろう。それを理解した時、心が二つに完全に分離した。

 そして伏せて涙をこぼすユイ(・・)を見て『レイ』の心が痛みを訴える。

 ああ、思い出した(・・・・・)。いや、共有したと言った方がいいのだろうか。

 だが、しかし、そんなものは今どうだっていい。今の俺は知っている。妹であるユイの事も、ユイとレイが両親と共に暮らしていた小さなトリス村の事も、冒険者として僅かに過ごしたこの街の事も。そして、俺の中にあるこの体の元の主、レイの事も。


 全て、全て分かる、知っている。

 だがこれは俺の知識ではない。しかしだから何だという。それら全てを受け入れてなお俺はレイではなく、俺として立っている。

 別に生きていたかった訳ではないが、なんだか勝った気がして気分がいい。

 底にたまった汚泥が取り除かれた様な、暗雲とした空が晴れ渡った様なスッキリとした爽快感を感じる。


「レイはあの時死んだ。だから俺はレイじゃない」

「お兄ちゃんが、死んだ? でも……じゃあ、だって、お兄ちゃんは目の前に–––」

「まだ俺を兄と呼ぶのならレイとして最後のお願いがある」


 今の俺は気分がいい。

 だから気紛れで『誰かに』身を任せるのだって、まあいい。

 一言でも伝えたいと、文字通り心から叫ぶ声を無視するほど腐ってはいない。

 なんとなく、体をレイが支配していくのを感じる。自分でやったこととはいえ、やっぱり止めておけば良かった。

 支配が強くなるにつれ、『俺』が離れていく。


 ■□■□■


「……ユイ、ごめん。カッコ悪いとこ見せちゃったな」

「お兄、ちゃん?」

「…………ああ、ユイ。今は(・・)お前のお兄ちゃんだ」

 ユイが俺に抱きつく。

 その顔は涙と鼻水でグチャグチャだ。これは後で怒られるかな。でも、まあ、関係ないか。

「……悪いが時間がない。ユイ、母さんと親父を頼む。俺はもう、会えないからさ」

 どうせ『俺』はこの後消えるのだから。

 俺の中に生まれた彼が何なのかは分からない。

 俺がこうして目を覚ましたのもユイが名前を呼んでくれた時だった。

「どうして……」

「分かってくれ、こんなことはユイにしか頼めないんだ……母さんと親父に俺は死んだんだって伝えてくれ––––」

 何かを悟ったのか、ただ反射的なものなのか、ユイは泣き崩れる。

 もう俺にはどうすることも出来ない。自然と穏やかに微笑んで崩れたユイを抱きしめ、いつもの様に頭を撫でていた。

「ユイは泣き虫だな、いつも泣いてばかりだ」

「お兄ちゃんに、は……言われたくないよぉ……」

 昔からユイが泣いた時には揶揄(からか)いがてらいつもしていた、いつものやり取りが今は、とても、心地いい。崩れた姿勢のままユイは先ほどより強く俺に抱き着く。それはまるで、どこにもいかないでと縋る幼い子供のように。あるいは、どこかに行かないように、強く。

「ユイ、ユイは俺に付いてきてくれたけど、これからは自分の道を見つけて欲しい。お兄ちゃんとしては村に戻って穏やかに、笑って、幸せになって……そんな暮らしをして欲しいけど–––––でも何だっていい、このまま冒険者として生きていくでも俺のお願いを聞いて村に戻るでも、何だっていいんだ。後悔は、やっぱり出来ちゃうからせめて出来るだけ満足できる道を進んでくれれば俺はもう、それで充分だ」

 ユイに言い聞かせる様に、最後のお願いを口にする。

 頭を梳く度に意識が薄くなる。撫で付けている右手は気合いで抑えているが触れられずに離した左手は震えている。時間がないとは言ったがいよいよ本当に無くなったらしい。

「ユイ、こんなお兄ちゃんでごめんな。でも俺はユイの兄で良かった。俺の妹が、たった一人の妹がユイで良かった。ユイを愛していて良かった」

「あ……や……やだよ、いやだよぉ、お兄ちゃん……」

 抱き着く力が更に強くなる。震える心に鞭を打ち負けじと俺も抱き締め返す。そして全力で気張りながらお別れを告げる。

「––––ユイ、ありがとう……あい、して…………」


 ■□■□■


 あの野郎、最悪のタイミングで返しやがった。

『レイ』の妹であるユイに抱き着かれたまま『俺』に戻った所為で動くに動けないでいた。ユイが泣き止む気配は全くない。

 ユイには聞こえない様にこっそり溜め息を吐く。ここまで空気だったアスハに目を向けても首を振られる。薄情にも手助けしてくれる気はないようだ。


 やることも無いので目を(つむ)り俺自身の確認をする。

 俺の中にあった『レイの心』が完全に消えていた。(さなが)ら成仏でもしたかの様に。

 これで不快なノイズが発生することも無いだろう。

 でも、少し、ほんの少しだけ、空虚さが胸を焼く。本物(・・)が消えたからだろうか……。


 暫く瞑っていた目を開き今度は周りを確認する。俺に抱きついたまま泣いていたユイは少し落ち着いたようだ。時折ぐずる音が漏れていて、手も服を強く握ったままだが。

 これだけ落ち着いていれば充分だろう。レイとユイへの義理は果たした。もう俺が関わる理由もない。

 そっと肩を押してユイを引き剥がす。


「そろそろ離れろ。感動のシーンはお終いだ」

「お兄、ちゃん……じゃあ、ないんだよね?」


 長かった勘違いも終わったらしい。

 返事代わりに雑に頷いた俺に何か思うところがあったのかユイは悲しげに眉を下げる。大方兄であるレイではなくなったことを再認識したのだろう。

 ユイが離れたことを確認した俺は立ち上がり屋敷の門へと歩く。

 まだ座り込んでいるユイとすれ違った時、「待って!」と聞き慣れた声がかけられるが、無論立ち止まらずに門を目指す。

 ふと思い立ち振り返らずに声をかける。

 それは最初に別れを告げた時と同じ意味合いの言葉だった。あの時は特に意味も思いもなく、ただ何となく言っただけだった。

 なら今の言葉に意味があるのかと言われれば、無いと答えるし、前と同じで何となく言っただけだが、少なくとも今回は『思い』は詰まっている。例えそれが俺の物では無かったとしても。


「じゃあな、精々死なない程度に好きに生きろ。……それが、アイツの最後の願いだしな」


 それきり()が俺を呼び止めることはなかった。


 ***


 今まで黙って成り行きを見守っていたアスハは案の定付いてきていて門から出たタイミングで声をかけてきた。


「アレで良かったの?」

「何がだ?」

「そう……そうね、何でもないわ」


 俺の返答で何かを察したのかアスハは再び静かになった。

 レイとのお別れは済んでいたのだし無責任ではあるが別れとしてはあれで良かったのだろう。少なくとも俺もレイも一通りの満足は得ていた。


 暫くお互いに無言で少し明るさを取り戻した街を歩く。

 吸血鬼やら地下やらで色々やっているうちに日が昇り始めていたようで、夜明けが近いことを街の景色と一日の活動を始めた人々が教える。


「ねえ、カズヤ、なんてどう?」

「は?」


 何言ってんだこの女。

 突然何の脈絡もなく言われた言葉に驚くことも出来ないでいた。


「名前よ、な・ま・え。貴方レイって名乗りたくないんでしょ? なら新しい名前を決めなきゃ不便でしょ」


 大分前の話を掘り返したらしい。名前のセンス以前になぜ今更なんだ。

 ……ひょっとして今までずっと黙っていたのは俺の名前を考えていたからじゃないだろうな。渾身の出来らしく自慢げな顔をしている所を見ると、どうやらそうらしい。思わず手で顔を覆う。


「はあ……」

「……何よ、不満?」


 溜め息も出ていたようだ。

 それを不満と受け取ったのかアスハはむくれている。文句あるかと睨む目に力がこもっているのがハッキリと分かる。


「不満ねえ、不満ならお前の方があるんじゃないのか」

「私? なんで」

「いや、だってお前、自分の名前がコンプレックスだったんじゃないのか」


 そこまで言って漸く気づいたらしく、顔を真っ赤に染めて俯いてしまった。

 頭から湯気でも出ていそうな形相だが俺は容赦しない。更なる追撃をかける。


「喜ぶといい、お前の両親の血はしっかりとお前に受け継がれているぞ。血は争えんな」

「うるさいわよ! 悪かったわね! どうせ私に名付けのセンスなんて無いわよ!? しっかりと遺伝されてるわよ!? 何か文句あんの!?」


 しまった元のアスハに戻ってしまった。

「しまった元のアスハに戻ってしまった」

「貴方心の声が漏れてるわよ……はあ、それで結局名前はどうするのよ、何も無いならカズヤって名乗りなさいよ?」


 引くに引けなくなったのか、まだ諦めていない様子。

 正直な話、カズヤでもいいのだがそれだとアスハが名付け親みたいでなんだか(しゃく)だ。

 レイにカズヤ、それに……はじめ? 最後の名前はどこから湧いたのか謎だが取り敢えず頭にあるの名前はこの三つ。何もこの中から選ばなければならない決まりは無いが、こういうのは苦手でそう易々と俺には考えつかない。


「……カズヤって呼ぶわよ? 呼び続けるわよ? それでいいのよね? 返事しないってことはそういうことよね」

「分かった、分かったよ、言えばいいんだろ。だからカズヤは止めろ」


 ゴリ押しまでしだしたアスハを止めるため、名乗らざるを得ない状況に陥ってしまった。

 仕方ないので適当に思いついた言葉を使うことにした。

 しかし自分の名前を自称するというのもおかしなものだ。肩を竦めつつ適当な言葉を思い浮かべていく。


「俺の名前は……ファイ、だ。名前を呼ぶならそう呼んでくれ」

「……普通ね」

「それが一番だって事はお前が良く知ってるだろ」


 アスハの陰謀により無駄に頭を働かせることになってしまったが、名前がないと不便なのも事実なので何とも言えない気持ちが渦巻く。

 しかし思いつきの名前にしては良く出来ている方ではないだろうか。アスハの様に自画自賛するようだが、まあ気にするまい。

 当のアスハは何が気に入らなかったのか俺の名前を繰り返し呟いては首を傾げ、その度に普通だわ、と非常に煩い。知人と思われたくないのでアスハを置き去りにして冒険者ギルドへと向かう。


「……いやいや、普通よね? ってちょっと置いてかないでよ–––––」


 アスハの声と走る音が背後から聞こえる。どうやら逃げ切れなかったようだ。

 こんな連れと旅をしなければならないと思うと気が重い。

 余りに待て待てと煩いので仕方なく振り返る。


「……普通だな」


 振り返って見えた街に夜の影も不自然な歪みもなく『正常』に活気に満ちていた。



第1章完


1章あとがき


最後に詰め込みすぎだ感は否めませんがこれにて1章は終わりです。

全国のカズヤさんごめんなさい。この世界では日本的な名前は珍しいみたいなのでお許しください。

やっぱりアスハさんは書いてて楽しいですね。

一君改め、レイくん改め、名無しの権兵衛(仮)改め、ファイくんと名前がコロコロ変わる主人公でしたね。

一応作者的にはファイがレイに気づいた辺りから感情が強くなっている設定でした。

さて、血反吐を吐いてのたうち回るファイ君をご期待の皆様には申し訳ないですが次章からは作中最強レベルになります。まあ、説明があった通り代償は大きいですが……。

ほ、ほらファイ君とレイ君は別キャラ扱いだから……同じ主人公だけど。

レイ君は多少知恵が回る雑魚でしたがファイ君は知恵も働くクソチート(ただし使うと死に近く)です。

力の説明とレイ君との比較のためチートとは言いましたが私はチートとは思っていませんし、キーワードに付け加える気もありません。でもやっぱり話が進むと付け加えるかもしれません。

設定の方もいろいろと足してます。

それでは皆様にゴボリン先輩の導きがあらんことを……。




>>>ギルドにて>>>


「登録したい」

「はい……てレイさん?」

「他人の空似だ」

「は、はあ……いや、でも–––」

「他人の、空似だ」

「わ、分かりました–––」

「あ、私もお願いします」

「え? え、エルフ? なんでレイさんと……」

「エルフだと何か問題が? それと他人の空似だ」

「い、いえ、そういうわけでは……そ、それではお名前と登録料を」

「ファイだ、登録料ならそこにおいてある」

「私はアスハです」

「レイ……じゃなくてファイさんと、アスハさん、でよろしいですか?」


ということがあったとか。


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