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恋の宮で泳ぐ君等  作者: 采火
本編
5/12

いたずらな判断

 時が過ぎるのはあっという間で、大碓は大王の行列を迎えると、そのうちの一人を見て微妙な顔をした。


「……お前も来たのか、小碓」


 大碓の目の前には鏡に映したかのようにそっくりな容姿の青年が立っていた。小碓と呼ばれた青年は、鬱陶しそうに、きっちりと束ねてあった髪紐を解いてさらりと髪を垂らした。


「兄上はよくもまあこんな禿げそうな髪型を続けられますね。兵士に示しをつけるよう旅の間は結んでおりましたが、もうここまで来たから良いと思うのです。と言うわけで、後の兵士の統率はお願いしますね。私はさっさと身体を清めたいのです。埃っぽい……」

「それくらい我慢しろ」


 溜息を吐きながら大碓は小碓が放った髪紐を拾って小碓に握らせた。小碓は渋々と髪紐を懐へしまう。

 小碓はこの通り何をやってもやる気を見せない、大碓とは全く正反対の人間だ。双子の兄弟で、容姿が全く同じなのに中身が太陽と月のように相容れないので、しばしば意見の食い違いが起きることもある。

 今回の宮の造営事業の最高責任者も建築に詳しい小碓のはずだったが、そんな遠くへと行くのは面倒だと一蹴したために大碓へと話が回ってきたのだ。大碓は本来なら今頃、都で大王になるための特別教育を受けるはずだったのだが、それが遠のいて今ここにいるのはそれが理由であった。

 大碓は小碓から視線を外して一際華やかな衣装を着て馬に乗っている人物を見る。面持ちは大碓や小碓と似ているが落ち着いた物腰の若く見える男だ。きっと髪をくくってもう少し派手な衣装を着たら大碓に見えて三つ子疑惑が持ち上がりそうなこの男こそ、大碓・小碓の父であり、現大王であった。

 大碓は大王にぞんざいな言い方で言い放った。


「遠路遥々ご苦労さまでした。宮に滞在する準備は整ってますが、八坂入彦命が歓迎する準備を整えております。どちらにいたしましょう」


 大王はちらりと大碓を見ただけで、少しも考えずに即答した。


「……余を歓迎するならば、そちらへ行く。案内せよ」

「承知しました」


 大碓は頭を垂れて返事をする。そして行列を先導した。

 だが、その行列を一人外れていく者がいた。小碓だ。

 小碓はふらりと行列を抜け出すと、池の方へと足を向けた。ぶらりと歩いて池へと行く。


「水浴びはしたいけど、大王優先だからまだ時間がかかるんだろうなぁ……。うん、暇潰しに池とやらを見に行こうか。頃合いになったら池の様子を確認しに行ったとか何とか理由付けて屋敷に入れて貰えばいいし」


 自分の機転にうんうん、と頷いて小碓は歩く。本当は適当なところで休みたかった。大王のかなりの強行軍に辟易して、かなりの体力を削られている。兵にも言えることだったが、夜通し歩いた日もある中でよくもまぁ倒れなかったとしみじみと思う。

 小碓はのんびりと歩いて池へと行くとぼーっと池を覗いた。なかなかの造りだが、小碓の美的感覚には少し合致しない。私ならここをこうする……と誰も聞きはしないのに一人ごちると、ぼーっと眺めるのも飽きてきたので池の周辺を散策し始めた。

 ふと、誰かに見られている気がして辺りを見渡す。背後の林の方から人の気配がした。

 害意は無い。此方の様子を伺っているだけだ。しかも気配を隠すのが下手で、闘気も感じられない。ただの一般人だと判断して、それなら一興を煎じて誘き出してやろうと生来からの悪戯癖が顔を出した。

 小碓は手をたたき、居もしない鯉を呼んだ。


「やいやい、鯉よ。此方へとおいで」


 すると、林に隠れていた人影が顔を覗かせて此方を伺う。気になっているようだ。

 そこで小碓はしてやったりと思って、ここぞとばかりに後ろの人物に声をかける。


「そんな所では分からないだろう。許す、側へ参れ」


 言えば、気配は近づいてきて隣へとやってきた。そして物怖じせずに堂々と話しかけてくる。


「ちょっと、髪を下ろしてるから別人かと思ったじゃない。姉上様と違って、私はあんたに会うの二回目なんだからそんな急に髪型変えないでよ。そもそも、あんた今の時間は屋敷にいる頃じゃないの」


 ずけずけとものを言う少女を見て、小碓は訝しがる。誰だろうかこれは。

 そんな事などつゆ知らず、少女ははきはきとしっかりした声音で言う。


「ちゃんと聞いてるの、大碓さま」


 小碓はそこで気づいた。この少女は自分が大碓であると思っていることを。

 髪を結うか結わないかはそっくりな自分と大碓の唯一の見分け方でもあるが、それをこの少女が知っているはずがない。そもそもこの少女の言葉からは、大碓と会って二度目だと言うことが分かる。たった一回会っただけの相手の顔を細々と覚えているわけがない。

 小碓は良いことを思いついた。このまま大碓のフリをしてやろうと。小碓は元々、大王の影武者でもあるから他人に化けるなど簡単に出来る。というか得意だ。

 だから、最初に大碓としての印象を付けるために垂らしていた髪を結い直し始めた。


「すまなかったな。先ほど枝が髪に引っかかって結い直している途中だったのだ」

「そうなの」


 少女はあまり興味なさそうに返事をした。じーっと池の中を覗いている。

 何だろうと小碓が思っていれば少女は頬を膨らませて小碓を睨みつけた。


「ちょっと、鯉なんていないじゃないの!」

「あぁ、あれはお前をおびき寄せるための嘘だ。こそこそするぐらいなら出てきて貰った方が、私としては意識が引かれなくていいからな」


 少女はむぅ、と頬を膨らませてぷぃっとそっぽを向いてしまった。その態度に、小碓はもしかしてこれは大碓の立場を知らない……? と内心で呟いた。だってこの少女は貴人である大碓を目の前にして物怖じせずに普通に接している。清々しい対応で、受けている小碓は不快な思いどころか快いとさえ思うこの接し方は、普通なら不敬罪にあたるから滅多なことではない。

 小碓は何だか気が良くなって、つい口を滑らせた。


「……お前、私の嫁にこないか」


 この少女ならばきっと、自分の立場を知ったとしても変わらずに接してくれる気がした。小碓の周りにかしづく女達とは違う何かを持っている気がした。──その天真爛漫な明るさに、小碓は惹かれた。

 だが、少女はその言葉に激怒する。小碓にとっては理不尽な怒りだ。


「信っじられない! 姉上様という者がありながら、私に求婚? 冗談も程々にしなさいよね!」


 大きく声を張り上げて、少女は真っ直ぐに小碓の目を見上げた。自分の目線より下から突き刺さる視線に、少し戸惑う。


「やっぱり私、貴方のこと大っ嫌い」


 そう言って少女は背を向けた。取り残された小碓は訳が分からない。


「……取りあえず、戻るかな」


 少女の残した軌跡を辿るようにして、小碓は屋敷へ続く道を歩き始めた。


***


 小碓はたむろする兵士を目印として屋敷にたどり着き、大王の側付きだと説明するとすんなりと部屋へと通された。通された部屋に入り、大王の側へと侍る。大王は小碓をちらりと見ただけで、何も言わないで酒杯を仰いだ。

 代わりに、同じようにして大王の後ろで侍っていた大碓が小碓と目を合わせないままで話しかける。


「……髪、結んだのか」

「ちょっとありまして。解くのも面倒なのでこのままでいいかな、と。たまには兄上の影武者をしてあげますよ」

「やめろ、気持ち悪い。自分が二人も居るのは変な気分だ」

「いいじゃないですか。暗殺されそうになったら二分の一の確率で生き残れます………」


 ふと、小碓は歯切れを悪くして言葉を止めた。じっと宴会の席で酒を飲まずつまみも食べず、ただ顔を伏せて座っているだけの少女を見つめる。池で会った少女に面立ちが似ていた。


「……あれは誰です」

「八坂殿の一の姫だ。噂の美姫は彼女のことだろう。二の姫も居るはずだが、今日は見えないな」


 小碓は池での少女を思い出した。彼女は自分の事を大碓と感じて求婚を拒んだ。姉上様がどうとか言っていたから、大碓と今座っている少女が恋仲であるのかもしれない。

 だが、今日彼女は───。


「大碓、小碓。一の姫を召し上げる用意をしておけ」


 やっぱり、と小碓は思った。これは当然の流れだ。

 大王はつい先頃に妻をなくしており、今回の行幸は後妻選びの一環でもあったから、こうなることは読めていた。しかし、もし大碓がその一の姫と恋仲であるなら、それは大罪だ。大王の妻となる者は清心を持って接しなければならないのだから。


「……御意に」


 だが、大碓はただただ低い声で返事をしただけだった。

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