9.幕引1
なんて趣味が悪い。
鎖に繋がれたエルフを見て思ったのはそんなことだった。
この屋敷の所有者が誰なのかは知らないが、こんな呪いを撒き散らす様なクサイ物を置いておくなど正気の沙汰ではない。
とはいえ、今のこの状況、というかこのエルフは異常だった。
先ずもって、こんな所に繋がれているのがおかしい、しかしこれはまあ、攫われただのなんだのと理由も思いつく。エルフというのは美形が多いらしく(本当かどうかは定かではないが)、目の前のエルフもご多分に漏れず美しい見た目をしている。
そして、俺と同じ呪いを垂れ流しているというあり得ないことな上に傍迷惑なことをしているが、そんなことよりも、呪いにかかっていて、しかも鎖に繋がれて人形の様に吊り下がっている体制で、お世辞にも過ごしやすいなどとは言えない灯りもない部屋で、グッスリ眠っているというこのエルフ自身が最も異常だった。
およそ、正常な精神が出せる判断ではない。ということはこいつは頭がおかしいのだろう。でなければ余程寝不足だったのだろう、身の危機が迫っている様な状況でさえ眠たくなる程の。
このエルフの心中を考えたところで俺には一生分からないだろう。
思考放棄した俺は取り敢えずエルフの出す呪いを奪う、奪ったつもりだった。
しかしどういう原理かエルフの持つ呪いは健在で奪うどころか、干渉することさえ叶わなかった。
「これはいったい––––」
「『死を呼ぶエルフ』だそうだ」
突然後ろから声をかけられる。
振り向いた先にいたのは声で察した通りに起きがけに殺したはずの男だった。ただしその姿は正常なものとは言えず、右腕は欠けており、左腕も形こそ保ってはいるが剥がれた表皮から中が覗いている。尤も、腕の中身は空洞で何も無いが。
更に体の至る所がポロポロと崩れている。崩れ落ちた欠けらは地面に触れると同時に溶けるように消えている。
何故生きてるのかという問いは後に置き、このエルフについてを先に聞くことにする。
人間ではないことは気づいていたし、驚きはしたがさほど衝撃的ではない。
「––––それはまた物騒だな、見た感じそうは……見えないこともないか」
実際呪いを振りまいてる訳だし、『死を呼ぶ』という煽り文句も強ち間違いでもない。
「……君には何故この少女がそう呼ばれているのか分かるというのか?」
「まあ、こんだけ異臭を放ってればな。自分の体臭がいい匂いで好き〜、だなんて奴はそうそういないだろ?」
そう言って右手をひらひらして見せる。
これで察してくれるだろう、多分。何せ今自分が体験しているものなのだから。
案の定、原因について全てを理解したようで、目を見開き自分の体を確かめていた。
その肌は少し暗い。
「……君のそれは、一体何なんだ? 私の再生能力が消えてしまったのだが」
「の割には元気そうだな? 体も残ってるし」
片腕はないし、見たままボロボロだがそれでも未だ生きているということが不思議だった、異常と言ってもいいかもしれない。
「質問に質問で返すのはいい趣味とは言えないな……まあ、これでも吸血鬼の始祖なのでな、そう易々とくたばるわけにもいかんのだ……といっても今回は駄目だったが」
「それは答えになってないぞ」
「先に答えを返さなかったのは君だろう?」
ニヤリと口を歪め憎たらしい顔を向けてくるこの男は吸血鬼だったらしい。
しかし、吸血鬼だろうと喰われて生き残ってていいはずがないのだが……兎角聞いてみるほかない。しかし意趣返しのつもりか、口を割る気はないようだ。
「はあ……呪いだよ。但し書きは付くがな」
「ほう、但し書きとな。それも気になるが、呪いにしては随分と攻撃的だったが?」
「そりゃ攻撃だからな。それに呪いと一口に言ってもピンキリだ、俺のは呪い自体が質量を持ってるってだけだ」
吸血鬼の腕を消したのもその応用だ。
鋭くして切り落とし、付与効果で『その部位が消える』という呪いをかけたに過ぎない。
そんな呪いを付与した相手が生きているのは予想外が過ぎたが、これはこの吸血鬼が特殊なだけだろう。そもそも存在自体を消す呪いなのだし。
「で、そっちのタネは?」
「まだ聞きたいことがあるのだが……まあ、そう睨むな、こちらも単純だよ。再生能力で抑えている隙に保険が機能したというわけだ」
「保険?」
「知り合いの試供品さ、なんでも致命傷を肩代わりするらしい。尤も、今回のは致命傷では軽過ぎだったようだが……と、時間のようだ」
その試供品が気になるところではあるが、いよいよ、吸血鬼の体が崩れ、消えかけている。
「ハハハ、しかし感慨深いものだ。死ねないと諦めていた私が、今死を迎えようとしているのだからこんなに嬉しいこともない」
もうすぐ消滅するというのに、吸血鬼の顔には喜びに満ちていた。
口にするまでも無く、漸く死ねるのだと安堵が伝わってくる。それほどまでに長い時間を生きたのだろう、死に諦めを見るほどに、生に飽きるほどに。
その苦悩を知ることも解することもできないが、少しの付き合いとは言え看取ってやる程度はしてもいい。
「あんた……いや、見れば分かるか」
「その通りだ、私はこれっぽっちも恨んでなんかいない、憎んでなんかいない、そんな感情はとうに薄れている。喜びもなかったがな。しかし、今は、今だけは本当に喜んでいる。君は本当に素晴らしい、私の判断は間違っていなかった」
独白のように呟いた言葉は実際、これまでを振り返って出たものだったのだろう。
その言葉には喜びの他に僅かに寂しさが詰まっているようにも聞こえる。
不老不死なんて、案外そんなものなのかもしれない。
生憎俺には毛ほども分かりはしないが。
「……私は、君に礼を言わなくてはならないな。今の君にありがとう、と」
「あんた–––気づいてたのか?」
礼を言った割には無造作で加えて不躾だが、その内に篭った想いは本物だ。これも照れ隠しの一種なのだろうか。
殊更気にするでも無く尋ねると、吸血鬼は一つ頷いて消えていった。
吸血鬼のいた場所には何も残ってはいない。消滅という呪いに犯されて尚もしぶとく生き残った吸血鬼は今度こそ完全に消滅した。
ここには呪いでは消せない記憶だけしか、残ってはいない。
前回でレイ(仮)君が一瞬で傷が治ったのもスティルスを食べて再生能力を擬似的に奪ったからです。
本人気づいてませんが。
『なんかいつもより治んの早いなあ』程度にしか思ってません。
そして奪ってなくても再生することに変わりはありません。




