1-3.脅威、幼馴染の襲来
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人間諸君、お久しぶり。
選民試験は楽しんで戴けただろうか?
あの選民試験では簡単すぎただろうか。
あれは予め予告していたにも関わらず、その準備も対応もできない無能を排除するに過ぎない試験だ。
退屈した者もいるだろうが、どうか許して欲しい。
逆に今これを聞いている諸君らは見事試験をクリアした、言わば選ばれた者達だ。
自信と誇りを持って、これからも社会に貢献できるよう努力を続けていって欲しい。
今諸君らは相当混乱しているとは思うが、どうか落ち着いて欲しい。
私は人間を殺すことを目的としている訳でははない。
能力のある者を排除しようとは一切思っていない。
私の造る社会の中では、己の能力を磨き、懸命に生きる者には何の危険も及ばない。
ゲームによって人を排除することは、以前にも話した通り無能を排除したまでだと肯定はする。
一切の罪を問わない。
しかし、それ以外の犯罪については今まで以上に厳しく対応していきたいと考えている。
混乱に乗じて好き勝手する犯罪者を、私は許すつもりはない。
どこで行う犯罪も、すぐにバレるものだと思ってもらいたい。
調子にのっている犯罪者はしっかりとその旨を心しておくように。
人間は怠惰な生き物だ。
これからも、自己研鑚が続けられるように継続して選民試験は行っていく。
それに振り落とされないよう、これからも努力は惜しまず継続していってくれたまえ。
それでは選ばれた諸君、共に理想の社会を作り上げていこう!
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俺が選民試験を見事にクリアした数日後、そんなエボルからの全国放送があった。
その放送を受けて、世の中は更に混乱した。
選民試験は俺が試験を受けた時間とほぼ同時期に全国で一斉に行われていた。
やり方はオンラインだけではなく、教育機関である学校等にクライシスが送り込まれてそのもとで行われたり、対戦相手のクライシスが自宅に押しかけてきたり、道端を歩くクライシスに奇襲のように試験を受けさせられたりと、様々だったようだ。
その試験後、ネットでは友人が殺された、息子が殺された、親が殺されたと、たくさんの悲鳴が上がっていた。
敗れて死んだ人間の中には、そのまま遺体をクライシスに持って行かれてしまった人もいたようだ。
人間がクライシスを止めようとしても力では敵わないのは知っての通り。
再三警告を受けたにも関わらずクライシスを取り押さえようとした人間は、その場でクライシスに体を折られて殺されてしまった……という事案も確認されている。
クライシスは何の為に遺体を回収していったのか、その理由を知るものはいない。
アンドロイドの材料にされているという以前の憶測も、あながち間違いではないのかもしれない。
そんな恐怖の現実を目の当たりした直後にこの放送だ。
混乱するなという方がおかしい。
これを受けても現行の政府は、裏取引でもあったのか、それとも完全にエボルに掌握されてしまっているのか、一切動かなかった。
秘密裏にエボル対策を行っているのか、それともこのままエボルの言いなりになろうとしているのかすら分からない。
政府は全く頼りにならないので、人々の希望は自然と七原研究所の次に技術力のある立尾製作所に集まっていった。
しかし、立尾も一切のコメントは出さなかった。
ただ、立尾の場合は政府と違って『エボル側に情報を握られないように』という理由をつけていたので、その分いくらかマシだろう。
そのコメントを受けて立尾に希望を寄せる人も多くいたが、正直言って立尾はあまり当てにならないと俺は思う。
というのも、七原と立尾の技術力の差は歴然だったからだ。
エボルの様子を見るに、あれは確かに七原の技術力がないと出来ない程の性能を持っている。
エボルはBPSをハックし、人体に影響を及ぼせるような仕組みを組み込んできている。
全国一斉に行う試験も軽々と実施している。
立尾製の自立型アンドロイドに手際よくそこまで出来る技量があるとは思えない。
逆に麻莉亜だったら、アンドロイドを量産できる環境やBPSをハックできるアクセス権があり、本気を出せば出来ることだとは思うが。
立尾が頑張った所で、せいぜい七原研究所に残された資料を解読して、そこから地道に解明していくくらいしか方法は思いつかない。
でも、あの焼けただれた七原研究所を見る限りそれも難しいだろう。
そうさせない為に、エボルが七原研究所を焼いたとも思える訳だし。
これでもう、日本は事実上エボルによる独裁的な支配の下に置かれると言っていい状態。
無茶苦茶なことを好き放題やり散らかしているエボルだが、それに力でも権力でも、誰も対抗できないのであればそうならざるを得ない。
世論は立尾が頑張ってエボルを何とかしてくれると期待したり、どこぞの救世主がゲームでエボルを倒してくれると期待したり、極少数ではあるが諦めてエボルの言うとおりにエボルの造る社会に適応して生きていこうと言い始めるものもいた。
それでも俺は悲観など一切していない。
理由はもちろん、世間には知られていない最終兵器がいつでも俺を守ってくれているからだ。
選民試験では多少のアクシデントはあったものの、それでも絶対的な最終兵器への信頼は揺らがない。
彼女がいる限り俺の聖域は守られるし、わざわざ外に出て危険な目に遭うこともないのだ。
ピンピンピンピンポーン……ガンガンッ! ガンッ!
インターフォンが連打されていたり、ドアが叩かれたりしている。
外に出なくても、今は危険だ。
どうしよう。
「麻莉亜! 客人がAカップ以下だった場合は丁重にお帰り願ってくれ!!」
「分かりました」
そう麻莉亜に任せたものの、相手が小夏なら油断できない。
少し不安になりながらも、布団をかぶって玄関の様子に聞き耳を立てた。
麻莉亜は扉を開けるなり開口一番「お帰り下さい」と伝えていたようだったのだが、相手の反応は聞こえてこない。
それどころか、来訪者はあの麻莉亜の制止を振りきって勝手に家の中へと入ってきたようだ。
部屋の外でドタドタと客人と麻莉亜が揉み合うような音が聞こえてきたり、麻莉亜の「A判定です。お帰り下さい」という声が聞こえてきたりするのだが、その音は段々と俺の部屋に近づいてくる。
果てに俺の部屋のドアは勢い良くバタンと開けられてしまった。
それでもかたつむりのように、布団を盾に絶対この場を死守しようとするのだが――。
「うおぁああ!」
「…………」
相手は無言のまま物凄い勢いで俺が被っていた布団を剥ぎ取ってきた。
布団を取られた俺は情けない格好でベッドに転がりながら相手の顔を見てみる。
相手は俺の予想した通り、俺の天敵だった。
九条小夏。
妹の小春共々、俺の幼い頃から付き合いのある幼馴染。
姉も妹も共に名前とか身長とか胸とか、色々と小さいので俺は勝手に『ミニマム姉妹』と呼んでいる。
こいつの父親は優しい感じで中性的なイケメン、母親はロシア人と日本人のハーフだったか、大学生と間違えるくらい若々しく美人と神がかった血筋を持っており、実際に姉妹共々美人だ。
妹の方はまだ若干あどけない感じがあるので、美人というよりは可愛い天使といった感じなのだが。
ただし、姉の方はその生まれ持った顔を台無しにする程残念な性格をしている。
悪い意味でのクソ真面目さを持っており、融通が利かないほど頑固。
それでいて常に怒ったような顔をしている。
残念ながらこれじゃあ誰も萌えない。
妹は優しい、素直、純粋と非の打ち所がない性格をしているのに、姉はどうしてこうなった。
そんな制服姿の小夏がいつもの無愛想な顔して、床に転がる俺を見下ろすように立っていた。
「はぁ……」
小夏は布団を剥ぎ取られて赤ん坊のように仰向けになっている俺を確認すると、俺から視線を外して1つ大きく溜息をついた。
俺はイモムシのように動いて寝転がったままベッドから降り、そのまま床をずるずると這いずりながら小夏のスカートの真下に顔を動かそうとするのだが……。
「ふぎゅ」
途中で顔を踏まれた。
呆れ腐ったような顔した小夏は無言で俺の寝間着にしているジャージの袖を引っ張って行く。
俺は小夏に引っ張られてフローリングの床をすいすいと滑るように……。
「ちょっと待て伸びる伸びる! 麻莉亜! 助けてくれ!!」
「ラーメンでしょうか?」
傍でその様子を見ていた麻莉亜がそんな返しをしてきた。
「んな訳ねぇだろ!! 描写のない小説じゃねぇんだから見りゃ分かるだろ!! 俺の状態を見ろ!! どうなってる!?」
「床掃除ですか?」
「え、何で急に絶好調になってんの!? 全然違うよ? 馬鹿? 馬鹿になっちゃったの!?」
どの漫画から得たボケだか知らんが、こんな非常時にわざわざ披露しなくていい。
麻莉亜のくだらない応答にツッコみながらも小夏の手を引き離そうとするが、力が強すぎて中々離れてくれない。
俺はそのままずるずるとリビングまで引きずられていった。
「あんたに話がある」
リビングまで到着すると、小夏はようやく俺のジャージから手を離した。
小夏はこんな情けない俺を見て落胆したのか、気が抜けたように力を抜き、ボフッと音を立ててその小さい体をソファーに落とした。
俺は首を動かして床に転がったままそんな小夏を見る。
「…………」
小夏がこの家の中に入ってきたのは久しぶりだ。
俺が不登校になってすぐの頃はたまに来てはノートをバサッと置いていったり、無理やり俺を学校へ引きずったりしていた。
でも、時が経つに連れて俺は現実を見たくなくなり、小夏が来ても家に上がらせるのを拒むようになっていった。
ここは俺の聖域。
部外者……現実の世界の住人が入ってくるのは禁忌だ。
そんな感じで聖域への侵入を固く拒否し続けているうちに小夏は呆れてしまったのか、小夏もあまり来なくなった。
実は俺、エボル出現以降密かに心のどこかで九条家のことを気にかけていたんだ。
九条家は無事なのか、嫌がらせにはあっていないか、小夏も小春も選民試験を受けることになるのか等々。
それでも、そんな思いが浮かび上がるたび『俺には関係ない』と無理やりかき消していた。
現実とは繋がりを持ちたくなかったから。
そうすることで、俺も現実に引き戻されてしまうと思ったから。
だが、今はこうして『現実』の侵入を許してしまっている。
俺が寝ぼけて油断していたせいだ。
麻莉亜も小夏の侵入にそこまで抵抗しなかったということは、麻莉亜も麻莉亜で九条家のことを気にしていたせいだろう。
小夏のお父さんである九条清秋さんは麻莉亜の開発者でもあり、親に当たるわけだからその娘を心配して当然と言えば当然だ。
本来なら今直ぐにでも外へ放り出したい所なのだが、九条家にはそういった思いがあったので、俺は小夏の侵入をこの時ばかりは受け入れた。
俺は床に転がったままずいずいと体をうねらせてソファーに近づく。
「…………お前、無防備すぎるぞ。いちご柄」
「!!!」
いちご柄の『白い布』がちらっと見えてしまったのでそう忠告してやると、小夏はバッとスカートを抑えた。
そして顔を真っ赤にして俺に一発ビンタを食らわせてから、シャキッとしなさいと言わんばかりの乱暴さで俺を向かいのソファーに座らせた。
面接でもするかのように俺と小夏が向かい合う形になると、麻莉亜が飲み物をテーブルに出してくれる。
俺はコーヒー、小夏にはいちご牛乳。
それぞれそれを適当に口にしながら話を始めた。
「九条家は無事か? 小春は? 選民試験は大丈夫だったんだよな?」
「…………」
小夏が話を始める前に俺がそう切りだすと、小夏は一瞬鋭い視線を俺に向けて睨みを効かせてきた。
……そりゃ、怒ってるよな。
小春は俺を心配してか連絡を入れてくれたし、恐らくこいつも連絡を入れてきてくれたんだろう。
それを全部無視しておいて、今更だもんな。
正直すまんかった。
小夏は一瞬俺を睨んだ後一呼吸置くと、その後は割りと普通な感じに戻り、ゆっくりと今ある現状を話してくれた。
九条家は無事だということ。
多少の嫌がらせはあるが、何の問題もなくやっていけているということ。
小春も小夏も、無事に選民試験を通過したということ。
そして、母親が世間からのバッシングに耐え切れずに自殺してしまったということ――。
ゲームの類が苦手なミニマム姉妹のことなので選民試験は正直心配だったが、学校では生徒のレベルを管理する程丁寧に対策を練ってくれているらしく、二人共無事に通過できたみたいだ。
生徒や教師のうち何人かは命を落としたらしいが。
それでも小夏や小春の無事は何よりもの吉報だった。
だが、その後に出てきたおばさんの自殺。
あの優しかったおばさんが亡くなり、小夏も小春も相当なショックを受けただろうが、それは俺も同じだ。
下手すれば自分の両親の死よりもショックを受けたかもしれない。
俺が幼い頃は両親共にずっと家にいなかったし、俺自身もしかしたら両親よりもおばさんの方が接している時間が長かったかもしれない。
小夏は淡々と喋っていたが、それが全く信じられなかった。
悲しくないのかよなんて聞けない。
そんな訳ないのだから。
小夏は既に悲しみを乗り越えてきたんだと思うと、小夏の強さを思い知るようだった。
「小春は!?」
「…………」
俺が小春の名前を口に出すと、小夏は再び俺に鋭い視線を寄越してきた。
小夏にはどんなことが起こっても挫けず立ち向かえる強さがあるのは前からそう思ってたし、今一層理解した。
だが、小春は小夏ほど強い子じゃない。
小夏はこうして来てくれるだけの元気があって安心だが、小春が心配だ。
「……立ち直って元気にやってる。あんた、何で連絡寄越さなかったの? あの子から連絡来たでしょ?」
「……それは……その……体調が悪くて……」
「体調が悪くても連絡くらいは寄越せる」
「…………その通りです」
小春からリアルタイムに連絡が来たのを無視したから、言い訳できない。
今までも小夏に不登校に関してどうしたのかと聞かれたことはあったが、全部体調が悪いで誤魔化してきた。
それで半年以上学校に通っていない訳なので、そんな誤魔化しも効いてないだろうし、小夏も俺がどういう状態なのか何となく分かっているだろう。
でも、この場で『現実逃避したかったから』とは言えなかった。
「それと麻莉亜、あんたいつまでこいつを家に閉じ込めておくつもりなの? あんた海人の姉なんでしょ!? おじさんやおばさんに代わって学校に行かせるくらいしなさいよ」
「私は海人さんをずっとここに閉じ込めておく気などありません。時期が来たら通ってもらうつもりでしたが、今は危険です。海人さんは外に出るべきではないと判断しました」
小夏は俺達から少し離れた食卓に座る麻莉亜に矛先を変えてそう言う。
それを受けた麻莉亜は目を合わせることもなく、そう淡々と小夏に返していた。
当然小夏と麻莉亜も昔から馴染みのある関係にあるのだが、2人はどうも馬が合わない。
どうも麻莉亜が一方的にミニマム姉妹を邪険にしている感じがあるんだよな。
昔はそうでもなかったのに。
いっつもツンケンしてる小夏はともかく、小春にまでしょうもない意地悪を始めたりするので困ったものだ。
まぁ、本人たちは本気で嫌い合っている訳ではなくて、喧嘩するほど仲が良い的な感じだとは思うんだけれども。
「判断しましたじゃないでしょ!? 大体麻莉亜が甘やかすから、海人がこんなゴミクズみたいになっていくんじゃない! 分かってんの!?」
「甘やかしではありません。私には私の考えがあってこうしています。他者の教育方針に口を挟むのは如何なものかと思いますが?」
「甘やかしじゃないのよ!! 海人がこんなだらだらしているのを見て、おじさんやおばさんが喜ぶとでも思ってるの!?」
小夏がそう言うと、麻莉亜の顔が少し厳しくなった。
麻莉亜は親父やお袋のことを口に出されるとカッとなるんだよな。
麻莉亜は立ち上がってその小夏の言葉に強く反論するように、小夏の顔を凝視する。
「お父さんやお母さんにはきちんと相談した上です。それに今非常に危険な事態になっているのは、小夏さんも知っての通りです。七原重蔵の息子が外に出れば有らぬ誤解を持った人間の標的にされるのは疑いようのないことでしょう。今海人さんは無闇に外へ出るべきではありません」
「それが甘やかしだって言ってんの!!」
「私には海人さんを守る義務がありますから。小夏さんには理解できないことでしょうし、理解されたいとも思っていません。口出ししないで下さい」
「…………」
小夏と麻莉亜はそれぞれ自分の言い分をぶつけて睨み合う。
いかん。
こんなところで無駄に小夏VS麻莉亜の戦いが始まってしまった。
小夏は生粋の頑固者、麻莉亜は俺や両親以外……特に小夏や小春に対しては頑固と、両者共に頑固なので、この戦争を集結させるのは中々難しいんだ。
いつもは俺が小夏を、親父やお袋が麻莉亜をなだめて終戦となるのだが、今はそうする訳にもいかない。
「まぁまぁ二人共落ち着いて落ち着いて」
「あんたのせいでこうなってるんでしょ!! 今置かれてる状況分かってるの!? 人が死んでるの! おじさんやおばさんが作ったアンドロイドが世界をめちゃくちゃにしてんの!! おじさんやおばさんだって殺された!! あんたは何も思わないわけ!?」
「殺されたって……殺されたのか!?」
「当たり前じゃないの!! おじさんがあんな無責任なことするはずないでしょ!! 麻莉亜も分かってるんでしょ!?」
「当然です。恐らくお父さんもお母さんも、そして清秋さんもあのエボルというアンドロイドかその一味に殺されたのでしょう」
「だったらあんたは何やってんのよ!? 何でこいつを引っぱり出さないわけ!?」
仲裁に入ったつもりだったのに、再び小夏と麻莉亜の言い争いが始まってしまった。
「さっき話した通りです。私には私の考えがあってこうしています。さっきから小夏さんは海人さんに何を期待しているのですか? 海人さんにエボルを倒せと?」
「そりゃ……こんな奴に何も期待してないけど、せめて現実くらいは見ろって言ってんのよ! またふざけた試験があるかもしれないじゃない! 小春だって心配してんだから、ちゃんと前見て生きなさいって言ってんの!! 麻莉亜、異論は!?」
「……その点に関しては私も小夏さんと同意見です」
「…………」
えぇ~……。
麻莉亜が俺のことをしっかり守ってくれるから、俺は現実見なくても平気だと思ってたんだが……。
その麻莉亜に『前見て生きろ』と言われてしまっているようだ。
「で、あんたはどうするの!?」
「…………」
「…………」
怖い顔した小夏が俺にそう問い詰めてくる。
助けを求めるように麻莉亜の方を振り向いてみたが、麻莉亜も助けを出す気はなさそうな様子だ。
「…………」
小夏は何かを期待するような目で俺のことを見ている。
…………。
正直、もうこれでこの話は終わりにしたい。
小夏もこうして元気にやっていると分かったし、小春も無事だということが確認できた。
それを聞いただけで俺の胸に突っかかっていたものはスッキリ取れた。
もう、十分だ。
俺の出る幕なんてない。
小夏も、小春も、元気にやれているならもう俺のことは忘れてそのまま元気でいて欲しい。
「すまん。寝るわ……」
俺は小夏から視線を逸し、そう小さく呟いた。
――――パァァン!!!
「……!?」
立ち上がって自室に戻ろうとすると、小夏から思い切りビンタをくらった。
そのビンタの強さが半端ではない。
今まで小夏には何度も殴られるようなことはあったが、所詮は力のない非力な女だ、あまり痛みを感じなかった。
でもこの時は違った。
物理的な痛みと、それから――――。
「ふざけるなぁ!!」
力の篭った叫び声とも言える小夏の声が部屋の中に響き渡る。
その言葉を放った小夏は、目にうっすら涙を溜めていた。
小夏はそのまま俺のジャージの胸辺りをギュッと掴んで顔を近づけてくる。
「あんた一体何やってるの!? どうしてこんなところでいつまでもグズッてるのよ!? 小春がどれだけ心配してるのか、あんた分かってんの!? おじさんやおばさんと一緒にお父さんも死んで、お母さんも死んで、頼る人がいなくなった小春が、どれだけ辛い思いしているのか分かってんの!? あんたがグズッている間に世界がどれほど壊れたのか分かってんの!? 今ある現実に無関係な人なんていない!! 壊れた世界にみんなが一丸となって向かっていかなきゃいけない時でしょ!? 七原の名前を持つなら尚更! それでもあんたは七原の名前を捨て、おじさんやおばさんが汚名を被っていることも見てみぬ振りをして、現実から逃げ続けるっていうの!? そんなの私が許さない! 麻莉亜が許しても私が絶対に許さない!」
「…………」
「七原の責任を全て被れなんて言わない。せめて、立ち上がってよ……前を向いて……。小春の心配を取り除いてあげて……」
「…………」
小夏がふざけることなんて今の今まで一度も見たことがないが、この時の小夏はいつも以上に真面目で、その思いは俺にダイレクトに伝わってきた。
小夏に殴られた頬が……痛い。
「海人さん。一度学校に顔を出してみるのも悪くはないと思います。GPSを私に解放して下さい。何かあれば直ぐに駆けつけます」
「…………」
麻莉亜もそう説得してきた。
頬を触ってみる。
腫れ上がっているのか、熱い。
俺は小夏に圧倒されたままの体勢で固まりながらしばらく頭の中を巡らせ、遂に何ヶ月かぶりに学校の制服に袖を通すことを決めたのだった。
【Next】
→変わる世界1
【Tips】
レベルが1つ上がると自動的にHPが1上がり、更に剣拳弓の中から成長させるパラメータを1つだけ任意に選ぶことができる
レベルが下がった時は前に選んだパラメータが下がるようになっており、再びレベルが上って元のレベルに戻ったとしても、前回と同じパラメータが自動的に上がってしまう
従って、レベルを故意に上下させることでパラメータを振り直すようなことはできない