出逢いの煌めき
次の日から早速、造営は始まった。かなり大規模な治水工事とあって、沢山の人が行き交った。
何日、何十日と時間をかけて季節を巡り、出来上がっていく中でとうとう完成間近となった頃、姉妹は屋敷を抜け出してこっそりと宮の池を見に行った。季節は秋が始まっていて、木枯らしが寂しく吹くようになっていた。
宮はまだまだ完成とは言い難かったが、池にはもう水が張ってあって、きらきらと水面が太陽の日差しに反射していた。
二人は池の淵まで来て、そっとのぞき込むようにして水面を見た。
「姉上様、すごく綺麗よ」
「本当。人間ってこんな綺麗なものを作れるのね」
くすくすと笑いあって眺めていると、ふらりと青年がやってきた。姉妹は気づかない。とうとう真後ろまでやってきた青年は声を張り上げた。
「お前達、何をしている!」
「きゃっ」
「姉上様っ!」
入姫が驚いた余りにふらついて、池へと落ちてしまう。池は深そうだ。しかも今の季節は秋であるが冬のような冷たい風が吹くので、雪こそ積もっていないもののかなりの寒さだ。突然そんな冷たい水へと入れば心臓を止めてしまうかもしれない。しかも入姫は泳げない。もちろん弟姫もだ。弟姫が青ざめてどうすればいいのかと固まっていると、隣で颯爽と池へ飛び込む者がいた。今しがた、二人に声をかけた張本人の大碓だ。
大碓は入姫の腕を掴むとぐっと自分の方へと寄せて、抱くようにして池から上がった。
ずぶ濡れになった入姫はせき込みながらも微笑んだ。
「…あ……りがとう…ござ…います……」
「いや、俺の方こそすまなかった。まさか池に落ちる程驚くとは、全く思わなかったのだ……」
弱り切ったように言う大碓に、入姫はふるふると首を振って言った。これは自分達に非がある。
「私達こそ、本来ならば関係者以外立ち入り禁止の所に入ってしまったのです。これは自業自得というものですから、どうかお気になさらずに……」
そう言って深々と頭を下げた。
しかし弟姫は納得がいかないようで、眦を吊り上げて怒り始めてしまう。
「どうするのよ、姉上様が溺れて死んでしまったら! どうする気だったのよ!」
大碓は弟姫の強気な態度についつい半眼になって言い返す。
「助けてやったのだから良いだろう」
「よく無いわよ! 冷たい水で死んでしまうことだってあるんだから!」
涙ぐみ始めても声の大きさを変えないで怒る弟姫に、入姫は彼女の裳裾を引いて注意を自分へと向けた。弟姫は口を閉じて入姫を見る。
「私は平気よ。それにこんな所で話していないでお屋敷へ戻りましょう? 私、このままでは寒くて風邪を引いてしまうわ」
訴える入姫に、弟姫はゆるゆると顔を下げて入姫の方へと額をつけた。弟姫が泣きそうになるのを堪えているのだと入姫は理解していたので、よしよしと背を撫でて落ち着かせてやる。
やり場のない大碓はというと、寒さで僅かに震えている入姫を見ると、一度何処かへと消え、上着を一枚、手に持って戻ってきた。造営中に寝泊まりする仮殿に置いてあった己の上着だ。それを入姫にかけてやると、入姫はきょとんとして大碓を見やった。
「寒いだろう。今日の所は見逃すから、さっさと帰った方がいい。風邪をひくぞ。おい、そこのじゃじゃ馬娘、そんな事では大好きな姉君が風邪をひく」
「だ、誰がじゃじゃ馬娘よ!」
弟姫はパッと顔を上げて大碓を睨みつけると「行こう、姉上様」と言って入姫の手を引いて立ち上がらせ、ずんずんと歩いていく。
入姫はちらりと後ろを伺って自分を助けてくれた青年を見た。軽くお辞儀をしておく。
やがて入姫が小さくくしゃみをしたので、弟姫は渋面を作って歩く速度を少しだけ速めた。