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異世界で生を受けたなら  作者: 蓮嫁 ルイ
一章 【目覚めと別れ】
14/15

9.幕引2

 


 さて、忘れていたがこのエルフをどうするか……。

 呪いには干渉できないし、鎖を外す為の鍵穴らしき部分も見当たらない上、仮にあったとしても鍵らしきものもなさそうだった。

 吸血鬼にやったように鎖を切ってしまえばいいのだろうが……正直あまり多用したくない。繋がれている鎖はただの頑丈な鎖なので、自力で何とかしてくれるのが一番なのだが、当の本人に何かする気がなく眠りこけたままだ。

 ふと、何故ここまでムキにっているのだろうという疑問が湧いたが、それを考え出すと一層疲れるので無視する。それに、このエルフには本意なのかは確かめようもないが呪いを持っている。それも俺と同じ物を。

 というかそれが目的で何とかしようとしているのだが……そういえば助ける必要はないな。

 どうしてこんなことにもっと早く気づかなかったというのか、余りにもグッスリと眠っているものだから気でも使ったのか? なんだかさっきからこのエルフのペースに(眠っているが)呑まれている気がする。


 揺すってみるが、起きない。

 声をかけてみるが、起きない。

 顔目掛けて拳を振るうが、阻まれる。


 どうやらエルフの周りに防御魔法が張られているようだ。起こさないようになのか、起こされないようになのかは分からないが、ここまでされていることを考えると隔離されていると見るのが妥当だろうか。

『死を呼ぶ』などと二つ名が付いていたのだし、あり得ない話ではない。


「……ん、んぅ……誰?」


 考察している間に起きたらしい。俺が起こそうとしても起きなかったくせに止めた途端に起きやがった……まあ、言っても仕方ない。

 それに、起きたというなら当初の目的も果たせるというものだ。

 そう自分に言い聞かせ改めてエルフに向き直る。


「……寝るな、起きろ」


 向き直った先にはエルフが(まぶた)を閉じて再び眠ろうとしていた。

 こいつが持っているのは常に眠たくなるなんじゃないかと思い始めてきた。


「……ふぁあ、何」


 眉が引き()るのが分かる。

 イラつく感情に蓋をしてまた眠られる前に口を開く。


「……お前の名前は」


 しまった。いざ話そうとしたが掛ける言葉が無く、どうでもいいのに名前を聞いてしまった。

 しかし、エルフは露骨に目をそらす。

 意外な反応に困惑するが話さないというのなら好都合だ、気まずい空気ごと無かったことにしよう。


「……ス、ハ……」

「いや、大丈夫だ、名乗らなくていい」


 だというのに、エルフはか細い声で名乗ったつもりらしい。


「何よ……何なのよ! 名前を聞いたの貴方じゃない! 良いわよ言ってやろうじゃない、言えばいいんでしょう!?」

「いや、別に言わなくていいと–––」

「そんなに馬鹿にしなくたっていいじゃない! 確かに?! 普通と違ってますけど?! エルフ的には変な名前ですけど?! 別に笑わなくたっていいじゃない!」


 ダメだ、このエルフ。過去のトラウマが蘇ったのか言葉が通じない。

 先程の眠たげな雰囲気はどこに行ったというのか、怒りが溢れているらしいその姿は元気だ。

 俺の妹だというあの少女の方がマシだったのではないかと思い始めた時、どうやら目の前で怒りに我を忘れていたエルフは落ち着き正気に戻ったようだ。


「……ごめんなさい」

「では改めて聞くが、お前は何者だ」


 先の失敗を踏まえ、今度は直球で聞く。

『あれ? 名前聞かないの……』という呟きは俺には聞こえていない。

 俺の様子から何かを察したのか、息を吐き、今までとは全く別の、全てを悟り、全てを諦めた目に変わった。


「––––ただのエルフ……ではないか……。私の呼び名は知ってるんでしょ? 不吉で名前の変なエルフよ」


 おかしいでしょ? と自虐するように薄く笑う姿は見てきた中のどの姿よりも、正常(・・)に見えた。


「そんなことを聞いているのではない、何故お前がそれを持っている」

「……貴方分かるの? そういえば私の側にいても何ともないわね……。まあいいわ、なんで、だったかしら、それなら産まれた時からよ。と言ってもその頃は大したことなかったのだけれど」


 聞いた話はさして予想外な物でもなかった。こんな場所に隔離されていた時点である程度察しは付いていた。推測の上では。

 疑うわけではないが信じられる話でもなかった。何故なら少なくとも俺とこのエルフの持つ呪いはこの世に一つしか(・・・・)存在し得ないはずなのだから。

 理屈は分からないが、この呪いに関する知識がそう告げている。名前に関することが分からない、欠陥しかない知識だが。

 しかし目の前には例外がいる。俺が呪いを掛けた相手は今の所二人だけだ。

 産まれた時からと言っていることから考えても俺がどうこうしたという事は無いだろう。


「ならそれが何か分かっているのか?」

「さあ? 周りを不幸にすることしか分からないし、呪いを掛けられていると言われただけで正直よく知らないのよ」

「呪いの名前は知っているのか?」

「エルフと人間の呪術師の両方に調べてもらったけれど、どちらにも『よく分からない呪い』としか言われなかったからさっぱりね」


 これ以上探っても意味はないようだ。

 結局名前も分からずじまい、進展もなくむしろ謎が増えただけ。最早聞く事は無い、従ってここにいる意味もない。


 鎖につながれて諦めた目をしているエルフを見て、別に何かを思ったでも感じたでもない、俺は何とも思っていなかったと断言できる。

 だからふと口にした言葉に意味も理由もない。ただ何となく言っただけだった。


「ここから出たいか?」


 何も伴わないその言葉にエルフは一瞬目を見開いたが、瞬き一つ、元の諦観(ていかん)の眼に戻った。

 そして首を振り拒絶の意を示す。


「無理よ、貴方は大丈夫なのかもしれないけど、他の人はそうはいかない、きっと……。それに貴方だって、ずっと大丈夫な保証なんて、ない」


 苦しげに吐き出された声は耳で聞くよりずっと痛みを、辛さを訴えていた。

 同情などあるはずもない。それを聞き傲慢にも感傷に浸ることもない。感じるものが僅かにでもあったとして、それが意味を持つこともない。だから今回もまた、溢れた言葉に意味も理由もない。


「なんとか出来ると言ったら?」


 今度はエルフの表情は変わらず、首を振るだけだった。

 嘲笑うかのように鼻を鳴らし、口を開く。


「そうね、それが出来たら……なんて、なんて素晴らしいんでしょうね、貴方に恋するかもしれないわ」


 哀れだなどとは思わない、彼女にとってはそれが当たり前で仕方のない事だったのだろう。なにより彼女自身がそれを受け入れている。

 部外者たる俺がそこに割り込めようはずもない。

 だから俺の行動には何の意味もない。

 エルフに惚れられたい訳でも助けたい訳でもない。

 そう騙しているのだろうか、いや、少なくとも今の自分の心の内には何の感情も(・・・・・)ない。

 干渉出来なかった原因を調べる一環として何となくエルフの事情を聞き、その原因を発見して、解決方法が分かったから、ただ何となく聞いてみただけだ。

 ただ何となく、助ける結果を採っただけだ。


 エルフに近づき、隔離され長い間鎖に繋がれていたとは思えないほど綺麗に保たれている服。

 その上からでも分かるほど大きく膨らんだ脂肪の間から大まかな心臓部の位置に左手を添える。

 エルフは不思議そうに首を(かし)げ声を掛けてくるがそれを無視し、右手を槍の形に変えて構える。

 エルフが何か言っているようだがそれも無視して槍に変形させた右手で胸の間、谷間から心臓までを貫く、抉った部分へ呪いを染み込ませるのも忘れない。


 貫いた先からコツ、と何かにぶつかる感覚がする。妨害されたのはこれが原因だろう。

 砕けなかったのなら仕方ない、回収してやろうとしたその時、先に当たっていた『何か』の感覚が無くなった。

 確かめるより早く『それ』は溶けるように消えた。

 止まっていても仕方がないので、吸い取りながら右手を引き抜く。

 完全に抜き取った後には綺麗な丸の穴が胸元に空いた何とも扇情的(せんじょうてき)な服が仕上がっていた。そこから覗く素肌には勿論(もちろん)傷一つない。

 顔を見てみると死んだように目の焦点が合っておらず、全身、脱力して鎖がピンと引っ張られている。

 変形させたままの手で鎖を切り壊していく。

 ……槍じゃなくて刀しておくんだった。


*****


 一時的に仮死状態になっていたエルフが目を覚ますのにそう時間はかからなかった。


「–––––––ッ!! ……なんなの……なんなのよ、あいつ! いきなり殺すとかある!? 百歩譲って殺すのはいいわよ、むしろ有り難いし、だからって……だからってあんな、あんな……なんで生きてるの、私……」


 目覚めた途端怒り出したかと思えば、(まばた)きを二、三繰り返し、何だか聞いたことのあることを言い出した。

 二度説明するのも面倒だが乗りかかった船だ、どうせなら最後まで見ていこう。

 そう決意を新たにした俺はまだブツブツと呟いているエルフにお約束の言葉(別にそう決めていたつもりもなかったが)をかける。


「身体に異常はないか。あるなら医者に行った方がいい」

「……ッ! 異常? 何とも無いわよ、それで? 説明、してもらえるんでしょうね? 体が自由になってることについてもタップリと」


 タップリとは御免被(ごめんこうむ)るので簡潔に説明した。

 呪いを吸収するついでに傷を無かったことにした事。

 元々有った呪いは、ほぼほぼ吸収したもののほんの僅かに残ってしまったがそれも周りは(おろ)か自身にさえ影響は無い事。

 出たいらしかったので面倒だったが鎖は壊して外しておいた事。

 傷を消す代償の肩代わりについては気絶している間に終わったことだし、説明するだけ面倒なので言う必要もないだろう。わざわざ言うつもりもないが。


 それを聞いたエルフはとても驚いた顔で固まっている。

 しかしそれと同時に顔には不安が色濃く見てとれた。それもそのはず、何せ実感がない。

 自分の周りにしか影響が出なかった呪いが無くなったかどうかの判断は自分では出来ない、隔離された状況で、しかも唯一近くにいるのは例外の俺だけ、確認する手段もない。

 そんな中で無くなりましたと言われても素直に喜べるはずもない。

 まあ、そんなことは知ったことじゃないのだが。


「とにかく、もう俺にできる事もする事もない。それじゃあ達者で」

「……待って、貴方、どこか目的地でもあるの?」


 この空気はよく知っている。

 屋敷に入る前に体験した(実際には言われなかった、というか言われる前に去った)のだからよく知っている。

 どうしてこう、別れを告げた相手に限って付いて来たがるのか、不思議でならない。俺なんかといても大して面白くもないだろうに。


「さあな、テキトーに……そうさな、自分探しの旅でもしますかね」


 何せ自分の事がサッパリだ。いろんな知識はあっても、自分の名前すら分からない。

 そう考えると今の状況は不便だ、新しい名前でも考えてみるか?


「そう……なら付いてくわ」

 ほら来た、やっぱり来た。

「断る」

「貴方の気持ちなんて知らないわよ、さっき言ったでしょ、恋するかも……って、惚れちゃったなんて言ったら貴方、困るのでしょうね?」


 酷い挑発を見た。

 しかし言っている内容は事実だ、困る、非常に困る。

 そんな感情が顔に出ていたのか、エルフは珍しい物でも見たような顔を浮かべた後、楽しげにまた喋りだした。


「貴方もそんな顔するのね。安心してちょうだい、まだ惚れてはいないわ。今後どうなるか分からないけどね?」

「論点をずらすな、付いてくるなと言っている」

「ずらしてなんかいないわよ、そんなフリしても傷ついたりしないのよ? 私。そんなイヤな顔しないでよ、それに言ったはずよ? 貴方の気持ちなんて知らないって」


 この女はどうあっても付いてくるらしい。

 こういった手合いは何を言っても聞かない、断るだけ時間の無駄、余計面倒になる。


「––––好きに……していたな」

「そういうこと、宜しくね? それで、ええと、その……あー」


 突然モジモジして、視線を彷徨わせ始めた。

 随分と忙しい女だ、上手くやってく自信が早速消えていきそうだ。


「なんだ、お前のことはもう聞く気は無いぞ」

「……アスハよ」

 ボソッと何かを言うエルフの女。

「何がだ」

「名前よ! な・ま・え! お前って止めていただけるかしら!?」


 どうやらエルフの女は俺のお前呼びがお気に召さなかったらしい。名前も知らない相手に対する呼び方として一番良いものだと思っていたのだがそうでは無いらしい。

 その後のやり取りでも名前を聞いても会話の中でお前としか呼ぼうとしない俺にとうとうアスハと呼べと強制してきた。


 それにしてもアスハという名前は、なるほど、確かに変な名前だと思ってもおかしくは無い。エルフなら尚更。

 人間みたいな名前な上、その人間ですらそんな名前は少ない。

 エルフとの暮らしではさぞや疲れる思いをしたことだろう……いや、そうでもないか。

 こと目の前のエルフ、アスハとやらに限って言えば名前程度の苦しみは苦しみ足り得ない。

 それ以前にもっと、もっと深く、強い苦しみが常に己を蝕んでいたのだから。


「それで、貴方のお名前は? 訳ありでも偽名くらいは言えるでしょう?」

「察してくれるのは有り難いが、生憎と名乗る名前が本当に無い、知識以外の記憶が無くてな。偽名を使おうにもその偽名がない、考えつかないし、考えたくもない」


 それならいっそ名無しの権兵衛とでも言われた方がマシだ。

 そう言うとエルフ……アスハは黙り込んだ。ここまでの僅かな付き合いで分かるようになってきた。これは多分名前を考えているのだろう。どうせ偽名になるのなら、と。

 余計なお世話だ、と言いたいところだが、正直な話、素直に有り難い。

 まさか本当に名無しの権兵衛と名乗る訳にもいかない、多少変な名前だとしてもあった方がいい。


 しかしこちらが引くほど考え込んでいる、何をしても反応がない。

 これはチャンスかもしれないと、アスハを置いて出て行こうと石階段を(のぼ)るが、気色の悪いことにこちらの反応が届かないほど考え込みながらも俺の移動については見逃さず、雛鳥のように付いてくる。

 ここまでくるとウンザリを通り越して感心してしまうが、付いてくるにせよ止まるにせよ勝手に動けると言うのならそうさせてもらうとする。


 石階段を登り屋敷の広間に出て、もう屋敷ですることもないのでとっとと扉を開けて出て行く。


「……これは予想外だったな」


 果たしてそこにいたのは自らを俺の妹だと言った少女であった。





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