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6.

 学校の休み時間。珍しくわたしが自分の席で一人でいると、隣の席の篠崎さんがわたしに話しかけて来た。

 「天岩戸の劇、面白かったわよ。もう一度くらいやれば良いのにね」

 どうも、篠崎さんは、わたしを演劇部の一員だと思っているらしかった。確かに、劇の前は特に全力で奏をサポートしているし、そう思われても無理はないかもしれない。

 「唄枝さんも可愛かったし」

 続いて篠崎さんがそう言って来たので、わたしは思いっきり反応した。やっぱり、わたしだけの感覚じゃなかったのだと思って、嬉しかったのだ。

 「でしょう? わたし、写真を撮りたかったのだけど、撮影禁止なのよ!」

 そのわたしの反応に、多少引きながらも彼女は続けた。

 「ただ、天照大神役の子は、やや地味だったわね。綺麗ではあるけどさ」

 「わたしもそう思う。奏の方が、適役だったと思うわ」

 しかしそれには篠崎さんは首を傾げる。

 「いや、唄枝さんは、天照って感じではないと思うけど……」

 ま、この感想は仕方ない。

 「やっぱり、演劇部ではないけど、天照大神役は、三谷楓さんが似合っていたと思う。少し話題になっていたけど、彼女が長髪のウィッグをつけたら素敵でしょうに」

 わたしはその話に、少し驚いた。知らなかったからだ。

 「え? 三谷楓さんが、天照大神役をやればいいなんて話があったの?」

 「あったわよ。どちらかといえば、ショートカットの彼女が長髪になった姿を見てみたいってのが中心だった気もするけど。男女問わず、話題になっていたわ。“誰か頼みに行け”とか、“写真があったら買う”とか、色々と言われていたみたいだけど」

 「へぇ」とわたしはそれに返しつつ、なんか奇妙な感覚を覚えたのだった。何かが分かったのだけど、それが形にはならないような。篠崎さんは「本当に、木垣さんは、唄枝さんの事ばかり気にして、他の人にはあまり関心がないのね」と、それからそう言った。その通りなので、わたしは何も返せなかった。

 

 その日の昼休みに、事件が起こった。あの園上ヒナが、何故か奏を呼び出したのだ。教室にやって来た彼女は、奏を連れて行ってしまった。わたしは、当然、それを追いかける。奏が心配だったからだ。

 園上さんが向かったのは生物室だった。恐らく、人がいないからだろう。わたしは廊下でドアの隙間から中を覗き見しつつ、耳を澄まして彼女達の会話を聞いた。盗み聞きしている事に多少は後ろめたい気持ちになったが、奏の身の方が重要だ。園上さんは奏にこんな事を言っていた。

 「いい加減にしてよ。どうして、あなたは“田中かえる”にお祈りをしているの?」

 それに奏は困った顔を見せる。そして、こう言った。

 「だって、悪い事が起こっているから…… 呪いとか、事故とか」

 それに園上さんはこう返す。

 「意味が分からない! どうして、それで田中かえるに祈るのよ?」

 そのきつい口調に奏は竦んだ。そして、恐る恐るこう返す。

 「田中かえるは、弱い人達の神様で、だから…」

 その言葉に園上さんは激昂した。

 「弱い人達の神様? 弱い人達を助けるとかって事? なにそれ? 気持ち悪い! 迷惑だから、止めて!」

 そして奏の肩に掴みかかった。わたしはそこで我慢できずにドアを開けた。二人とも、わたしに注目する。わたしは園上さんを睨みつけてやった。わたしを見ると、園上さんは軽く「チッ」と舌打ちをし、それから奏の肩から手を離すと、そのままわたしの横を通り過ぎて去って行った。

 「奏、大丈夫?」

 わたしがそう尋ねると、奏はゆっくりと頷いた。

 「なんか、誤解があるみたい」

 そして、それから悲しそうな顔をしてそう呟くように言った。奏にこんな顔をさせるなんて許せない。その顔を見てわたしはそう思う。

 “絶対にこのままでは済ませない。あの園上ヒナって人は、何とかしなくちゃ”

 そしてそう考え、園上さんをどう呼び出そうかと悩み始めたのだが、なんと驚いた事に、それから園上さんの方からわたしにコンタクトをして来たのだった。

 

 「あなた、唄枝さんと仲が良いのでしょう?」

 

 放課後。彼女はわたしを生物室に呼び出した。奏の時と同じ生物室だ。人気がないからだろうけど、もしかしたら、彼女は誰かを呼び出す際に、よく生物室を利用するのかもしれない。

 「だったら、なんとかして説得して、田中かえるにお祈りしたりお供えしたりするのを止めさせてよ。どうして、あんな不気味な事をしているのか。はっきり言って、この学校の恥よ」

 彼女はわたしにそう語った。つまり、わたしを通して、奏の田中かえるへの祀りこめを止めさせる事が彼女の目的だったのだ。どうしてそうしたいのか、理解できない訳ではない。それに、確かにわたしも奏に祀りこめを止めて欲しいと思っている。だけど、それでもわたしは彼女に怒りを覚えた。

 ――奏を馬鹿にする奴は許さない。

 「――この学校の恥は、言い過ぎじゃないかしら?」

 それでそう言った。すると、園上さんは瞳を微かに歪めた。

 「まさか、あなたも彼女のあんな事を認めるつもりなの?」

 「いいえ。止めたいとは思っているわ。でも、それは、周囲の浅はかな連中が、勝手に騒ぐからってだけ。奏は少しも悪くない」

 わたしの言葉を受けて、悔しそうにしながら園上さんは少し笑った。わたしを馬鹿にする感じで。

 「呆れた。噂は本当だったのね。あなたが“唄枝奏”至上主義だって。冗談だと思っていたのだけど」

 わたしはその言葉に少しも動じない。平気な顔で「ええ、そうよ」と言ってやった。すると園上さんはため息をつきながら、こう返すのだった。

 「分かった。もっとちゃんと話すから、お願いだから協力して」

 彼女の表情は、さっきまでとは違って、何か疲れているような感じがした。敵意の類はないように思える。

 「ちょっと前の事だけど、わたし、帰り道に変な女の子に尾行されたのよ」

 そう語り始める彼女の表情は、少しばかり怯えているようでもあった。

 「変な女の子?」

 「紙袋を被っていて。そして、うちのじゃない制服を着ていたわ」

 「それって……」

 わたしは思う。

 ――謎の女子高生、田中かえる。

 「紙袋を被っている時点で異常でしょう? わたし、怖くなっちゃって、それに気付いて全速力で走って逃げたのよ。そうしたら、後を追って来て……。しかも、ゲコゲコゲコって蛙の声を響かせながら」

 わたしはその話を聞きながら考えていた。彼女は口にこそしないが、恐らく、“田中かえる”の存在を信じているのだと。しかも、祟りをなす妖物として。だから奏が田中かえるを祀りこめている事を、怖がっているのだろう。

 なら。

 「ある程度走ったところで、崎森君って同じクラスの男生徒に会ったから、助けを求めたのよ。でも、彼に確認してもらったのだけど、“誰もいない”って言うの。それで、わたしも見てみたら、確かに誰もいなかった。

 それで普通に歩いて帰り始めたのだけど、しばらく歩いて気が付いたのよ。わたしのバックの上に、蛙が乗っている事に」

 「蛙が乗っていたの?」

 「ええ。アマガエルだった」

 タイミングが出来過ぎてはいるが、今の季節なら有り得ない事じゃない。多分、走っている最中でバックを草に引っ掛け、それで蛙がついたのだろう。しかし、わたしは敢えてそれを言わなかった。

 「なるほど。確かに、それは不気味ね」

 そして代わりにそう言った。こういうのは、否定すると却ってややこしくなるのだ。それに……

 それからわたしは、こう続ける。

 「でも、ごめんなさいね。実は既にわたしは、奏が田中かえるを祀るのを止めさせようとしているのよ。ただ、あまり上手くいかなくて、彼女はそのまま田中かえるを祀っている。まだ、努力はしているのだけど」

 それを聞くと園上さんは残念そうな顔を見せた。

 「何とかならないの?」

 「だから、努力はしているって。

 話がそれだけなら、もうわたしは戻るわよ。今日、演劇部が終わるの早いはずだから、奏を待たせちゃう」

 そう言うと、わたしは彼女を残して生物室を出て行った。

 少しだけ笑いながら。

 彼女はその時、心細そうな顔をしていた。

 

 それから二日程は何もなかった。相変わらずに三谷涼は時々奏を訪ねてくるし、奏は田中かえるを祀り続けていたけど、それくらいだ。ところが、三日後にまた事件が起こってしまった。詳細は知らないのだが、一年の女生徒が、田中かえるに襲われたらしい。その女生徒が一人で帰り道を歩いていると、紙袋を被った女生徒が現れ、突き飛ばしてきたのだそうだ。幸い怪我は何もなかったが、やり口は劇の時に似ている。同じ犯人なのかもしれない。

 その頃になると、『田中かえるは、いじめや嫌がらせ、誰かを呪ったりする人間を罰する為に現れる』という噂の声が大きくなっていた。以前からあった噂ではあるが、何故かここ最近で大きくなっているのだ。先の、田中かえるに突き飛ばされた一年の女生徒も、その日、少しばかり友人に嫌がらせをしたのだという。

 馬鹿馬鹿しいとは思う。

 そんな事を言い出したら、ほとんどの人は田中かえるに祟られなくちゃおかしい。

 ただし。これは多少は良い傾向と言えるのかもしれない、ともわたしは思った。この噂話のお蔭で、田中かえるを恐れて、いじめや嫌がらせが減っているかもしれないからだ。芯から信じてはいなくても、何となく気持ち悪ければ、それを避けるのが人の性だ。前にも書いたけど、教育の為の妖怪もいる。これは、その効果が働いていると言えるだろう。

 そしてもう一つ良い事が。

 その噂のお蔭で、奏を責める声がわずかではあるが、小さくなってくれたように思うのだ。もっとも、それでも田中かえるを祀っている奏が、変な目で見られているという点は変わらないのだけど。

 そして、その次の日だった。昼休みに園上さんがまた、奏を呼び出したのだ。再び生物室に連れて行くようだ。わたしは後をつけた。奏を護らなくちゃいけない。

 前の時と同じ様に、園上さんは奏を責めて脅した。「田中かえるを祀るのを止めろ!」と。奏は前と同じ様に必死に説明しようとしている。「園上さんは、誤解をしているだけよ」とそう言っている。それでも園上さんは止まらなかった。言いながら、どんどん興奮していく。どうやら、彼女は興奮し易い性質のようだ。そして、「とにかく、あんな事はさっさと止めればいいの!」と、彼女が大声を出したその瞬間だった。

 ゲコゲコゲコゲコゲコゲコ……

 生物室の中に、そう蛙の声が。奏はその声に驚き、そして園上さんは、

 「なに? なにこれ?」

 と、耳を塞いで蹲った。明らかに怖がってパニックに陥っている。そこでわたしは生物室のドアを開ける。すると、それを見て園上さんは慌てて、その開いたドアから逃げ出していった。物凄いスピードで廊下を遠ざかって行く。

 やがて、生物室の中に響いていた蛙の鳴き声は静かに止まった。

 「大丈夫だった?」

 生物室の中に入ると、呆然としたままの奏に向かってわたしはそう言った。すると奏はこくりと頷く。

 「天子ちゃん。今、蛙の鳴き声が……」

 わたしはそれに頷く。

 「そうね。ビックリした。多分誰かが、悪戯で仕掛けていたのよ。ここ、蛙の解剖もやるから、よく肝試しに使われているし。偶然、それが鳴ったのじゃない?

 きっと、どっかにスピーカーがあると思うのだけど」

 わたしがそう言うと、奏はじっとわたしの事を見つめた。わたしはその目に、心を掴まれたような気がした。

 

 次の日の朝。

 更に事件が起こった。しかも、異常な事件が。例の、奏が田中かえるを祀っていた祠。そこに、少なくとも十匹以上の蛇の死骸が転がっていたのだ。それほど大きくはなかったが、それでもそれだけの数が殺されていれば、不気味に思えた。

 わたしと奏が祠に行くと、既に野次馬が集まっていて、そして、その野次馬の中には、叫んでいる園上さんの姿があった。

 「なんなの? なんなのよ、これはぁ!!」

 彼女はそう言いながら、頭を抱えていた。

 何処からその蛇が現れて、そしてどうして殺されたのかは分からないが、生物室の中にたくさんのプラスチック製のカゴが置いてあるのが後で発見された。恐らく、蛇はそのカゴで学校内に持ち込まれたのだろう。

 誰も気持ち悪がって、その蛇の死骸を始末しようとはしなかった。祟られるのを嫌がったのだろう。あの祠の置いてある場所は学校の敷地ではないからか、学校も動かなかった。放置されたまま。

 だからなのか、それを片付けたのは奏だった。責任を感じたのか、それとも他に何か理由があるのかは分からなかった。わたしにも内緒にして、奏はそれをやった。昼休みになって昼食も取らずに何処かへ消えたと思ったら、蛇を埋めて埋葬を済ませ、そのまま何でもない顔で帰って来たのだ。何処に行っていたのかと尋ねたら、彼女がわたしにそう教えてくれたのだ。

 わたしが、「どうして一人でやったの? わたしも手伝ったのに」と尋ねると、奏は「うん。あたし、色々と勘違いをしていたみたいだから」とそれだけを言った。その言葉の意味が、わたしには分からなかった。

 そして。

 その奏が蛇の死骸を埋葬した事で、今度は奏が蛇を殺して、田中かえるに捧げたのじゃないかという、変な噂が立ってしまったのだった。それで終わりならば、まだ良かったのかもしれない。しかしそれから更に、奏は奇妙な行動を執ってしまったのだった。

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