11.
「……園上を懲らしめる事を思い付いたの。徹底的に反省させれば、わたしも安心して学校に行けると思って」
それを聞くと、園上さんが言った。表情は怒っていたが、激昂はしていない。
「ふーん。つまり、あの嫌がらせをし続けていたのは、田村だったって訳。蛙をロッカーに入れたり、変な手紙を寄越したり。不登校になっていたから油断していたわ」
それに田村さんは何も返さない。それを見てか、黒宮さんが言った。
「それは違うと思うわよ。あなたは不登校のままじゃ不可能な嫌がらせも受けていたのじゃないの? 少なくとも、やっていたのは彼女一人だけじゃないはず」
一瞬だけ止まったが、園上さんはこうそれに返した。
「なら、誰がわたしに嫌がらせをしていたっていうのよ?」
腕組みをして黒宮さんは言う。
「そんなの一人しかいないじゃない」
そしてそれから崎森君に視線を向ける。その視線に崎森君は何も反応をしない。それに園上さんは明らかに動揺した。「そんな…」と微かにそう呟いたようだ。“怒る”以外で彼女が感情を露わにするのを、わたしは初めて見たかもしれない。
「木垣さんから聞いた話なのだけど、あなた、“田中かえる”に追われた後で、崎森君に遭遇しているのでしょう? そして、その後でカバンに蛙が乗っているのを見た。偶然に蛙がついた可能性もあるけど、その前に崎森君に会っている事を考えるのなら、彼が蛙をこっそりあなたのカバンにつけたと判断した方が自然だと思えるわ」
その黒宮さんの指摘を受けて、崎森君はあっさりとそれを認めた。
「その通りだよ。俺が園上さんに嫌がらせをし続けていたんだ。もちろん、田村と一緒に協力してやった事もあるが」
鈴谷さんがそれを聞くとこう訊いた。
「田村さんからお願いされたのね?」
「ああ。このままじゃ、怖くて登校できないと相談されたら断れなかった。それに、園上さんにも明らかに問題があったし…… それに」
そこで崎森君は止まる。言い難いらしい。かなり煩悶しているように見えた。しかしその続きの言葉を、無情にも黒宮さんが補ってしまった。
「……それに、あなた自身も悪戯が楽しくなってしまっていたのね?」
「なんて事を言うのよ?!」
その黒宮さんが補った言葉を聞いて、園上さんは怒鳴った。しかし黒宮さんは、それを受けてもまったく動じない。
「仕方なくやっていたにしては、少しばかり執拗過ぎるのよ。それに、そういう“言い訳”を与えられた残酷な行動って、罪悪感が和らげられる所為か、快感をより感じやすくなるみたいよ。ほら、なんだっけ? アイヒマン実験とかいうやつ……
田中かえるを利用しての悪戯。本人も楽しんでいたと考えた方が、スッキリするじゃない」
それに崎森君は何も言わなかった。ただし、その表情を見れば分かる。黒宮さんの言う通りだという事が。それを受けて、園上さんは寂しそうな悲しい表情を見せた。彼女の事だから、激昂すると思ったが、そんな事はなかった。好きな男から、嫌がらせを受け続けて来たと知って、流石に相当のショックを受けたようだ。その表情を見て、鈴谷さんが言う。
「これでお相子ね。田村さんもあなたに対して酷い事をやっていた。だから、もうあなたも田村さんに対して、罪悪感を覚える必要はないのよ」
それを受けて、園上さんは言う。
「なんで、わたしが田村に対して罪悪感って……」
「罪悪感を覚えていたからこそ、つまり、負い目があったからこそ、あなたはあれだけ“田中かえる”の呪詛返しに怯えていたのでしょう? そしてそれが、怒りとなってまったく関係のない唄枝さんに向かってしまったのだわ。
あなたにとっての“田中かえる問題”は、もしもあなたに自省する能力があって、自らの気持ちを把握する事ができていたなら、直ぐに解決していたのかもしれないわね」
鈴谷さんの言葉を聞くと、園上さんは目を伏せた。もしかしたら、本人にも思い当たる節があったのかもしれない。もっとも、鈴谷さんの言葉で、自分の中でそれを真実に変えてしまっただけという可能性もあるけど。
「唄枝さんはいい迷惑よね」
と、追い打ちをかけるように黒宮さんが言う。そこで奏が口を開いた。
「でも、そもそも、あたしが田中かえるを祀り始めなければ、こんな事にはなっていなかったのだし……」
それを聞くと、黒宮さんは「はぁ」と大きくため息を漏らした。
「唄枝さん。あなた、少し人が好すぎるわよ。断っておくけど、何でもそうやって自分が悪いと思い込むのも良くないし、他人を甘やかし過ぎるのも良くないわよ。それじゃ、成長ができないじゃない。
……それに、あなたが田中かえるを祀りこめる事を決めたのは、本当にあなただけが原因だったの?」
そう言い終えた後で、黒宮さんは三谷涼を見つめた。三谷涼は、それを受けると肩を竦める。
「隠したって意味はなさそうですね。はい。僕は彼女を唆しましたよ。田中かえるを祀るように」
わたしはそれを聞くと思わず声を上げた。
「やっぱり、お前が原因だったのか!」
鈴谷さんがそんなわたしに「落ち着いて、木垣さん」とそう言う。その後で、駒川さんが声を上げた。
「どうして、唆そうなんて思ったの? 三谷君は唄枝先輩の事をまったく知らなかったのでしょう?」
それには黒宮さんが答えた。
「そりゃ簡単よ。三谷涼君は、自分の愛する姉…… 三谷楓さんを呪おうとしていた連中に対抗する為の協力者を探していた。でもって、その過程で、唄枝さんを見つけた。そうでしょう? 三谷楓さん?」
三谷楓はそれに何も返さなかったが、黒宮さんは構わず続ける。
「田村さんは私の“呪われて”という提案に乗ってくれた訳だけど、当然、乗ってくれなかった人もいる。そして三谷楓さんは、そんなうちの一人だったのよ。それどころか、自分を呪おうとした連中に報復をしようとすら考えた。それで彼女は弟の三谷涼君に命令をしたのね。報復する手段を見つけ出すように。女装の弱味を握られている三谷涼君は、彼女に逆らえないし」
そこまでを聞くと、三谷涼は口を開いた。
「少し誤解がありますね。僕は姉さんに脅されていた訳じゃない。むしろ姉さんから話を聞いて、自分から協力を申し出たんです。姉さんに危害を加える連中を、野放しになんてできませんからね」
それに黒宮さんは、冷ややかに笑うとこう返す。
「どっちでも良いわよ、そんなの。
とにかく、命令をされた三谷涼君は、自分の容姿と女生徒達からの人気を利用して、一年演劇部の女生徒達に近付いた。もちろん、三谷楓さんを呪っていたのが、演劇部の女生徒達だったからね。演劇部には、大きく分けて二つのグループがあって対立しているけど、三谷涼君は、三谷楓さんを呪っていない方のグループに近付いた。もちろん、協力を得る為に。対立しているなら、協力も得やすいと考えたのでしょう。そして、そこでもう一人、どちらのグループにも属していなくて、協力を得られそうな女生徒を見つけた。それが、唄枝奏さんという訳。
彼女はそのグループの女生徒達から、快く思われていなかったからね」
そこまでを聞いてわたしは言った。
「なるほど。それで奏に近付いたはいいけど、奏は誰かを傷つけるなんてしそうにない天使みたいな子だった。だから、協力を得るのは諦めた。が、そこで偶然に、奏が田中かえるを信じ、祀りこめようとしている事を知ってしまったのね。そして、奏を唆し、田中かえるを利用する手段を思い付いたのだわ」
わたしがそう言い終えると、それまでは堪えていたのだろう三谷楓が口を開いた。
「断っておくけど、わたしは報復してやろうとか復讐してやろうとか、そんな事を思っていた訳じゃないわよ。むしろ、演劇部の子達に逆恨みで誰がを呪うなんて真似をした自分達の行為を反省して欲しかったのよ。だからこそ、田中かえるを利用するって涼が提案して来た手段を採用したの。
田中かえるには、弱い者いじめをするような連中を懲らしめるっていう教育の為のお化けみたいな側面もあるでしょう? そんな噂話を聞いた事があるわ。だからそれを活用しようと思ったの。黒宮さんの呪いの噂話を信じるような子達には、効果覿面なんじゃないかと考えて」
「実際、効果はあったみたいだものね」
と、それを聞いて鈴谷さんは言った。それからこう続ける。
「だけど、そんな手段を執れば、田中かえるを祀っている唄枝さんが被害に遭うとは考えなかったの?」
それに三谷楓は言いよどむ。
「それは、確かに考慮不足だったかもしれないけど……」
わたしは言う。
「何が考慮不足よ。奏一人に責任を押し付けようとして、偉そうに説教までしていたくせに」
三谷楓は何も返さなかった。その後で黒宮さんが続ける。
「それに、まだあるでしょう? 劇部員を突き落とした件。あれはやり過ぎだったと思うわよ。被害者は鼻血が酷かったって。はっきり言って傷害罪よ」
それを受けると、三谷楓は言い訳をした。
「あれはわたしの指示じゃないわ。やった連中がやり過ぎただけの話よ」
わたしは訊いた。
「やった連中って?」
「だから、涼が仲間に引き入れた劇部員の女生徒達よ。彼女達の一人が、田中かえるに変装して劇部員を突き落としたの。その後は、仲間達がその彼女を追い掛ける振りをして、舞台袖に一緒に行って、彼女を隠しつつ素早くセーラー服を剥がすのを手伝う」
わたしはそれを聞くと、こう言った。
「ああ、なるほど。早着替えを見物にした劇があるわね。その技術を、そのまま使ったのか」
「そうらしいわね。後は田中かえるを追っていたうちの一人の振りをして、変装していた女生徒が何食わぬ顔で皆の前に戻ってくる。それだけで、突き落とした女生徒は消えた事になった。更に、蛙の鳴き声を響かせた演出ともセットで、“田中かえる”だという事にできたの」
その三谷楓の説明を聞き終えると、黒宮さんが呆れた声を出した。
「危ない橋を渡るわねぇ。同じ演劇部だったら、その早着替えだって、知られていた可能性があるでしょうに」
三谷楓はそれにこう言う。
「片付けの時のゴタゴタでやったから、誤魔化せたみたいよ。わたしは実行犯じゃないから、詳しくは知らないけど」
黒宮さんは皮肉っぽく笑って返した。
「ふーん。最悪、もし見つかっても自分は知らぬ存ぜぬで通せると。否、呪われた事を言えば、示談にできると踏んだのかしらね」
そのやり取りを聞き終えると、駒川さんが言った。
「実際、薄々は勘付かれていたようですよ。そんな話も聞きました。ただ、田中かえるへの恐怖の方が勝っていたみたいですが」
それを聞くと、鈴谷さんが言う。
「駒川さん。あなたは確か劇部員の女の子達と仲が良かったから、それを知っているのね?」
「ええ。ただ、元から仲が良かった訳ではなくて、三谷君が演劇部の子達に話しかけているのを知って、仲良くなったのですが。三谷君に近付きたくて。でも失敗だったのは、初めは三谷君が近づいていたのとは違うグループの子達と仲良くなってしまった点ですかね。ほら、そんな事情なんて知らなかったから」
「それで、間違いに気付いた途端、直ぐに対立している逆のグループの女の子達に近付いていったのね。随分と器用だわ。普通、そんな事をしたら悪く言われるわよね。平気だったの?」
「アハハ。わたしは、そういうのは巧い方なんですよ。できるだけ気分を害さないようにやったつもりではいます」
軽くため息をつくと、鈴谷さんはそれからこう言った。
「で、それであなたは二つのグループから情報を得られたと。だから、天照大神役側のグループが、三谷楓さんを呪おうとしていた事も知っていたし、三谷姉妹がそれに対抗する為に、対立するグループと協力して“田中かえる”事件を仕組んだ事も知っていたのね」
それを聞いてわたしは思う。
なるほど。それで駒川さんは、黒宮さんの呪いがインチキで、依頼された呪いをどう処理するかも知っていたのか。その上で彼女がわたしを唆して、奏と三谷涼が別れる呪いをかけさせようとしていたのは、恐らくはわたしという“敵”を作る事で、三谷涼に近付く為だろうか。もしそうなら、恐ろしい子だ。鈴谷さんは続ける。
「もしかして、あなたが“田中かえる”に襲われたと嘘の証言をしたのは、三谷涼君に協力する為だったのかしら?
帰り道で襲われたなんて、そんな事実はなかったのでしょう?」
「あっ 嘘だってバレちゃってました?
もちろん、それもありますね。ただ、“田中かえる”の噂が充分に広まれば、もうこれ以上、三谷君が唄枝先輩に近付く理由がなくなるからってのもありました。羨ましかったですからね。二人きりで会っちゃって」
「粘着質ね。凄い執念」
わたしがそう言うと、黒宮さんが「あなたがそれを言う?」と、そう言った。そのまま黒宮さんは続ける。
「私はあなたの事件は、また三谷楓さんが仕組んだのかと思ったのよ。それで、彼女が約束を破ったのかと思っちゃったのよね」
「なんですか? それは」と、それを聞いて駒川さんが訊く。
「演劇部の“田中かえる”事件が起こった後で、私は三谷楓さんに言ったのよ。報復をした事を、皆にばらすって。彼女に呪いの事を伝えた私には、犯人もその意図も分かっていたし、あれはやり過ぎだとも思ったからね。それで話し合って、もうこれ以上は何もしないと三谷楓さんに約束させたの。それで私も口外しないって事で決着は付いたはずだった。唄枝さんには気の毒だったけど、まだあの当時は彼女の悪い噂はそれほどでもなかったし。……ところが、それから更に事態は悪化してしまった」
「もしかして、わたしの所為ですか?」
「違うわよ。確かにあなたの所為で私は勘違いしちゃったけど。悪化の原因は、あの蛇の死体事件。
――あれは、何だったの?」
そう言い終えると、黒宮さんは園上さんとそして田村さんと崎森君を睨みつけた。それを受けると園上さんは言う。
「わたしは悪くないわよ。むしろ被害者よ。高いお金を出して買った蛇を殺されてしまったのもだもの」
それを聞いて鈴谷さんは言った。
「やっぱり、あの蛇を学校に持って来たのは、あなただったのね」
「知っていたの?」とそれに園上さん。
「生物室での一件を木垣さんから聞いたわ。唄枝さんを脅していた時に、蛙の鳴き声が響いて“田中かえる”に恐怖したあなたは逃げ出したのでしょう? 多分、それは誰かの悪戯だったのでしょうけど、それで生物室にいる田中かえるを封じなくてはいけないと考えたあなたは、蛇を用意して生物室に置いたのじゃないの? 蛙の弱点と言えば、蛇だから。
ところが、その行動を崎森君と田村さんは知ってしまった。きっと、園上さんを懲らしめる最後の駄目押しだと思って、あなた達は蛇を殺して、そしてその当時は、田中かえるが祀られていたこの祠の前に捨てたのでしょう? “田中かえる”には、蛇なんて効果がないと言いたかったのかしら?」
そう鈴谷さんが言い終えると、崎森君が口を開いた。
「あれは俺が言い出したんだ。正直、やり過ぎだったと思っている」
「ハハッ」と、それを聞くと黒宮さんは攻撃的に笑ってからこう続けた。
「要するに、楽しくなって止められなくなっちゃったのね」
崎森君はそれに何も返さない。充分に反省している表情だ。それを確認した後で、鈴谷さんは、今度は奏を見つめた。
「なら、あとの問題は、唄枝奏さん。あなたのその後の不可解な行動ね。どうして、あなたは蛇の死体を埋葬して、そして田中かえるの為に用意した祭壇を燃やしたりなんかしたのかしら? 蛇の死体の埋葬までは理解できても、その後の行動は分からない」
それを受けると奏はわたしを見つめた。とても戸惑っているように思える。鈴谷さんはそんな彼女を黙って見守っていた。わたしはそれに違和感を覚える。確か鈴谷さんは奏の行動の推測を立てたのではなかったか? なら奏のあの行動の訳も推測しているはずだ。どうして、それを言わないのだろう? 今までは推測も口にして来たのに。
奏はしばらく考えると、言い難そうにしながらも口を開いた。
「それは、殺された蛇の死体を見て、この祠の本当の神様が怒っていると思ったから。“自分は田中かえるなんかじゃない”って。それであたしは自分が勘違いをしていた事を悟ったの。だから精一杯のお詫びをしなくちゃと思って、蛇の死体を片付けて、そして、あの祭壇も燃やしたのよ」
その言葉を受けると、鈴谷さんは、「そう」と目を瞑りながらそう言った。続ける。
「本当にあなたは良い人だわ。今の言葉で、よく分かった。
……古代、この日本では神への供物として生贄が捧げられていた。ところが、殺生を禁止する仏教が普及すると、生贄も中止されるようになる。そしてその代わりに行われるようになったのが、護摩焚きだと言われている。つまり、火を燃やす事で、その代わりとした…… きっと、祭壇を燃やしたあなたの儀式を、この祠の神様も喜んでくれていると思うわ」
そう言い終えると、それから鈴谷さんはわたし達を大きく見渡してからこう言った。
「これで、今回の田中かえるの事件に纏わる出来事の大凡は分かったはず。成り立ちの経緯、どんな影響を受けたのか、人による差異等々が明らかになった。あなた達が安易に“田中かえる”を利用した事で、あなた達の間で“田中かえる”を通して相互作用が起こり、噂話が暴走してしまった。
そして、その加害者だと思われていた唄枝奏さんが、実は一番の被害者だったという事も明らかになったはず。誰の目にも明らかよね?
平和主義の彼女は、田中かえるを祀ることで、荒ぶる魂を鎮めようとしていただけ。被害者がこれ以上、増えないように。そして本来の加害者は、“田中かえる”を利用したあなた達の方。自分達の罪を公の場にさらして謝罪しろとまでは言わない。田中かえるに襲われた劇部員にも非はあったのだし、唄枝さんなら、それでも、そんなあなた達の罪を許してくれるでしょうから。
でも、ならば、せめて悪い噂の所為で不当に苦しめれている彼女の事を、救ってあげる為に協力をしても良いはずよ」
それを聞くと三谷楓が疑問を口にした。
「確かにその責任の一端がわたし達にもある事は認めるわ。でも、その手段はどうするの? 悪い噂を何とかしたくても、どうにもできないのじゃない?」
ところがそれを聞くと、鈴谷さんはこう応えるのだった。
「大丈夫。やり方は、きちんと考えてあるから」




