1-11.麻莉亜、参戦
「麻莉亜っ!!!」
IPに表示された麻莉亜からのアシスト参入の知らせを見た瞬間、全身に鳥肌が立ち、思わず大きな声をあげてしまった。
俺は頭の中を真っ白にしながら無我夢中で許可のオブジェクトを握りつぶす。
すると隣の何もない空間からいつもの顔が現れた。
麻莉亜はいつもの凛とした表情で現れ、俺の姿を見つけると軽く頭を下げてきた。
これだ、この安心感!!
俺は現れた麻莉亜に思わず飛びつき、抱きしめた。
「麻莉亜ーーー!!」
「遅れてしまって申し訳ありません。まだ終わっていなくて、安心しました」
「麻莉亜!! 麻莉亜!! 麻莉亜ーーー!!」
俺はわんわん喚き散らすように、かっこ悪く麻莉亜の胸で泣いた。
麻莉亜はそんな俺の頭をポンポン叩いて「よく頑張って下さいました」と、俺を褒めてくれた。
本当に嬉しい、心強い、安心する。
でも……。
「うっ……負け……なんだ、俺の……。すまなかった。……すまなかった、こんな馬鹿な男で……。麻莉亜の言うことさえ聞いていればこんなことにはならなかったのに……。でも、最後に麻莉亜に会えて良かった」
「…………」
「小春には、すまんと言っておいてくれ……」
俺がそうポツリと話すと、麻莉亜はギュっと俺を抱き返してくれた。
本当に、最後の最後で麻莉亜とこうして会えて良かった。
小春を助けられなかった悔いは本当に残るけれども、麻莉亜に会えただけでも少しは報われた気がする。
「何かと思ったがアシストか。まぁ、同じことだ」
尾ノ崎は別に動揺することもなく、にやにやとしている。
そうしているうちに麻莉亜は崩れ落ちそうな俺を抱えてIPの前に立った。
そして、物凄い勢いで瞳を上下左右させ、IPにある現状のステータスと各回で出した互いの手の履歴を確認し始める。
「……負けてはいません。まだ、勝機はあります」
「!!?」
その麻莉亜の一言に驚いていると、麻莉亜は俺の目をしっかりと見てにこっと笑い、続けてこう言ってくれたんだ。
「大丈夫です。必ず勝ちましょう」
「麻莉亜……麻莉亜ぁーーーー!!!」
もう、いてもたっても居られなくなって、再び麻莉亜を抱きしめてしまった。
あぁ、本当に情けない。
一人で勝手に負けたと思い込んで、泣きじゃくって。
こんなかっこ悪い所、絶対小春には見せられないな。
「早速手を選びます。残り時間にあまり余裕がありません。この回は拳を選択して下さい」
俺はその麻莉亜の指示を受けてサッと腕で涙を拭い、IPを見る。
「拳……拳!?」
相手を見てみると、既に剣を構えていた。
拳を出したら負けだ!
相手が先に剣を構えているのに、わざわざ負けに行くなんてのは、さすがの俺もおかしいと感じた。
でも色々ゲームのことを考えているうちに、俺も段々と落ち着きを取り戻してくる。
「こ、拳はないだろ!? 弓は……クライシスで返り討ちという可能性もあるから、確かに選択しにくい。相手のHPは10で、俺の弓が11だしな。でも、出すなら剣だろ!? 剣なら差分でダメージ与えることができるけど、拳は普通に負けてダメージ貰うぞ!」
「剣を出したら相手が選択をミスしない限り負けます。ここで剣を出してしまえば、相手の残りHPは7となり、こちらのどの攻撃でも相手は一撃で死ぬ状態になります。すると、次のリアでは海人さんが攻撃手を出せば相手の後出し無形クライシスで確実に死ぬ為、こちらは無形しか出せなくなります。ところがその無形に相手の拳が飛んでくれば、海人さんは即死です。つまり、ここで剣を出した場合次のリアの海人さんの手は無形クライシス以外では確実に死ぬことになります。そうなれば、クライシス、マイティ、剣を使い切り、相手の拳に対抗できる手を残していない海人さんはエクストラで確実に負けます」
正直、麻莉亜の説明に理解が追いつかなかった。
でも、内容はともかく、そこまで読みきっているとはさすが麻莉亜だ。
本当に頼もしい。
良くわからないが、麻莉亜が剣を出したら死ぬと言ってるんだ。
それを全面的に信じていいだろう。
「俺がここで拳を出したらこの勝負勝てるか?」
「……分かりません、少なくとも確実に負けるパターンは回避できます。正直、私はここで弓を出せば勝てると読んでいます。相手はここでクライシスを空振りしたら負けはほぼ確定です。こんな所でクライシスを使うとは思えません。こっちが弓を使ってこないと見越して剣を出してきたんだと読んでいます」
「……マジか? 弓の方がいいかな……」
「拳にしましょう。相手の性質が読みきれていませんので、リスクが高すぎます。勝負はエクストラに持ち越しになります」
「了解した!」
相手は自分の勝ちを確信していたが、実情はそうでもなかったみたいだ。
大丈夫だ!
麻莉亜を信じろ!!
俺は麻莉亜の言う通り拳の手を選択。
いざ勝負が始まりこっちが拳の構えを見せると、相手は意外だという驚きの表情を見せた。
こっちの拳の手は読めなかったみたいだ。
さすが麻莉亜!
本当に麻莉亜が味方で良かった!
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カイト
HP:16→11
拳:8
【なし】
負け:ダメージ5
ゲームを制する者
HP:9
剣:5
【なし】
勝ち
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――ターン2 リア――
カイト:11 ゲームを制する者:9
「……詰みは回避したか」
相手は今のこっちの手が意外だったのか、驚いた表情をしながらもそう呟いていた。
良かった。
今の手で俺の死はとりあえず免れたみたいだ。
そして、今の言葉は確実に勝てると言っていたのをハッタリだと認めたようなものだ。
俺はこいつのハッタリに騙されていたんだ。
クソッ!!
俺ももうちょっと頭が良ければそんなのに騙されることはなかったというのに!!
でも、麻莉亜のお陰で少し落ち着いてきた。
だからと言って麻莉亜とて万能じゃない。
麻莉亜がまだ勝負は分からないと言っているんだ。
状況は五分五分と見ていいだろう。
勝負が決まるまで、俺もしっかり手を考えていかないといけない。
レベル上げの時も、麻莉亜はまず俺の考えを聞いてから解説を行うような感じで、俺にも分かりやすく教えてくれてたんだ。
麻莉亜に甘えっぱなしだけれども、元々これは俺の勝負なんだ。
少しは俺の力で勝てたと、小春に胸を張って言えるようにはしておきたい。
俺の残る手は『剣・弓・弓・無形』。
相手は『剣・拳・マイティ・無形』。
相手は特攻のSSを既に出している。
残りは恐らくクライシスだろう。
ここで俺が弓を先に構えたら相手の無形クライシスで死ぬ。
無形を出したら相手の拳の24ダメージで死ぬ。
つまり、俺の手は剣しかない。
剣ならばダメージは8。
相手のHPは9なのでぎりぎりクライシスをくらうこともない。
なるほど。
さっき剣で相手のダメージを削っていたら、どの手を出しても確かにクライシスで死ぬことになるな。
ここまで手を見て、初めて麻莉亜の言っていたことが理解できてきた。
「ここは剣しか出せないよな?」
「はい。それ以外の手だと負けが確定します。相手も剣かマイティと見ていいでしょう。恐らく剣でしょうね」
俺は麻莉亜に確認を取って、剣を選択。
相手は麻莉亜の予想通り剣を選択してきた。
==========
カイト
HP:11
剣:8
【なし】
引き分け
ゲームを制する者
HP:10→7
剣:5
【なし】
引き分け:ダメージ3
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――ターン2 エクストラ――
カイト:11 ゲームを制する者:7
「ここが勝負どころです。気を引き締めていきましょう」
「あぁ」
麻莉亜のお陰で俺も落ち着いてきた。
一時はパニックに陥ったが、麻莉亜のお陰でなんとか持ち直すことができたんだ。
何とか戦う意志を全面に出しつつ、冷静に相手の表情を見てみる。
相手はさっきと打って変わって、結構厳しい表情をしている。
さっきのフォアの回……麻莉亜の手がかなり効いたみたいだ。
とりあえず、麻莉亜から正解を聞く前に自分で考えようと、IPを確認してみた。
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カイト:11
弓11、弓11、無形
強撃、クライシス
ゲームを制する者:6
拳24、マイティ5、無形
クライシス、(特攻)
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俺の手は弓か無形しかない。
弓を出せば相手が拳か無形クライシスを出せば負ける。
こっちが無形を出せば、相手の拳で死亡。
こっちはクライシスを出すしかないか……?
俺が無形クライシスを出せば、この回で死ぬことは有り得ない。
それが一番安全な気がするが……。
「無形クライシス……?」
「それも1つの手だとは思いますが、確率は悪くなると私は考えます。この回でこちらが無形クライシスを使ってしまい、相手も拳以外であれば勝負はフェーズ2に移行します。その場合、戻ってくる手は拳でこちらの持ち手は拳弓弓。相手に拳を出されたら弓で負け、拳でもダメージ16となり、負けが確定します」
「だからと言って弓は出せないだろ!? 相手の拳がきたら即死だぞ? 相手が無形クライシスでも死ぬ!」
「確かなことは言えませんが、相手の手は恐らくマイティです。こちらがクライシスを使っても倒しきれずクライシスが空振りになる上、こちらが何を出しても勝負に勝てます。他の手は拳に無形と、どちらもリスクを背負うことになります。相手はリスクがほとんどないマイティで私達のクライシス空振りを狙え、それが決まれば勝ちを拾えるという状態です」
「…………」
麻莉亜が言ったことを自分なりによく考えてみる。
相手の立場からすれば、拳は無形クライシスで死亡、無形なら弓で死亡、無形クライシスなら空振りすれば次確実に負ける……?
でも、この回でマイティを使えばこっちがどんな手を出しても、自分が死ぬことはない上、クライシスを温存できる……か。
なるほど、確かに言われてみればその通りかもしれない。
「確かに、相手は拳を出すにも無形を出すにも、勇気がいるな。でも、相手マイティ読みでいくと、こっちは打つ手が無い。弓でも無形でも死ぬ訳ではないけど……」
「決めつけは危険ですが、確率は高いです。相手がマイティの場合はこちらが無形を出したら次のフォアでこちらの負けが確定してしまうので、弓しかありません。ただ、弓を出すにも相手が無形クライシスまたは拳なら負けます」
「…………」
どうすればいい……?
命を懸けた勝負なんだ、簡単に決断することは難しい。
残りの時間は持ち時間がまだ1分くらい、予備時間が6分程度。
あんまりゆっくり考えている場合じゃないが、慎重に行かないとここで死ぬ。
どうすれば……。
「私は拳を出す」
「…………」
「…………」
次の手に迷っていると、不意に相手がそんなことを言ってきた。
俺も麻莉亜もその声につられて相手の方を向く。
「私が拳を出せば、お前は弓にしろ無形にしろ、クライシスを添えれば勝ちだ。冷静に考えたが、私が間違っていた。例えゲームと言えど、人殺しは人殺し。九条にも迷惑を掛けてしまった。この罪は死んで償うしかないと思い始めた」
「…………」
「…………」
「九条はお前をお兄ちゃんと慕っていたな。そんな七原が死んだら悲しむだろう。私は九条の悲しむ顔を見たくはない。私は今までたくさんの罪を犯してきた。九条にも合わせる顔がないと思い始めた。どうか、九条の慕う七原の手で私を葬って欲しい」
尾ノ崎はそう言って、落ち着いた様子で深々と頭を下げてきた。
さっきとはまるで別人のようだ。
「ハッタリか……?」
「…………」
麻莉亜は険しい表情をして相手の様子を観察している。
尾ノ崎はまだ頭を下げたまま固まっていた。
それがしばらく続くと、尾ノ崎はこっちからの反応がないことに不安を覚えたのか、恐る恐る顔を上げる。
「信じて欲しい、私はもう腹を決めたんだ。そちらの女性のアシストのお陰か、七原自身の力なのかは分からないが、私の手を見事に読んだことに感心させられた。このまま勝負を続けても、きっと私が負けるだろう。私は自分の力をどうやら過信しすぎていたようだ。この調子なら、この先いずれ私は誰かに負けて死ぬことだろう。最初から社会に必要のない存在だったんだ。だったらせめて一思いに七原自らトドメを刺してくれ。私を今ここで天国に送ることで、殺した人に罪を償わせて欲しい。私はもう手を決め、確認を済ませた。この通り、もう手を変えることはできない。私の手は拳だ」
尾ノ崎はそう言って両手を上げ、パネルから離れた。
それを確認するや否や、さっきまで鋭い目つきで相手を観察していた麻莉亜が俺に声を掛けてくる。
「相手はマイティです。弓でいきましょう」
「いいのか!?」
「相手の言い分がおかしいです。自ら死を選ぶ理由が二転三転しています。適当な理由を考えて創作したのでしょう。相手はこのまま続けていれば負けると言いましたが、そんな根拠は有りません。状況は五分です。それにこのまま勝負を続けても本当に負けていると思っているのであれば、手を暴露する必要はありません。更に、それでもなお自ら手を暴露して確実な死を覚悟したのであれば『この先誰かにいずれ負ける』という予測も立ちません」
「なるほど……」
麻莉亜はゆっくりとそう俺に説明してくれる。
「また、生死に関わるこの状況で悠長に話ができたということは、自分の手に安心しきっている証拠です。マイティだとこの回で死ぬことはありませんし、こちらがクライシスを出してしまえば相手の勝ちです。だからこちらのクライシスを誘ってきたのでしょう。相手の手は間違いなくマイティです」
「…………」
この土壇場で、そこまで冷静かつ的確に分析できるとは、本当に恐れ入る。
俺は思わず麻莉亜の手を取った。
「麻莉亜、いつもありがとな」
「……私は……海人さんを守るように作られたアンドロイドですから」
俺が柄にもなく麻莉亜の顔を見て真面目にそう言うと、麻莉亜は少し恥ずかしそうに視線を逸した。
いつもは俺を馬鹿にしたり、ふざけたこと言って俺を困らせてくるような奴だけれども、真面目に俺がお礼を言うと照れるんだよな。
本当によく出来たアンドロイド……いや、本当に人間味のある俺の姉だ。
そんな姉を残して死ぬわけにはいかない。
「勝とうな」
「はいっ! もちろんです!」
麻莉亜と手を取り合い、互いにグッと力を込めた。
それから俺は意を決して弓を選択。
相手は言った通り既に手を決め終えてたようで、俺が手の確認を終えると直ぐに勝負が始まった。
俺も麻莉亜も相手の擬戦体に視線を釘付けにする。
相手がマイティを構えれば読み通り。
だから頼む!
マイティを構えてくれ!
――――頼むっ!!
==========
カイト
HP:11→6
弓:8+3
【なし】
負け:ダメージ5
ゲームを制する者
HP:6
マイティ:5
【なし】
勝ち
==========
麻莉亜の読みは見事に的中し、勝負は最終局面へと移行していった。
【Next】
→不登校
【Tips】
アシストは試合結果の影響を一切受けない。
勝っても経験値は入らないし、負けても死ぬようなことはない。