癒し系
豪勢な調度品、美術品で満たされ、贅を尽くした部屋の中はいつものようにピンと張り詰めた空気が漂っている。
部屋の中央のソファには国民の唯一のしもべを自称する(つまりは絶対の権力者ということであるが)独裁者が側近をはべらせ、リラックスしてテレビを見ていた。
ちょうど画面では一人のスターが視聴者に向かって穏やかな笑顔を振りまいている。
独裁者が呟いた。
「この男は最近よくテレビに出ている。我が国民の人気を独り占めにしたような活躍だな。わが国で生まれた初めてのスターだ。もちろん、私を除けばだが。このまま世界で通用するビッグスターに成長してくれればいいが」
部屋の空気は明らかに和んだ。今日のボスは機嫌がよさそう……。
その時、ポツリと独裁者の一言。
「癒し系だな。この男は」
その瞬間、部屋の雰囲気がなぜか凍った。
「はっ」
副官が慌しく、部屋を出ていった。
自分以外に人気者が現れるのを喜ぶ独裁者はいないことを副官はよく分かっていたのだ。
それからしばらくたったある日。独裁者がテレビを見ながらポツリと言った。
「最近、あの男が出てこないな」
側近達はその時々の会話の流れ、口調で独裁者が何を言わんとしているか即座に察しなければならない。さもなければ、側近として生き残ってはいない。
副官が背筋を伸ばして答えた。
「あの男に対してはご命令のとおり、すでに刑が執行されております」
その言葉の裏には、独裁者の意図をちゃんと理解していますと言う、奴隷の満足感が漂っていた。
「なに? 」
怪訝そうな独裁者。
「ご命令のとおり、あの男は死刑にしました」
「どういうことだ? 」
ちょっと声の調子が変わったのを感じて、側近は記録再生の準備を始めた。
独裁者は判断する事柄が余りに多過ぎ、時たま自分の言ったことを忘れることがあるので、側近たちは命令を間違いなく遂行したのだという証明のため、つまりは自己防御のために独裁者の言葉を一言漏らさず記録しているのだ。
副官は独裁者の言葉を再生した。
「……わが国でうまれた、初めてのスターだ。もちろん、私を除けばだが。このまま世界で通用するビッグスターに成長してくれればいいが。……癒し系だな、この男は」
独裁者はてんで合点がいかない。
「どこにも死刑にしろなどとは言っていないじゃないか。世界でも通用する、今流行りの癒し系のスターだと褒めているだけだ」
「癒し系? ……そんな」
副官の顔は見る見る真っ青になった。
「私はてっきり閣下が……てっきり閣下があの男を嫌って……私に命じたのだとばかり」
「お前は何が言いたいのだ? 」
しかし、副官にはもはや独裁者の言葉も届いていないようだった。
「私は確かに聴いたのです……」
彼は中空を見つめて独裁者の声色で独り言を続けた。
「……わが国でうまれた、初めてのスターだ。私を除けば。このまま世界で通用するビッグスターに成長してくれればいいが。……いや死刑だな、この男は」
独裁者はこれも独り言のように呟いた。
「どうやらお前は私の意図を取り違えたようだ。もはや副官としては使えない。即、死刑だな、お前は」