第2遊戯 人間とは欲深く醜いものよ
秋が目の前に来てるぜ!!
「運命から逃れられる?」
「ああ」
「どういうこと?」
「そのままの意味だ。厨二風に言うと決められたレールから自分の力で外れる事が出来るということだ。むっ、少し普通すぎたか。まあいい」
決められた運命?
「そうだ。漢字の書き方通り、『運ばれる命』だ」
「運ばれる命…」
「ああ。簡単にいえばお前達は一つの船に乗り、一つの川を流れに従い下っているということだ」
「いや、さすがにそれは言われんでも今の話で分かるけど…それを逃れるってどういうことだよ?」
「うむ。まずお前達人間、いや、この世界の全ての生きるもの達は己の船を操縦していない、ということだ」
「操縦していない?」
「そうだ。俗にいう抗う、というやつだ」
「抗う…」
あれだな、マンガやアニメの台詞でよく使われるやつだよな。
「そう、そのあれだ」
「抗うねぇ…今一つピンとこないなぁ」
「それはそうだろ。今時の人間にそんな当たり前をする気力なんてありはしないんだからな」
「無い? どういうことだよ」
「ああ、これは言い間違えたな。正確には『しようと』してない、が正しいな」
しようとしてない?
「そうだ。聞くが、お前は今までの人生で、始まりから終わりまですべて障害物のない川を見たことがあるか?」
「障害物?」
「ああ、なんでもいい。人食いの魚であろうが、岩礁であろうが、滝であろうが、はたまた違う人間が乗る船であろうが。ともかく命に危険の無い、または邪魔の無い川だ。あるか?」
「……」
黙り込み考える。しかし、浮かんでこない。あの巨大で有名なアマゾンも見た感じ安全そうだが水中に危険生物がいるって話だし、何より年に一度だけだが、でかい波が発生するとも聞いたことがある。
「どうだ、浮かんだか?」
「いや、俺の知る限りじゃないな」
「だろう。そのような川は滅多にない。運命も同じだ」
「同じ?」
「ああ。苦労を知らずに生きてこれたか? 誰かと対立せずに生きてこれたか? 反感を買わずに生きてこれたか? 誰かを罵らずに生きれこれたか?」
「まあ、喧嘩とか苦労を知らずには生きてきてはないけど……」
「そうだろう。むしろさっきと同じだ。そんな経験をせずに生き抜くやつなんて稀だ。あの世でも滅多に見れぬの」
「そりゃあ、そうだと思うけど」
むしろあの世に日平均で何人来てるかすら知らないし想像もつかんが。
「昔はそういった波に、荒波に、壁に激突しても己の力で耐えきった者たちが大勢いた。だが今は?」
「……少ない?」
「さらに下、稀だ。いや、生まれ育った環境や国によって普通のところもあるか」
「例えば?」
「貧困な国を頭に浮かべてみろ。日々生きるか死ぬかの生活を送っている国を浮かべてみろ」
「……」
意外と多い。
「だろう」
「ま、まあともかく、その荒波かなんだか知らないけど、それがどうして今回の、天獄遊戯、だっけ? それに繋がるんだよ」
「今時の人間とはかくも考えるということを知らんものだ……」
両手を挙げやれやれ、とため息を漏らす瀬名。何かムカつく。
「まあ長々とくっちゃべった私も悪いか。要件をまとめれば、お前達の今の生き方が温く、醜いというわけだ」
「温く、醜い?」
「ああ。それも平和を当たり前と考え、苦労を知らずに生きてきた今の時代は特にだ」
「いやだって平和なのは当たり前だろう? 苦労は誰でも知ってるし――」
「どの苦労だ?」
「え?」
「だから、どれの苦労だと聞いているのだ」
「そりゃあ、仕事で上司に文句言われたり、バイト先でうまくいかなかったり――」
「ふん、下らん」
必死に考えた俺の今までの苦労を、まるでその程度の苦労…はっ、とでも言いたげに一言で切り捨てた瀬名。
「どういうことだよ」
「お前達の考えてる苦労は苦労ではない」
「何でだよ」
「お前達は言葉の意味を知らんのか……ああ面倒だ。辞書で調べてみろ」
そういうと調べるまで話は聞かんとばかりにお茶を啜りだす瀬名。
俺はそんな瀬名を見てとりあえず携帯で意味を調べて見ることにした。ちなみに俺はゴーゴル派で、ヤプー派ではない。
検索欄に苦労という単語を入力し、検索を開始。すると一番上に出てきた。意味は…
「精神的、肉体的に力を尽くし、苦しい思いをする……」
「そうだ。ではここで質問」
「……」
「お前は、その意味の通り、精神的、肉体的に、力を尽くして、苦しい思いをしたか?」
わざとらしく、区切りながら俺に問う瀬名。その問いに俺は…
「……いや、してない」
そう答えざるを得なかった。何故か? 簡単だ。尽くしてなかったから。もしこの意味通りならば俺は、苦労をしていない。
「そうであろうな。そんな簡単に苦労するなら、世の中光速を超えた速度で苦労人で満ちていくだろうな。そうなればこの天獄遊戯なんて必要すらなかった」
「……」
「昔の人間は今のように殆どを機械でしていなかったのだぞ? 手紙を送るには人の足で運び、危険を避けねばならなかった。だが今はどうだ? 人が指でこのPCの画面に打ち込めば、あら不思議」
いつの間に準備したのか、俺のPCのメールを開き、いつでも送信できる体制にあった。
「後はボタン一つ押せば、何のことはない。望んだ人間に送ることができる。おや、これは楽だなぁ、いやぁ、大変便利ですなぁ」
「……」
「お前達人間は、楽を知りすぎたんだよ」
ふざけた口調が一変する瀬名。
「何かが発展し、楽になる。なろうとする。大いに結構だ。創ることのできる者は皆そうやって少しでも楽に、簡単に、と考えて創っていく。だがな……」
あの危険な刀を俺の首筋に当て、殺気を放つ瀬名。自然と俺の喉がごくりとなり、嫌な汗が伝う。
「楽を得、快適を知ったとしても、人間の根っこが腐るようでは、それは発展とは言わん。退化というものだ」
「たい、か?」
「ああ。楽を得ていけば人間難しいことや労力を減らそうとし、果てに人を陥れ、罵り、その者の物を己が物にしようとするのだ。お前も知っているだろう?」
「……」
代表でいえば詐欺がそれにあたるのだろう。誰かの振りをし、その人からお金を巻き上げ、そしてあいつはバカだ、カモだと言う。
「今の時代、そういったものが爆発的に増えている。もちろん、詐欺師だけに限らず、醜い者達、今の世の中を嫌い己の世界にしか籠らぬもの達もだがな」
「……」
「そういった者達やお前みたいな流されるだけの者達、さらには、その予備軍の者達等に変われるよう公平なチャンスを与える為に考えられたのが、この」
にやりとほくそ笑みながら
「天獄遊戯だ」
開始を合図するかのように告げる瀬名。
「じゃあ始めていこうか、人間。一度のチャンスだ。真面目で、幸せで、納得のいく人生を手に入れてみよ」
その遊戯は、今始まった…
「そういえばさっき何であんな分かりにくく、無茶苦茶な言い方したんだ?」
「ん?」
「ほら、天獄遊戯が開かれた理由。腐るほど長く言ってたじゃないか」
「ああ、あれな。面白半分で言っただけだ。間違いは大体ないがな」
「ビッチ!!!」




