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恋がしたい

そこは、ファミレスの一席。

二人の男女が座っている。

男の名前は柏木冬馬、年の頃は20後半、営業途中でサボっているためスーツ姿だ。

女の名前は蒼月沙耶、冬馬の同級生だ。

こちらは休日なのでカジュアルウェアである。

年は同じだがまとまりのない組み合わせの二人だったが、ビジネスマンや遊びの学生などが入り乱れるこの辺りではあまり浮いた雰囲気ではない。

さて、この二人は腐れ縁とも言える学生時代からの旧友で、今日は冬馬が沙耶を呼んだらしい。そこに店員が現れ、注文の品を持ってきた。


「お待たせいたしました。紅茶をご注文の方は?」


店員はそう言うと二人の顔を見比べる。

小さく沙耶のほうが手を上げる。

店員はそれを見て紅茶を彼女の前におく。

ついでに、もう一つの注文は残りの冬馬と判断して珈琲を冬馬の前におく。


「これでご注文はおそろいでしょうか?」


店員の質問に沙耶のほうが「はい」と返事をした。

その返事を確認すると店員は軽くお辞儀をし、伝票を残して帰っていく。

それを沙耶は見送るようにしばらく見てから突然喋りだす。


「若いっていいわよね。」


どうやら彼女は店員の若さがうらやましいらしい。

そんなことを言ってもどうしようもないのだが、ついつい誰に話すでもなく口からこぼしていた。

冬馬は聞こえているが、返事を求められていないのは分かっているので返事はせずに珈琲に口をつける。

すると、さっきよりも声のトーンを上げて、聞けといわんばかりに沙耶が喋りだす。


「あー、恋がしたい。てか、早く結婚したい!」


彼女は、若さというものを意識した結果、自分がそろそろ若いとも言いがたいのではないかとつい焦ったような言葉を出したのだ。

その言い方はまるで子どもが駄々をこねるよう。

20後半のいい歳とも言われる女性のすることではないように思う。

冬馬もそう思ったようで軽く息を吐き、あきれた表情で口を開く。


「お前、また言っているのか…。」


その言葉を聞いた沙耶は、彼が聞いていることを認識し、さらに言葉をつなぐ。


「だって、周り、どんどん結婚していくのだもん!私だって、別に顔に問題あるわけでも、性格に問題あるわけでもないのに、何で!!」


沙耶は最初こそ、冗談めいた口調でおかしくもあったが、後半はかなり本気が入ってきたため、おかしさを通り越し、怖い表情になっていた。

だが、こんなことはいつものことのようで冬馬は落ち着いている。

きっと、いつもこのように呼び出され愚痴を聞かされているのであろう。


「お前なぁ…。」


その口調は相変わらず呆れ口調だ。

沙耶は友人であるはずの彼が同情を示してくれないので不満顔になる。


「何よ!その目!?」


怒りに任せて、沙耶は彼を指差して怒った。

それを見て、彼はひどく冷静に思うのだ。


(自分でそう言っている時点で相当やばいだろ?)


だが、そんなことを口に出して言えば、沙耶の機嫌がさらに悪くなるのは分かりきっている。

今日は、これでも冬馬のほうが彼女に用というか、頼みたいことがあって呼んだのだ。

その本題を切り出すために口を開く。


「そんなことよりも、今日はちゃんと用事があるから呼んだんだけど?」


彼は友人とはいえ今日は頼みごとをする立場、努めて落ち着いて、仕事で培った営業スマイルを浮かべて話した。

だが、沙耶は不満顔だ。

反論の言葉を紡いでくる。


「え〜!どうせ大した話じゃないのでしょ?私の愚痴聞いてよ!」


冬馬は(いつも聞いているだろ?)と心に思い、だが平常心を保ちつつ口を開く。


「お前なぁ。俺だって、仕事とか色々あるわけ。」


最初の切り出しに比べると随分と砕けた言い方だった。

だが、その分、まるで子どもに語りかけるような、駄々をこねる子どもにいけないことを説明するような響きを持っていた。

彼女はそんな響きを敏感に感じ取り、少しイライラしながら言葉を返す。


「分かっているわよ!そんなこと!営業途中でサボっている営業マンさん?」


最初こそ、自分のイライラした感情を押し付けるように怒った口調であったが、後半は

(あなただってサボっているじゃない?)

とでも言いたげに嫌味っぽく彼を見た。

当然、彼はその嫌味に気づく。


「お前!それ嫌味!?」


類は友を呼ぶという言葉がある。

それはこの二人のためにあるような言葉で、二人はお互いに短気なところが似ていて、よく話の中でそのまま口論のようになることがある。

だが、もっとも似たもの同士なのが、結局合うらしくいつまでも交友関係は途切れない。

それに加えて、冬馬のほうが大人になって、すぐに冷静になれるようになったのも大きいかもしれない。

沙耶はそんな怒っている彼に対して、少し拗ねたように口を開く。


「だって、親友の話も聞いてくれないんだもん!」


彼女は子どものように頬を膨らませて言った。

それに対して、彼は

(かわいこぶりっこはもう無理だろ?)

と思いながら冷めた視線を返す。

そして、話を切り上げるべく言葉を選ぶ。


「あ〜、分かったよ。せっかく、出会いのチャンスをプレゼントしてやろうと思ったのに気が変わった。帰る。」


そして、言葉通りに席を立ち、帰ろうとした。

さすがの沙耶も慌てて引き止めるべく口を開く。


「えぇ!!それ本当!?ごめん、さっきのなし!謝るからちゃんと教えて!!」


沙耶は言葉だけでなく、冬馬の腕をひっぱって引き止めた。

その口調は幾分慌てているために早口になっている。

ようやく彼女のほうを向いた彼は、怒りを通り越して呆れ顔だ。


「お前ほんと調子良すぎ。でも、長い付き合いだしな。仕方ないなぁ、教えてやるか。」


彼はそう言うとため息をつきながら席に戻った。

彼を引き止めるべく席を立っていた沙耶も慌てて席に戻る。


「わ〜い!で、どんな出会いのお話?合コンとか?」


彼女の顔を見れば、これからの話に期待を膨らませわくわくしているのはよくわかる。

彼はそこに冷たいツッコミを入れる。


「お前、若い子ばかりの合コンでまだチャンスまわってくると思っているわけ?もう少し年考えろよ!」


そう、最近の合コンといえば学生の参加も当たり前なのである。

20後半は残念ながら、若いとは言いがたい。

もっとも、自分にあったメンバ構成であれば問題ないのであるが…。

年を気にしている彼女にはかなりグサッと胸に響いた。


「うっ!」


「今回の話は単なる結婚式の招待客やってくれって話。」


彼は彼女の反応など全く気にもせず、自分の用件を言った。


その淡白な反応にか、それともその内容にか、いや、そのどちらにも不満を感じた彼女はそれを口にする。


「はっ!?それのどこが出会いのチャンスなわけ!?」


「お前なぁ。結婚式って言ったら、男女共に気分が一番盛り上がる結婚前提の付き合いに結びつきやすい出会いの場だろうが!?そんなことも知らないで結婚とか出会いとか無理だろ?」


彼は、彼女が最初からその疑問を出すのが分かっていたかのように堂々と当然のことのように説明した。

あまりに堂々としているため、彼女は素直に信じそうになってしまいつつも、さらに念押しの言葉を出す。


「え〜、そんなものなの?」


「そんなものなんだよ。で、行くのか?こっちにも都合があるから、今日返事してくれないと困るんだけど?」


彼は自分で頼んでいる割に、彼女の心が分かっているのか、人の足元を見るように強気で話した。

それに慌てて返事をするのはやっぱり彼女らしい。

よほど結婚を焦っているのだろうか。


「行きます!行かせていただきます!!」


彼女はご丁寧に敬礼までつけている。

だが、そんなふざけた敬礼など彼は全く気にしない。

まるで事務仕事を片付けるかのごとく鞄から紙を取り出した。


「そっか。じゃあ、これ会場の地図と時間。会場で待っているからちゃんと来いよ?」


そう言って、彼女に地図の書かれた紙を渡せば、彼女は彼の発言に驚き声を上げる。


「えっ!?冬馬も行くの!?」


「当たり前だろ!お前みたいな危なっかしいヤツ、一人で行かせられるわけないだろ!」


彼が至極当然のことのように言えば、彼女もまた当たり前のように疑問を口に出す。


「え〜!それで出会いなんてあるのかなぁ?」


「友達だって言えば平気だろ?そんなこと気にするな!」


「そっか。じゃあ、ほんとありがとうね。またね。」


彼は投げやりに話を強引に終わらせようとしたのだが、彼女はそれに気づかなかった。

そして、彼女は彼に礼を言って店を後にした。

残された冬馬は、彼女に頼んだ結婚式のことを考える。

実は、この結婚式の出席は彼女のための話ではない。

単に取引相手の妹の結婚式で新婦側の出席者不足とかで誰か頼める人間がいないか、聞かれただけのことなのだ。

更に言うと、実は彼は彼女のことを憎からず思っている。

だが、他に心当たりもなく仕方なく彼女に白羽の矢を当てたのだ。


「さすがに、ちょっと沙耶に悪かったかな・・・。いい出会いがあればいいな・・・。」


さすがの彼も少し罪悪感を感じていた。

それ故に本心ではいつまでも彼女の隣には自分だけがいればいいと思いながらも、その気持ちとは裏腹に彼女のために願い、店を後にした。

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