力を導く木の矢
メインの戦闘は、前半で後半では、ヤヤが負けます
「困った事になったの」
開口一番の走の言葉に、瓜が首を傾げる。
「近頃は、大事無かったと思ったけど?」
走は、難しい顔をして言う。
「だから、時間をもてあました人が余計な企画を思いついたの」
瓜が察した。
「詰り分家サイドから、走にも何か、目立った事をしろって言ってきたのね?」
頷く走。
「暇だからって、余計な事を考えないで欲しい」
溜息を吐く走。
そんな走に瓜が小声で言う。
「それより、あれどうにかならない?」
瓜がさっきから黙ったままの貫を見る。
走も困った顔をして答える。
「本人は、大丈夫って言っているんですけど、シロキバにも顔を出していませんし、前回の事は、かなりショックが大きいみたいです」
そこに、仕事が出来そうな雰囲気を持つロングヘアーの少女、貫達の妹分、森野囁が来て言う。
「走さん、例の件が決まりましたよ」
嫌そうな顔をする走。
「えー、本当にやるの?」
頷く囁。
「当然です。遠糸の次期長、走さんと現長の娘、貫さんの二人がコンビで戦うって、業界じゃ有名になっているんですから。運営をしている萌野家としては、ここらで八刃の凄さを見せておきたい所なんですから」
それを聞いて貫が言う。
「詰り、あちきが負けかけた事への当てこすり?」
場の空気が凍りつくが、囁は、あっさり頷く。
「それもあります。でも、こっちの手落ちでもあります。何にでも相性って物があります。ブラッティーフィンガーが絡んでいるって解っていればあんなマッチメイクしませんでしたよ」
貫が立ち上がり大声を出す。
「そんなの関係ない! あちきが弱かったから負けたんだ!」
その言葉に呆れた顔をする囁。
「何様のつもりですか?」
その一言に貫も腹を立てる。
「大した戦闘能力もない癖に、知った口を叩かないでよ!」
瓜が貫の頬を叩く。
「今の一言は、聞き捨て出来ない。囁は、ファイアーバトルの運営でいっぱい頑張ってる。貫が、本家としての意地を通せるのも、そんな囁達のフォローがあるからだよ」
貫が教室を出て行く。
囁は、苦笑する。
「あたしは、気にもしてませんよ」
走が首を横に振る。
「瓜は、貫の為に言ってくれたの。あの言葉って自分の方がダメージ大きいから」
囁が少し悩んだ様な顔をする。
「人の心って難しいです。まだファイアーバトルの運営の方が簡単ですよ」
苦笑いをする瓜と走であった。
そして、貫と走が、対戦相手と向かいあった。
「遠糸、お前らが持つ、最高の射手の称号は、弓引家が貰う!」
そう告げたのは、有名な弓の一族の女性、ユミヒキだった。
「お手柔らかにお願いします」
頭を下げる走を軽く殴ってから貫が言う。
「その称号だけは、譲れない。そして譲る必要も無い。それを証明してやるよ」
戦いが始まる。
両者共に長距離をメインにする為、特別ルールで、フィールドは、一つのビルを挟んだ屋上同士になった
「囁の奴、あちきに対する嫌味か?」
貫の言葉に走が困った顔をして言う。
「そんな事は、ないと思うけど……」
その次の瞬間、鋭い矢が飛んでくる。
走は、首を傾げてあっさり避ける。
「ここまで届くって事は、そこそこの腕前だね」
走は、遠糸の長の神器の劣化版、ナインテールボウを構える。
「防御は、お願いね」
走は、神木で作った矢を番え、神経を集中させる。
ユミヒキからの矢が走に向かって正確に飛んでくる。
貫は、右手親指の爪で、左手の黒色の小指の爪を擦りつけ放つ。
『闇の鉾槍よ振るわれよ、ダークハルバード』
闇が扇状に広がり、ユミヒキの矢の方向をずらす。
『イエローアローワン』
神木の矢が雷を纏い、ユミヒキの元に向かう。
しかし、それを傍に大きな盾を持って控えていた大柄の男性、タテマエが防ぐ。
ユミヒキが何を喋っているが聞こえない。
「何て言ったか、唇を読めた?」
貫の言葉に走が誤魔化す様な顔をする。
「正直にそのままを言え」
貫に言われて走が答える。
「『所詮、遠糸の力は、その程度ね。我が弓引家が培った、盾と合わせ戦術の前には、無力よ』だって」
貫が本気の目で告げる。
「本気で打ち込め、萌野も許してくれる」
首を横に振る走。
「駄目、先に駄目出しされてて、使うのは、レベルワンのみ。それ以上を使ったらその時点で負けだって」
舌打ちする貫。
その間もユミヒキは、矢を放っているが、ダークハルバードの効果でそれている。
走が手を叩く。
「そうだ、力を合わせれば良いよ」
「力を合わせるって、あちきは、この距離は、狙えないぞ」
貫の答えに走が言う。
「狙わなくても良いよ」
ユミヒキは、勝利を確信していた。
今回の戦い、色々と裏工作をし、相手に遠距離攻撃が苦手な貫を咥える事で、一対一の状況を作らせた。
一人の攻撃だったら、タテマエで防げるのは、今ので確認出来た。
後は、一方的に攻撃するだけなのだから負ける訳が無かった。
「あんな小細工直ぐに無効になるわね」
笑みを浮かべるユミヒキが仕込んだ盗聴器から貫の呪文詠唱の声が聞こえる。
『火炎よ集いて敵を撃て、ファイアーキャノン』
巨大な炎の塊がユミヒキに向かってくる。
しかし、かなり方向があっていない。
「威力があっても、精度が無ければ意味がありませんわ」
自信たっぷりの言葉を吐き、次の矢を番えた時、走の声が盗聴器から聞こえてきた。
『グリーンアローワン』
走が放った矢は、高速でユミヒキの方に飛んでくる。
「どういう事?」
ユミヒキが眉を顰めた。
なぜならば、走の矢が外れているからだ。
「焦って、射間違えた?」
自問するユミヒキの前で、貫のファイアーキャノンが走のグリーンアローワンに引火し、方向が変わる。
「しまった! タテマエ、防ぎなさい!」
慌てて後退するユミヒキの前にタテマエが出て防ごうとするが、貫のファイアーキャノンがそれを吹き飛ばす。
「タテマエ!」
叫ぶユミヒキに走のイエローアローワンの雷撃が掠り、失神してしまう。
「木気が強いグリーンアローワンでファイアーキャノンの方向を変化させる。口で言えば簡単ですが、ファイアーキャノンの正確な進行ベクトルと引火に因る変化、僅かな違いも許されない射撃を即座に行う技。遠糸の次期長は、伊達じゃないですね」
褒める囁に照れる走。
「それ程でも無いよ」
一人、不機嫌そうな顔をする貫。
そんな三人の所に、顔を引き攣らせた瓜がやってくる。
「ヤヤさんの呼び出しだよ」
囁が言う。
「急がないと!」
走は、素直に頷くが、貫は、躊躇する。
「あちきは……」
そんな貫の手を引っ張る走。
「早くしないと!」
四人が、シロキバの道場に着くと、ヤヤが拳法家の男性、ヤヤの父親が組織するオーフェンハンターに所属していた使い手、地龍と組み手を行っていた。
連続して放たれる電柱を普通に蹴り斬るヤヤの回し蹴りを地龍は、紙一重でかわし、最後には、上から肘を打ち込む。
ヤヤが軸足でバランスを取り直そうした瞬間、地龍が迫る。
軸足だけで飛びのくヤヤだったが、その背後に地龍が現れた。
背中から一撃でヤヤが床に叩きつけられる。
しかし、ヤヤもその状態から転がりながらも体勢を取り戻す。
地龍は、その間に目前に現れる。
両者の手が素早く交差し、結果、ヤヤの右手が引かれ、体勢が再び崩される。
ヤヤは、崩された方向に加速し、前転の要領で踵落しを放つが地龍は、更に踏み込み、ヤヤの太股に肘を打ち込む。
弾き飛ばされたヤヤが壁に激突する。
「私の負けです」
ヤヤがあっさり負けを認める。
「……嘘。今のは、手加減したからですよね?」
驚く四人の心を代表するように貫が呟くとヤヤが答える。
「本気ですよ。純粋な格闘技戦では、あちきは、勝った事は、ありませんよ」
走が驚く。
「一勝もしてないって事ですか!」
地龍が答える。
「己の技を極めるという事は、そういう事だ。実戦なら様々の要因が重なる場合があるが、この様な模擬戦で、負けるのは、己の力の未熟を意味する」
ヤヤも頷く。
「実戦を想定した模擬戦と違ってね、こういう技術比べでは、実力だけが試される。そこに運とかは、入らない。ここで負けるという事は、実力でも負ける要素がある。それを踏まえて、貴女達は、純粋の技を比べて、必勝の自信がある?」
沈黙する四人にヤヤが苦笑しながら答える。
「そういう私もそんな物が無いわよ」
貫が溜めていた想いを告白する。
「でも、常に勝って居たんですよね!」
ヤヤが自分の右手を光らせて言う。
「そんな人間が、他者の侵食を受けてる訳ないよ。私は、自分一人の力で勝っていたわけでも無いし、常勝なんて夢のまた夢。何度も悔しい思いをして強くなった。今だって少しでも強くなろうと地龍に模擬戦をやっている。私は、まだまだ完成してないんだよ」
囁が信じられないって顔をする。
「そんなヤヤさんがそんな事を言ったら、あたし達なんて……」
ヤヤが真面目な顔で言う。
「どうして卑下するの? 貴女達は、自分が出来る最大の事をしている。昨日の戦い、貫と走、両者の力があって初めて勝てた、それが真実。それを誇りなさい」
貫が目を逸らす。
「でも、それは、走が力を制限されて居たからで、それが無ければ……」
ヤヤが苦笑する。
「全力で戦えるなんて幸運がそうそうある訳無いでしょ。その時、出せる力で問題を解決した、それが貴女達の証明。貴女達も私もそうやって確実に強くなっていくの、弱いなんて諦められる程簡単な道じゃ無いわ」
「……ヤヤさん」
貫が涙ぐむ。
走や囁も感動している。
「ところで、何処に行くつもり?」
ヤヤが道場を抜け出そうとした瓜を引き止める。
「えーと、頼まれていた用事も終ったので、帰ろうかと……」
瓜の引き攣った笑顔での答えにヤヤが笑顔で答える。
「馬鹿ね、貴女も参加するに決まっているじゃ無い」
その言葉に囁が気付いてしまう。
「まさかと思いますけど、地龍さんと格闘の模擬戦をやるんですか?」
地龍が言う。
「別に術を使っても構わんぞ」
顔を引き攣らせる走。
「でも、地龍さんは、力を無効にする技を使えるんじゃ」
ヤヤが頷き言う。
「だから、大人しく格闘だけで戦った方が、身のためよ。頑張って強くなってね」
「「「「嫌!」」」」
四人が叫ぶが、その後、地龍に徹底的にしごかれる事になるのであった。