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クライシスゲーム ~引きこもりが世界を救うキセキ~  作者: 若雛 ケイ
一章 引きこもりのお兄ちゃん、出撃ス
13/50

1-5.変わる世界2

 正直に話せば、小夏があれだけ感情をむき出しにして俺を学校に連れてきた理由が未だに良く分からない。

 今まで何度か俺の家に来ることはあったが、あんな風に怒鳴り散らすことなんて一度もなかった。

 どっちかと言えば、俺が学校でどんな目に合ったのかを何となく知って、俺が引きこもったことに理解を示していた方だと思う。

 口には一切出さなかったが、俺が色々誤魔化しても深くは追求してこなかったし、ぶっきらぼうな感じではあっても授業のノートを置いていったり、引きこもりを許容していると俺は思っていたのだが。


 九条家も大変な目に合っているので、お前もその苦労をちゃんと分かれってことか……?

 いや、何か小夏らしくないマイナスな考え方だな。

 小春に心配かけるなってこと……にしても、そんな怒るようなことでもない気はする。


 よく分からないけれども、こうして俺も学校に出て嫌な思いをしたし、現実を味わった。

 小春にも一応連絡は入れておいたし、これからなるべく無視するようなことはやめようと思う。

 それで小夏も満足してくれるだろう。


 今日一日の辛抱だ。

 これだけ乗り切ったら、後は一目散に引きこもり生活へと戻りたいと思う。




 そんな感じで机に伏せて周りの雑音に耐えていると、不意に担任から呼び出しをもらった。

 俺も教室にいるよりはいいだろうと思い、黙って担任連れられて面談室へと向かった。


 面談の内容は何で今まで一言も連絡を寄越さなかったのかというお叱りとか、七原研究所はどうなっているのかとか、お前はどこまで知っているんだとか、今知っていることを全部話せとか、今まで学校であったことを俺に説明してくれたりだとか、大体そんな感じだ。


 ここで黙っていてもメリット無いし、嘘をついたり誤魔化したりする意味もないので、俺は知ってることや思っていることを全て正直に話した。

 最初は若干俺もエボルの味方だと思われているような感じだったのだが、俺がしっかり説明するとその辺りの誤解は解けたようだ。

 事前に小夏からも事情は聞いているだろうし、辻褄もしっかり合っただろう。

 最後には『気の毒だったな』と同情の声も貰えたし、何か困ったことが何でも言えとまで言ってもらえた。

 一応教師は俺の味方をしてくれているみたいだ。

 前みたいにそれが仇とならなければいいが――――。


 とにかく、教師は俺の味方……というよりも、生徒を守ることを第一に考えているというのは伝わってきた。

 クライシスゲーム対策の授業なんかもやっているみたいだし、現実を見てしっかり対策しようとしているみたいだ。

 世間は狂っても、学校はまともに頑張ろうとしている様子が伺えて何だか少し安心した。

 学校がこの様子なら小夏も小春も、まぁ安心だろう。


 そういうことで面談は終わり、俺の辛抱の時間がやってきた。

 幸い今学校は全部活活動停止中で授業も短縮午前授業らしいので、後はその間だけ全力で背景に溶け込んでやり過ごせばいい。

 そう思った俺は静かに自分の席へと戻っていった。




 そんなこんなで本日の全課程は終了。

 授業中はボケッと、休み時間は徹底して寝たふりをすることで誰とも会話することなく過ごすことが出来た。

 これで地獄の時間は終わりと思いきや、この後緊急で全校集会が開かれることになっている。

 俺は人生最後の踏ん張りどきだと自分に言い聞かせ、大勢の生徒に混じって体育館へと向かっていった。



 集会の内容は今校内で起こっている『生徒連続失踪事件』に対する説明と、生徒への注意喚起だった。

 俺は事前に面談で内容を聞いていたし、生徒間で「誰々がいなくなったらしい」なんて噂をしている声が聞こえてきたので何となく概要は掴んでいる。

 俺は校内も世の中同様大変なことになっているんだなぁとか、他人事のように集会での話を聞いていた。



 今学内では生徒が失踪する事件が毎日のように起こっており、日を追うごとにその数を増やしているらしい。

 面談の時に担任から「選民試験が終わり、友達を失った人もいたりして生徒は敏感になっているから口外するな」と言われたが、どうもその失踪した生徒はクライシスゲームで命を落としているみたいだ。

 ゲームで負けて血管破裂を起こして死に、クライシスに遺体を運ばれているから失踪。

 生徒の遺体を担ぐクライシスを学内で目撃した人もいるそうだ。


 そんな世紀末なサスペンスがリアルにこの学内で起こっているという事実が気になって俺も色々考えてみたのだが、この事件は謎が多い。

 というのも、学校側はそうならないように普段から『実習以外でのゲームは禁止』と強く警告しているらしいのだが、被害者は教師の言うことを真面目に聞くような人物が多いというのだ。

 逆なら分かるのだが、これは変だ。


 担任は『大人しそうな真面目な生徒を狙って強制戦闘を仕掛けている殺人犯がいるんじゃないかと職員の間では噂になっている』と話していた。

 学内でゲームによる死者、行方不明者が出ている。

 被害者は真面目に教師の言うことを聞く生徒が多い。

 禁止されているゲームを自分から仕掛けるはずもない。

 通常戦闘を仕掛けられたのであれば、普通に断ることができる。

 つまり、誰かに強制戦闘を仕掛けられて殺された……という論理なのだろうが、それも変な話だ。


 誰かが強制戦闘を仕掛けているとすれば、その人間も当然死のリスクを背負っていることになる。

 クライシスゲームはゲームの性質上、戦う前から100パーセント勝利が確信できるようなことは、よっぽどの戦力差がない限り有り得ないようなことを麻莉亜は言っていた。

 まだクライシスゲームが世に出てから時間もそれほど経っていないし、個人間でそこまで戦力に差があることもないだろう。

 しかも強制戦闘というのは、仕掛ける側のHPが削られた状態で始まる相当不利な戦いになるんだ。


 犯人がいるとすれば、そのハンデを背負ってもなお、死を恐れず強制戦闘を仕掛けているということになる。

 被害者は2桁に乗ると言ってたので、8割勝てる自信があったとしても6が出たら死ぬサイコロを10回以上振り続けているようなものだと思う。

 そんな強心臓を持った奴が存在するか?

 この世界に絶望してヤケクソになった人間が、自爆覚悟で滅茶苦茶やっている……にしては、真面目な生徒を狙い撃ちという冷静さを持っている。

 真面目という人物評がそもそも当てになっていないだけか?


 色々考えてみたのだが俺にはサッパリ分からなかったので、そこで考えるのをやめた。


 教頭は念入りに『ゲームをしないこと』と『極力不審人物には近寄らないようにすること』を訴えていた。

 更に教頭はこういう時こそしっかり指導して~とか、みんなで団結して~とか言っていたけれども、そんなに心配だったらいっそのこと学校を閉鎖にしてしまえばいいと思う。

 引きこもっていれば不審者に狙われることはない。

 引きこもりは最強の防衛策なんだと唱えてやりたい。


 まぁ、何にせよ今日家に帰ったら当分外に出ない俺には関係のないことだ。

 そんな立場にいる俺は、教頭の話も半分聞き流していた。




 結局この集会で言いたいことは『ゲームすんな。不審者はすぐ知らせろ』ということを強く伝えるだけで終わった……かと思ったら、教頭が壇上から降りた途端にある生徒が勝手に壇上に上がり始めた。

 黒波空吾だった。

 黒波はテロでもするかのように勝手に壇上に上がってマイクを握る。

 周囲がざわつく中、黒波はそれを黙らせる声の強さで演説を始めた。


「おいみんな聞いてくれ!! 教師達に任せていいのか!? こいつらは、俺達と同等、いや、それ以下の能力しかない! もし犯人がゲームのレベルアップ目的で人を殺しているのであれば、こんな奴らに頼ることはできない、そうは思わないか?」


 何を話しだすかと思ったら、とんでもないこと言い始めたぞ。

 公然と教師の批判とか、怖いもの知らずにも程がある。


 それを見た教師たちは……ほとんど見て見ぬふりしてやがる。

 いや、2~3人の教師が黒波を取り押さえようとはしているな。

 でも、更にそれを黒波の取り巻きが取り押さえていた。


 一旦は解散ムードになった体育館も、その黒波の言葉で動くに動けなくなっていた。

 俺も黒波が何を言い始めるのか少し興味があったので、その場に留まって黒波の話に耳を傾けることにする。


 それにしても、黒波は俺の知らない間に本当に人が変わったみたいになったな。

 俺のことを殺すとか言い始めたし、勝手にステージにあがるなんて暴挙も働いているし、挙句公然と教師批判をしているし、いくらなんでも調子に乗りすぎだろ。

 前からワガママ撒き散らして他人に迷惑かけるような奴ではあったが、それにも限度があった。

 こんな全校集会の前に出てきて好き勝手するような真似が出来る奴ではなかったはずなんだが。


 黒波がマイクを握って好き勝手していると、そのうち取り巻きの制止を振り払った教師が黒波を止めに入りはじめた。

 それでステージ上は大混乱。

 それはもう、学級崩壊を起こして荒れた学校みたいな光景だ。

 とても進学校とは思えない。


 黒波は教師ともみ合いながらも「黙ってろ」とか「俺はお前らの言いなりにはならない」とかくっそ生意気なこと抜かして格闘している。

 そこに更に別の教師が割って入ってきて、それに取り巻きが応戦したりと、ステージ上はもはやプロ野球の乱闘騒ぎのようになっていた。

 近くからは「まじウケる」とかいう声も聞こえてくる。

 ウケてる場合なのか?


「どけ! 俺の親父は立尾製作所のトップ、あの堂知秀政の直属で働いてるんだぞ! 今もお前らを守るために日夜努力を続けている! この世の中を救えるのは立尾しかいないことくらい、分かってるだろ! 貴様ら雑魚で救えるのか!?」


 ……なるほど。

 世間が立尾に期待を寄せているのをいいことに、自分が偉くなったつもりでいる訳だ。

 あいつは前々からやたらと立尾の名前にこだわるような奴だったから、世間が立尾を持ち上げているのを、自分が持ち上げられていると勘違いしちゃった訳だな。


 少し面白そうなので、黒波の無謀なテロ行為をしばらく傍観させてもらうことにする。


「俺は立尾の人間として、俺なりのやり方であのエボルをぶっ倒し、世の中を救ってみせる! 今も生徒を狙ってゲームを仕掛けているような不届き者がいるようだが、その犯人だってこの俺が必ず捕まえて見せよう! みんなから恐怖の種を取り除けるのは俺しかいないんだ! だからみんな、俺の仲間になれ!! 俺に協力してくれ!」


 ステージ上はめちゃくちゃになっているが、マイクからはそんな黒波の声が続いている。

 

「いいか、このゲームはみんながみんな高レベルである必要は全くないんだ。1人……全人類のうち、1人でもエボルに対抗できる奴がそれで救われる! このゲームにおいて対人だと経験値の入りは多い。更にレベルが近ければ経験値の入りが多くなるのも知っているはずだ。つまり、人間をピラミッド形式に配置し、階層が上に行くにつれてレベルが高くなるように上に経験値を流し、その頂点の人間をエボルに近づけるっていうのが一番効率のいいエボルの倒し方なんだ! エボルを倒すには相応のリスクが必要。そのリスクを俺が……立尾の俺が背負って立つ!」


 そんな黒波の演説を、俺は感心して聞いてしまっていた。

 黒波にしてはかなりよく考えていると思う。

 あいつ、こんなこと考えられる程頭良かったっけか。

 でも、聞こえはいいようだが「俺が王様になるからお前ら奴隷は経験値をよこせ」と言ってるようにも聞こえなくもない。


 ただ、そうやってエボルを倒すために工夫を凝らし、こうして実行していることに対しては賛辞を送ってあげたい。

 立派だと思う。

 エボルを本気で倒せるなら、俺も協力してあげていいとすら思う。


 ……俺のことを無駄に敵視していなかったらな。


「もちろん、俺の仲間になっても経験値を俺に渡すだけだ。真剣勝負で殺すようなことは絶対にしない! それどころか、俺が仲間を守ってやる! 悪に対抗するには、力が必要なんだ! 仲間の数は多ければ多いほど良い! みんなで力を合わせて殺人犯はもちろん、エボルも倒して世界を救おうじゃないか!」


 黒波がそう言うと、取り巻きが歓声と拍手を巻き起こす。

 一応、聞いているギャラリーにも思いは届いたようで、結構拍手も巻き起こっている。

 感心して聞いている教員すらいた。


 黒波は教員に獲られられるも「これは立尾の命令だ!」とか抜かして抵抗していた。

 そうしているうちに教員たちは俺達に解散を指示。

 その場に残って黒波のテロ行為を楽しんでいた奴もいたようだが、俺はさっさと体育館から出て行った。



 なるほど。

 こうして外の世界に出ることによって色んなことが分かった。

 俺の知らない間に、確かに世間は色々と動いているようだ。

 黒波は今まで以上に俺を敵視しており、更にあんな滅茶苦茶をやるような奴になったというのが分かった。

 それでも、エボルを倒そうと頑張っているということも分かった。

 そんな中、学内で生徒が失踪するなんていう不穏な事件が起こっているというのも分かった。

 学校はそれに頑張って対応しているというのも分かった。


 現実では色んなことが起こっている。

 しかし、これは俺も大体予想出来ていたことだ。

 ネットを回ればそういった情報は入ってくる。

 ネットを回ればエボルを倒そうと頑張っている奴はいるし、ゲームを使った犯罪が起こっているようなニュースも見て取れる。

 俺の通う学校、現実はそれと全く同じなんだ。

 学校は社会の縮図とはよく言ったものだ。

 

 それが分かっただけでも、俺がこうして登校したことの成果と言えよう。

 また、同時に学校へ来てもそれが分かるだけで、引きこもっている間に掴める情報と何ら違いはないということも分かった。

 つまり、俺は学校へ行こうが引きこもっていようが、見ているものは同じなんだ。

 それも理解した。


 結論。

 七原の名前を引っさげて世に出るよりも、自宅に引きこもっていた方が合理的である。

 以上。





 現実も知れたことだし、これで俺も小夏も満足だろうと思ってさっさと帰ろうとした所、校内で小夏を目撃した。

 小夏は二人組の女子生徒に腕を引っ張られてどこかに連れて行かれる感じになっていた。

 その二人組のうちの小夏の手を引っ張っていた方がかなり怒った様子で小夏に敵意を向けているのが分かったので、俺は気になってこっそりと後を付けてみることにする。


「…………」


 小夏は人気のない所に連れて行かれ、何やら激しい口調で責められているようだった。

 「お前が殺してんだろ!」とか、物騒な物言いが聞こえてくる。

 かなり激しい様子で責められているが、小夏はそれをじっと耐えているだけで何の反論もしていないようだ。

 それでも俯いたりせず、いつものムスッとした表情で相手を見ている。

 それが気に喰わないのか、相手は責め立てる口調をどんどんと激しくしていった。


 これはまずい。

 小夏は俺に対してはガンガン攻めることはできても、根っからの人見知り。

 こういう場面で人とうまく折り合いを付けるスキルがないんだ。

 

 小夏が反抗しないでいると、相手は遂に小夏を両手で強く突き飛ばした。

 それを見た俺は咄嗟に何も知らない顔を繕い、その場に出た。


「お? 小夏じゃねぇか、どした?」

「!!!」


 俺の登場で一旦その暴力も止まり、場にいる三人がこっちを振り向いた。

 すると小夏を責めていた方が今度はターゲットを俺に切り替えて、凄い怖い顔して詰め寄ってくる。


「お前……七原!!」

「やめなよ……七原はさすがにやばいって」


 しかし、もう一人の方がそれを止めてくれた。

 どうやらまだ『俺=エボルの味方』が抜け切れていないようだ。

 友達に制された女は、それでも俺に何か言いたそうにしていたが、結局友達の制止に負けて俺と小夏を睨みながら友達と一緒にこの場から去っていった。


「…………」

「…………」


 その場に残された俺と小夏に無言の間が走る。

 小夏はこんなことがあっても、一切表情を崩していなかった。

 さすが鉄の女だ。

 これなら――――って。


「お前、ここ……」

「やめて」


 小夏の額、前髪で隠れた所に傷跡のようなものが見えた。

 怪我でもしてるのかと思って前髪を掻きげようとしたのだが、小夏に手を振り払われてしまった。

 小夏は心配する俺をよそに、1人でスタスタと歩き始める。

 俺はそんな小夏が少し気になって後をつけた。


「お前、結構嫌がらせにあってるのか……?」

「別に」


 小夏は俺に顔を合わせることもしないで、そっけなくそう答えてきた。


 あまり考えないようにしていたが、実際にこうして見るとそういう訳にもいかなかった。

 朝にもちらっと垣間見れたが、やっぱり小夏も嫌がらせにあっているんだ。

 それも、俺が想像するよりも辛い目に合っているような気がする。

 こいつはそんな素振り一切見せなかったし、口でも『多少の嫌がらせ』程度しか言わなかったが、さっきの女の様子からは相当な嫌悪が感じ取れたし、額の傷が嫌がらせからきたものだとすれば実害も出ている。


 俺は今日一日世間に晒されたが、後ろ指をさされる程度で直接殴られたり文句を言われたりはほとんどない。

 それはきっと大ボスの七原だから手を出しにくいというのも働いているのだろう。

 でも、小夏は違う。

 小夏は直接七原の名前を持っている訳ではない上に、力のない女、そして本人は反抗してこないような性格ときている。

 七原に恨みをぶつけてやりたいが、それは怖いと思っている奴の恰好の的となっているだろう。


 自分の苦労を表に出さない小夏のことが段々と心配になってきた。

 そう感じた俺はダッと小夏の前に出て、無理やり額の傷を確認しようとする。

 しかし、小夏はそんな俺の手を嫌そうにパシンと振り払った。


「あんたなんかには頼らない。私は自分の力で世間と戦い、そしてエボルを倒す。お父さんやお母さん、おじさんやおばさんの仇を絶対に取る。こんなの何でもない」

「…………」


 小夏は真剣な眼差しで俺を睨むように見つめ、そうしっかりと力を込めて言ってきた。


 ……これが九条小夏だ。

 自分の意志を強く持ち、目的に向かって頑固に、不器用に、愚直に突き進む女。

 現実がどんなに変わり、どんなに壊れようとも、俺の知っている九条小夏は何一つ変わっていなかった。


 だが、それが余計に心配だ。

 こいつがクソ真面目に突き進んでトラブルを起こし、俺がそれをフォローして回ったりするのは昔から良くあったことだ。


 こいつは今エボルを倒すと言ったが、それはあまりに危険。

 小夏はレースゲームをやらせればコースアウトを連発し、格闘ゲームをやらせれば不思議なダンスを踊り始め、RPGをやらせれば装備の概念を知らないままボスに突っ込んで死ぬほど、ゲームの類が苦手なんだ。

 そんな奴が負けたら死ぬゲームをプレイしているなんて、無免許で高速道路を走っているようなものだ。


 学校ではゲームをするなと口を酸っぱくして言っていたが、正にこういう奴の為を思って言っているのだろう。


「ちょっと待て。お前、ゲームを頑張っちゃったりしてないだろうな? 学校では禁止しているはずだぞ!?」

「そんなの守ってられない。レベルを上げないとエボルに勝てない!」


 小夏にしては極めて珍しい校則違反。

 だがこいつ、本気でエボルを倒そうとしている。

 麻莉亜と同じように。


 考えてみれば、それも当然と言えば当然のことなんだよな。

 麻莉亜だって小夏だって、家族を殺されているんだ。

 復讐に燃えない俺みたいな奴の方が珍しいのかもしれない。


「危ないから止めろ! 負けたら死ぬんだぞ!? 麻莉亜がきっと世界を救ってくれる! それまでお前は大人しくしてろって」

「うるさいっ!」


 小夏が声を張り上げて怒った。

 まただ。

 いつも怒っているような小夏だが、本気で怒っている様子がダイレクトに伝わってくる小夏の言葉。

 今朝小夏が怒っていたトーンと全く同じだった。


「麻莉亜にも頼らない! 今更何なの!? もう、あんたに理解してもらおうなんて思わない! 私は私のやり方でやっていく! あんたは自分の心配してろ!」

「…………」


 そう言って小夏は俺を突き放すように歩く速度を上げて、前に進んでいってしまった。


 残された俺は考える。

 俺も随分と嫌われてしまったようだ。

 まぁ、散々無責任なことをしてきたツケってもんだよな。

 小夏にそんな態度を取られたのはショックだが、それよりも小夏のことが心配になってきた。

 

 このままでは、小夏は無茶していずれ失敗する。

 昔からそうだったので、意固地になって突き進む小夏の行く先が簡単に予想できた。

 こうなった小夏を止める役割は俺か、おじさんかおばさんくらいしかいない。

 今の状態だと俺が何を言っても無駄だろう。

 おじさんやおばさんもいない。

 ……誰も小夏を止めることができない。


「…………麻莉亜に相談してみるか」


 麻莉亜が小夏を説得するのも難しいだろう。

 今までもそうだったんだから。

 でも、麻莉亜が小夏よりも先にエボルを倒してしまえば、小夏が危険を犯すことはなくなる。



 エボル出現のせいで、自分の学校にも危険が溢れかえっていることが分かった。

 俺は黒波に目をつけられている。

 学校では生徒が失踪するような事件が続いている。

 小夏は1人で勝手にどんどんと死地へと向かっている。

 俺には関係ないと再び引きこもる決心はついたが、俺が引きこもっていても小夏の危険を取り除くことは出来ない。

 やっぱり、色んな危険を排除するには、この壊れかけた世界を元に戻すしかないんだ。


 こんな状況を元に戻せるのは麻莉亜しかいない。

 今世の中が壊れているのをリアルに体感することによって、その恐怖と脅威を肌で味わった俺は、お陰でひきこもり中には感じなかった危険意識を少し持ち始めた。

 俺が安心して引きこもるには、やはりエボルを倒さないとダメのようだ。


 帰ったら麻莉亜に相談しようと思いつつ、俺はトボトボと1人で帰路を歩いて行くのだった。

 【Next】

 →行き詰まる最終兵器


 【Tips】 

 対戦の申し込みの段階では対戦を申し込んだ側には相手のレベルと職業は分からない。

 逆に申し込まれた側は申し込んできた側のレベルと職業のみなら確認できる。

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