心を癒す青玉の首飾り
貫がシュートネイルを習得した理由の話です
「何度も言っているが、どんなに撃術を取り入れても遠糸の技は、射撃技だよ。接近されたら圧倒的に不利になるのは、否めない」
そう解説するのは、貫より背が低く、幼そうな、何処か猫を感じさせる少女だった。
相対する貫は、そんな少女を相手にしているにも関わらず、冷や汗が止まらない状態で、集中を高めている。
「了解しています。どんな時でも、手足や武器が届く間合いに入る前に撃ち砕く、それがあちきの戦い方ですね」
右手の『貫』と刻まれた親指の爪と右手の赤い人差指の爪を擦り合わせる。
『炎の矢を射よ、ファイアーアロー』
少しの躊躇もしないで、炎の矢を目の前の少女にタイミングと方向を変えて撃ち込む。
しかし、少女は、平然と全ての矢をかわしながら接近する。
「こんな対面した状態で、馬鹿正直に狙って当たると思わない」
少女の踵が貫の側頭部に命中した。
「大丈夫?」
バイト先、ぬいぐるみショップ『シロキバ』のエプロンを着けた走が横になっていた貫に言う。
貫は、蹴られた場所を擦りながら言う。
「百爪様も手加減してくれたから大丈夫だよ。それよりもバイトをサボっていると怒られるよ」
走は、笑顔で答える。
「百爪様が代わりにお客様対応してくれてるから大丈夫」
貫が上半身を起こしながら言う。
「何時も思うんだけど、百爪様って確か、この世界の監視を行っている八百刃獣だよね。そんなのに店番とかさせて良いのかな?」
走は、手をパタパタさせて言う。
「大丈夫、百爪様も八百刃様が神様になる前までは、バイトとかの手伝いをやっていたらしいから、食事をとる以上、働くのには、抵抗が無いみたいだよ」
貫が遠い目をして言う。
「客もあんな小さな少女が実は、最上級の神、聖獣戦神八百刃様に使える八百刃獣の一刃で、日本列島くらい簡単に消滅させられるって知ったら驚くだろうな」
走もシミジミと頷く。
「オーストラリアクラスの隕石を爪の一振りで消滅させる仕事に、勉強の為に同行させてもらった時は、驚いたよね」
貫も宇宙空間で、絶望的な質量を目の前にした恐怖とそれをあっさり消滅させた出鱈目さを思い出して震える。
「あちきもそんな化け物と模擬戦やっているから、凄い精神してるよ」
「それでも、シュートネイルの練習ってここでしか出来ないんだからしかたないじゃん」
走の言葉に、貫は、周りを、『シロキバ』に隣接された道場を見る。
「そうなんだよね、才能無いってここに逃げて来なかったら、未だに悩んでいただろうね」
当時の事を思い出す貫であった。
「はっきり言って、あんた九尾弓を使う才能が無いよ」
そう言ったのは、貫に修行をつけていた眼鏡をつけた強気そうな女性、貫の母で、遠糸の長、遠糸通であった。
「そんな、あたしだってお母さんの血を引いてるんだから、きっと大丈夫だよ」
当時の貫は、必死に反論したが、通は、肩をすくめて言う。
「遠くの物を自分の手で掴めるかもって感覚ないでしょ? 遠糸には、必須な能力、同じ年の走は、もう十メートル先のリンゴも捉える感覚を持っている。過去の記録から見ても才能が無いって、お祖父ちゃんもそれだったから大お祖母ちゃんは、力ないって判断したからね。八刃として生きるのは、諦めて、普通の人生を送りなさい。そっちの方が楽よ」
淡々と語る通には、他意は、無かった。
しかし、貫には、自分が要らない子供だと言われた気がした。
その日の夜に家出をする。
それでもまだ幼い貫には、行ける場所が少なく、よく遊びに連れて行ってもらった『シロキバ』、それも人が余り居ない道場に隠れていた。
そこに現れたのが当時は、貫より大きい少女姿をした、百爪だった。
「貫じゃない、どうしたの?」
平然と質問すると、貫は、俯いたまま答える。
「あたしには、遠方を掴む能力が無いから、八刃に成れないんだって」
百爪は、少し頬をかいてから言う。
「遠糸の始祖は、最初は、百爪の剣士になりたかった。でも師匠から才能が無いって言われたそうだよ」
意外な言葉に目を赤くした貫が顔を上げる。
「嘘だよ、始祖って皆、神様や魔王と戦った凄い人達でしょ?」
百爪が頷く。
「そう、だから遠糸の始祖は、自分の武器を別に作った。それが、遠くの物を掴める様に捉える目。始祖の時は、本当に本人の感覚だけで不正確で他人から教わる事も出来ないそれを鍛えて、異邪に通じる様にした。貫には、遠糸の守護者、八百刃獣の一刃、九尾鳥の力をちゃんと感じるよ。それを有効に使う、新しい技を考えれば良いんじゃないの?」
「あたしの新しい技……」
貫は、小さな希望の光を見つけたのだった。
「その後は、ヤヤさんが色々手伝ってくれて、試行錯誤した結果、このシュートネイルが生まれた。それでもまだまだ未完成だから、もっと成熟させないとね」
貫は、自分の爪を見る。
「因みに新しい出物があるんだけど見る?」
いつの間にかに現れた瓜が、一つのペンダントを見せる。
貫がそのペンダントを手に取る。
「綺麗なサファイアのペンダントだね、綺麗にカットしてあって、涼しげなのが又いいよ」
「今夜もファイアーバトル何でしょ? その報酬でどうかと思って持ってきたの」
商売チャンスを逃さない瓜である。
「あまり無駄遣いしない方が良いよってお祖父ちゃんからも言われてるしなー」
デートの予定がないので、焦らし、値引き交渉に入る貫に瓜が秘密兵器を出す。
「今だったら、鳳夢斗写真展の無料招待券がついて来るよ」
驚いた顔をする貫。
「夢斗さんが個展を開くの?」
呆れた顔をして走が言う。
「夢虎さん達が話してたのを聞いてなかったの?」
瓜が無料招待券をピラピラさせながら言う。
「ただでさえ出費が多い自由は、行きたいけど行けないイベント、そこに走がバイト先から貰ったといって、これをペアで渡したらどうなる?」
貫の脳裏に、純粋な笑みで一緒に行こうと誘う自由の顔が思い浮かぶのをしてやったりの顔で見ながら瓜が言う。
「その時に、このペンダントつけていったら、素敵だと思わない?」
貫がペンダントを掴み言う。
「あちきが予約したから、売ったら駄目だからね」
「毎度ありー」
最大の笑みで答える瓜であった。
人気の無い早朝の河原。
そこに貫とその対戦相手である、術手甲拳闘士伊吹譲治が居た。
「八刃なら遠くからの攻撃も得意なのに、こちらの理想とする正面からの対決に応じて貰った事を最初に感謝をしておく」
頭を下げる伊吹譲治に貫も笑顔で答える。
「正直、こっちも遠距離は、得意じゃないからお互い様。それじゃあ、始める?」
伊吹譲治が頷き、手甲に込められた術を稼動させて、その手を炎に包ませる。
「一撃必殺の『烈火の拳』、これならば君も倒せる」
高速のフットワークで一気に詰めてくる伊吹譲治。
貫は、右手親指の爪で、右手の茶色の薬指の爪を擦る。
『土の槍よ昇れ、アーススピア』
地面から土が槍の様に放たれるが、伊吹譲治は、寸前の所で横に避ける。
「残念だが、その程度の技は、通じない」
貫もそれを読んで、次の一手に移っていた。
右手の親指の爪と右手の赤い人差指の爪を擦り合わせる。
『炎の矢を射よ、ファイアーアロー』
炎の矢が伊吹譲治に迫る。
しかし、相手も熟練者、逆に突進して、自分に当たる炎の矢だけをその手甲で弾き、一気に間合いを詰める。
「この距離ならば有効な攻撃は、できまい」
勝利を確信する伊吹譲治。
貫は、伊吹譲治の目の前で右手の親指を右手の青い小指の爪に擦る。
『氷の矢を射よ、アイスアロー』
「無駄だ、正面から放たれた術などいくらでも避けられる」
伊吹譲治が術の気配を探り、驚く。
「馬鹿なこのコースは!」
咄嗟に横にずれるが、貫もそれに合わせて動く。
そして伊吹譲治の足に氷の矢が直撃し、地面にくっつける。
貫は、右手を突きつけて言う。
「まだやる?」
伊吹譲治が首を横に振り、携帯電話から、ギブアップのメールを入れる。
それが承認されて貫に勝利のメールが届く。
術が解除されて開放された伊吹譲治が言う。
「それにしても、あの状況で、自分に当たるかも知れない方向に術を放つなんて賭けをよく出来たな」
あの時、貫の術は、伊吹譲治の後方から自分の方向に向って面の攻撃をしていたのだ。
あのタイミングでは、前方に避けるしかないのだが、それには、貫を一撃で倒す必要がある。
伊吹譲治は、その様な賭けに出るのを避けて、横を通り抜けようとしたが、貫が立ち塞がる形になったのだ。
「自信だよ。自分の術が自分の想定した通りにしか来ない確信があったから、貴方を盾にする様に動けた」
納得する伊吹譲治。
「なるほどな、未熟な子供と思って決死の覚悟が無かったのが俺の敗因だな。順位が上がったらまた挑戦する。その時は、今回と同じ手が通じると思わないで貰おう」
かっこよく去っていく伊吹譲治であった。
「そんな甘いコントロールじゃ、常勝は、難しいよ。常に勝ち続けるのに一番大切なのは、術のコントロールなんだからね」
百爪が貫を中心に円を描くように置かれた蝋燭の数本が消えてない事を叱る。
「無理ですって、対角線にある蝋燭を基点に発動した矢をカーブさせて当てるなんて!」
貫が泣き言を漏らすと百爪が蝋燭の数を増やす。
「弱音を吐いたペナルティー。頑張れ」
貫が次に放った矢は、自分に直撃するのであった。
「イターイ!」
こういった、百爪の修行が貫の自信になるのであった。